第27話 僕もまたお姉ちゃんである @2

物語の改正を行いました。

黒河の登場シーンからこの話に繋がります。

__________



「『拳神』……?何それ」


【最近デスマッチルールで噂になってる人】


 僕はカナエとして、街のど真ん中のベンチに座ってコメント欄を読んでいた。


 コメント欄を読んでいる、といっても雑談枠とも呼ぶには少々不出来。

 お題すらも決まっていないため、ただのテキトーな暇潰し、と表現するのが一番近いだろう。


 話題はあちらこちらを飛び回り、話にはヤマもオチもない。


「へぇ……。でもどうして『拳神』なの?デスマだって銃撃戦だし、拳なんてワードはどこから来たのさ」


 そして今まさに話しているのは、僕の「最近のLoSニュースある?」という問いかけに対してコメ欄に出てきた、『拳神』という単語についてだった。


 このLaw of Starsというゲームは、言わずもがな基本的には銃で戦う。

 初動で銃が見つからない、なんてときにはナイフを手にしたり、或いは拳で殴り掛かることもあるが、精々がその程度。


 LoSでは拳に強いも弱いもないだろう、というのが僕の考えだ。

 そんな風に首を傾げる僕に対して、コメ欄から答えが返ってくる。


【デスマの設定で『ノーウェポン』にするモードが流行ってるの。格ゲーみたいな感じ】


「あー……そういえばデスマも設定弄れたね」


 その回答を見て僕は納得。


 デスマッチでは公式ルールでのプレイの他に、プレイヤーがルームの設定を独自に決めて遊ぶことが出来る。


 つまりは「回復無し」とか「武器固定」とか「シールド無し」とか。

 細かく分ければキリがないが、とにかくその中の一つに「武器無し」というものも存在するのだ。


 銃も刃物も一切無しの、体術のみの殴り合い。

 図らずしも、イノリちゃんとクオンちゃんも同じようなことをしていたなぁ、なんて僕は思い出す。


「あ、VRだから腕力も関係ないのか。ってことは単純に技術の競い合い?」


【せやで。特に上位はリアルじゃ有り得ない動きするから、見ててオモロい】


「確かに面白そう。今度僕も参加してみようかな」


 リアルじゃ有り得ない動き、とは随分興味を唆られる言葉である。

 とはいえ、武道の心得なんて全く無い僕ではあっさり負けてしまいそう、というのが本音だが。


 恐らく上位陣は、リアルでも有名な格闘家とかばかりなのではと僕は思う。


 そんなことを考えていると、ふと――


「……あぅっ!」


――僕の目の前で、小さな女の子が転んだ。


 小学生くらいの幼い女の子だった。


 小石も何も無い街中ではあるが、どうやら自分の足に躓いてしまったらしい。


 結構な勢いで走っていたせいか、ずしゃあ、なんて効果音が聞こえそうな痛々しい転び方で、見ていただけの此方まで顔を歪めそうになる。


 僕はベンチから立ち上がり、その女の子に駆け寄った。


「……だ、大丈夫?」


「ふぇぇ……」


 見ると女の子は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべてる。


 VR内なので痛みは無いはずだが、やはり「気からの痛み」というのは存在するようで、幼い子供は転んだという事実だけで泣き出すことも少なくない。


 普通は転んだら痛い。

 だから痛みがなくとも、痛い気がする。


 女の子が泣き出してしまうのは、不自然な話ではなかった。


 とはいえ泣かれて困るのは事実であるため、僕は慌ててなぐさめにかかる


「痛くないよ。泣かないで」


「痛いよ……。すごく痛いの……」


「そっか。何処が痛いの?」


「ひざと、手のひら……」


「膝と、手ね」


 その言葉を聞いた僕は、倒れたまま立ち上がれずにいた女の子を後ろから抱え上げ、そして僕の組んだ足の上に座らせた。


 丁度僕が、女の子の椅子がわりになってあげるように格好だ。


「――よい、しょ。……ほら、膝を見てみなよ。怪我してる?」


 それは女の子に、「怪我した気がする部位」を目で見せるため。


「……?……してない」


「痛くないでしょ?」


「うん」


 結局のところ、怪我など無いという事実を見せてやるのが手っ取り早いのだ。


 安心した様子の女の子は空を向くように首を回し、背中側にいる僕と無理やり目を合わせる。


 まんまるとした瞳が印象的で、小動物的な愛らしさを僕は感じた。

 それは抱きしめて守ってあげたくなるような、強烈な庇護欲を――――……庇護欲?


 なんか最近、同じような感覚を味わったような気がするが、気の所為だろうか。


「あの……お姉さん、なんてお名前ですか?」


 一瞬回想シーンに入りそうになった僕だが、女の子に話しかけられることでハッと目を覚ました。


「……僕はカナエだよ。カナエ」


 僕の名前を聞いた女の子は、ゆっくりと噛み砕いて飲み込むように、僕の名前を呟く。


「カナエ…お姉ちゃん……」


 おうふ、やっばいキュンと来た。

 カナエお姉ちゃんって呼ばれただけなのに。


 これが姉の気分。

 イノリちゃんとクオンちゃんはこんな気持ちだったのか、と僕は身をもって実感する。


「……?」


 だがしかし、僕の脳の片隅を這いずり回るこの違和感はなんだろう。


 姉としてのその幸福に身を委ねてはならないと、僕の本能が叫んでいる気がするのだ。


 一体何故?


 こんなに可愛い女の子が、こんなに懐いた瞳で僕を見つめてくれるなんて幸せ、この先の人生でもう一度あるかも分からないのに。


 妹だぞ妹。

 僕の本物の妹はまるで可愛げがないが、対してこの子はどうだ。


 拒絶する理由なんて何もない、まるで理想の妹要素を詰め込んだような存在である。


 これからは僕もお姉ちゃんとして過ごしていけるだなんて、最高じゃないか。


 そもそも、こんな可愛い幼女と出会う機会など――――


「ん?」


 ……幼女?


 突如、以前出会ったばかりの後輩の顔が、僕の脳裏を過ぎった。


「……っ」


 僕は息を呑む。


 いやいやまさかそんな訳ないだろう、と僕はその想像を全力で否定し振り払うが、しかし不安が消えきらない。


 僕の幸福の感情を食い荒らすように、悪寒が身体を駆け巡る。


 一度しっかりと確認しよう。

 これは否定の為の――即ち無実を証明するための確認だ。


「……ちょ、ちょっとごめんね」


「なんです?……きゃっ」


 僕は足に乗せた女の子を両手で持ち上げて、僕と向かい合うように座らせた。


 そしてその顔をじっくりと見つめる。


 明るげな表情で誤魔化してはいるが、奥の方で霞んで見えるダルそうな瞳。

 強い赤みを帯びた茶色の髪の毛。

 ゆったりとした一つ結びの髪型。

 

 というかこの身長と体重に覚えがある。


 偶然で、ここまで重なるのものなのか?


 僕は恐る恐る尋ねた。


「あの…………き、君の…お名前は?」


 ああ、どうか僕の勘違いであってくれ。


 間違っても『黒河くろかわ 白江しろえ』に関連した名前だけは――

 

「――シロエの名前は、シロエですっ!」

 

 はいアウト。

 

 たった今、僕の中で偶然の限界を超えた。


 ねぇ黒河さん、なんでリアルと全く同じ姿でプレイしてんの?

 変えろよ。せめて髪型くらい変えろよ。


 というかあれか、さては転んだのも全部演技だな。

 僕がベンチに座ってるのを見て、初めから僕に話しかけられるつもりで転んだのか。


 僕は黒河さんに騙さたのだと理解する。


「――ちなみに7才ですっ!」


 7才!?正気かお前……ッ!!


 おい高校一年生、あんた僕の一個下だろうが何してんだよマジで。


 それサバ読むとかそういう次元じゃないからな。


 というかこれどうすんのさ、後輩が僕で幼女プレイ楽しんでんだけど。

 後輩の女の子にお姉ちゃんって呼ばれながら、幼女プレイの相方を経験した男なんてこの世におるん?


 いるわけねぇだろコメ欄も対処法知らんわ。


 ちなみに今配信してるからね?

 その幼女プレイ、全世界生配信してるけど大丈夫なんですか?


「カナエお姉ちゃん、どうしたの……?」


「ん?んんんー??どうもしないよー?」


 僕は強引に口角を上げて、無理やり笑いかけながら答える。

 きっと相当変な顔をしていたと思うが、そんなことを気にしている場合ではない。

 

 まずこの状況をどうするかを考えねばなるまい。

 今、僕の手の中にある選択肢は二つだ。


 一つはこのままおさらばして、何も見なかったことにする。

 そしてもう一つは――


「――全てを受け入れて、お姉ちゃんになる」

 

「え?カナエお姉ちゃん、よく聞こえなかったです」


「なんでもないよ」


 我ながら何をバカなこと考えているのかとも思うが、悩む価値は十分にあるだろう。


 普通に考えれば前者が正解だ。

 僕が今日の出来事を忘れれば、それだけで大体のことは無かったことになる。


 しかし、しかしだ。


 ハッキリ言おう、黒河さんは可愛い。超可愛い。

 ズバリ僕は、こんな妹が欲しかった。


 ロリコンとかそういう話ではないけれど、妹としては申し分がない。


 そんな黒河さんが僕をお姉ちゃんって呼んでくれるなんて、もうそれはそれで幸せなのではないか?

 リアルの話なんてどうでも良いのではないか?


 そんな葛藤が、僕の脳内を埋め尽くしていた。


 当然リスクはある。

 リアルの知り合いとカナエとして関係を持つ場合、僕の正体がバレる可能性は高まるのだから。


 目の前の天使と、未来の危険。


 どちらを取るか悩んで悩んで悩んで、そして僕は――


「……シロエちゃん、よろしくね!これから一緒に遊ぶ?」


「はいっ!」


――黒河白江(7才)のお姉ちゃんになった。

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