第17話 僕と二人のお姉ちゃん @1

 何やら祈祷さんの様子がおかしいな、と。


 僕はそんなことばかりを考えていた。


 挨拶をすれば普通に返事をしてくれるし、会話の内容自体にも違和感はない。

 ただ、何となく避けられているような気がするのだ。


「うーん……?」


「どうした一叶。お前が悩むとか珍しいな。というか頭を使うとか珍しいな」


「毎度初手で喧嘩売るの止めない?」


 僕は頬を引き攣らせながら言葉を返す。


 開口一番に僕を貶してきたこの男は、勿論のこと道幸である。


 いつもの調子で僕をバカにしてくる訳だが、何よりもムカつくのは、道幸は揶揄からかっているのではなく、心の底から「一叶が頭を使ってる!」って驚いていること。


 恐らく僕を、猿以下の何かだと思っているのだろう。


 しかしこの程度のことで怒っていると、一切話が進まなくなるため、僕は菩薩の心でスルーした。


「いや最近さ、祈祷さんの様子がいつもと違う気がするんだよ。気のせいかな」


「祈祷さん?……分からん、俺にはいつも通りに見えるな」


 道幸は、チラリと祈祷さんに目を向けながら答える。


 道幸はなんだかんだで相談すると真面目に聞いてくれるため、その言葉はそれなりに当てになるのだ。


 やはり祈祷さんの件は、僕の勘違いなのだろうか。


 そんな僕の様子を見兼ねてか、道幸は少し何かを考えると、祈祷さんに声を掛けた。


「ねぇ、祈祷さーん」


 祈祷さんは本を読んでいたようだが、道幸の声に反応して顔を上げる。


「はい?どうしましたか、笹木さん……と、星乃さん」


「あ、ごめんやっぱ何もないや。わざわざ今話すことでもなかった」


「?……そう、ですか。分かりました」


 祈祷さんはそう言うと、再び本に目を落とした。


 唐突に行われた無意味そうな一連の会話。

 一体何がしたかったのかと、僕は目線で道幸に問いかける。


「おい一叶。今の祈祷さん、お前の顔を見た瞬間に少し固まってたぞ。何かしたのか?」


「え、ホントに?なんだろ」


「嫌われるようなことしてないだろうな」


「……身に覚えがない」


 しかし嫌われた、と言われるとそうなのかもしれないと感じる要素はある。


 最近、祈祷さんに話しかけられる機会が急激に減ったのだ。

 今まで理由が分からずにいたが、嫌われたのだとすると辻褄があう。


「ど、どうしようホントに嫌われてたら」


「どうしようってもなぁ……。今度さり気なく、理由くらいは聞いてやるけど」


「道幸、お前ぇ……。放課後に飯奢る……」


 僕は良い友達を持った。


 とはいえ、自分でも理由は考えてみるべきだろう。

 それで思い当たる節があれば、どうにかなる可能性もある。


 嫌われたのはショックだが、まだ無視される程ではないし、きっと取り返しは付くはず。


 僕は溜め息を吐きながら、最近の祈祷さんとの会話を思い出していった。


「……ところで道幸、ずっと聞きたかったんだけどさ」


「なんだ?」


 大きく話は変わってしまうが、僕には物凄く気になっていたことがある。

 それは僕らが隠奏さんの家で、勉強会をした日のことだ。


「あのとき、どうやって隠奏さんの家から逃げたの?」


「ああ、大したことじゃない。『俺は瞳のことを抱きしめたいのにっ!でもこの手枷のせいで、俺はお前を抱きしめられねぇ……』って言ったら、すぐに手枷外してくれた」


 純粋過ぎるぞ隠奏さん。


「それで抱きしめたの?」


「いや、ガン無視して全力ダッシュ」


「だと思った」



☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



 僕は今日の19時から、イノリちゃんとコラボ配信をする約束をしていた。


 配信する内容はLoSの「クエストモード」と呼ばれる遊び方。


 クエストモードとは、モンスターを討伐する対NPC戦であり、他のモードとはかなり毛色の異なるゲーム形式である。


 クエストにはモンスター討伐以外にも様々あるが、やはり見ていて一番華があるのは討伐だということで、僕らは討伐を行うつもりだった。


 現在の時刻は18時25分。


 約束の時間にはまだ早いが、僕はクエスト受付場へと向かっている最中だ。

 間違えてもイノリちゃんを待たせないように、という後輩としてのちょっとした計らい。


 しかし。


「……あれ?イノリちゃんもう居るのか」


 約束の場所に着くと、そこには既にイノリちゃんの姿があった。

 バトロワ受付場の物と同じ、長方形型の机の前にちょこんと座っている。


「あ、カナエさん。お疲れ様です」


 イノリちゃんは僕に気が付くと、笑顔で僕の名前を呼びながら、こちらに向けて手を振る。


 それを見た僕もまた、小さく手を振り返した。


「お疲れ様、イノリちゃん。随分早いんだね。もしかして待たせちゃったかな」


「いえ、私も今着いたところです。待ってはいませんので、気にしないでください」


 僕はイノリちゃんの言葉に軽く安堵を覚えつつ、イノリちゃんと同じ長椅子に座る。

 丁度、隣合って並ぶような位置関係だ。


 そして一息ついて横を見やると、イノリちゃんがホログラムを開き、何かを映しているのが分かった。


 誰かの配信のような気もするが、僕の位置からだと詳細までは判断が付かない。


「イノリちゃん、何見てるの?」


 僕は浮かんだ疑問を、そのままイノリちゃんに投げ掛ける。


「あ、これですか?クオンさんという方の配信です。実は少し興味があって」


「へー、クオンちゃんの配信か」


 クオンちゃんと言えば、僕も追っている人気Vtuberだ。

 そこそこ昔から応援していて、今でも頻繁に配信を開く程度には、僕もファンの一人である。


 ただ今ばかりはクオンちゃんの名前を聞くと、祈祷さんがガチギレしてる姿を思い出してしまう為、あまり意識したくないのが本音。


「イノリちゃんも、クオンちゃんのこと好きなんだね」


「いえ、全然。どちらかというと嫌いです」


 ……………。

 ……………。


 今嫌いって言った?


「え、なんで見てんの?」


 至極真っ当な質問だと思う。

 いやホントなんで見てんの?

 

 嫌いなVtuberなんか見ない方が健全だって絶対。


 僕がそんなことを考えていると、イノリちゃんは気まずそうにしながら、モゴモゴと話し出した。


「それには、その……。少しワケがあって……」


「?」


 なんだろう、と思いながら僕はイノリちゃんの顔をジッと見つめる。


 そして少しすると、それは意を決したような表情に変わり、恥ずかしそうに口を開いた。


「カナエさん、私の恋愛相談に乗って貰えませんか……?」


「んん?」


 恋 愛 相 談。


 突然に現れた想定外の単語に、僕は驚きに包まれる。


 クオンちゃんと一体何の関係が、とか。

 イノリちゃんの恋愛相談なんて僕に務まるのか、とか。


 そういう話の以前に。


――僕、男だけど大丈夫?

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