第8話 カナエとイノリは暴れたい @2

「イノリちゃんの配信、大丈夫かなぁ……」


 チーターチーターと騒ぐ人に、コメント欄が荒らされていないかと不安になる。


【見てきたけど、イノリちゃんの方は心配しなくても大丈夫そうよ】


 そのコメントのお陰で少しは落ち着けたものの、やはり不安は拭いきれずにいた。


 今は試合終了のファンファーレを聴きながら、帰還のタイミング待っている状況。

 だがその少しの間すらも、気持ちがザワついて仕方がない。


「それにイノリお姉ちゃんって呼び方も満足して貰えなかったしさ。迷惑掛けっぱなしだ」


 せめて「イノリお姉ちゃん」と完璧に呼べていれば、もう少し気持ちも楽だった。


 もしかして「イノリお姉ちゃん!!」ではなくて「イノリお姉ちゃん…?」が正解だったのか?

 もしくは「イノリお姉ちゃん♡」と行くのがベストだったという可能性もある。


 またはイノリちゃんのことを、心の底から「イノリお姉ちゃん」だと思い込めなかったことを、見抜かれた説も考えられるし。


 そもそも僕がイノリちゃんの求める「イノリお姉ちゃん」を考察せずに「イノリお姉ちゃん」と呼んでしまった時点で、僕の「イノリお姉ちゃん」レベルは足りていなかったのだろう。


 僕はもっと「イノリお姉ちゃん」の精進する必要があるな。


 そんなことを考えていると、唐突に転移が完了する。

 そして何故か目の前にイノリお姉ちゃんがいた。


「あ、イノリお姉ちゃん」


「………ッ!?!?(鼻血)」


 やっべ間違えてお姉ちゃんゆってもーた。


「……って、え、ちょ鼻血!?鼻血、え何どうしたの!?!?だ、大丈夫イノリお姉ちゃ――あ、また間違えた。……おおお!?また出血が増えて……っ!?」


 出会い頭に噴水みたく鼻血噴かれるとは、僕も想像していなかった。

 というか転移直後の目の前に、イノリちゃんが立っているとは思わない。


「イノリちゃん!!しっかりしてよぉぉぉ!!」


 床に倒れ伏すイノリちゃんの身体を支えながら、僕は全力で呼びかける。


 こんな別れはあんまりだ。

 というか初対面なのにお別れとか意味わかんない。


 しかしイノリちゃんは、息も絶え絶えではあるものの、どうにか目を開き立ち上がろうとしていた。


「……だ、…大丈、夫です。お姉、ちゃんは……強い、ですから」


「え?いや別に、本当に僕のお姉ちゃんって訳ではな―――ってちょ待って待って目を閉じないで死を受け入れないで!?!?イノリちゃん!?イノリちゃぁぁぁん!!!」


 繰り返すが、これが僕らの初対面だった。



☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



「申し訳ありません、見苦しいところをお見せして……」


「い、いや……。ビックリはしたけど、大丈夫ですから……」


 僕らはバトロワ参加受付場の中にある、長方形型のテーブルに向かい合って座っていた。


「それよりイノリちゃ……イノリさんは、どうしてまだここに?わざわざ待っていてくれたんですか?」


「はい、私の視聴者さんが、私をキルしたカナエさんを見てみたい、とのことでしたので。…………あとあの、イノリさんはやめてください。せめてイノリちゃんでお願いします」


「な、なんでそんな鬼気迫った顔で……。いや良いんですけども」


 今のイノリちゃんは、僕の知るイノリちゃんとは全く違う雰囲気で、初めは相当に困惑させられたが、どうにか慣れてきた。


 たまに何故か訪れる「あ、喰われる」っていう感覚だけは慣れる気がしないが、まぁそれはそれ。

 気のせいかもしれないし。


 僕たちは、それぞれ一つの光の玉を傍に浮かせながら、話を続ける。


「そういえばカナエさんは配信のとき、いつも敬語ではありませんよね?私にも敬語なんて必要ありませんよ」


「あぁ、でも流石に大先輩ですし。タメ口は抵抗があるなって思いまして……」


「なるほど。確かに人によっては話しづらいと感じるかもしれませんね。……ちなみに幾らスパチャすると敬語って止めてもらえるのでしょうか?」


「おっけー、よろしくね!イノリちゃん!」


 今のイノリちゃんはマジのトーンだった。


 多分本気で「20万くらいでしょうか……?」とか考えてる顔してた。


「嬉しいです。あ、私の敬語は癖なんで気にしないでくださいね?」


「うん、了解」


 イノリちゃんとの果てしない常識のズレを感じるが、しかし悩むのも疲れたので、可愛いからヨシ、ってことにする。


「それで、えと……僕は今日まだ配信を始めたばかりだから、この後も続けるつもりなんだけど――」


「あ、本当ですか。実は私も始めたばかりで、まだ体力が有り余ってるんですよ。もし良ければこのあと一緒に行きませんか?」


「うん、いいね!行こ行こ」


 そうして僕らは、再びバトロワへと向かっていった。


 ちなみに配信終了後にコメントログを見て気付いたのだが、【え?イノリちゃん今、連続7時間配信中……】とか書き込まれていたのは余談。



☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



 僕とイノリちゃんは二人でチームを組み、バトロワモード:デュオへと参加した。


 僕自身、イノリちゃんの配信はよく見るため、イノリちゃんが十分に強いことは知っている。

 仲間として申し分ないのは事実であり、いつものソロと比べて安心感もあった。


 実際に組んだ感想としても、イノリちゃんは僕に合わせた立ち回りをしてくれて、とても動きやすい。

 彼女は僕のパートナーとして、とても頼りになる存在として活躍してくれた。


 だから本当は、こんなことを言うべきでは無いのかもしれない。

 気にしないで、そのまま流すのが正しいのかもしれない。

 

 でも、やはり僕は――


「カナエさん、怪我はありませんか?武器は?弾は足りていますか?あ、あと回復はちゃんと見つけられましたか?私の分も渡しておきます。……ってカナエさん、まだシールドのレベル2じゃないですか。私のLv3シールドを使ってください。というか結構歩きましたよね?足疲れませんか?抱っこしましょうか?抱っこしましょうか?」


「大丈夫だから!心配いらないから!もう良いからホント!!!つかなんで抱っこ二回言ったの!?」


――この姫プには耐えられなかった。


 蝶よ花よと守られて、この過酷な戦場(という設定のフィールド)を、まるで散歩するかのように歩き回る。


 これなんのゲームだ?


 こんな滅んだ世界の真ん中で、そんなお姫様みたく手厚く保護されても、僕だって困るんだけど。


「…そうですか」


「そんなシュンとした顔しないでよ……」


 硝煙の臭いが染み付いた空気感に混じって、僕だけほのぼのRPGやってる気分。

 もしくは銃弾と砲弾が飛び交う中で、ビニールシート広げてピクニック始めた感覚。


 現実の僕が目を覚ますくらい恥ずかしい。


 というかこれ配信中だったわ死にたい。


「あ、カナエさん。右から敵が来ましたよ」


「了解。僕がヘイト買うから――」


「それではカナエさんは、そこの建物に隠れててください。私が倒してきますから」


「いやいやいや違うじゃん待って待って」


 しかし僕の静止の声は届かなかったようで、イノリちゃんは僕を置いて駆け出して行った。


 残されたのは彼女が巻き上げた砂埃と、あと何故か置かれた最高レアリティの回復アイテム。


 戦わせてくれないから回復とか使い道無いのにね。


「何やってんだろ、僕……」

 

 コメ欄を見ると【お姉ちゃん育成ゲーム】とか書かれてて、言い得て妙だなぁと思った。


 イノリちゃんの走っていった方からは、激しい銃撃戦の音が聞こえてくる。

 敵は二人いるはずなので、1対2の様相を呈しているはずなのだが、音を聞いた感じだと優勢っぽい。


 やはりイノリちゃんが強い、という点に関しては間違いなかった。


「というかこれなら各個別行動して、それぞれ1対2を繰り返した方が良いんじゃない?ダメかな」


【お姉ちゃん泣くからやめときな】


「そっか……」


 これお姉ちゃん育成ゲームだもんね。そりゃお姉ちゃん泣かせたらダメだな。


 僕は色々と諦めて空を見る。

 こんなにのんびりと、この戦場の空を見たのは初めてだったが、思いの外に綺麗で心が和んだ。

 普通、バトロワゲーの最中に空とか見ないし。


 だがそうやって、お姉ちゃんに汚された心を洗濯してると、僕は新たな敵の足音に気づく。


「ああ、これイノリちゃん達の銃声に向かってるのか」


 どうやら僕は見つかっていないらしいが、このままだとイノリちゃんは、今の連中にも狙われて、実質1対4のような状態になってしまいそうだ。


 それは流石のイノリちゃんでも厳しいはず。


 僕は助けに向かうべく、イノリちゃんの方へと駆け出した。


 そして草むらを越えて顔を出すと、まさにイノリちゃんが二人の敵を倒しそう――というタイミングではあったのだが、同時に背後から撃たれそうにもなっていた。


「思ってたよりヤバ……ッ!」


 僕は慌ててイノリちゃんに飛びついて、岩陰に隠れるように押し倒した。


「――!?」


「少し動かないでね。あの二人はリロードを合わせて詰めてくる筈だから、そのタイミングで全員落とすよ」


 急いで飛び込んだせいで、僕の偽物おっぱいにイノリちゃんの顔が沈むという、大変よろしくない格好になってしまった。


 しかし申し訳ないが、後ろの二人の銃声が止むまでは動けない。


「ごめんね、少し我慢して」

 

「――すぅぅぅぅぅ!!!(吸引)」


「苦しくない?平気?」


「――しゃいこぅ」


 何言ってるか分からないけど、いつも以上に元気そうなので大丈夫だと思う。


 そして僕は銃声の止んだタイミングを見て顔を出し、一息に敵四人の頭を撃ち抜いた。

 全員の身体がポリゴンとなって、宙へ消えていく。


「おっけー。もう動いても平気だよ、イノリちゃん。……イノリちゃん?」


 僕は押し倒してしまったイノリちゃんを、見下ろしながら声を掛ける。

 だがイノリちゃんは、まるで魂が抜けてしまったかのような表情をして動かない。


「え、どゆこと?もしかして弾丸当たってた?それともバグ?」


 このゲームには精神に作用するタイプの攻撃なんて、存在しないはずなのだが。


「イノリちゃん?イノリちゃん?」


 結局僕はこの場を動くことは出来ず、ひたすらに動かないイノリちゃんを守りながら戦い続けた。

 一応チャンピオンは取れたものの、それによる疲労感は途轍もない。


 そしてこの日を境に、僕ら――つまりカナエとイノリは、姉妹枠として扱われるようになった。

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