第30話 仮想の宴は心を晒す @2
そこは和室とSFを組み合わせたような部屋だった。
椅子は置かれておらず、低い机を前にして床に座るという日本様式らしい形を取りながらも、和室と呼べるほど落ち着いた雰囲気の空間という訳でもない。
和室にSF的な機能性を取り込んだと説明するのが正しいだろうか。
よく言えば良いとこどり、悪く言えばどっちつかず。
しかし風流なんてものからは程遠い僕からすれば、雰囲気など大した問題ではなく、十分に広くて且つ楽に過ごせるこの部屋は、快適と呼んで差し支えないものであった。
僕らは長方形型の大きな机に向かって、片方の側に左から「道幸、隠奏さん、四遠先輩」と、そしてもう片方に「黒河さん、祈祷さん、僕」の順に並んで座る。
一息ついたところで、僕らは改めて部屋の様子を見回してみた。
「ふむ……。どうやらドリンクバー形式のようだね。好きなだけ飲めと言わんばかりに、多くの飲み物が揃っている」
「はい、それに食べ物も幾らでも呼び出せるみたいです。おそらくこのメニュー表に触れると――あ、出てきました」
四遠先輩と祈祷さんが楽しげに話す。
四遠先輩の言葉通り、確かに部屋の壁際には様々な種類の飲み物が揃っていて、飲みたいものが無くて困る、なんてことは無さそうに思えた。
また気付けば、机の上には切り分けられた一切れのケーキが置かれている。
きっとそれが祈祷さんがメニュー表で呼び出した品なのだろう。
「………………おいしそう」
「これ皐月堂のケーキじゃないすか。星屑先輩、分かってますね」
それを見た女性陣は、全員揃って頬を緩めていた。
かく言う僕も、この状況にはわくわくしている。
リアルじゃ手の届かない高級菓子を、好き放題に食べられるなんて、滅多に出会える機会ではないのだから。
今回ばかりは実験に付き合って正解だったな、と僕は思う。
「要するに、俺らは気にせずに菓子パーティを楽しめば良いんだろ?随分とご褒美みたいな実験じゃないか」
「うん。箒君もたまには良い実験をしてくれるんだね」
そうして僕は、何も気にせず仮想世界の宴を楽しむことにした。
――この後に地獄を見るとも知らずに。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
カロリー0の美味に舌鼓を打ちつつ、僕らの会話は徐々に盛り上がっていく。
「へぇー、最近のVtuber界隈ではそんな噂が流れてるの?」
「ああそうだとも。それなりに有名な話だね」
現在の僕の話し相手は、四遠先輩と隠奏さん。
元は僕と隠奏さんの二人でVtuberトークを楽しんでいたのだが、四遠先輩もVtuberに詳しいことを知り、今は三人で円を作っている。
「『ゼロライブ』の代表が代わった、かぁ……」
僕は二人から聞いた言葉を、呟くように繰り返した。
Vtuberは僕やイノリちゃんのような「個人勢」と呼ばれるタイプと、「企業勢」と呼ばれるタイプの二種類に分けることが出来る。
何処に属すこともなく、好き勝手にやっている「個人勢」。
一つの企業をシンボルにして活動を行う「企業勢」。
その二つに上も下もないが、とにかく僕らの話題に上がっているのはこの「企業勢」についてだった。
僕が口にした『ゼロライブ』もまた、約30人のVtuberを纏める「企業勢」のグループ名である。
「代表が代わってから、メンバーの様子がおかしい……という噂。真偽のほどはボクには分からないけれど、火のないところに何とやらとも言うからね」
「………………性格が変わった」
「性格?お給料が増えて明るくなったとか?」
「………………違う」
はっきり言って、イマイチ要領を得ない会話ではある。
性格なんてそう急に変わるものでもあるまいに、と僕は思う。
しかしVtuberガチ勢である隠奏さんが「変わった」というのであれば、何かしら変化が生じているのは事実なのかもしれない。
気の所為でしょ、と簡単に割り切るつもりにもなれなかった。
「代表が変わって、メンバーの性格が変わる理由……?」
僕は机の上のポテチに手を伸ばしながら、ぼんやりと思考を巡らせていくが、しかし結局何も思いつくことはなく。
「……あれ?」
そして気付けば、四遠先輩と隠奏さんは既に別の話題についてを話していた。
どうやら僕は自分の世界に入り込み過ぎたらしい。
もしかして僕も酔い始めたのだろうか?
そう考えるとやや頭の巡りも鈍い気がしてくるし、完全に的外れということも無さそうである。
これではいけないなぁと、僕は再び会話に戻るべく二人の話に耳を傾けた。
ところが。
「――――!?」
突如鳴り響いた轟音に、僕の集中はあっという間に途切れる。
一体何事かと、僕は慌てて振り向くと。
そこには――
「ごふっ……」
――壁に叩きつけられて、今にも死にそうな道幸の姿があった。
「……ん、んんん??」
僕の頭を駆け回るクエスチョン。
道幸をボコす人物は、基本的に隠奏さんである。
だが隠奏さんは僕の目の前で口をあんぐりと広げて、僕と同じように驚いていた。
その姿を見れば、彼女が犯人でないことは容易に分かる。
では、誰が?
「えへ……えへへへ……、たは?」
ふと、壊れた玩具のような笑い声と共に、「たは」という聞き覚えのある口癖が聞こえてきた。
そんな可愛らしい口癖の持ち主は一人しかいない。
「く、黒河さん……」
僕の視線の先には、ニパッとした笑顔を浮かべる悪鬼が立っていた。
――一人目の酔っ払い、登場である。
「えへへへ〜、ふへ……へへ」
笑顔は可愛いけれど、溢れ出るオーラが怖すぎた。
近づくと一瞬にして殺される気がする。
「み、みんな……とりあえず黒河さんから離れて。よく分からないけど、今の彼女は危険だ……」
「ボ、ボクも同意する……」
道幸に何をしたんだろうか、黒河さん。
僕は唯一道幸の死因を見届けたであろう、祈祷さんに問いかけることにした。
「祈祷さん……、どうやって道幸はあんな目に?」
「……え?あ、はい。あまりにも速すぎて、私にもハッキリとは見えなかったのですが……」
申し訳なさそうな様子の祈祷さん。
しかし僕は、祈祷さんに完璧な説明を要求している訳では無い。
きっと黒河さんは脈略も無く暴行に走ったのだろうから、心の準備もしていなかった祈祷さんが、黒河さんの行動全てを視認するのは難しい話。
だからこの質問はあくまでも、少しでも情報を得たいという程度の狙いでしかないのだ。
僕は黒河さんを警戒しつつ、言葉を紡ぐ祈祷さんに意識を向け、その言葉を――
「――突然立ち上がった黒河さんは笹木さんの胸ぐらを掴んで無理やり立たせると、そのまま足払いを仕掛けて笹木さんのバランスを崩させ、そして笹木さんが倒れ込む前に膝で蹴り上げて、更に空を舞った笹木さんを地面に叩きつけるように、黒河さんは前宙をしながら頭部に踵落としをめり込ませました。私はそこで終わりかと思ったのですが、しかし黒河さんの体術は想像以上で、笹木さんの頭部に当てた踵を支点に、空中に浮いたまま横回転の力を生み出しつつ、逆足で後ろ回し蹴りを行ったのです。踵落としによってクルクルと縦回転をさせられた笹木さんにとって、その後ろ回し蹴りは致命傷だったらしく、結果として笹木さんはあんな姿に……」
え?え?何?なんて??
ごめん全然理解できなかった。
想像していた10倍以上の情報の波に驚き、僕は祈祷さんを二度見する。
確か「ハッキリとは見えなかった」と言っていた筈なのだけれど。
異常な程に饒舌な祈祷さんの様子を見て、もしかして祈祷さんも酔ってるのではないかと、僕は思い至った。
表情も雰囲気も、あいも変わらずにクールな祈祷さんだが、こんな長文を一息で話す姿など見たことがない。
「……祈祷さん、酔ってる?」
「いえ、普段通りですよ。……と、言いたいところではあるのですが、ややテンションが上がっているのは事実です。なんだか楽しい気分ですね」
「そ、そう……。でもまぁそのくらいなら――」
「あ、そうだ星乃さん。私とハグしませんか?」
「……なんで?」
「合理的ですし」
「なにが?」
なるほど、少なくとも祈祷さんの思考回路がぶっ壊れているのはよく分かった。
合理的に考えた結果、ハグしようとなるのは正常な人間のそれではない。
僕はこれから始める「対幼女捕縛戦」において、祈祷さんは使い物にならないと判断し、四遠先輩に祈祷さんの保護を任せることにした。
黒河さんが馬鹿げた運動能力を持っていることは、僕も知っているため、少しでも多くの戦力が欲しかったところではあるが仕方がない。
ここは僕&隠奏さんペアで切り抜けるしかないようだ。
「隠奏さん、行ける?」
「………………道幸の仇」
仇って、一番道幸のこと殺してるの君だよ?……とは言えず。
「あ、あくまで捕縛だからね?拘束するんだよ?」
「……。………………了解」
難しい顔を浮かべる隠奏さんではあったが、どうにか殺意を収めてくれた。
まぁ実際のところVRだから何をしても大丈夫ではあるのだけれど、やはり絵面的に止めて頂きたいのだ。
幼女を虐めている感じになるし。
「たはは……えへへ〜?」
不味い、泥酔幼女が近付いてきた。
ゆっくり話している余裕はなさそうだ。
「――行くよ、隠奏さん!」
「………………承知」
そして僕と隠奏さんは、顕現した人類悪(幼女)に向かって飛び出した。
~~10分後~~
「………………強敵だった」
「この幼女、強すぎるよ……。まさかここまで追い詰められるなんて……」
何故か部屋の隅に置かれていた縄を用いて、僕らはどうにか黒河さんを縛り付けることに成功した。
しかし戦いそのものの様相としては、終始不利な状況だったと言える。
隠奏さんですら常に苦戦を強いられて、僕に至っては役立たず。
そもそも戦いについていけなかったのだ。
消えたと錯覚する程の速度で部屋を飛び回る隠奏さんを、最小限の動きでいなして反撃に移る黒河さんの戦闘スキル。
僕なんかとは次元が違った。
最終的に、黒河さんが突如コテンと眠りこけたことでこの争いは終結したが、もしも彼女の眠気メーターに余裕があれば話は違っただろう。
なんとも恐ろしい幼女である。
僕は部屋の隅に置かれていたベッドに黒河さんを寝かせた。
まるでこうなることを予期していたかのように置かれたそのベッドを見て、箒君の笑い顔が脳裏に浮かぶようである。
黒河さんの可愛らしくスースーと寝息をたてる寝顔を見ていると、先までの鬼神のような暴虐が嘘のように思えるが、僕は騙されない。
この幼女は僕の100倍強いのだから。
その後、丁度道幸が目を覚ましたため、黒河さんを除いた五人で再びお菓子パーティーを続けた。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
~~30分後~~
「………………道幸、ちゅー」
「は?」
――酔っ払い事変、第二フェイズに突入。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます