第11話 僕は勉強したくない @3

この話のみ、縦読みだと分かりづらい演出があります。ご了承ください。


_________


 無事に道幸を捕まえた僕らは、そのまま隠奏さんの家へと向かっていた。


 縄に縛り付けられた道幸は、最初はいくらか抵抗したものの、絶対に抜け出せないと悟ってからは、体力を温存する方向で立ち回っている。


 一人は上半身の自由を失っているが、それはそれとして僕ら4人は仲良く朗らかに歩き、そして隠奏さんの家に着いた。


「でっかい……」


「おっきな家ですね……」


 それは和風な木造建築の、大豪邸だった。


 僕らの目の前には立派な門が立っており、横を見れば石で出来た垣根が遥か先まで伸びている。


 一軒家、というよりは屋敷と呼ぶ方が正しいくらいに、広大な土地を利用していた。


「……もしかして隠奏さんって、お嬢様?」


「………………微妙」


 その曖昧な答えに疑問を感じるが、問い返す心の余裕は僕には無く、黙って隠奏さんの後ろを付いていった。


 門を潜ってからも、玄関まではそれなりの距離がある。

 また横に目をやると、恐ろしいほどに手を掛けられた庭園が、構えていることに気付いた。


 さらにはどう考えても触ったら不味い骨董物もちらほらと。


 この家ではありとあらゆる物事が、僕の背筋に冷たいものを走らせる原因となっていた。


 ビクつきながらもどうにか玄関に着くと、隠奏さんがその扉を開いてくれる。


「……………どうぞ」


「お、お邪魔します……」


 僕らは各々の挨拶と共に入口の扉を潜った。


 そこに広がるのは、外観からの期待を裏切らない趣ある内装で、同時に仄かな木の香りが僕らを包む。


「分かんないけど、絶対に高級な木を使ってる……」


 これは友人の家を初めて訪れる類いの緊張とは、全く異なる緊張だ。


 もう何を喋れば良いのかも分からなくなった僕は、ただただ静かに、隠奏さんの後ろを歩いて行くことしか出来ない。


 しかし長い廊下を歩いていると、ふと隠奏さんは立ち止まった。


「…………先行ってて」


「え?」


 唐突に伝えられたその言葉に、僕の脳は付いていけなかった。

 先に行けと言われても、果たして何処へ向かえば良いのかを、僕らは誰も知らないのだから。


「あの、隠奏さん。私たちは道が分からないので、先に行くのは難しいかと……」


 半ばパニックに陥っていた僕に代わって、祈祷さんが質問してくれた。


「…………進めば分かる」


 しかし隠奏さんはその言葉だけを残して、僕らの来た道へと歩いていってしまった。

 そして家の構造を知らない三人だけが、ポツンと立ち尽くす。


「えぇ……進めば分かるってどういうこと?」


「俺も分からんけど、進むしかないだろ…」


「そうですね」


 幸い、今この瞬間に僕らが立っている場所は一本道なので、進む先だけは困らない。


 二人の言う通り、行くしかなかった。


 しかしそうして幾らか進むと、道が二つに分かれた場所に出た。

 T字になった通路で、僕らは足を止める。


「どうしよ分かれ道だ。どっちが正解なのかな……」

 

「いえ、星乃さん。中央に看板が立っています。読めば何か分かるかもしれません」


 祈祷さんの声に従って中央に目をやると、確かに小さな看板が立っていた。


「ホントだ」


 僕はその看板に近付き、そこに記された文字を読む。


 _________________

 | 星乃と祈祷      道幸   |

 |   ←        →    |

 ===========================

         ##

         ##

         ##

         ##



「…………」


「…………」


「…………」


 あー、そういう感じね。


「……じゃ僕と祈祷さんは左に行くから、道幸はまた後で。行こっか、祈祷さん」


「そうですね。笹木さん、頑張ってください」


「待てお前ら絶対に分かってんだろ!?誰がこんなの右行くか!!!」


 いやだって、看板にそう書いてあるし。


「良いからさっさと行きなよ。看板に逆らうのは犯罪だってお母さんに習わなかった?」


「いやいやこれは流石に頭悪いって!こんなの右に行くやつ居ないだろ!」


 往生際の悪いヤツだなぁ。


 しかしどうしたものかと考えていると、ふと祈祷さんが僕に目配せをしてきた。

 なにやら考えがあるらしい。


 実際に何をするつもりかは分からないが、僕は頷いて祈祷さんに任せることにする。


 祈祷さんは僕から目を離すと、道幸に向かって一歩近づいて、仰々しく口を開いた。


「……確かに、笹木さんの言う通りですよね。『こんなの右に行くやつ居ない』、私もそう思います」


「だよな?祈祷さんもそう思うよね?」


「はい。こんな看板を見せられて、右に罠があると思わない方がおかしいです」


「そりゃそうだ。だから俺は左に――」


「だからこそ!!」


「!?」


「隠奏さんは、笹木さんが左に来ると……そう予想しているのではありませんか?」


「!……それは、……」


「冷静に考えて、こんな分かりやすい罠は有り得ませんよ。ですから私はこう考えます。――この看板自体が、嘘であると」


「な、……なるほど」


「もう私は何も言いません。あとは笹木さん自身で決めてください。右へ行くのか、左へ行くのか」


「……っ!」


 なんか面白い事になってきてるな。


 普通に考えて、右に罠があるに決まってるだろ。

 僕と祈祷さんに危害が及ぶ可能性を、わざわざ隠奏さんが作るわけが無いのだから。


 特に今回の場合なんて、ほぼ100%三人全員が左に行くように誘導されてる看板だ。

 左に罠なんて作ろうものなら、三人纏めて被害を受けかねない。


 きっと隠奏さんは、あわよくば道幸を捕まえよう程度に考えているか、もしくは左に進んだ先に、第二第三の本命を仕掛けている筈である。


 だから正解は左。


「………くっ……!!」


 しかし道幸は悩む。


「どうするの?道幸」


「……いや、俺は左を選ぶ」


 どうやら考え抜いた果てに、道幸も答えに気付いたらしく左に決めた。

 正直右に進んでくれた方が面白かったが、こればかりは仕方がない。


「分かりました。どうぞ左へ進んでください。……無事を祈ります」

 

「ああ」


 道幸はそう返事をすると、覚悟を決めた顔で左に進み――――突如床に空いた穴に、落ちていった。


 僕にはまるで、道幸が消えたかのように見えた。


「え?左?」


 僕の予想はいとも容易く外れ、罠は左の通路にあった。

 僕は驚きに顔を凍らせる。


「星乃さん、どうかしましたか?」


「いやどうかしましたかって……。道幸落ちていったよ?左に進んで」


「そうですね。左にありましたね、罠」


 祈祷さんは然もありなん、といった態度で特に不思議に思う様子はない。


「左に罠があるって分かってたの?」


「いえ、まさか。笹木さんを先に進ませて、人柱にしただけです」


「悪魔じゃん」


 それは人間のする事じゃない。

 というか人間のしていいことじゃない。


「でもきっと、隠奏さんはそういう意図で作ってますよ?彼女の『進めば分かる』って一言は、逆に言えば進まなくては分からない、ってことですので」


「うわたちの悪い死にゲーみたいなこと言い出した」


「私、死にゲーも結構好きなんですよね」


「死んだの道幸だけどね」


「今度一緒にやりますか?」


「やだよ」


 絶対に僕のストックも良いように利用されて終わる。


「まぁどうしても、笹木さんを捕まえたかったんでしょう。それでは私たちは右へ」


「はーい……」


 一応僕が先行したが、結局何も起こることはなく客間へと到着した。


 全体的に落ち着いた雰囲気の部屋だが、やはり高価そうな物体はあちこちに見える。


 中央にはやけに質の良さそうな黒塗りの木机が置かれており、床の間には壺や掛け軸が飾られていた。


「……………いらっしゃい」


 そして黒の机の前には、隠奏さんが座っていた。


 隠奏さんの表情は未だかつて無いほど穏やかで、考えていそうなことを読み取るなら「でかしたぞ、二人とも」だろうか。


 しかし僕らの姿を見ると、隠奏さんはすぐに立ち上がる。


「……………ゆっくりしてて」


 するとその言葉と共に、床の間の掛け軸を捲り、奥へと進むようにして姿を消してしまった。


 バサッと捲られる掛け軸と、居なくなった隠奏さんを確認した僕らは、大きな机に対して横に並んで座る。


 やっと一息つけたねと、僕と祈祷さんは微笑み合う。


「いやちょっと待って、今さ僕普通に流したけど、掛け軸の裏に姿を消すってどういうこと?おかしくない?」


「御屋敷ですし」


「御屋敷って隠し通路とかあんの?ここ忍者屋敷か何かでしょ絶対。落とし穴もあったし」


 もしかして忍者の末裔とかじゃないか、隠奏さんって。


「良いじゃないですか、忍者屋敷でも。それより勉強を始めましょう」


 祈祷さんがしたたか過ぎてヤバイ。


「それにしても、笹木さんも隠奏さんも居なくなってしまいましたし、結局二人きりですね。静かでやり易いですけど」


「あはは、そうだね。確かにいつの間にか二人きりだ」


 勉強する上で、静かなのは嬉しいことである。

 これならより集中できるし、さぞ効率よく進められるだろう。


――え、よく考えたら二人きりじゃん。

 

 僕はワンテンポ遅れて状況を理解する。


 好きな人と二人きりって、それ一大イベントじゃないか。


 ここまでアホなことばかりしてきたけど、だからといって二人きりで緊張しない筈もない。


「どうしました?顔赤いですよ」


「いや、別に……」


 そうか、僕は祈祷さんと二人きりで勉強をするのか。

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