第12話 僕は勉強したくない @4

「ねぇ祈祷さん。僕ら一応、密室で二人きりな訳だけど、警戒とかするの?」


「(笑)」


 なんか鼻で笑われたわ。


 おかしい、二人きりで勉強会って一大イベントではなかったのか。

 大体のラブコメではそのイベントで進展するのに、僕らには何も起こる気配がない。


 もう勝手にドキドキしてたのがアホらしくなってきた。

 分かってはいたけど、男として見られてな過ぎて悲しくなる。


 追々頑張って行こう。


「それにしても凄い部屋だよね。その鎧とか、幾らくらいするのかな」


「どうでしょうか?少なくとも、触らないに越したことはないと思いますけど」


 僕と祈祷さんは、道幸の犠牲の果てに行き着いた、この華美な客間を見回していた。


 僕達はこれから、この部屋で勉強するつもりなのだが、そこらに置かれた骨董品が恐ろしく、中々動けずにいる。


 もし何かの拍子にペンを吹き飛ばして、どれか一つでも壊してしまったら、などと想像すると寒気がして仕方がない。


「出来るだけこの場から動かないようにしつつ、勉強を始めましょう。無闇に近付かなければ大丈夫な筈です。多分」


 そうして、僕らは各々の鞄から勉強道具を取り出した。

 左に僕、右に祈祷さんと並び、それぞれの目の前の机に道具を並べる。


「さて、何からやります?」


「何からと言われても、何から何まで苦手な僕には難しい質問だよ?それ」


「……では覚えさえすれば点を取れる、日本史から行きましょう」


「おっけー」


 僕は祈祷さんの言葉に頷いた後、授業内容が記録された端末を操作して、日本史の教科ファイルを映し出した。

 

「でも日本史って覚えることが多すぎて、何処から手をつけたら良いのか……」


「出題される問題なんて、ある程度決まっていますから。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


「それは心強いね」


 流石学年トップクラスの成績の持ち主である。


 祈祷さんには迷惑を掛けるのだから、僕も精一杯頑張らねばならないなと思う。



☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



 それから一時間ほど勉強を教わった頃。


「ねぇ祈祷さん、一つ質問しても良いかな」


 僕はふとしたタイミングで、祈祷さんに声を掛けた。

 祈祷さんは僕の声を聞いて、ホログラムに向けていた視線をこちらに向ける。


「どうしました?何か分からないことでも?」


「うん、分からないっちゃ分からないね」


 僕にはどうしても気になることがあった。


 それは僕一人で解決するには難しい問題で、出来れば祈祷さんにも相談したいと思える内容。


「そこに鎧あるよね?」


「ありますね」


 僕が指差すのは、この部屋の床の間に置かれた立派な鎧だ。


「で、この日本史のデータにある、鎧の写真を見て欲しいんだ」


「はい見ました」


「めっちゃ似てない?」


「めっちゃ似てますね」


 ほらやっぱり気のせいじゃなかった。


 日本史の教科ファイルに載っている鎧と、今僕らの目の前にある鎧、偶然にしては似すぎている。


「レプリカではありませんか?」


「僕もそうだとは思うんだけどさ、でもここまで隠奏さんの家を見てきて、レプリカっていうのも逆に信じられないというか」


「気持ちは分かりますけど、これ本物なら国宝ですよ。こんな場所に本物があったら、それはそれで問題かと思いますが」


 普通に考えればそうなのだけれど、この教科ファイルに記された「現在行方不明」の文字が気にかかる。


「少し僕、確認してみるね」


 僕は立ち上がると、その鎧に近づいてみた。


 レプリカか否かを見極めるような鑑定眼は、僕には備わっていないものの、傷とかの雰囲気で何か分かるかもしれない。


「ちょ、ちょっと星乃さん。絶対止めた方が良いですよ。私、嫌な予感がします」


 祈祷さんも立ち上がり、僕を引き止めようと声を掛けてくる。

 しかし既に火のついた僕の好奇心は止められないのだ。

 

「99%レプリカだし、大丈夫だって。祈祷さんも見てみなよ。これ凄くよく出来てる」


 僕は鎧を眺めながら、祈祷さんを呼ぶ。


 するとやはり祈祷さんも興味はあったのか、不安そうにしながらもゆっくりと近付いてきた。


 そして僕と並んで鎧を覗き込む。


「わぁ、雰囲気ありますね。本当に遥か昔に作られたような老朽の気配を感じます。それに色を着けただけではなく、傷跡まで精巧に付けられてますし。刀傷に、これは矢を受けた痕でしょうか?凄いです、まるで本当に戦場を駆け抜けたか、の、よう…………。これ本物では?」


「僕もそれ思った」


 レプリカってこんなに凄かったかなって。

 真似るにしても限度がある気がする。


――なんてことを思った途端、手で体重を掛けていた床の部分が、ガコンと音を立てて沈みこんだ。


「「え?」」


 何かの仕掛けを踏み抜いてしまったような絶望感。

 これ多分やらかしたな僕。


「祈祷さんごめんね、もしこれから何か起こるとしたら僕のせいぁぁぁぁぁああああ!!!!!」


「きゃぁぁぁぁあ!!!!!!」


 僕が謝罪の言葉を言い切る前に、僕らの下の床には穴が空いて、道幸と同じように落下していく事となった。


 突如現れる浮遊感に、心臓が抜け落ちるような感覚が訪れる。


 足場を失った僕らに出来ることなど大してないが、限界まで足掻かねば死んでも死に切れない。


「祈祷さん、捕まって!!!」


「は、はい!」


 落下最中の空中で、僕は祈祷さんの手を掴むと、そのまま手を引いて抱きしめた。


 一体どんな場所に落とされるか分からない以上、せめて祈祷さんの安全だけでも、出来る限り確保する必要がある。


 僕が下敷きとなるように、落ちながらも強引に身体を捻った。


 そして地面が見えてきて――


「ぎゃふん!!!」


「わふ!!」


――ふっかふかのマットに落ちた。


 柔らかいクッションとの衝突音を立てて、僕らは無事に大地へと帰還する。


「だ、大丈夫?祈祷さん」


「は、はい、どうにか…」


 僕は祈祷さんの手を取り、立ち上がるのを手伝った。

 見たところ祈祷さんに怪我の様子はなく、落下によるダメージは見受けられない。


 ただどういう訳か、祈祷さんは複雑そうな表情を浮かべている。


「……どうしたの?」


「いえ、星乃さん、落下中に私のことを抱きしめて、助けようとしてくれたじゃないですか」


「う、うん一応」


「それで少しキュンと来たんですけど、冷静に考えたら落とされた原因って星乃さんですよね?マッチポンプみたいで嫌だなって」


「それはなんかごめん……」


 プラマイゼロか、ワンチャンマイナスまでありそうで悲しい。


 しかし今更言っても仕方はないので、気を取り直して、周囲の状況を調べることにする。


「あんまり地下って感じのしない、綺麗な場所だね。洞窟みたいなのを想像してたけど、普通に人が住めそうなくらい掃除されてる」


「そうですね。壁も床も、私たちが元いた場所と同じ材質ですし。これなら案外簡単に、上に登る階段を見つけられるかもしれませんよ」


 思っていたほど、不味い状況ではなさそうだ。


 僕らは取り敢えず、また通路に沿って進むことにする。

 迷路みたいになっていないことを望むが、正直この屋敷の広さだと、一つ二つの分かれ道で階段に辿り着けるとは考えづらい。


「最悪、どうにか隠奏さんに見つけて貰えれば良いんだけどね」


「むしろ見つけて貰えなかったら、結構ヤバいですよ私たち」


 ホントそれね。


 とはいえ、流石に餓死する前には出口に辿り着けるだろうけど。


 そうして二人で話しながら歩いていると、遠くに人の声が聞こえてきた。

 小さくてよく聞き取れないが、まるで助けを求めているような。


「これは、叫び声…でしょうか」


「こっわいなぁ。行く?」


「行くしかないですよ。人ですもん」


 祈祷さんって、やるときは躊躇ないタイプなんだよなって思う。


 僕は祈祷さんに従って、声のする方へと足を踏み出した。

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