第21話 僕と二人のお姉ちゃん @5

 僕が『ソニックワイバーン』を倒したことによって、壮大な撃破サウンドが鳴り響いた。


 リアルでは聞く機会の少ない、甲高い機械音だ。


 モンスターの強さにある程度比例する、と言われるその撃破サウンドの音量は中々に強烈で、イノリちゃんの目覚ましとしては、十分に仕事を果たしたようだった。


「あれ、私は……?」


「あ、おはよう、イノリちゃん」


「……お、おはよう、ございます?」


 イノリちゃんは何が起きたのかよく分からない、といった表情である。


 その様子は眠っていて目を覚ました、というよりは、何処かへ飛んでいた意識が帰ってきた、という表現の方が正しそうだ。


 もし本当に気を失っていたら、VRから自動でログアウトしリアルに戻される筈なので、推測としては正しいのだと思う。


 ようやく脳が仕事を始めたらしいイノリちゃんは、徐々に状況を理解していく。


「……あぁ、そうでした。私、カナエさんの下着を見て………。――もう、満足です」

 

「ストップ待って今ログアウトしようとしてない?配信中だからね?皆見てるからね?」


 勝手に自己完結して、リアルに帰ろうとするイノリちゃんを僕は止める。

 満足するのは構わないが、配信を放り投げて僕一人置いて行かれるのは困る。


「勿論冗談です。……それよりさっきの音。もしかして一人で倒したんですか?」


 いや絶対に冗談ではなかったよね、と僕は断言出来るが面倒なのでスルー。


「うん。めっちゃ頑張った。ちゃんと世界記録も更新したよ」


「うわぁ、マジですかカナエさん。あーなるほど、このコメントの盛り上がりはそういう……」


 イノリちゃんは呆れながら、爆速で流れるコメント欄に目をやって、理解の声を呟いた。

 その横顔を見ると、色々と言いたいことがあるのだろうなと感じる。


 僕らの会話が一段落するには、もう少し掛かりそうだったが、しかしそうゆっくりする余裕はないらしい。


 僕は『ソニックワイバーン』が、ポリゴンになっていく様を見て、帰還までの残り時間が短いことを悟った。


「イノリちゃん、僕らもう少しで戻るっぽいよ」


「みたいですね。……もう私、結局何もしてないじゃないですか。――いえ、微塵も悔いはありませんけども」


 そんなキリッとした顔で言わないで欲しい――なんて僕が思うタイミングで、受付場へと戻された。



☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



「よし、ただいまー」


「はい、ただいまですね」


 シュン、なんて感じの効果音と共に受付場に降り立った僕らは、特に理由もなく帰宅の挨拶を呟く。


 僕らが戻ったのは、出発したのと殆ど同じ場所だった。

 二人でクエストシートを掴んで「転移」と唱えた、まさにあの地点である。


 それはLoSのシステム通りの結果で、不思議なことは何も無い。

 だから僕は、帰還すれば出発時と同じような光景を目にするのだろう、と思っていた。


 しかしそんな僕の些細な想像は、少しだけ外れることになる。


「――お帰り、二人とも」


 僕らの正面の椅子に、僕らに視線を向けて座る女性が居たからだ。


 僕とイノリちゃんは驚いて、とっさにその女性と目を合わせる。


 そこに居た人物は――


「こんばんは。ボクも君たちの配信、見ていたよ」


――クオンちゃん、その人だった。


 僅かに片目が隠れる長さに揃えられた前髪に、やや垂れ目がちな穏和な瞳。

 そして間違いなく僕らよりも歳上だと分かる、大人びた雰囲気。


 僕が画面越しに何度も見た人物と、全く相違なかった。


 だがクオンちゃんは、つい先程まで配信をしていた筈。

 ここで座っている理由が分からない。


「え、クオンちゃ……さん、ですよね?」


「うん、確かにボクはクオンだ。知っていてくれて嬉しいな、カナエくん」


 そう話すクオンちゃんは、僕に向かって微笑んだ。


 それは何というか、物凄く女の子に好かれそうな笑顔で、頼れる年上の先輩を見ているような気分である。


 ボーイッシュとも男勝りとも違うのだが、何故か甘えたくなるような包容力を持っていて、近くに居るとこちらまで落ち着いてしまう。


 直接顔を合わせて初めて感じるその空気感に、僕は息を呑まされた。


 クオンちゃんは立ち上がると、僕に一歩近づいて話し出す。


「敬語なんて必要ないよ、カナエくん。ボクは二人と仲良くしたいと思っているんだ」


「あ、分かり……った、です」


 そんな優しげなクオンちゃんの言葉だったが、僕はつい敬語を繰り返してしまいそうになる。

 慌てて言い直したものの、かえってよく分からない言語になってしまった。

 

 しかしクオンちゃんは小さく「ふふっ」と笑って、軽く流してくれた。


 一体何なんだろう、話していて感じるこの安心感は。


 どんな失敗をしても、完璧にフォローした上で許してくれそうな気がするのだ。

 いっそ恐ろしいまでの、頼れるお姉さん力である。


 僕の横ではイノリちゃんもまた、恐々とした顔を浮かべていた。

 むしろ、若干の警戒心すら抱いているように見えるのは気のせいか。


 そんなイノリちゃんは、クオンちゃんに問い掛ける。

 それは僕も先に考えたのと、同じ疑問だった。


「えと……クオン、さん。何故こんなところに?私たちに何か用事でも?」


 そう、どうして僕らの側に居たのかという話。

 明らかに僕らを待っていたように見えたし、偶然ではないだろう。


「用事、なんて大層なものではないよ。二人を見ていたらボクも混ざりたくなってね。どうかな、ボクも次のクエストに同行させて貰えないだろうか?」


 僕らに、クオンちゃんが混ざる?

 随分と急な話ではある。


 僕としては問題ないけれど、今はイノリちゃんと二人での配信中だ。


 配信中に別の配信者が乱入する、なんて良くある話なので、イノリちゃんも気にしないとは思うが、やはり僕の一存で決めることは出来なかった。


 僕はイノリちゃんに顔を向けて、その意志を伺う。


 するとイノリちゃんも僕に視線を送っていたようで、すぐにニッコリと笑いかけてくれた。


 あぁ、良かった。

 これはきっと了承の意味なのだろう。


 僕は安心してクオンちゃんの方へ振り向き――


「い や で す(ゲス顔)」


――僕はもう一回イノリちゃんへ振り向いた。驚きのあまりに。口をあんぐりと開けて。


 聞き間違いではないはずだ。

 嫌です、とイノリちゃんがハッキリと言った。


 「ごめんなさい」とかではなく、ただただドストレートな感情論で突き放すとは、流石の僕も思わない。


 というかイノリちゃん怖いし。

 あと今の言葉のせいか、クオンちゃんの雰囲気も変わったし。


「……どうして、かな?イノリくん」


 クオンちゃんが僕に向けていた、優しそうな瞳は何処かへ消え失せて、不気味な瞳をイノリちゃんと交えた。


 何かバチバチと聞こえてくるのは気のせいではない。


 イノリちゃんは真っ向からクオンちゃんと向き合うと、ふんすと息を吐きながら言い放った。


「どうしても何もありますか。貴女、私に興味なんて無いでしょう?分かりやすく、「カナエさんを狙ってます」という目をして、よくもまぁぬけぬけと。そんな人間を、何故近づけなくてはならないのですか」


「え、僕?」


 イノリちゃんの言葉に、僕はぽかんとした表情を浮かべる。


 クオンちゃんが、僕を狙っている?

 何の話をしているのだろう。


 好みの異性を狙うことはあっても、同性を狙うなんて稀すぎる。


 しかも、あのかっこいいクオンちゃんが、僕に?


 そんな訳が――


「ふふ、イノリくんは鋭敏なんだね。それとも同類は見つけやすいのかな?」


 そんな訳が――


「同類?笑わせないでください。貴女のそれは独占欲というものです」


 そんな訳が――


「君がボクに向けているその感情は、カナエくんへの独占欲が原因ではないのかい?」


――――ある、、ぽいなぁ……。


 こんなの僕にどうしろと言うんだ。


 なんかもう会話に入ることすら難しい雰囲気になっているし、一人で置いてけぼりにされて、なんか寂しいし。


 僕が思考に耽っている間にも話は進んで、どんどん悪化していく。

 どちらも声は普通なんだけど、目が怖いんだよ目が。


 止め方が分からない。


「はい、コメ欄ヘルプ」


 困ったのときのコメント欄である。


【こいつコメ欄をなんだと思ってんだ】

【マジでしらっとこっちに話題振ったな】

【毎度言うけど知らねぇって】

【修羅場でこっち見んな】


「いやほんと頼むって皆。今度、全種ビーストスキン見せてあげるから」


【集合】

【任せろ】

【関係ないコメは無しな】

【まず問題点を洗うぞ】

【こういうのは着地地点から探すべき】


 やべぇ、急に頼りになる。


【これ状況整理するとカナエの奪い合い?】

【そうだな】

【カナエに好かれたいのが根本だろ?】

【なら中心はカナエか】

【カナエの一言で解決出来そうだけどな】

【あの二人に聞こえるか?】

【かなり熱中してるかんなあの二人】

【インパクトのある言葉が必要】


 僕はコメ欄を片目に、チラリとイノリちゃんとクオンちゃんの様子を確認しようとして―――


「……っ」


―――あ、ダメだ怖すぎておしっこ漏らしそうになる。


 一秒以上は二人に視線を送れない。


 僕は諦めて、コメ欄に全てを任せることにした。


「お前らが頼みの綱だ……っ!!」


 そうして、すぐ。


【これだな】

【纏まった】

【完璧】

【カナエ、終わったで】


 彼らは答えを導き出したらしい。


「ほ、ほんとに!?僕はどうすれば良いの!?」


 そうして、代表の一人が書き込んだ言葉が、これである。






【「喧嘩するお姉ちゃんたちなんて、大っ嫌い!!!」――これだ】




 ……そんなんで良いんか?


「マジで?」


【マジだ】


「ソースは?」


【俺には小さい娘が居るんだが、同じようなこと言われて一週間塞ぎ込んだ。〇〇するお前が、ってしっかりと理由を伝えるのがミソ。ダメージ三倍】


「サンキュー、あんたの犠牲は無駄にしないよ」


 お父さんは大変なんだなって。


 そして僕は覚悟を決めて、二人に向き合った。

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