第23話 僕と二人のお姉ちゃん @7

「起きたばっかりで大変だと思うけどさ、クエスト頑張ろうね!」


 と、これは私が目を開いた瞬間に聞かされた、カナエちゃんの一言である。


 今私は、カナエちゃんとクオンさんの三人で、一枚のクエストシートを握っていた。


 つまり私たちはこれから、三人で一緒にクエストに挑みましょう、という流れ。


 正直、私としては了承し難い展開ではあったのだが、カナエちゃんに「喧嘩はしない」と約束した手前、拒否することも出来なかった。


 いや、提案者がクオンさんであれば、まだ抵抗するすべもあったのだろう。

 だが今回は、カナエちゃんからの提案だ。


 もし断って、カナエちゃんに嘘つき呼ばわりされたりでもしたら、私はこの先を生きていく自信が無い。


 初めから私に選択肢なんてなかったのだ。


 加えて私は、ただクエストに行くだけではなく、一つの勝負をすることになった。


 それは私とクオンさんで総与ダメージ量を競い、多かった方が、次回カナエちゃんと一緒に配信する権利を得る、という内容。


 云わば、カナエちゃんを奪い合う熾烈な争いである。


 これに関してはクオンさんが言い出したことで、私は「こ、これ喧嘩じゃないですか?大丈夫ですか?」と心の中で叫び回ったが、カナエちゃんは軽いノリでおっけーと答えた。


 なので私は、容赦なくこの性悪女をボコボコにしてやりたい所存である。


 絶対にボコす。ダブルスコア出す。

 勿論喧嘩では無いが、泣かす。


 一叶かずと君を誘惑するだけに飽き足りず、カナエちゃんにまで手を出そうなんて、決して許せる所業ではない。


 そんな闘争心に燃える私の横では、カナエちゃんがクエストシートを見つめながら、少し不安そうな表情を浮かべていた。


「で、このクエスト……。「昨日出た新しいのだ!」って僕が選んだは良いけど、どんなモンスターが出てくるのかな?」


 それは、カナエちゃんが何となくで選んだクエストの中身が、完全に未知数であることへの憂いからだった。


「『マダラバアシ』……でしたか。名前だけでは想像も出来ませんね。斑模様してる感じはありますけど」


「申し訳ないけれど、ボクにも分からないな。予告も無しに新クエストを放り投げてくるからね、LoSは」


 昨日、突然に出現したばかりのクエストなど、クエストガチ勢でもない私たちが知る由もない。


 とはいえ、上限Lvがまだ7ということもあり、私はそこまでの心配をしていなかった。


「それも含めてゲームですよ。むしろ勝負としては公平ですし、気にせずに行きましょう」


 私たちの勝負のルールは、転移完了と同時にスタートする形だ。

 つまり装備を整える手際、即ち準備の段階から戦いは始まる。


 敵を見て、装備を決めて、速攻でクエスト開始。

 

 誰か一人でもサークルから出れば、その時点でモンスターは全員に襲い掛かる為、のんびりと装備を悩んでいると何も出来ずに死んでしまう。


 なので今回に限っていえば、誰もモンスターを知らない、というのは都合の良い話でもあった。


「そう、だよね。何か嫌な予感がするけど……、とりあえず始めよっか」


 カナエちゃんは私の言葉に頷くと、再びクエストシートに目をやり、小さく「頑張るぞー」と呟いた。


 可愛い。


「じゃあ、行くね」


 いや見惚れてる場合ではなかった。

 もう出発である。


 クエストエリアに着いたら、勝負は即開始なのだから、気を抜いている場合ではない。


 私が気合いを入れ直すと同時に、カナエちゃんがキーワードを呟いた。


「『転移』」


 そして私たち三人は、クエストエリアへと移動する。



☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



 三人の視界が切り替わり――


――そして転移が完全に終了した途端、イノリとクオンは素早く動き出した。


 敵の姿を確認することもなく、一目散にアイテムへと駆け寄り、まず絶対に必要となる一式を揃える。


 シールドと、一定数の回復。

 これはどんなモンスターが相手であろうとも、基本的には必ず使う。


 カナエとかいう例外のせいで物凄く説得力が弱まるが、普通は絶対に使う。


 イノリは、それらのアイテムをストレージに仕舞う作業と並行して、件のモンスターへと視線を向けた。


 するとそこには――


「……ムカデ型?」


――数多の、それこそ万を超えるのでは、と思わせる程の脚を生え揃えた、縦長の巨大な節足動物系のモンスターが、此方を見つめていた。


 色合いはイノリの予想通り、斑模様。


 『マダラバアシ』――つまりマダラ模様のバンアシを由来とするモンスターなのだろう。


 マダラ、バン、アシ。

 縮めて『マダラバアシ』。


 一応はその名はしっかりと、モンスターの特徴を示していたらしい。


 そのモンスターの姿を見て、明らかに耐久型ではないと判断したイノリは、武器の選択肢から単発武器を消去した。


 スナイパーライフルによる、貫通を狙う必要は無い。

 必要なのは純粋な火力だ。


 また、あんな容貌のモンスターが『ソニックワイバーン』のような速度を持つ筈もなく、つまりは接近も狙えるだろう、とイノリは考える。


 結果、イノリが選択した武器はサブマシンガン『C-88ダブルエイト』と、ショットガン『ルールメイカー』の二つだった。


 『ルールメイカー』とは、非常に拡散の激しいショットガンである。


 敵との距離が開くと、碌にダメージを出せないただの音の鳴る棒だが、その代わり至近距離では無類の威力を誇る。


 その威力は並ではなく、リロード時間を計算に入れると、『C-88ダブルエイト』をダメージレースで上回る程。


 イノリは中距離では『C-88ダブルエイト』、近距離では『ルールメイカー』を使用すると決めて、急いでサークルの外へと駆け出した。


「同時ですか……っ」


 そう呟き、軽く振り返るイノリの目に映るのは、クオンの後ろ姿だ。


 『マダラバアシ』を正面に、左へ走るイノリに対して、クオンは右へと向かう。


 サークルを出たタイミングはほぼ同じで、この時点での差は全く無かった。


――Quest start


 二人がサークルから足を踏み出したことに反応し、ホログラムの文字が空中に浮かび上がる。


 そして『マダラバアシ』が、ゆっくりと動き出した。


 システムの拘束から解放された『マダラバアシ』は、嬉々とした金切り声を上げて目をギラつかせる。


 無数の脚が蠢き、脚同士が擦れる不快な音が響き渡った。


 周りを見渡すような仕草と共に、『マダラバアシ』はプレイヤー達の存在を認知する。


「さぁ掛かって来なさい」


 その様子を確認したイノリは、挑発的に立ち止まってみせた。


 こと与ダメ勝負において、モンスターと距離が開くのは不利でしかなく、自分を狙え、とはイノリとクオンの両方が考える。


 しかし何故か『マダラバアシ』のターゲットは、その左右二人のどちらにも向くことはなかった。


 『マダラバアシ』は左右に立つイノリとクオンを完全に無視し、真っ直ぐに直進し始めたのだ。

 それは彼女らのスポーン地点、白いサークルの方向。


 『マダラバアシ』の想定外の行動を、不審に思ったイノリはその進行方向に目を向ける。


 そして、そこには――


「カ、カナエさん!?」

 

――白サークルの中で武器も持たずにへたり込む、カナエの姿があった。


 カナエは引き攣った笑みを浮かべるだけで、戦いを挑む様子も、逃げ出す素振りすらも見せない。


 這うようにして近づいていく『マダラバアシ』に対して、一切の無抵抗である。


「――――ッ!」


 詳しいことは分からずとも、カナエに何かあったのだと判断したイノリは、全力でカナエの元へと駆け出した。


 『マダラバアシ』は鋭い牙をカナエに叩きつけようと、己の身体を高く持ち上げる。


 明らかな危機的状況。

 分かりやすく死が迫る。


 しかしそれでも尚、カナエは動かなかった。


 そして、『マダラバアシ』は勢いよく――


「カナエさん!!!」


――無人の空間を、押し潰した。


 刹那の間際で、イノリがカナエに飛びつき回避したのだ。


 二人はそのまま倒れ込み、地面を転がる。


 そしてイノリは慌てて起き上がると、カナエに声を掛けた。


「……カナエさん、大丈夫ですか?」


「………イノリ、ちゃん……(トゥンク)」


「や、やめてください。今、私が気を失うのは不味いです」


 イノリに窮地から救われたカナエは、胸がときめいてしまった乙女的な表情で、イノリを見つめる。


 イノリは耐えきれずに、カナエから目を逸らした。


「あはは、ごめん冗談」


「分かってますよ。それより装備も持たずにどうしたんですか、一体。あんな立ち止まったりして」


 イノリは、ただ不安そうに問い掛ける。

 もしかしてVR機の不具合か、などと様々な想像がイノリの中を巡っていた。


 そんなイノリに対して、カナエは苦笑いしながら、軽い調子で答えを返す。


「いやあの、僕さ。実は……虫、が無理なんだよね。ほんとに」


「虫、ですか?」


「うん、虫。別に女の子みたいに叫んだりはしないんだけど、こう―――無言で腰が抜けるの。静かに。ストンて」


「……そ、それはまた難儀ですね。家に虫が出たらどうしているんですか?」


「そりゃ腰抜けたら動けないからね。いつも蹂躙される」


「蹂躙」


「友達に助けは呼ぶけど、到着までは無抵抗。身体を這いずり回られたりとか……もう、死にたいなってことも、結構……あるかな」


「大変、ですね……」


「うん……」


「……もしかしてあのモンスターも?」


「うん。転移が終わって、あのモンスター見た瞬間に腰抜けました。腕も脚も一切動きません。一歩たりとも歩けません。というか立てません。当然銃も持てません。―――――こ、こんな使えない僕ですが、………どうか…助けて、頂けませんか……っ」


 イノリに助けられた拍子に倒れたまま、起き上がることすら出来ずにいたカナエは、絶望の表情と共に救いを求めた。


【カナエの弱点見つかって歓喜】

【むしろ今までが強すぎた】

【ねぇ、ギャップ萌えしたの俺だけ?】

【萌える】

【最強カナちゃん即堕ちは興奮】

【えっちな同人誌欲しい】

【苗床系】

【触手がいい】

【お前ら蟲の良さ知らんのか?】


「あの、コメント欄の皆さん。――私、本気で怒りますよ」


【ごめんなさい】

【すみませんでした】

【もう言いません】

【イノカナだけで我慢します……】


 あ、これ以上言うと本当にBANされる、と悟った視聴者たちは即座に謝罪した。


 彼らは元々練度の高い視聴者たちではあったが、ここ最近のカナエの暴走により、より逞しくなりつつある。


「そうです、イノカナだけで我慢しなさい」


「そうだよ、あんまり僕で変な想像―――え?今イノリちゃんなんて言ったの?」


 そしてさらっと飛び出たイノリの発言に、動揺を隠せないカナエだった。


「あれ、そういえば――」


「ねぇイノリちゃん聞いてる?イノカナの同人誌って何?僕聞いてないんだけど。ねぇ無視しないで」


 カナエの言葉をガン無視して、己のセリフを続けるイノリ。

 珍しくイノリが優勢である。


「――そういえばどうして、『マダラバアシ』は私たちを襲ってこないのでしょうか」


「ねぇイノカ……………確かに」


 そのイノリの疑問に、心の底から同意したカナエは、不満そうな顔付きながらも追求を止めた。


 現在カナエは地面に横たわり、イノリはそのカナエを見下ろすように、しゃがんでいる状態だ。


 『マダラバアシ』からすれば絶好のチャンスである今、攻撃しない理由がない。


 不思議に思った二人は顔を上げ、『マダラバアシ』の姿を探す。


 答えは一瞬で分かった。


「……あ、クオンさんがめっちゃ頑張ってますね」


「クオンさんつっよ……」


 二人の視線の先には、クオンが一人で『マダラバアシ』と戦っている、という光景が広がっていた。


 圧倒的に劣勢ではあるが、それでもギリギリ持ち堪えているクオンに、二人は驚きを隠せない。


「……あ、『マダラバアシ』にスタン入った。凄い」


「ホントですね、凄いです。でもクオンさん、こっちに走って来てません?スタン中って攻撃するチャンスだと思いますが」


「どうしてだろうね。なんでこっちに来るのかな。というか不味くない?今、クオンさんにタゲターゲットあるよね。こっちに来られると、僕も巻き込まれない?」


 しかしそんなカナエの不安もよそに、クオンは二人の元に辿り着いた。


 スタンのタイミングだったので数秒の余裕はあるが、危険な状況であることに変わりはない。


「お疲れ様、二人とも。話は落ち着いたかな?」


「う、うん一応落ち着いたけど……」


 後ろから『マダラバアシ』が追いかけて来てます、と言葉に出来ないカナエ。


「申し訳ありません、クオンさん。一人に負担を掛けてしまい……」


「いや、気にする必要ないよ。ボクはカナエくんを助けられなかった。だから今の時間稼ぎはそのお詫び、みたいなものだと思ってくれて構わない」


「……な、なるほど」


 なんて律儀な、と思うイノリだった。


 しかし二人が話す間にも『マダラバアシ』は近付いてきており、それに伴いカナエの顔は青ざめていく。


「ボクもコメント欄を見て状況は把握している。つまりボクらのどちらか一人は、カナエくんを守らないといけない訳だね?」


「え?ま、まぁ端的に言えばそうなりますけど……」


「うん、それだけ確認出来れば十分だ」


 と、言いながらクオンはカナエを抱き上げた。


「……え、何?クオンさん、どうしたの?」


 急にお姫様抱っこされたカナエは、ただただ驚いた様子。


「ではカナエくんのことはボクが、しっかりバッチリ守っておくから、後は任せるよイノリくん」


「はい?」


 そしてクオンはカナエと共に跳び上がり、遥か彼方へと逃げて行った。

 高らかな笑い声が響いたような、響いていないような。


 残されたのは、イノリと『マダラバアシ』だけ。

 イノリは背中に、牙を向けられているのを感じる。


 誰がどう見ても、カナエを連れ去られ、そして無理やり戦わさせられた、と解釈せざるを得ない状態だった。


 そしてイノリは、クオンの目的を理解する。


「あ、なるほど。、そういうゲームに変わったんですね」


 最初に勝負の内容として話していた、『マダラバアシ』とか与ダメージとかは、もう既に関係ないのだ。


 勝ったらカナエと配信?

 いやいやそんなものよりも、動けないカナエの方が100倍レアだろう、と。


 つまり『マダラバアシ』などは、所詮ただの邪魔者でしかなく、要するに――


「――これは無抵抗のカナエさんを、奪い合うゲーム」


 イノリは近付いてきた『マダラバアシ』の顔面に向けて『ルールメイカー』を撃ち放つと、口角を上げて笑う。


 ニガサナイ、と口を動かすイノリの姿は、まさに幽鬼そのものだった。

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