第20話 僕と二人のお姉ちゃん @4
僕らの視界は、一瞬にして開けた森へと変わった。そこは人工物の一切見当たらない、自然だけに包まれた僻地。
何一つとして建物は無く、見当たるのは木々と、草と、照り付ける太陽のみ――とまで言うと、少し過剰表現が過ぎるけれど。
とにかくここは、僕らとモンスターだけの空間である。奥に目をやると、件の『ソニックワイバーン』が、今か今かと待ち構えていた。
「……相変わらず凄い迫力」
「もう見るからに『めっちゃ速く飛びます』ってフォルムですよね」
そんな『ソニックワイバーン』がまだ襲ってこないのは、僕らを囲うこの白いサークルのおかげ。僕らがこのサークルを出るか、もしくは此方から攻撃アクションを起こさない限りクエストは始まらないのだ。
しかし動かないと分かっていても、『ソニックワイバーン』がこちらに与えてくる威圧感は相当である。
僕はさっさと武器を選ぶことにした。
「……さて、どれにしよう」
この白い円の中には、あらゆるアイテムが置かれており、武器、スコープ、シールド、回復アイテム等、LoSに現存する全てのアイテムが揃っている。
要するに、クエスト前に好きなだけ装備を整えられる訳だ。この選択で状況は大きく変わるため、勝負は既に始まっていると言えた。
久しぶりのクエストで、どの武器が最善かを決めあぐねた僕は、一旦イノリちゃんの様子を確認することにする。
「イノリちゃんは武器決めた?」
「私は普通に、この最強サブマシンガンを二つ構えて行きますよ。一番火力出ますし、クエストでは王道です。多分」
そう話すイノリちゃんは既に、二つのサブマシンガン――『C-
厳ついそれは、LoS最強火力武器と称される優秀な武器の一つである。イノリちゃんの言葉の通り、クエストにおいては妥当な選択だった。
「だよねー。僕はどうしよっかなぁ……」
本来なら僕も、イノリちゃんと同じ装備を選びたいところだけど、残念ながらそういう訳にもいかない。
「……ああ、そういえばカナエさんのキャラ、『コネクト』ですね。『コネクト』はこの武器使えないんでしたっけ?」
「そうそう」
僕の使用している『コネクト』というキャラは、「パッシブスキル」のデメリットによって、一定重量を超える武器を装備することが出来ないのだ。
その代わり「銃口を向けられると気付く」、というそれなりに強力な能力もあるのだが、とはいえ厳しい制限。僕が使える武器は「ハンドガン系統」と「刃物系統」の二種類だけだった。
「つい癖で『コネクト』選んじゃったけど、これバトロワじゃなくてクエストだし、別のキャラの方が良かったかも。ごめん」
「慣れてるキャラが一番ですよ。私もクエスト向きのキャラではありませんしね」
そう言って僕をフォローするイノリちゃんは、『ヒミコ』というキャラを選び、その衣装を纏っていた。
LoSではキャラを選択することを、「キャラを宿す」という言葉で表現され、そして宿したキャラによって僕らの服装は変わる。
だから今の僕は『コネクト』由来の水色を基調とした衣服を纏い、イノリちゃんは『ヒミコ』由来の赤色の服を着込んでいた。
受付場では自身の作ったアバターの服装なのだが、バトロワやクエストなどに参加し、キャラを宿している最中は、ゲーム側の衣装に変更されるのだ。
と、ここで僕の頭に一つ疑問が浮かぶ。
それは物凄くどうでもいい疑問。
――今の僕の下着って何色なんだろ?
いや、本当にどうでもいい。
僕が何色のパンツを履いていようが何の関係もないし、当然クエストにも影響はない。
だが、ほんの少し気になってしまったのは事実だった。
僕が普段から設定しているのは、白色の少し大人っぽくてお洒落なパンツ。普通に考えれば、僕は今も同じパンツを履いている筈である。
しかしもしかすると、その下着もまた『コネクト』仕様の、水色パンツに変わっている可能性もあるのではないか?
つまりいつの間にか、僕は僕の知らないパンツを履かされている、という危険も存在しうるのではないか?
「これは確認した方が良いかもしれない……っ」
もしLoS運営が変態ド畜生だと仮定した場合、僕は今、とんでもなくエチチなパンツを履かされている、なんてことも有り得る。
なんて巧妙な罠なんだ、LoS運営。
もしかして運営が正体を隠している理由は、ここにあったのではないか。
僕ら美少女にエチチパンツを履かせるがためだけに、運営不明というゲーム形態を作り上げた、という線すら見えてきた。
【カナエのこの顔……】
【うわぁ……なんか考えてるな】
【今度は何思いついたんだろ】
【カナエタイム突入】
【バカなことする前の顔】
【イノリさん逃げろー】
【ダメな時の表情これ】
しかしパンツを確認すると言っても、視聴者の皆に僕のパンツを公開する訳にもいかない。
スカートをたくし上げるときに、光の玉に背を向ける必要はあるだろう。
パンツ公開生配信よりは、イノリちゃんだけに見られる方が遥かにマシだ、と考えた僕は光の玉を背に――つまりイノリちゃんを正面にして立った。
急に向きを変えた僕を、イノリちゃんは不思議そうに見つめている。
別に大したことではないので、わざわざこちらを見る必要はないが、まぁどちらでも良い。
気になったものは仕方ないのだ。
僕の好奇心は止まらない。
さぁ、ホワイトorブルー、どっちなんだいマイパンツ。
僕はスカートの裾を持ち上げて、己のパンツを覗き込んだ。
「――おお?(白色パンツ大公開)」
「――ブフッ!?!?!?(鼻血)」
僕のパンツは白だった。
つまり僕が履いていたのは自ら選んだパンツであり、これでLoS運営への疑いは晴れたと言える。
冤罪かけて申し訳ありませんでした、運営さん。
【何やってんのwww】
【イノリちゃん死んだwww】
【急にパンツ見るなwwwwwww】
【カナエくん、こちらにも見せて欲しい】
【なwwwwんwwwwでwwwww】
【こっちにも見せろ】
あまり過激なことをすると、BAN対象になり得るから気をつけなくてはいけないが、今回は画面にパンツが映った訳でもないしセーフだろう。
そう判断した僕は、冷静な面持ちでスカートから手を離して、衣服の乱れを整える。
そして正面を向き直すと、いつの間にかイノリちゃんが死んでいた。
「え?」
僕は目の前の光景が信じられず、状況を理解するのにワンテンポ遅れてしまう。
「イノリちゃん!?ど、どどどどうしたの!?酷い、なんでこんなことに……。『ソニックワイバーン』?『ソニックワイバーン』の仕業なの!?」
【違ぇよお前だよ】
【ソニックワイバーンが可哀想だろやめろ】
【ソニックワイバーン困った顔してんぞ】
【良い子にしてたよソニックワイバーンは】
コメント欄がうるさい。
ソニックワイバーンの味方をするんじゃない、お前ら僕のファンだろうが。
いや、そんなことよりもイノリちゃんのことが先である。
「イノリちゃん、僕はどうすれば……っ!!まだ配信だって始まったばかりじゃないか!!僕一人じゃ無理だよ!!」
僕はイノリちゃんの肩を揺さぶり、全力で起こそうとする。
しかし反応は返ってこない。
完全に意識を失っているようだった。
幸せそうな顔をしたまま、目を開く気配が全くない。
「ど、どうしよみんな……」
僕は泣きそうになりながらも、コメ欄に救いを求める。
【どうしよってお前……】
【知らんがな……】
【一人で倒してこいよ】
【あいつソロ用より倍強いけどな】
【イノリ勢的には許し難い暴挙】
【一人でアレ倒したら解決】
「え、あれ二人用のLv.9だよ!?流石に無理だって!!」
【でも倒したら配信映え凄いよ】
「確かにそうだね!!倒したらだけどね!!」
再三言うけど無理だから。
一人用と二人用では、天と地ほどに強さが違う。
二人用の方が体力が多いのは勿論として、あらゆるステータスが軒並み増加し、容赦なくプレイヤーをボコしにくる。
Lv.上限を解放したいならソロ一択と言われる程に、複数人プレイは難易度が跳ね上がるのだ。
しかしイノリちゃんが目を覚ますまで、配信を放置する訳にもいかないのは事実。
こうなれば、もうやるしかないのだろう。
「くっ……っ!」
僕は眦の涙を擦り上げ、覚悟を決めた。
【可哀想は可愛い】
「黙れお前ぇ!!!」
僕は吠えながらも戦略を練る。
まず『ソニックワイバーン』との1vs1になった時点で、回復を使う隙は絶対に無い。
「……だから回復はいらない」
荷物が増えれば増える程、移動速度にマイナス補正が入るのがLoSだ。
無駄なアイテムは不要である。
「……シールドは?」
シールドを身につければ一撃耐えられるかもしないが、仲間のカバーが無いと、一度吹き飛ばされたらそのままコンボで殺される。
どの道ワンミスで死ぬのであれば、シールドも不要。
「あとスコープ……も要らないね。覗き込みながら当てられる速度じゃないし、あいつ」
要らん要らん要らん、と僕はあらゆるアイテムを不要判定したのち――
「よし、やっぱりこれで行こう」
――二丁のハンドガン『スフィアシップ』と、その弾丸だけを手にして立ち上がった。
【…………マ?】
【うせやろ……】
【武器以外全部捨てた……】
コメントの流れがやけに速いが、そんなこと知ったものか。
ノーダメージは必須条件。
全部避けて、全部当てる。
それで勝つ。
「覚悟しろおらぁぁぁぁ!!!!!イノリちゃんの仇!!!!」
【いや、それは違……】
そして僕は、白のサークルから勢いよく飛び出して行った。
☆ ☆ ☆
数分間に渡る死闘の末に、僕は伝説を作った。
「はぁっ、はぁっ…、か、勝った……」
――Νew record [6:26]
【…………】
【……え……】
【おぉん……?】
【なんなの】
【これ、二人用……】
【6:37だったよな、世界記録……】
【もうむしろ草】
【……???】
【なんで立ってんのお前……】
【てか、記録……】
消えゆく巨大なポリゴンの集合体を背に、僕は視聴者どもにドヤ顔をしてやった。
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