第6話 僕はカナエ、美少女だ

 僕が美少女Vtuberとなって配信を始めてから、一週間が経った。

 最近は一部で「Vtuber界最強のLoSプレイヤー」とも呼ばれ出したらしく、登録者数も順調に伸びている。


 気が付けば登録者数は1000を超えていて、生配信を見に来てくれる人の数も増えてきていた。


 そんな僕は今日も今日とて一人LoSに潜り、Vtuberの『カナエ』として活動を行う。


「やっほー、皆。元気にしてた?」


 僕は仮想現実――VRの中で、美少女のアバターに入り、カメラに向かって手を振った。

 外から見れば可愛い女の子が、光の玉に手を振っているように見える筈だ。


 その光の玉が、配信におけるカメラの機能を果たしている。


【ばんわー】

【お疲れ様です】

【元気ー】


 僕の目の前に、透明なコメントボードが浮かび上がる。

 早速そのボードには、何人かのコメントが流れていた。


「みんな、こんばんはー。今日も来てくれてありがとう」


 わざわざ言うまでもないが、勿論今の僕は全力の女声だ。

 口調やキャラは普段通りだが、声だけはしっかりと変えていた。


「それじゃ長々と前置きするのもあれだし、ささっとバトロワに向かうね」


【いてら】

【頑張れ】

【レッツゴー無双】


 僕はカメラ機能を持つ光の玉と横に並びながら、バトロワの受付場へと歩く。


 LoSというゲームは、一つの街から成り立っており、その街に置かれた各受付場にて「バトルロイヤル」「デスマッチ」「クリスタルマッチ」「クエスト」のそれぞれのモードに参加することが出来る。


 つまり僕は今、四つあるモードの内から「バトルロイヤル」を選び、その受付場を目指してLoSの街を進んでいる訳だ。


「今日は何のキャラ使おうかなぁ。皆は何か使ってほしいキャラある?」


【コネクト】

【コネクト希望】

【セイジョ見たい】

【カナエちゃんはコネクトでしょ】

【いつも通りコネクトで】

【敢えてフォートレス】


 光の玉に向かって問いかけると、視聴者の皆から要望が届いてきた。

 様々なキャラ名が流れてくるが、一番多いのは僕のお気に入りキャラである『コネクト』だった。


 配信開始日から基本的に『コネクト』を使っていたため、僕の印象がそのキャラになっているのかもしれない。

 

「やっぱり『コネクト』を見たい人が多いみたいだね。じゃあ『コネクト』を多めに、ちょいちょい要望の出てる別キャラを使っていく感じかな」


 ちなみにLoSというゲームでは、全てのキャラに「パッシブスキル」、「アクティブスキル」、「イクシード」という三つの能力が与えられている。


 「パッシブスキル」は常に発動している能力のこと。例を上げるなら「常に被ダメージ20%カット」とか。


 「アクティブスキル」は使いたいときに使える能力で、例えば「使うと近くに敵がいるか分かる」みたいな。


 「イクシード」は、言ってしまえば必殺技だ。


 キャラの特徴は基本その三つのみで表されるため、LoSは初心者でも理解しやすく、始めやすいとはよく言われていた。


【カナエさん、今ってK/Dいくつ?】


「え、K/D?」


 僕は流れてきたコメントの一つに返事をする。


 K/Dとは即ち、キル数をデス数で割ったもの――つまり一回のデスあたりに何回のキルが出来たか、という数字である。


 その数字が大きければ大きいほど強い証だと言われた。


「全く気にしてなかったなぁ。どうやって見るんだっけ?……えっと、あ、これか。28.4だね」


【28.4は草】

【暴虐の限りを尽くし過ぎ】

【何勝手に無双ゲーやってんねん】

【ほとんど死んでないのね……】

【28.4!?】

【言われてみれば大体チャンピオン取ってるな】


「僕、一緒にLoSやる友達いないから知らないんだけど、K/Dって普通どのくらいなの?」


【さり気なくぼっち宣言】

【確かに友達居なそ】

【誰かがキルしたとき誰かはデスしてるからな。平均は1になる】


「あ、なるほどね。……っておい今友達居なそって言ったの誰だコラ。LoSでボコすぞ」


【www】

【笑】

【冗談になってないのがヤバい】

【勝てる気しねー】

【wwwwww】


 僕はコメ欄と、そんな感じの平和な雑談をしながら歩いていた。


 しかし嵐は突然に起こる。


 僕はコメ欄の中に、信じられないものを見てしまったのだ。


【《イノリ》こんばんわ。応援してます】


「!?!?!?!?」


 イノリ。


 そのユーザーネームが、僕のコメ欄に現れた。


 僕は目の前の光景を理解するのに、数秒の時間をかけてしまった。

 その間に結構なマヌケ面を晒してしまったような気もする。


「え、本物?……な訳ないよね。なりすまし?」


【本人のチャンネル行けたわ】

【本物で草】

【なんで本物来てんねんw】

【《イノリ》本物です】

【やっべぇぇぇぇwwwww】

【マジか!】

【イノリちゃん登場】


 なんか、コメ欄が盛り上がってる。


 ってことは何?


「――えマジで!?!?本物!?イノリちゃん見てんの!?!?」


【カナエちゃん大興奮】

【喜んでるカナエちゃん可愛い】

【イノリんに感謝】


 それはイノリちゃんが僕を認識しているということで、それどころか僕の身体を見ているということで。


 あ、やっべ興奮してきちゃった。


【《イノリ》お小遣いあげます [50000円]】


 興奮してたら赤いスパチャ来た。


「!?!?!?」


【おwこwづwかwいw】

【イノリお姉ちゃんで草wwww】

【これ切り取りで残しとけwww】

【お小遣いもろたwwwww】

【もう姉妹みたいになってんの面白すぎwww】

【しかも5万てw】


「い、いいいや5万なんてそんな、これ、え!?そ、そんな貰えないですよ!?」


 なんでそんな大金!?逆に怖いって!!


【《イノリ》お金はたくさんあるので大丈夫です。もっと出しましょうか?】


「要らない要らない要らない大丈夫です大丈夫です」


【イノリちゃんのキャラぶっ壊れてんの草】

【何言ってんのこの人ww】

【これ平気なの?ww】

【多分投げどき [1000円]】

【今来た何これ】

【やっぱ登録者数500万越えは違うな】


 唐突に現れて、唐突にお金で殴られた。

 一体何が起きている。


「ど、どうしよう。何かお礼した方がいいのかな?これどうすれば良いの僕は」


 しかし5万に見合うお礼なんて、僕には思いつかない。

 もう脱ぐしかないのか。身体で払うしかないのか。


【《イノリ》あ、なら一つお願いしても良いですか?】


 「お願い」という不透明なワードには不安を感じるが、お金を戴いた以上断れるはずも無いだろう。返事など決まっていた。


「ぼ、僕に出来ることなら」


 ぶっちゃけ、どんなお題でもやり切ってやる所存。


【お願いとは】

【???】

【なんだ?】

【?】

【wktk】

【ストリップ?】

【??】

【お願い?】

【なんだろ】


 おそらく今この瞬間に、イノリちゃんは文字を打ち込んでいるのだろう。

 何も起こらない時間が経過する。


 一体何を言われるのかと、恐々と待っていると――


【《イノリ》「イノリお姉ちゃん」って言って欲しいです [10000円]】


「ぶふぉっ」


【wwwwwwwwww】

【腹痛てぇwwwwww】

【さり気なく1万積まれてるwww】

【札束で殴るの止めてやれよwwwww】

【これ一万の分で「大好き」もおまけしなよ】

【俺ら何見せられてんの?www】

【ちゃんと♡付きでな】

【マジでイノリがお姉ちゃんに魅力感じてんの草】

【「イノリお姉ちゃん大好き♡」だな】

【ガチのカナエファンなの面白い】


 なんだこれ。

 要するに、カメラに向かって「イノリお姉ちゃん大好き♡」って言えばいいの?


 意味わかんねぇ何これ。


 僕は呆然とコメント欄を見つめる。


【はよ】

【イノリちゃん待ってるぞ】

【お前はさっさと妹になるんだよ】

【カナエ(妹)】

【イノリとカナエのカップリングはあり】

【はよー】


「あ、や、ごめん。やるやる。少し待ってね」


 僕はコメント欄の催促に気が付き、慌てて返事をした。


 喉の調子を整えて、出来る限り万全の状態に。

 5万のセリフ――いや6万のセリフだ。


 半端なことは出来ない。


「では、行きます」


【ごくり】

【……】

【……】

【楽しみ】

【………】


 心の底から思い込め。

 僕は、イノリちゃんの妹だと。


「イノリお姉ちゃん!!……大好きっ♡」


 全力全開フルパワー。

 今の僕ならメイド喫茶でもやっていける自信があった。


 ……反応は、どうだ。


【か、かわわ…】

【おぉ……】

【あの、俺の妹に】

【可愛い】

【死にかけた】

【尊い】

【かわえぇ……。家来ない?】


 コメ欄のリアクションは上々。


 問題はイノリちゃんの反応だが――


【《イノリ》ありがとうございました。それでは落ちるので、また】


――イマ、イチ?


【不合格?】

【あれれ?】

【良かったのに】

【キツイな】

【マジか。完璧俺の理想の妹だったぞ】

【これが大物Vtuberか】

【うーん】


 僕は隠しきれないショックを浮かべながら、また歩き始めた。

 何がダメだったのだろうか。

 もしかして、少し照れが残っていたのかもしれない。


「……バトロワ、行こっか」


【カナエちゃん、元気出して】

【心中お察しする】

【いやホント良かったって】


 その日、僕のK/Dは凄く落ちた。




☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡




イノリ――もとい祈祷 神子の宅にて。


「…………もう、無理です」


 真っ赤になった顔を抑えながら、『QTube』の画面を消す祈祷の姿があった。


「可愛い過ぎて、もう……もう、今はこれ以上見れません……」


 祈祷はベッドに寝そべりながら、つい先程の光景を思い出す。

 それはカナエが己だけに向けてくれた、たった一言のセリフ。


「『イノリお姉ちゃん、大好き』……。いやぁぁぁぁぁ!!!無理です!!死んじゃいます!!!可愛いよぉお!!!!!!」


 抱き枕を力一杯抱き締めて、ベッドの上をゴロゴロと転がりまくる。

 顔を布団にうずめ、抑えきれない興奮に身を焦がしていた。

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