第13話 僕は勉強したくない @5

 段々と距離が近付くにつれ、その悲鳴は鮮明なものに変わっていき、僕らに伝わる情報も増えていく。


 まず性別が判別できるようになり、次には誰の声かの区別がつき、そして最後に言葉の内容も分かるようになった。


 想像通りといえばそれまでなのだが、やはりその声の主は僕らの知る人物。


「あ、笹木さんの声ですよ。元気そうで安心しました」


「え、これって元気そうなの?」


 我らが友人、笹木道幸であった。


 祈祷さんは道幸の声を元気そうと評すが、僕には拷問を受けている最中のようにしか聞こえない。


 大声を出すことを元気と呼ぶのなら、ギリギリ間違いでもないが、それは動物園と人間を同一視してしまっている気がする。


「んー、助けた方が良いのかなぁ…」


「状況を見なくては、なんとも…」


「それもそうだね。とりあえずもう少し近付いてみようか」


 そうして僕らはさらに進んでいった。


 すると徐々に景色が変わると共に、幾つかの檻が見え始めた。

 頑丈そうな柵で四方を覆われた、罪人を収容するような檻である。


 見た目は古風な癖に鍵だけはデジタル式で、一度捕まったら容易には逃げ出せそうにない。


「これが、これから道幸が暮らしていく家―――」


「助ける気あります?」


 僕と道幸の友情を疑われたようで、心外である。


 そんな僕の遺憾な思いを表情で伝えていると、道幸の一際大きな叫び声が響いてきた。


「いい加減…、この手枷を外せ!!!!!」


 それは懇願というよりも、激情的な声。

 珍しく命令口調な道幸の言葉を聞いて、一体何をされたのだろうという疑問が湧いてくる。


 しかし今の声で、僕らはハッキリと道幸の場所を特定することが出来た。


「そこの檻だね」


「ですね」


 僕と祈祷さんは、上下に並んでひょこりと顔だけを出し、檻の中を覗き込んでみる。


「……………あーん」


「い、嫌だ!!この状況で初あーんを済ませたくない!!せめて、せめて弁当を一緒に食べながらとか!!!」


「…………あーん」


 そこには隠奏さんがスプーンを、手枷を付けられた道幸に向けている、という姿があった。

 道幸が抵抗しているため、そのスプーンは頬にめり込んでいるが、隠奏さんは一切気にした様子もなく、道幸の口に突き入れようとしている。


 二人の横にはまだ湯気の残る、美味しそうな食事が置かれており、手錠によって手を使えない道幸に代わって、食べさせてあげているのだと察せられた。


「なんだ、二人でご飯を食べてるだけじゃないか。拷問じゃなくて安心したよ僕」


「ご飯を食べてる”だけ”……?」


 何か納得のいかない様子の祈祷さんだが、僕は気にせずに言葉を続ける。


「和気あいあいとしてる所を、邪魔するのも申し訳ないよね。隠奏さんに助けを求めるのは、もう少し待ってからにしよっか」


「和気あいあいと……?」


 さらに顔をしかめる祈祷さんだった。


 隠奏さんに助けを求めるのを諦めた僕らは、出口を探してさらに先へと進むことにする。


「二人が居たってことは、この辺りに出口があるのかな」


 隠奏さんの用意していた食事にも、まだ湯気が立っていたし、少なくとも数分で辿り着ける場所に何かあるだろう。


 僕らはそれを目的に歩くことにした。


 そして一分も経たずに、僕らはあるものを見つける。


「星乃さん、扉が見えますけど」


 祈祷さんの声を聞いた僕は、その視線の先を追ってみた。

 すると確かに、物々しい扉が壁の一部を埋めていた。


 簡単にひらけそうな扉には見えないが、もしかしたらと思った僕らは、近付いて確認してみることにする。


 それは木造の壁とはどう頑張っても馴染まない、金属製の扉。

 触れると冷たい感触が、僕の手を伝った。


 僕はドアノブと思われる取っ手を掴み、その扉を開こうとする。


「……あれ?このドアノブ回らないよ」


 しかし、扉は動かなかった。


「やはり鍵が掛かっているのでしょうか?」


「いや鍵っていうか……ピクリとも回らないんだよね。ドアとドアノブが、元々一つの金属ですってくらいに回らない」


「?……少し良いですか」


 僕は祈祷さんと代わり、ドアの正面を譲った。


 そして祈祷さんもまた僕と同じようにドアノブを回そうとするが、やはり結果は同じで、開きそうな気配は微塵も感じられない。


 その様子を見て、諦めて先に進もうか、と僕が言おうとした瞬間。


―――スッタァァァン!!(横スライド)


 扉は凄まじく軽い音を響かせて、襖の如く道を開けた。

 祈祷さんの右サイドに振り切られた両手が、何が起きたのかを分かりやすく伝えてくる。


「いや……めっちゃ重そうな見た目してるのに……扉お前マジか…………」


「そういえばここ、和風の御屋敷でしたね」


「なんなのそのこだわり……」


 この家の扉はスライド式しか認めない、というスタイルなのだろうか。


 よく分からない職人の意思が、見え隠れしているのは物凄く気になるが、とにかくこれで先へ進める。


 僕らは扉の奥へと視線を向けた。


 すると、そこには――


「……っ!!」


――大量の、イノリちゃんグッズが置かれていた。

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