第33話 ママも悪くないかなって @2
何故か、今日のイノリちゃんはめっっっっちゃよく喋る。
シロエちゃんに向けて、もうとにかく話しかけまくるのだ。
一体何がそこまでイノリちゃんを掻き立てるのか僕にはよく分からないが、具体的には普段の約三倍は口を開いていた。
イノリちゃんが余程シロエちゃんを気に入った、くらいしか理由は思いつかないけれど、果たしてその真意は何処にあるのだろう。
――『占いをしませんか?生年月日使うやつです』
――『好きなアニメはなんですか?』
――『LoSがリリースされた日のこと覚えてます?』
そんな、止まらない質問。
最初は僕も困惑したものの、しかしなんだかんだで二人は楽しそうに盛り上がっていたので、まぁいいかと気にしないことにした。
それにシロエちゃんがボロを見せる様子もないし、もう心配はいらないな、と僕は思う――
「シロエちゃんって一人っ子なんですか?」
「お姉ちゃんがいます!」
「へぇ、きっとその子も可愛らしいのでしょうね。ちなみにお姉さんはおいくつなんです?」
「お姉ちゃんは20さ――……12才です!」
「「……」」
……アウトー。
20歳っていうと、確か大学2年か3年である。
そして7才(という設定)のシロエちゃんとの年の差は13。
決して有り得ない話ではないが、割と有り得ない側には分類される。
やっちゃったねシロエちゃん。
とはいえ、たったそれだけの情報でイノリちゃんが「シロエちゃんは7才じゃない!」なんて気付ける筈もないし、僕はそこまでのピンチだとも感じてはいなかった。
「……?イノリちゃん、なんでそんな目で僕のこと見てるの?」
「い、いえ別に……」
そんな「カナエさん!今の聞きましたかカナエさん!」みたいに見つめられても困るのだけど。
取り敢えず僕はシロエちゃんのカバーに入る。
「しょうがないよ、12と20って似てるもんね。英語にしたらトゥエンティーンとトゥエンティでしょ?なんならほとんど同じまであるよ」
「カナエさん、12は英語で
間違えた。
いや待って、違うんだって二人とも。「あ、カナエさん中学生だったんだ」みたいに納得した表情しないで欲しい。
僕は高校二年生。確かに勉強は苦手だけど、流石に数字の英語くらい分かるから。
今のはつい口を滑らせただけだから。
しかもシロエちゃんに至っては、何故か興奮しているようにも見える――ってもしかして僕との関係を「年下に妹扱いされている」ってシチュだと勘違いしてるのかコイツ。
くそ、カナエのキャラが崩壊する……っ!!
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
と、まぁ色々あって配信を開始して、僕らは今まさに戦場にいた。
例の光の玉を正面に浮かせつつ、僕らは三人で廃墟を歩いてゆく。
もちろん僕にとっては此処も見慣れた光景の一つで、何処にどんな地形が広がっているのかなどは完璧に把握済みだ。
そんないつも通りのフィールドであるが、しかし普段と大きく違う点があった。
それは銃声が一切聞こえてこないこと。
僕にとっては慣れない感覚ではあるが、しかしこの静寂の理由はハッキリと分かっていた。
「ねぇイノリちゃん、『武器無し』の『バトロワ』は流石に頭悪くないかなって思うんだよね僕」
「そうですか?楽しいですよ多分」
「シロエは楽しいです!」
そもそも武器がフィールドに発生しないのが、この戦場のルールだからだ。
正直意味わからん。
一対一のデスマを『
なんたって空から拳を構えた人間が降ってきたりするらしいのだ。
冗談抜きに石器時代の野蛮な生存バトルみたいになりそうで、単純に怖いというのが僕の本音。
このモードに参加した理由はイノリちゃんの提案によるものなのだが、あまりにも唐突すぎて僕は驚いていた。
「イノリちゃん、このモードで遊んだことあるの?」
「一度も無いです」
「じゃあなんでいきなり?」
「……なんか、こう……楽しそうだなと(黒河さんの馬鹿げた戦闘力を見れば、きっとカナエさんも疑問を抱く筈……)」
「ふーん」
イノリちゃんのそれは納得のいく説明ではなかったが、そもそもゲームなんて何となくで始めるものだし、プレイする理由を求める方が間違っている。
楽しそうだと感じたのならそれで十分か、と僕は思い、そしてこのルールを全力で楽しもうと決めた。
「それにしても『
その単語で僕が思い出すのは、『拳神』と呼ばれる人物である。
幾らか前にコメント欄で話題になったものの、結局詳しいことは知らずじまいになってしまった謎の称号の持ち主。
曰く、その『拳神』とやらは、「
「ねぇ、みんなは『拳神』って知ってる?」
気になった僕は、コメ欄に質問をしてみる。
【知ってる】
【『ノーウェポン』の人か】
【俺は知らんな】
【何それ】
【ああ……。ボコされたことある】
パッと見た感じ、コメ欄の五人に一人くらいはその名を知っているようで、そこそこ有名なのだなと僕は思う。
「ちなみにどんな噂が流れてるの?……というかまず男?女?」
【女らしいよ】
【おにゃのこ】
【見た目で舐めると秒で殺される】
【女性】
「ほう」
【あと絶対に格闘技やってる】
【こっちの攻撃は全部受け流される】
【当たらん】
【気がつくと負けてる】
「ふむ」
リアルでも強い女性。
とすれば余程の武道の訓練を積んだ、キリッとした感じの大人美女――
【で、幼い】
【かぁいい】
【幼女】
【子どもだね】
【おさなご】
【よーじょ】
【小学生くらい】
「――ではないのね」
僕が脳裏に浮かべた高身長美女は、コメ欄の幼女ラッシュにより一瞬で消え去り、そして代わりに僕的に幼女筆頭の黒河さんが頭の中に現れた。
一旦整理することにする。
①女の子
②リアルでも強い
③幼い
つまりは、めっちゃ強い幼女。
僕は横に立つシロエちゃんに目線を送った。
当然シロエちゃんは女の子である。
そして幼女である。
更に先日の酔っ払い騒動を鑑みるに、超強い。
「…………。」
僕は顎に手を当てて、ふむと呟く。
完璧に条件は揃っている。
いや普通に考えて、だ。
「(……『拳神』って黒河さん?)」
「(それ黒河さんでは……?)」
そういう結論にはなるだろう。
何故かイノリちゃんも僕と似た表情をしたように見えたが、恐らく気のせいだ。
これ以上自分で考えても仕方がないと判断した僕は、いっそシロエちゃんに直接尋ねてみることにする。
隠すことでもないし、おそらく教えてくれるのではなかろうか。
落ち着かなそうにキョロキョロと周りを見回しているシロエちゃんに、僕は視線を向けた。
「ねぇシロエちゃん。シロエちゃんってもしかして――」
【おい、今ちょうど『拳神』に倒されたって奴がTwiterに現れたぞ】
「――え?」
しかし僕の問いかけが終わる前に、コメ欄に僕の目を引く一文が投げ込まれる。
それは僕の「シロエちゃん=拳神」説を否定するものだった。
僕らはこのマッチが今日の一試合目であり、またずっと三人で一緒に行動していた。
そしてシロエちゃんは――というか僕らはまだ、敵を誰一人としてキルしていない。
にも関わらず、『拳神』に倒されたという人物がTwiter上に現れた。
要するに、シロエちゃんとは別に『拳神』とやらが存在することになる。
「今コメントしてくれた人、それもう少し詳細分かる?」
【詳細っつっても大したことは分からんよ。『ノーウェポン』の『バトロワ』とは言ってたけど。カナエちゃんが参加してんのと同じルールだ】
「……マジで?」
特殊ルールでのカスタムマッチは、そこまで馬鹿げたプレイ人口では無い。
LoS自体のプレイ人口は、アクティブユーザーだけで5億を超えるというとんでもない数字ではあるものの、しかしその大多数は公式ルールを楽しんでいる。
つまり、この『
それで結局、僕が何を言いたいのかと言うと――
「ワンチャン僕らは『拳神』と出会うかもしれない……?」
「ええ、十分に有り得る話ですね……」
勝てる気がしない……。
せめて最弱ハンドガン――『T3030』だけでも手元にあれば勝ち筋もあるのだろうが、素手の僕は無力である。
蹂躙されるオチしか見えなかった。
「イノリちゃんは肉弾戦いけるっけ?」
「勢いでクオンさんとは殴り合いましたけど、基本的には無理です」
「あれ勢いだったんだ……」
めちゃくちゃ強かったけどね、二人とも。
苦笑いしながらイノリちゃんとクオンちゃんのバトルを回想する僕だが、そんな中でふとシロエちゃんの様子がおかしいことに気がつく。
どういう訳か、俯いたまま顔を上げないのだ。
そういえばさっき僕が話しかけようとした時も、シロエちゃんはソワソワとしていたような、と思い出す。
「シロエちゃん、どうしたの?」
僕はしゃがんで、シロエちゃんの顔を下から覗き込みながら話しかけた。
それはなんとはなしの動作で、シロエちゃんの様子に対して大きな不安を抱いていた訳でもなかったのだが、その表情を見て考えを改める。
――シロエちゃんは、青ざめていた。
「………げ………、…あ………ます……」
「え?」
ボソリと呟かれたシロエちゃんの一言に、僕は首を傾げる。声が小さすぎて、聞き取ることが出来なかったのだ。
僕はしっかりと耳を澄まして、その声に意識を集中させる。
「気配がする……。に、逃げないと、…あの人が……来る、……嫌、そんな……」
あまりにも酷く怯えた様子でシロエちゃんが洩らしたその言葉に、僕にまで身体に寒気が届くのが分かった。
あの人、とは一体――――
「わぁ。久しぶりやねぇ、白江ちゃん」
――突如、僕らの真上の空から声が降ってきた。
それはえらく落ち着いた女性の声。
アクセントは僕にとってはやや聞き慣れないもので、京都弁のような匂いを感じる。
その声に驚いた僕らは慌てて首を持ち上げ、空を見上げた。
すると巨大な岩から僕らを見下ろす人影が、仮想的に作られた太陽を背に、足を組んで座っているのが分かる。
堂々たる出で立ちに、余裕のある表情。
その風格は和の貴族と呼ぶに相応しいもので、僕は無意識に息を呑んだ。
僕の本能が頭を垂れろと喚き立て、雰囲気だけで格の違いを見せつけられる。
強さの次元が違うのだと、僕は一瞬にして理解した。
纏うオーラが異質すぎる。
「…………っ」
――ただ、圧倒的なまでに、幼女だった。
とっても可愛い、幼女だった。
【やべぇ、本物の『拳神』だ……】
コメ欄にどよめきが訪れる。
しかしわざわざ言われるまでもなく、僕も彼女の正体を察していた。
彼女は『拳神』と、そう呼ばれるべくして呼ばれたのだ。
幼女だけど。
「……姉、さん」
そんな中、やや素を見せたシロエちゃんが呟いた。
僕の聞き間違いでなければシロエちゃんは今、姉さん、と言った。
黒河さんのお姉さん。
僕はカフェでのシロエちゃんの言葉を思い出す。
『お姉ちゃんは20さ――……12才です!』
……20歳?
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