第18話 僕と二人のお姉ちゃん @2

「カナエさん、私の恋愛相談に乗って貰えませんか……?」


 恋 愛 相 談。


 これには僕も、唐突ですねと驚くしかなかった。


 恋愛相談など、男である僕にどうにか出来る問題だとは思えない。

 他の女性に当たった方が良いのではないか、とは真っ先に浮かんだ考えである。


 そもそも男とか女とか以前に、僕に恋愛経験など無いのだ。


 つまりは二重の意味で、僕じゃ無理なのではないかと感じる次第。


「僕なんかが助けになるかな……」


 相談に乗ってあげたい気持ちはあるが、上手く導ける自信がなかった。

 むしろ迷走させてしまったり、最悪僕のせいで破局とかしそうで怖い。


「でも私こんなこと、リアルの友人には頼めなくて……。カナエさんしか、頼りになる人が居ないんです」


 僕しか居ない、ですか。


「それにカナエさんって、凄くモテそうですし」


 僕ってモテそうなんだ。


「きっと、三日に一度は告白される生活を送っているんですよね」


 それ学校によっては卒業までに、全校男子に呼び出される計算になるね。


「それにカナエさんなら、男の人も選び放題でしょう?」


 男なんて選びたくもないです。


「も、もしかして女の子も選び放題でしたか?過小評価してごめんなさい……」


 そういう話ではないけども。


 そろそろ止めなきゃ不味い気がしてきた。

 何も言ってないのに、際限なく評価が上がっていく。


 もう仕方ないので恋愛相談には乗る、という部分は確定させよう。

 僕しか頼れないと言われて、断れるほど薄情でもない。


 考えるべきなのはその先だ。


 つまり「僕はどんなキャラとして立ち回るか」という部分。


 イノリちゃんの僕へのイメージを受け入れて、自信満々にアドバイスをするか。

 もしくは正直にモテないことを話して、寄り添いながら相談に乗るか。


 この二択である。


「ふむ」


 僕だったらどちらの方が嬉しいだろうか。


 要するに「超恋愛マスター」か「道幸」のどちらに相談したいか、という話になる。


 まぁ悩むまでもなく前者。

 道幸とかいらない。


――であれば、僕は己を恋愛マスターだと思い込もう。


 僕は覚悟を決めて、口を開いた。


「……うん、確かに僕はモテる方かも」


「で、ですよね。カナエさん、可愛いですもんね」


「三日に一度どころか、基本的には毎日告白されるかな」


「!?……そ、そんなに」


「男だけじゃないよ。女の子にもよく呼び出されるんだ」


「や、やはり……」


「それに僕に告白するためだけに、わざわざ海外から来てくれた人もいる。――勿論、断ったけどね」


「な、な……」


 ちょっと罪悪感出てきた。


「うん、だから安心して相談すると良いよ。この恋愛マスター・カナエ、にさ」


「カナエ、さん……」


 そんな尊敬するような顔で見ないで。

 良心の呵責がキツい。


 冗談はこの辺にして本題に入ろう。

 

「それで、恋愛相談っていうのはどんな内容なの?」


 僕はイノリちゃんに、ズイっと顔を近づけて問いかけた。


 するとイノリちゃんは緊張した面持ちで話し始める。


「……あの、実は恋愛相談と言っても、まだホントに好きなのかもよく分かってなくて……。私、今まで恋とかしたことなかったんです」


 初々しいなぁ。

 僕も祈祷さんが初めて好きになった相手だし、人のこと言えないけど。


「だ、だから私のこの状態が、恋なのかどうか、という部分から教えて欲しいんです」


「……なるほど。なら最初に僕から聞きたいのは、どうしてその男の人を好きかも、って思ったのかだね」


 僕の質問を受けたイノリちゃんは、頬を紅潮させ俯きながら答える。


「その、少し前に色々あって……、急に意識し始めちゃったんですけどね。そ、そしたら少しずつ、目を合わせづらくなってきて……。ついに顔を背けたり、とかまで」


「ほう」


「さ、最近なんて近くに居るだけで顔が赤くなったり、ドキドキしたりするんです。それにどうしてか、……自分から話し掛けられなくて」


「ふむふむ」


「あ、あと彼が私以外の女の子の話をすると、それだけでムカつきます」


「どのくらい?」


「三回殴れば収まるくらいです」


「おけ」


 三回は痛いね。

 止めてあげた方が良いと思う。


「これは、恋……ですか?」


「そりゃ恋だよ。余裕で恋だよ。めっちゃ大好きじゃん」


 僕の断言を聞いて、イノリちゃんは落雷を受けたかのような、衝撃的な表情を作った。


 むしろなんでそんなに驚けるんだろうってくらいに、圧倒的なベタ惚れである。

 

「信じられないなら想像してみてよ。イノリちゃんの後ろから、その男の人がガバッと抱きついてきてさ。耳元で『大好きだよ』って囁かれるの。どう?」


 ただの例えではあるけども、比較的分かりやすいのでは、と僕は思う。


 イノリちゃんはその状況を脳裏に描いているのか、一秒ほど虚空を見つめる。

 そしてすぐ、惚けた顔で放心しながら、頭から湯気を出し始めた。


「…………ぅ、ぅぁ」


「されたい?」


「さ、されたい……かもしれません」


「ほらやっぱ恋だよ」


「恋、しちゃったんですか、私」


「しちゃってるね」


 僕はふんぞり返りながら思いっきり膝を組んで、自信ありげに明言する。


 こういうのは雰囲気が大事だ。


「それで相談というからには、ここからが本題なんだと思うんだけど……何かあったの?」


「そ、そうなんです。私の場合、少し状況がこんがらがってまして」


 こんがらがる、とは一体。


「私のその、す……好きな男の子なんですけど、実は一度、私に告白してくれてるんです」


「なんですと」


 というかその話は聞いた覚えがある。


 以前イノリちゃんが雑談枠で恋話をしていたときだ。

 それなりに良い感じの男の子に告白されたが、ゲームの時間を減らしたくないから断った、みたいな内容。


「つまり何。一回告白を断ったけど、その後に好きになっちゃったってこと?」


「……はい」


 難儀だなイノリちゃん。


「でもそれ、相思相愛って奴じゃないの?普通にイノリちゃんから好きって伝えれば、それで解決するんじゃないかな」


「む、無理です。絶対無理です」


「どうして?……もしかしてその男の子、別の人に気移りしちゃった?」


「い、いえ、それは大丈夫、だと思います。今でもたまに、告白めいたことを言ってくるので。……ただ私の方から伝えるなんて、それは……」


 本当に難儀だなぁイノリちゃん。


「じゃあ次に告白されたときにオッケー出せば?」


「いや、その……。私が軽くあしらうのが、一つのテンプレみたいになっちゃってて……」


「今更オッケー出せないと?」


「……はい」


 流石に難儀過ぎるぞイノリちゃん。


 というかそこまで行くと、むしろ男の人が可哀想だ。

 その人、生きてて辛くないのかな。


「な、何か、良い方法はありませんか……?」


 イノリちゃんも、自身が滅茶苦茶を言っている自覚はあるようで、声の調子はかなり弱々しい。


 しかしこの恋する乙女の顔を見る限り、諦めるつもりは無さそうだ。

 実際問題、かなり詰みに近い状況な気もするが、果たしてどうしたものだろうか。


「うーん……?」


「カ、カナエさん……っ」


 そんな「貴女が最後の頼みの綱なんです」みたいな顔されても、難しいものは難しい。


 やっぱイノリちゃんが頑張って、相手に伝えるしかないんじゃないかなぁ、なんて結論に至りそうになったとき――


「あ」


――悪魔のような方法を一つ、僕は思いついてしまった。


「な、何か分かりましたか!?」


 僕の気付きの「あ」に反応して、イノリちゃんが凄い勢いで飛び付いてくる。


「え、いや……うん、まぁ。でもこれはちょっと……」


 しかし、この方法は幾らなんでもエグい。


 こんなことイノリちゃんにやらせて平気なのだろうか――というか、やらせたら相手の男に申し訳ないレベル。


「お願いします、教えてください」


 だがイノリちゃんの目がマジだ。

 決意の灯った瞳をしている。


「……まぁ教えるのは良いんだけどね。大変だよ、多分。それに、これやるには条件もあるし」

 

「条件、ですか?」


 イノリちゃんは首を傾げて、疑問符を頭の上に乗せる。


 そう、絶対に必要な条件だ。

 普通に告白した方が100%楽だと思うくらいには、女の子にはキツい条件。


 それは――


「――イノリちゃん、その男の人に襲われても大丈夫?全部許せる?」


「ふぇ!?」


 イノリちゃんは目を白黒させて、慌てふためく。

 色々と想像しているのか、顔も真っ赤であった。


「お、襲われるって……?」


「いやまぁ……そのままの意味だけどね。キスされたり、あとはほら――分かるでしょ?全部」


「ぜぜぜぜぜ全部!?」


 セクハラ紛いな発言をしているのは分かるが、今の僕はカナエだからセーフ。


 いつものクールなイノリちゃんは何処かへ消えて、小動物みたいにあわあわ言っていた。


「……ぜ、全部?……星乃さんと?全部?最後まで?」


 その言葉はあまりにも小さくて聞き取れなかったが、考えていることだけは想像がつく程に、分かりやすい顔をしていた。


「で、どうする?やっぱ普通に告白――」


「よ、喜n――耐えられます!」


 今この人、喜んでって言おうとしなかった?聞き間違い?


「…………あ、、そう、ですか」


 僕は聞かなかったことにする。


 きっとどんなに魅力的なアイドルにだって、欠点はあるのだろう。

 もうどうでもいいやと割り切って、その「方法」について話すことにした。


「じゃ説明するね」


「はい」


 今までで一番、凛々しい返事だ。

 何か納得が行かない。


「まず普段はなんでも無いかのように過ごすの。友達として、いつも通りに」


「は、はい」


「で、二人きりになったとか、とにかくチャンスだと思ったら、スキンシップやら何やらで徹底的に誘惑して――で、襲わせる」


「……」


「そして素直に襲われる」


「……」


「最後に、『責任取ってね』って言えば解決」


「……それは、酷い」


「な、何さ……。僕だってイノリちゃんの為に考えたのに……」


 まるで僕が悪者みたいな空気出すの止めて欲しい。


「僕は、絶っっ対に普通に告白した方が良いと思うけど、どうしても受け身の姿勢だけで完結させたいなら、これしか無いと思うよ」


「な、なるほど。頑張ります」


 グッと両手の拳を握り締めて、燃える瞳を浮かべるイノリちゃんだった。


 頑張るってどっちを?と尋ねるだけの勇気は僕には無かった。

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