第29話 仮想の宴は心を晒す @1


 僕には、星屑ほしくずほうきという友人がいる。


 どんな人間かと説明するのであれば、まず「天才」という単語が必須となるのは間違いないだろう。


 入学以来テストでは全科目満点以外の成績を取ったことは無く、校外では日々とんでもない発明品を生み出しているのだともっぱらの噂だ。


 加えて言えば、僕もまたその発明品とやらを見せて貰ったことがあるので、その噂は紛れもなく事実。


 つまりは学園一の天才に留まらない、化け物染みた知能こそが星屑 箒という男一番の特徴である。


 そんな箒君から、僕はたった今一通のメールを受け取った。


『【from: 星屑 箒】

 放課後、少し実験に付き合え。お前を含めて4人以上は欲しいから、テキトーに仲間集めといてくれると助かる。多けりゃ多いほど尚良し。任せた』


 なんて横暴な。

 折角頭良いんだから、もう少し知性的な文章を書けよと僕は思う。


 僕の用事やスケジュールを全く考慮していないし、そもそも遠慮も配慮も足りていない。


 さては僕をゲーム以外にやることのない、いつでも暇してるダメ人間だと思っているなと、僕は箒君から向けられている印象に顔をしかめる。


 とはいえ正解だから文句も言えない訳ではあるが。


 しかしこのメールをみる限り、彼の要望を満たすには暇人である僕一人では不十分らしく、最低三人の仲間を集めなくてはならない。


 人望のある僕では無いため人集めには不安になるが、いつものメンバーである道幸、祈祷さん、隠奏さんに声を掛ければなんとかなるだろう。


 そう考えた僕は、取り敢えず目の前の道幸に話しかけた。


「道幸、放課後は暇?」


「ん?暇だけど、付き合うかは何の用かに――」


「おっけー、一人確保」


「聞けよ」


 道幸ゲット。


 僕の横で道幸が文句を垂らしているが、気にせずに次のターゲットに目を向ける。


「ねぇ、隠奏さん!今日の放課後、道幸と一緒に過ごさない?」


「………………過ごす」


「おい、勝手に俺を餌にするな」


 これで二人目。


 正直、道幸を捕まえた時点で隠奏さんは付き合ってくれると確信していたけれど。


「あとは祈祷さん……」


 と、呟きながら僕は祈祷さんの席に目を向けた。


 祈祷さんは休み時間の大半を本を読みながら過ごしているため、集中しているタイミングと重なると、周りの声が聞こえないことがあるのだ。


 だから確実に会話を開始したければ、立ち上がって祈祷さんの席に近づくのが間違いない。

 僕は早速、自分の席から離れて祈祷さんの席へ向かって歩を進めた。


「祈祷さー……ん?」


 そして話しかけようとしたのだが、しかし僕は祈祷さんの表情を見てつい言葉を止めてしまう。


 何やら深く思い詰めたような暗い顔つきで、その瞳は驚きと困惑に揺れていた。


 見れば祈祷さんが携帯で映してるのは本ではなくて、薄っぺらい映像――おそらくは一通のメールだった。


「祈祷さん?」


「……え?……あ、星乃さん。どうかしましたか?」


 僕の声に気付いた祈祷さんは、顔をあげて僕と目を合わせる。


 祈祷さんの様子を心配に思う僕であるが、しかし先までの暗い表情はこちらへ視線を送る頃には消え失せており、普段通りの優しそうな笑みを浮かべていた。


「いや、その用事はあったんだけど……、それより大丈夫?顔色が良くないよ」


「いえいえそんな。私は元気ですよ?すこぶる快調と言っても過言ではありません。……それで、用事というのは?」


 祈祷さんは苦笑しながら、そして軽く呆れたように通常を装う。

 それは僕ですら違和感を感じるほどに、強引に張り付けられた仮面だった。


 追求されたくない、という祈祷さんの思いが透けて見える。


「……うん」


 無理やり問い詰める訳にもいかないと判断した僕は、一旦その嘘を受け入れることにした。


 僕に隠したいことなのであれば、それはきっと僕の出る幕ではないのだろう。

 助けを求められたそのときに全力で力になろう、と心に決める。


 だがそんな決意はわざわざ本人に伝えるものでもない為、僕はしれっとした顔で本題に入った。


「箒君にさ、放課後に実験に付き合って欲しいって頼まれたんだ。それで祈祷さんにも協力して貰えないかなー、と。もちろん時間があればで大丈夫だけど」


「星屑さんの実験、ですか。ええ、良いですよ。……正直不安はありますが」


「分かる。特に何やらされるのか不明ってのが本当に怖い」


 祈祷さんの様子はおかしかったけれど、とにかく僕は仲間を集めることに成功した。



☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



 そして放課後。


「よう、来たぞ。ちゃんと人は集められたか星乃」


 僕らの教室に、箒君が現れた。


 やや不良っぽい悪人顔の男子高校生。

 ゲームキャラで例えるならアタッカータイプ。


 これで世界的に有名な天才だというのだから驚きである。


「うん、四人だけどね。十分でしょ?」


「ああ勿論だ。サンキューな」


 そう僕にお礼を告げながら、箒君は僕らの近くの椅子に座った。


 クラスの皆が帰ってガランとした教室の中で、僕、道幸、祈祷さん、隠奏さんは固まっていたため、そこに箒君を含めた5人が密集する形になる。


「それで実験って何するの?」


 箒君に向かって僕は、全員が気になっていただろう質問を投げかけた。


 訳も分からず実験とやらに付き合うことにはなったものの、やはり目的くらいは早いうちに知りたいところ。


「そういやメールに書いとくの忘れてたな。わりぃ、今から説明するわ」


 僕の問いかけを聞いた箒君は思い出したようにそう話し、そして更に言葉を続けた。


「そう大したもんでもねぇんだが、今回の実験の内容は――」


「どもっす。笹木先輩います?」


 しかし箒君が説明を始める前に、再び教室の扉が開き誰かが入って来た。

 特徴的なダルい雰囲気を醸し出す声色を聞いて、僕はその人物の正体を悟る。


 幼女系後輩、黒河 白江だ。


「幼女、お前タイミング悪い。ちょうど俺が説明を始めようって瞬間に、よくもまあ入ってこれたもんだな」


「そんなの知りませんよ。外からじゃ声聞こえませんし…………って、あ、笹木先輩いるじゃないっすか」


 黒河さんは箒君の呆れたような物言いを意にも返さず、目的の道幸に目を向けた。


 比較的にキツい口調である箒君を、ここまで軽くあしらえてしまう黒河さんの肝の座り方は、相当に尋常ではないと僕は思う。


 道幸は黒河さんに応じるように、声を返した。


「俺に何の用だよ……。今は俺、黒河の顔見たくないんだけど」


「たは、奇遇ですね。ウチもあんま先輩を見たくはないっす。――今日は昨日のお礼参りに来ただけなんで」


 ……お礼参り?


「は?……ってことは、やっぱ昨日Vtuberの脇に居た幼女お前だな!?お前のせいで俺は七回殺されたんだぞ……っ!!」


「怒りたいのはこっちの方なんすけど?先輩のせいで、危うく最愛のお姉ちゃんを一日目で失うとこでしたが?マジ笑えねぇっす、もう三回くらい死んで貰えません?」


「なら見た目を変えろよ!少しでも正体を隠そうとしてんのが分かれば、俺だって話しかけないっつーの!」


 わぁ、いきなり喧嘩が始まった。


 黒河さんってば幼女プレイしてたこと隠す気ないんだね、とか道幸三回じゃなくて七回殺されたんだ、とか様々ツッコミたい部分はあるがキリがないので今回はスルー。


 僕は仲介に入る。


「二人とも落ち着きなよ。僕が高い高いしてあげるからさ」


「「喧嘩売ってんのか(すか)?」」


 間違えた。

 黒河さんの顔を見ていたらつい。


「と、とにかく!僕らにはこれからやることが――」


――ガタンっ!


 ふと、僕らの教室に置かれた掃除用具入れが音を立てた。


「「「…………」」」


 全員が固まり静寂が満ちると共に、その掃除用具入れに全ての視線が集まった。


『一叶くんが道幸くんを、高い高い……っ!?ふふ、想像しただけで……』


 そして中からは小さな声が、僅かに聞こえて来る。

 どうやらやべぇのが居るらしい。


 僕は皆を代表して掃除用具入れに近づいていき、そして一気に扉を開けた。


 その中には――


「……何してるんですか、四遠先輩」


「む?こんばんは、一叶くん。元気そうでなによりだ」


「いや掃除用具入れの中から現れといて、普通に挨拶するの止めてくれませんか?」


――案の定、四遠先輩がいた。


 マジで何してんだ、この人。

 一体いつから居たんだろう。

 

「……さて、話は聞かせて貰ったよ。その実験とやら、ボクも協力しようじゃないか」


「いや『聞かせて貰ったよ』じゃないんですよ。先輩に聞かせたつもりないんですよ僕ら」


 盗み聞きしといて自然と会話に混ざろうとするな。

 皆ドン引きして固まってるから。


「……まぁ、いいか。サンプルが増えるのは助かる」


 そんな中、一足先にこのトチ狂った状況を受け入れたのは箒君だった。


 何も理解出来ずに頭がショートしてもおかしくないこの現状を、ここまでの速さで許容するとは流石天才だと言わざるを得ない。

 

「あと折角だし幼女も手伝え」


 しかも貪欲。

 棚ぼたを得ておきながら、更に黒河さんまで巻き込もうとは。


 こういう部分は見習った方がいいのかもしれないな、と僕は思う。


「いやウチも暇じゃないんで」


「甘い物をたらふく食えるが?」


「は?馬鹿にしてんすか?少しだけっすよ」


 気づくと流れるようにして6人目の協力者が生まれていた。


 見た目通りと言えばその通りだが、黒河さんは甘い物が好みらしい。


 今度シロエちゃんに甘い物食べさせてあげよう――などと僕が考えていると、箒君が立ち上がって話し始めた。


「大分話が逸れたが……結果オーライだな。なんだかんだで被害s――協力者が二人も増えた」


「ねぇ箒君、今なんて言いそうになったの?被害者だよね?僕らのこと被害者って呼ぼうとしたよね?」


 実験を手伝うとは言ったけど、害を被りたくはない。


「はは、冗談だよ被検体一号。それじゃ説明するな」


「おいコラ」


「今回の実験題目は、ズバリ『VR下での酩酊状態について』だ」


 え、ツッコミ入れたのに無視された。

 地味にショックを受ける僕を他所に、話は進んでいく。


 箒君の言葉に対して、初めに口を開いたのは祈祷さんだった。


「酩酊……。VR内で酔っ払える、ということですか?そんな技術は聞いたことありませんよ」


「そりゃそうだ、俺が先駆者だからな。仮想現実の中で酒飲さけのんで、擬似的に酔える。すげぇだろ?」


「それはもちろん凄いですけど……。そんなこと可能なんですか?」


「可能っつーかほぼ完成してる」


「はい?」


「だから完成してんの。つまり今回の実験ってのは、お前らにVR内で酒を飲んで貰いたいなと。最終チェックだ」


「え、待ってそれ法律的に大丈夫なの?僕らまだ高校生だよ?」


「問題ねぇよ。結局のところVR内での飲酒なんて、アルコールを摂取した酔っ払ったってだけだ。実害なんて100%ねぇし、なんならアルコールパッチテストよりも健全で、かつ正確な結果が出るぜ?」


「な、なるほど。ちなみに正確な結果ってどんなの?」


「まんまお前らの姿だよ。数年後、本物の酒飲んだときにどんな酔い方をするのかも分かる」


「すっご」


 箒君がズバ抜けて頭が良いとは分かっていたけど、ここまで突飛な技術を生み出す程だとは思わなかった。


 VR内のお酒はお酒の味がするだけで酔うことは出来ない、というのは未成年の僕らでも知っているくらいに常識的な話だ。


 それを勝手に塗り替えて、VR内で酔えるようにしてしまうとは、とんでもない化け物である。


「……ん?」


 ふと、箒君以外の全員の携帯が鳴った。


 唖然としている僕らの横で、箒君が僕らに何かを送信していたらしい。


 確認すると、一つの添付ファイルの入ったメールが届いていることが分かる。


「それVRのインスタントスペースの鍵な。LoSで使われてる部屋の一つをまんま持ってきたから、それなりに快適だと思う」


 要するに、そこで酒を飲めという話なのだろう。


「あと酒と言っても、マジで酒そのものって訳じゃない。その部屋に置いてあるのはただのジュースだ。『酔えるジュース』って認識で構わねぇし、当然ビールの味なんてしないから安心しろ」


 その言葉を聞いて、ああ良かったと僕は安堵する。

 昔に父親のビールを舐めて、その苦さに驚いたことを思い出したのだ。


 正直あれを美味しいと感じるのは、今の僕にはまだ難しい。


 実験に意欲的になっていく僕とは真逆に、不満そうな顔をしている人物が一人。


 黒河さんだ。


「あんさ、星屑先輩。甘い物は?まだ話に出てないっすけど。嘘なんすか?舐めてんすか?」


「La Coupeクープ du・デュ Monde・モンド de・ドゥ la ・ラ Pâtisserie・パティスリー――まぁ菓子の世界大会だな。それの優勝作品の過去5年分を、VR内で完全再現した。文句あるか?」


「ないっす」


 彼女が堕ちるのは一瞬だった。


 満腹感を得られない以外は、リアルで食べるのと何も変わらないのだから、当然のリアクションではある。


 ちなみに黒河さんのよだれが凄い。


「あとは普通にポテチやら……兎に角その他諸々も用意してある。好きに楽しめ。――で、何か質問は?」


 そして全員を見回すように、問い掛ける箒君。


 誰も口を開こうとはしない。


「んー、大丈夫そうだな。じゃあ俺はここで見てるから……。いってら」


 僕らはVRへと飛び込んだ。

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