第7話 カナエとイノリは暴れたい @1
「やっほー、こんばんわ。皆元気にLoSしてる?僕も一日挟んで、少し元気になったよ」
僕のコメント欄にイノリちゃんが現れ、金をばら撒いていった翌日も、僕は頑張って配信を続けていた。
【わこ】
【お疲れ様】
【こんちゃー】
【昨日は珍しくボロボロだったもんな】
幸いコメント欄の皆は優しくて、昨日はどんな沼プレイを見せても【しゃーねぇよあんなことあれば……】と許してくれた。
今日は昨日のミスを取り返すためにも、一試合30キルを達成したいと思っている。
LoSのバトロワモード:ソロは60人同時に対戦し、最後に残った一人が勝者となるルールだ。
つまり僕以外の参加者59人のうち、30人を僕一人で倒すことが出来れば、今日の目標は達成となる。
ちなみに世界記録は僕の叩き出した37キルだが、それは『カナエ』のアカウントではなく、リアル用の『一叶』で出した記録なので、視聴者は知らないことだった。
「……はい、受付到着っと。それじゃ頑張ってくるね」
【がんば】
【今日こそ無双】
【れっつごー】
参加受付を終えた僕の視界は、少しの間を空けて突如切り替わる。
気が付けばそこは、先まで居たLoSの廃れた近未来的な街ではなく、とある飛行船の中だった。
端的に言えば、ここがバトロワのスタート地点であり、この飛行船から各自好きな場所へ飛び降りて、各々の戦闘が始まるのだ。
今僕の手元に武器はなく、そして武器を見つけることが出来るのは、この飛行船から降りた先のフィールド。
全員装備ゼロから始まるのが、このゲームの楽しいところだと僕は思う。
「よーし、じゃあ早速出発」
僕はカメラに向かって宣言し、飛行船から飛び降りた。
【相変わらず即降り一択だね、カナエちゃん】
【初動で良い武器拾えれば良いけど】
【ねぇ今さ、飛行船の中にイノリちゃん居なかった?】
空中を落下しながらも、コメントのチェックは欠かさない。
「そうだね、僕は出来るだけ早く降り――今イノリちゃん居たの!?!?」
コメントに返事をする最中に、新しく流れてきたイノリちゃん遭遇コメント。
どんな偶然やねんとも思うが、もし本当に同じ飛行船に居合わせたのだとすると、この試合中のどこかで出会う可能性は十分にあった。
【ごめん、見間違いかも。分からん】
【でも確かにそれっぽいのは居たな】
【一応、今イノリちゃんも配信中みたいだけど】
確信に至るコメントは無かったが、もしかしたら、というだけで僕はソワソワする。
「イノリちゃん……」
【もし本当に会ったらどうする?】
「いや普通に撃つけど」
これそういうゲームだし。
敵と仲良くなんてしたら、ゲームが成り立たない。
【撃つんかいww】
【容赦ねーw】
【そういうとこ好き】
そして僕は地面へと降り立った。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
「これで10キル目……。残り11人か」
【昨日とは別人】
【反射神経お化け】
【可愛い声してる癖にやってることエグイ】
【ホントに試合で会いたくない】
「うるさいぞお前ら」
果たしてこの残り人数の中に、イノリちゃんは居るのだろうか。
そもそも初めから、この試合に参加していない可能性もあるけれど。
「!」
瞬間、僕は背後から銃口を向けられるのを感じた。
そのエイムは僕の頭部にピッタリと張り付いていて、発射された瞬間に殺されるのだと分かる。
撃たれたら負け。
それを理解した僕は極限まで高めていた反応速度で、相手にトリガーを引かれるよりも速く、その主に向けて『スフィアシップ』の弾丸を撃ち放った。
『スフィアシップ』とは、頭に当てると大ダメージが入るが、その分だけ通常火力が低いというピーキーな性能を持つハンドガンである。
それを両手に構えた僕は、その両方の弾丸を敵の頭に命中させてみせた。
僕の視界の遠くに映る敵が、ポリゴンになって消えて行く。
【はや】
【今カナエちゃんが振り向くとこ見えた奴おる?】
【なにしたの今】
【どうしてエイム合わせ終わってる相手よりも先に撃てるのか…】
僕のプレイを見ていた視聴者たちの、コメントの流れが速くなる。
【いや待って今のキルログ、イノリちゃん】
「え」
しかしそのコメの中に、とんでもないのが混じっていた。
キルログ、つまり誰が誰を倒したかという記録である。
視界の端に目を向けると、確かに僕がイノリちゃんを倒したというログが残っている。
【マジだ】
【確かに撃つとは言ってたけど】
【理不尽キルかましちゃったな】
普通に倒すならともかく、今回のそれはチートを疑われかねないキルだった。
そんな不愉快なデスを食らわされたイノリちゃんが、一体何を思っているのかが問題である。
「……僕やっちゃった?」
【やっちゃったな】
【俺ちょっと、カナエ勢を代表してイノリちゃんに謝罪スパチャしてくるわ】
【チート疑惑掛けられてそうだし俺も行ってくる】
お前ら良いやつだな。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
スコープを覗いた瞬間、私は死んでいた。
「……はい?」
自らの身体に走るデスエフェクトと、遅れて届く頭部への衝撃。
気が付けば私の身体は、バトロワの受付場へと戻っていたらしい。
今の一瞬で何が起きたのか、私は全く理解が出来ずにただ呆然と立ち尽くす。
【は?】
【何された?】
【チート?】
【ふざけんな】
【絶対チートだろ】
【ありえな】
私の死に様を見ていた視聴者たちによって、コメント欄は酷く荒れてしまっている。
チート、という単語も現れていて、暫くは落ち着きそうになかった。
このゲームの運営は相当に優秀で、チートなどは滅多に発生しない。
チートが発見されたとしても対応は迅速で、その日中には同種のチートは完全に対策される。
だから私もチーターなどはこれまで一度も見たことがなく、今この瞬間も信じられずにいた。
「いえ、でも……今のは」
【とりまデスログ見よ】
【なんて名前?】
【どうやって死んだか見て】
【晒せ】
【ログ見なきゃなんとも言えん】
私はコメントにもあったように、ログを確認していく。
ログを見ることで、誰に、どの武器で、どのように殺されたのかを簡単に知ることができるのだ。
三次元のホログラムを浮かばせ、先の一連の出来事を目の前にもう一度起こす。
まず一体何者の仕業かを確認すべく、私に銃を向ける人物を拡大させて――
「!?…カナッ……」
一瞬で分かった。その正体はカナエちゃんだった。
つい名前を呼びそうになるが、チートを疑われている状況で名前を出すのは不味いと思い、私はどうにか堪える。
頻繁にカナエの配信を見ている私は、その事実だけで全てを納得したものの、視聴者の皆はそうはいかない。
いや
冷静に考えて、だ。
私はカナエちゃんが触れた弾丸に、撃ち抜かれたわけで。
つまりそれは間接的にカナエちゃんと触れあったと、そう言えるのではないか?
「ふ、ふふっ……」
――鼻血が出そう。
この興奮に身を委ねて、さっさと配信を終わらせベッドに飛び込みたい気持ちすらあったが、流石にこの状況を放置するわけにはいかない。
私はコメント欄の対応を始めることにする。
「……おや?」
しかしコメント欄に目を向けると、その雰囲気は既に大きく変わっていた。
【なんだカナエちゃんか】
【納得】
【誰?】
【配信者?】
【すみません、カナエの民です。キルの仕方的にコメ欄荒れそうだったんで、出向いてきました [1000円] 】
【有名なの?】
【カナエちゃんに倒される側ってこんな感じなんだね】
【知らね】
【だれや】
【チートじゃないってこと?】
【配信者か】
【ナイスパ。マジっぽいな】
どうやら視聴者の中に、カナエちゃんを知っている人間が少し居たようで、そこから波及していったらしい。
「誤解を解いてくれた方、ありがとうございます。今のキラーはカナエさんという、私も知っている配信者の女の子でした。チーターでは無いので、通報とかは無しでお願いします」
私もそれに合わせて、誤解を解いていく。
しかしカナエちゃんのキルが鮮烈過ぎたせいか、それでも尚チートを疑う人間は一定数いた。
【チートチート言っている人うるさい】
【配信見てくりゃいいじゃん】
【てかさ、試合終わったらイノリさんのすぐ近くにその子も転移するでしょ。話せば?】
私は最後のコメを見て、ハッとする。
同じ試合に参加した人たちは、ある程度まとまった場所に戻されるのだ。
つまり数分後には、私のすぐ近くにカナエちゃんが現れるということ。
「……っ!」
私は心臓が止まりそうになる。
だけれど、約束無しの待ち伏せなどは完全にマナー違反だ。
許してしまえば有名人の試合後など、受付場の一部が人で溢れてしまう。
「………」
しかしこんなチャンス、この先にあるのだろうか。
私が直接、カナエちゃんと出会えるチャンスなど。
プレイヤー数が膨大なこのLoSというゲームでは、偶然に同じ人物とマッチするなど奇跡でしかない。
むしろ今回出会えたことすら、奇跡である。
きっと今を逃すと、チャンスは来ない。
一生、直接話すことは、出来ない。
「わ、私が。カナエさんと、話すところを……見たいという方は居ますか?」
【面白そう】
【さっきのキラーでしょ?どうやったのか気になるわ】
【どっちでもいいよ】
【次の試合行って】
【見たい】
【つかその子、可愛かったからよく見たい】
私は視聴者のコメントを理由にして、カナエちゃんを待つことにした。
だって可愛いんですもん……。
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