第28話 僕もまたお姉ちゃんである @3
僕は今、幸せである。
世界のありとあらゆる幸福をこの身に受けたのではないか、なんて錯覚を起こす程度にはハピネスの極地に達している。
甘える幸せには疎かった僕ではあるが、もしかしたら甘えられる幸せには飢えていたのかもしれない。
「シロエちゃん、たかいたかーい!」
「あははは!カナエお姉ちゃんすごい!」
ああ、真の楽園はここにあったのだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
――と、存分にはしゃいだ僕は、幾ばくかして冷静さを取り戻す。
僕はシロエちゃんと手を繋ぎながら、LoSの街並みを歩いていた。
次は何をして遊ぼうかと考えながら、僕らはほんわかとした会話の花を咲かせる。
「ねぇ、シロエちゃんはいつ頃からLoSを始めたの?」
「リリース直――……まだ始めたばかりです!」
シロエちゃんは失言を誤魔化しつつ、初心者であると言い放った。
きっと「リリース直後」だと言いそうになったんだろうな、と僕は推測。
このゲームのリリース時期は2年以上前だから、もしリリースしてからすぐにプレイしているとなると、シロエちゃんは4才か5才の頃にLoSを開始した訳で。
はは、すげー。
語彙力の消失を感じた。
「そっかー、始めたばっかりかー」
しかし僕は勿論、何も聞かなかったことにして話を進める。
全てを受け入れ、そしてあらゆる疑惑から目を逸らし、この仮初の幸福を享受すると神に誓ったのだ。
今の僕の耳は、この世のあらゆるラノベ主人公よりも都合良く出来ていると知れ。
【はぁー……てぇてぇなぁ】
コメント欄に目をやると、そんな類の呟きが多く見えた。
しかしそれらを読んで、僕の中で生まれるのは罪悪感のみである。
視聴者の皆には先程の僕らが、「美少女が美幼女を高い高い」していたように見えるのかもしれないが、実際は「男子高校生が女子高校生を高い高い」していただけだ。
てぇてぇとは無縁の空間だと思う。
僕はそんな思考が顔に表れないように気をつけつつ、シロエちゃんと目を合わせ話しかける。
「シロエちゃんは、好きなモードはもう見つけられた?」
これは遠回しな、どのモードに行こうかという質問だ。
やりたいモードはあるか、と問うと遠慮してしまうかもしれないなと考慮した、お姉ちゃんらしい気の利いた聞き方である。
「はい!シロエはデスマッチ、の――……。」
しかしシロエちゃんは、そんな僕の質問に答えきることなく、正面を見つめたまま固まってしまった。
どういう訳か、物凄い焦りが見て取れる。
僕はシロエちゃんの視線を辿って、その動揺の理由を探ろうとして――
「――――……。」
そして僕もまた固まった。
何故なら、そこには。
「…………………カ、カナエちゃんっ!」
「ちょ、落ち着け!なんだいきなり!」
――隠奏さんと道幸が居たからだ。
あ、隠奏さん僕のこと知ってくれてたんだー、という嬉しさもあるが、それ以上にこの状況への絶望感が強すぎた。
少なくとも隠奏さんは完全に僕らに気付いていて、今から逃げ出すのは確実に不可能。
間違いなくカナエの名前を口にしていたし、なんなら僕は今まさに隠奏さんと目が合っている。
端的に言って大ピンチ。
この際、どうして道幸がLoSをプレイしてるのかなんてどうでもいい。
どうせ隠奏さんに無理やり始めさせられたとかだろう。
それよりどうやってこの場を切り抜けるかの方が、遥かに重要である。
問題なのは道幸が僕の女声を知っているということで、最悪の場合は速攻でバレる可能性すら有り得るのだ。
ここは出来る限り、声を出さずに切り抜けるしかあるまいと僕は判断する。
隠奏さんが道幸の手を引いて、僕らの方へと近づいてきた。
「……………カ、カナエちゃん、ですか?」
「(こくこく)」←頷いてる
ごめんね隠奏さん。
僕は今喋れないのだ。
そんな申し訳なさに抵抗するように、いつも以上に明るいスマイルを隠奏さんに向ける。
僕が本物のカナエだと分かると隠奏さんは緊張の色を強め、意を決したように口を開いた。
「……………あ、握手!……したい、です」
握手程度ならお安い御用。
むしろ声を出すこと以外ならなんだってウェルカム。
ファンサービスに全力でこそカナエなのだ。
「(ぐっ)」←親指を立ててウインク
そして僕は笑顔のままに右手を差し出した。
それを見た隠奏さんは嬉しそうな笑顔を浮かべると、慌てて両手の汗を服で拭き取って、僕の手を握りしめる。
VR内で手汗なんてものは存在しないが、ついそれを気にしてしまう程に、僕を気に入ってくれてるのだとすれば光栄な話だ。
「…………っ」
少しすると満足したのか、隠奏さんは頬を緩ませながら僕から手を離した。
続けて、隠奏さんは更なる要望を口にする。
「……………ハ、ハグは…駄目?」
ハグ、か。
僕としては全く問題ないが、相手が隠奏さんとなると少し悩ましくなる。
何故なら隠奏さんは、道幸の彼女(?)だ。
幾ら今の僕がカナエだとはいえ、友人の彼女(?)に対しての過度なスキンシップは避けたい、というのが本音である。
ハグくらいならギリギリセーフな気もするが、さてどうしたものか。
僕はチラリと道幸に目を向ける。
「カナエさん?……ですよね。出来たらこいつのお願い、聞いてやって貰えませんか?こいつがここまで感情を剥き出しにしてんの、かなり珍しくて……」
は?なに彼氏面してんだお前?
ぶっ殺すぞ。
……あ、いや違う、そうじゃなかった。
柄でも無い道幸の言葉を聞いて、つい反射的に僕の
この件は後日クラスメイトに伝え、その際に白黒付ければ良いだけの話。
とにかく道幸がおっけーだと言うならおっけーだ。
「(ぐっ)」←親指を立ててウインク
僕は隠奏さんのハグを受け入れることに決めた。
接触面積が出来るだけ少なく済むように意識しつつ、隠奏さんを抱きしめる。
「………………っ!!……っ!!!」
とても嬉しそうな隠奏さんだった。
これで満足してくれれば良いのだけれど、と思いながら僕は隠奏さんからゆっくりと離れて、二人に向けて優しく微笑んだ。
要するに、もう満足じゃない?的な微笑み。
長時間一言も喋らないのは明らかに不自然だし、そろそろ僕が無言であることに違和感を持たれかねない頃だと思う。
正直、この辺りで退散したいところなのだが――
「……あれ?そこに居んの黒河か?」
――突如、道幸がとんでもない地雷を踏み抜いた。
いつの間にか僕の背後に隠れていたシロエちゃんを指差して、「黒河」と呼んでみせたのだ。
リアルネームでゲームをプレイするのは、今の時代の僕らにとって不思議なことではないため、リアルの容姿をそのまま使う黒河さんに対して本名で呼びかけるのは、おかしな話ではないしマナー違反という訳でもない。
ただ黒河さんと道幸が知り合いである可能性を、僕はすっかり失念していた。
シロエちゃんが道幸ら二人を見て固まった理由を、僕はやっと理解する。
「……?お兄さん、誰ですか?」
そんな道幸に対して、全力で知らん顔をぶちかますシロエちゃん。
しかし道幸に容赦はなく、その追求は止まらない。
「誰ですかって酷いな。笹木だよ笹木、お前の先輩じゃないか」
「シロエ分かりません。カナエお姉ちゃん、この人怖いです……」
「な、何言ってんだ黒河。お前らしくないぞ……」
「黒河なんて知らないですっ!シロエはシロエですっ!」
ヤバイヤバイヤバイ。
どうする僕、これは一体どうすれば良いんだ。
このままだと、僕のお姉ちゃんライフが一日目にして終了してしまう。
このまま見守るだけという訳にはいかないだろうし、僕が介入すべき状況であるのは一目瞭然。
道幸は何も悪くないが、僕は道幸をどうにかせねばなるまい。
そのためにまず冷静になれ、僕。
話の流れを操作するのだ。
この二人の言い争いの着地地点は、「シロエちゃんの正体が判明する」か、もしくは「道幸は幼女に言い寄っている変態だった」のどちらか。
前者に辿り着くとシロエちゃんは僕の元から去ってしまい、そして後者に行きつけば道幸が社会的に死ぬ。
「――――っ!」
すまない道幸。
僕の平穏の為に死んでくれ。
――僕はこれからお前を、(社会的に)ぶっ殺す。
覚悟を決めた僕は、道幸に睨み付けるような瞳を向けて、口を開いた。
「あの、……お兄さん。シロエちゃんに何のつもりですか」
「え?いや別に何のつもりも無いですけど。――というかあんた、その声」
「こんな小さい女の子を怖がらせて、何のつもりかと聞いているんです!!!」
道幸に喋る暇を与える訳にはいかないため、道幸の声に被せるように、僕は言葉を続けた。
下手に間を置けば、逆に僕が(社会的に)殺されかねない。
問答無用で一瞬にして畳み掛ける必要がある。
「小さい子?……違う違う、俺はコイツとはリアルでも知り合」
「あんたリアルでこんな小さい子と知り合いなんですか!?もしかして小学校に侵入とかですか!?」
「いや普通に高k」
「普通に!?こんな幼い子と、道端で普通に出会ったとでも!?」
「ちょ、やめ」
「まさか登校中のシロエちゃんに声掛けたんですか!?ナンパしちゃったんですか!?!?」
「おい、マジで」
「ねぇ、そこの隠s――彼女さん!!この人浮気してるのでは!?もしや7才児に浮気してるのでは!?」
と、ここで
「………………道幸?」
「え?いや待てよ瞳、こんなの冗談に決まってるだろ。俺は子どもになんて興味ないし、まして浮気なんてしてな――――というかそもそも俺ら付き合ってないよな?なんで怒ってんだ?いやナイフ構えんなって」
「………………浮気はダメ」
「だから俺らは付き合ってなぁぁぁぁあ!?ちょ今お前本気でナイフ振り切ったよな!?VRだから何しても良いって訳じゃおおおおおお!?!??」
「………………三回殺す」
「くそっ、そこのVtuber覚えとけよぉぉぉぉぉ!!」
「………………逃がさない」
そして、二人は賑やかに去っていった。
これで僕のお姉ちゃんライフは無事に守られたと言えるだろう。
恐らくホントに三回殺されるのだと思うが、どうか元気に生きてくれ。
ひと段落ついたら僕は、腰にしがみついたシロエちゃんに目を向けて、声をかける。
「シロエちゃん、大丈夫だった?」
「怖かった……」
「そっか……。僕とギュッてする?」
「……する」
はー癒されるなぁ。
道幸、僕はお前が三回死んだ分だけしっかりとお姉ちゃんを堪能するからな。
心配せずに死んでいいぞ。
【何が起きたのかよく分からんかったな】
【つまりどういうことなん?】
【とりあえずあの男は三回死ぬんだろ?】
【少なくとも今俺らが見てる光景は尊い】
その後も僕はシロエちゃんと、丸一日を通して楽しい時間を過ごした。
シロエちゃんはVtuberではないが、しかし僕の妹枠として定着していくのだった。
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