第10話 僕は勉強したくない @2
「ところで星乃さん、今日のテストは大丈夫そうですか?」
「え?」
道幸と隠奏さんが飛び出して行った窓の外をぼんやりと眺めていると、祈祷さんによく分からないことを言われた。
はて、テストとは。
「な、なんですかその顔……。もしかして今日の定期テスト、忘れてたんですか?」
「???」
「そんな現実逃避した顔見せられても、私も困るというか……」
僕と祈祷さんの間に、何も生まれぬ不毛な時間が流れる。
「…………Good Luck、また放課後に」
「ねぇ見捨てないでよぉ!!!しかもめっちゃ発音良いの何!?」
絶望のテスト一日目が始まる――
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
――そして絶望のテスト一日目が終わった。
今日はとても早く時間の過ぎていく一日であった。まさに光陰矢の如し。
実際のところは、ただ爆睡してたから早く感じた、ってだけではあるけれど。
「星乃さん、テストはどうでし……た、かと聞くまでもありませんね。絶対についさっきまで寝てましたよね」
「あ、おはよう…」
僕は祈祷さんの心地良い声を目覚ましに、意識を覚醒させていく。
今日は二日間あるテストのうちの、一日目。
つまりは明日もまた、今日と同じくテストである。
しかしどの科目も総じて勉強していない僕にとっては、別に何日間あろうと関係のない話だった。
なんなら一日に全教科ぶち込まれたとしても、特に変わらぬ点数を取る自信がある。
「どうせ一問も分からないからね…」
僕は悲しげに呟いた。
「……突然何言ってんだ?
そんな僕を見て、近づいて来たのは道幸と隠奏さん。
道幸は、またテストで壊れたか?と呟きながら僕と祈祷さんの会話に混じって来た。
「……………大丈夫?」
道幸に続いて、隠奏さんにも声を掛けられる。
恐らくではあるが、「頭、大丈夫?」という意味なのだろう。
実際のところ、僕の頭はあまり大丈夫ではないので、深くは掘り下げない方が良さそうだなと僕は思った。
さっさと話を変えよう。
「……そういえば、どうして道幸と隠奏さんは一緒に並んでるの?隠奏さん、道幸を捕まえなくていいの?」
ふと僕は目の前の光景に違和感を覚えて、二人に問いかける。
朝に行われていた、人生を掛けての逃走劇はどうしたのだろうか、と。
道幸が捕まって失うのは残りの一生で、連れて行かれる先は結婚式場か、もしくは檻の中ではなかったのか。
僕なんて、道幸とお別れする心の準備も済ませていたのに。
「あぁ。土下座して学校の間と、俺が誰かと話してるときは手を出さない、って約束して貰った」
「なるほどねー。でも隠奏さん、よくそんな条件――」
「もし断るなら、この腹
「――怖っ!!」
そう語る道幸の瞳は、冗談ではない色をしていた。
断られていたら、本当に刃を突き入れていたと思う。
「道幸、ホントにヤバかったら言ってね…。大したことは出来ないけど、相談くらいには乗るから」
「あぁ、ありがとな……」
悪友とはいえ、流石に死なれるのは寝覚めが悪かった。
「それで一叶、明日のテストは平気なのか?」
話は戻って、テストの話題に。
「まっさかぁ。それ分かって聞いてるよね?」
「まぁな」
「隠奏さん、道幸の家を教えてあげるから今日一緒に――」
「待て待て待て!!!!それ数秒前に親身になった奴のすることか!?ちゃんと意味があって聞いたんだよ!!」
なんだよ意味って。
今更足掻いたところで、結果なんて大して変わらないよ。
僕は全科目、余すところなく苦手である。
家庭科や保健体育すらも例外なく無理。
僕のステータスは、ゲームと運動に全振りされているのだ。
もし保健体育の実技が取り入れられたとしても、童貞の僕には何のアドバンテージにもなりはしない。
「どうしたんですか?星乃さん。ミジンコみたいな顔してますよ」
「……うん、僕って生きてる意味あるのかなって――いやミジンコみたいな顔って何?それ僕をバカにしてるの?ミジンコをバカにしてるの?」
「ミジンコと勝負すんなお前……」
ミジンコって己の身一つで子孫繁栄を望めるからね。
生涯童貞説濃厚な僕よりも格上、という可能性は十分にある気もする。
「いやそうじゃなくて、俺がこの話をしたのは、一叶は祈祷さんに勉強教えて貰えば良いんじゃないか、って思ったから」
「祈祷さんに?僕が?」
それは願ってもないことだけど、テスト期間に教わるのは迷惑が過ぎるのではないか。
常に学年のトップ5に名を連ねる祈祷さんのことだから、きっと自分の勉強だけで精一杯だろう。
僕なんかに使う時間があるとは考え難い。
ちなみにいつも全教科満点で一位を攫っていく化け物に、別クラスの
「私ですか?構いませんよ」
「え、いいの?」
「はい。他ならぬ星乃さんの頼みなら、そのくらいは」
他ならぬ、僕。
それってどういう意味だ。
もしかして、祈祷さんは僕のことを――
「友達ですし」
「だよね。友達だもんね、僕ら」
再三繰り返すけど、僕もう振られてるもんな。
むしろ一度振られといて、普通に友達として接せてることが凄い。
「でも、うん。本当に祈祷さんに教えて貰えるなら心強いね。それなら一教科くらい赤点を回避出来るかも」
「ひっくい目標だな」
「………………もっと頑張って」
僕としては結構なハードルなんだけど。
今までに赤点を回避したことないし。
「……残りの教科、全て赤点回避を目標にしましょう。それで、どこでやりますか?勉強」
全教科か。
正直自信はないが、教えて頂く以上頑張るしかあるまい。
しかしそれよりも祈祷さんの言う通り、問題は勉強をする場所である。
「電書室はもう席埋まってるだろうしね。ここでやっても良いけど……ちょっと怖いな」
どこの学校でも同じだと思うが、やはりテスト期間中は電子書籍室で勉強する人が増えるため、席を確保するのは難しい。
とはいえ教室で女の子と勉強とか、ワンチャン男子どもが「
ほら例の町田くんなんて、僕らの会話を聞いた段階で、既にカッターをジャキジャキ鳴らしてる。
そんな悩む僕らの横で、ふと隠奏さんが呟いた。
「………………私の家」
「え?」
「『私の家はかなり広いから使ってもいいよ』だってさ。へぇ、隠奏さんの家ってそんなに大きいんだ」
「なんで分かるの……」
「私の家」って単語だけで伝わる情報じゃないだろ。
百歩譲っても言いたいことが分かっても、広さについては一ミリも触れてないじゃん。
はよ付き合えよ。
「それは助かりますね。どうしますか、星乃さん」
「……うん、言いたいことはあるけど大丈夫。折角だし、隠奏さんのお言葉に甘えようかな」
「……………分かった」
そして僕と祈祷さんは、今日の放課後を隠奏さんの家で過ごすことに決まった。
それじゃ早速荷物をまとめようかな、と僕は自分の席に視線を向けた――が、誰かに服の裾を引っ張られて中断。
振り返ると、その主は隠奏さんだった。
「どうしたの?隠奏さん」
「………………条件。道幸も」
「了解、任せて」
今度は僕にも理解できた。
つまり「家を貸す条件として、道幸も連れてこい」、と。
お安い御用である。
「お、おい裏切るのか一叶……」
「え?一緒に勉強するだけでしょ?僕らが一緒に居れば、隠奏さんも手を出さないって言ってたじゃないか」
「だからってわざわざ檻に近づく馬鹿がいるか……っ」
そんな言葉を残して、道幸は逃げ出した。
無駄だと思うけどな、僕の方が足速いし。
「隠奏さん、僕が追いかけるから先回りして貰っても良い?」
「………………了解」
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