第4話 僕の歌を聴け @2
僕はベタベタと纏わり付く気味の悪い道幸を押し退ける。祈祷さんと遊べる折角の機会なので、不要な道幸成分は出来る限り排除したかったのだ。
服に付着した道幸成分も手のひらで払い飛ばし、早速とばかりに本題に入る。
「それでどこに行く?僕はどこでも大丈夫だけど」
僕は三人を見回しながら問いかけた。
ゲームセンターにカラオケ、ショッピングモール。加えてVR空間で遊ぶという選択肢もある。幸い僕らの学校近くでは、遊び場には困らない。
誰も何も言わなければ、僕がテキトーに決めるつもりだったが、しかし。
「あ、私カラオケ行きたいです」
「はい決定ねカラオケに行こう」
祈祷さんの希望が聞けたので解決。僕の票は問答無用で祈祷さんの元へと向かい、これでカラオケに二票が集まった。
「待て待て待て俺らの意見も聞けよコラ」
「行きたい場所でもあるの?」
「最近VRで完成したっていう遊園地。割と好評らしいぞ」
「へぇそうなんだ。で?」
「で?じゃねぇよ喧嘩売ってんのかお前」
そんなことを言われても、僕にとって道幸の案がどうでもいいのは変わらない。祈祷さんがカラオケに行きたいと口にした今、道幸の提案に価値などなかった。
しかし隠奏さんを道幸と同じ扱いをする訳にはいかないので、僕は彼女にも問うことにする。
「隠奏さんは?」
「…………カラオケ」
「だってさ道幸」
「やっぱ時代はカラオケだよな。俺も本当はカラオケに行きたいと思ってたんだよ」
手のひらクルクルボーイこと笹木道幸がカラオケに流れたことにより、僕らの行先は満場一致でカラオケに決まった。
カラオケとは歌う場所である。そして歌とは、Vtuberと切っても切り離せないもの。歌唱力はそのままVtuberとしての武器になるし、むしろ歌唱力をメインに人気を得たVtuberだって数多くいる訳で。
となれば、僕もまたトレーニングをする価値はあるだろう。
「……それに、イノリちゃんも歌うの上手だし」
「ッ!?」
そんな軽い憧れを抱きつつ、僕は一人のVtuberとしてカラオケに挑むことにした。
「どうしたの祈祷さん、そんな引き攣った顔して。僕の顔に何かついてる?」
「い、いえ」
何やら祈祷さんの様子が挙動不審に見えるのは、僕の気のせいだろうか。
カラオケまでは徒歩五分。僕らは喋りながら、カラオケに向かって歩いていく。
最初は四人で盛り上がっていたものの、道幸が隠奏さんと話し始めた辺りから、僕と祈祷さんだけが溢れてしまった。なし崩し的ではあるが、二人きりでの会話になる。僕が緊張してしまっているせいか、やや話しづらい。
「き、祈祷さんってQTubeよく見るの?朝もそんな話をしてたし」
「見ますよ。なんなら休みの日はゲームとQTubeで一日潰します」
「そうなんだ、少し意外。ちなみに好きな配信者は?僕は『イノリ』とか『クオン』ってVtuberが好きなんだけど」
「いえ私はあまりVtuberは見てなくて。すみません」
「……そっかー」
なんというか、強引に話を切られているような感覚。避けられている訳ではなさそうだが、イマイチ話が盛り上がらない。理由が分からないだけに、もどかしさを感じた。
「おーし、やっと着いたな」
そんなこんなでカラオケに到着。少しでも祈祷さんとの仲を深められればなぁとか祈りつつ、僕は道幸に続いて店の中へと入っていった。
カラオケボックスに入ると、中ではホログラム映像が広告を垂れ流しにしている。オススメの料理やら人気の楽曲やら、興味を唆られるものもチラホラと。
「私、リアルで歌うのは久しぶりです。ちゃんと最後まで喉が持つかどうか……」
「祈祷さん、VRではよく歌うの?」
「ええ、最近はずっとVRですね。リアルで歌うのとあまり変わりませんし……それに、疲れも残らないですから」
「確かに」
ちなみに祈祷さんの言葉については、賛否が別れるところである。僕は賛成の側ではあるが、「VRでは歌っている感じがしない」や「喉の痛みもカラオケの醍醐味」などと語る人も多く、未だにカラオケボックスが残っているのはそういう理由だった。
「でもたまにリアルでも歌いたくならない?」
「分かります。私も今日はそういう気分だったんですよね」
祈祷さんは微笑みながら頷く。
席は奥から道幸、隠奏さん、祈祷さん、僕の順。特に意識していたつもりはないが、祈祷さんの隣に座れたのは幸運だった。
机の裏を軽く二度叩くと、目の前に透明な選曲用の映像が浮かび上がる。宙に映る二枚のホログラムを、僕と祈祷さん、道幸と隠奏さんの組み合わせで覗き込んだ。
僕が祈祷さんと何の曲を入れようかと悩んでいると、ふと道幸に呼びかけられる。
「そういや一叶、音痴は治ったのか?」
「どうだろ。昔ほど酷くはないと思うけど」
「ほー、期待しとく」
ニヤニヤと笑う道幸を見て、僕は過去の記憶を思い出した。
中学生時代、僕はクラスの合唱会を壊滅させたことがある。壊滅とは文字通りに壊滅で、一切の誇張を含まないマジの「壊滅」。
僕のあまりの音痴っぷりに全員が狂った音程に引っ張られ、伴奏者すらリズムを失い、曲として成り立たなかったのだ。特に僕の歌を真横で聴いた何人かは、数日間僕の声に怯え続けた。
練習段階で「一叶くんだけは不参加にすべきでは?」という会議が職員室で行われたらしいが、イジメの原因になりかねないと却下された。
「…………星乃。音痴?」
「音痴は音痴かなぁ」
隠奏さんに問われ、僕は正直に答える。改善したとはいえ、音痴に違いはないという自覚はあった。
「隠奏さーん、何か歌いたい曲ある?俺が入れたげるよ」
「…………『初音ミユの消失』」
「……マジで?それ人間が歌える奴なの?」
「…………余裕」
「……すげー」
道幸は呆然としながらも、言われた曲を探し始めた。
僕と祈祷さんも唖然である。なにせ『初音ミユの消失』とは「機械音声」によって作られた、人間が歌うことを考慮していない超高速の歌。実際に歌おうとすれば常軌を逸した早口になるため、普段から寡黙な彼女がそれを歌う姿などまるで想像がつかなかった。
隠奏さんが話す言葉は「はい」とか「そう」とか「嫌」とか「無理」とか「死ね」とか、そんな超短文……というか単語だけ。最後の「死ね」に関しては、道幸しか言われてるのを見たことないけれど、ともかくそんな隠奏さんが歌う『初音ミユの消失』には物凄く興味を惹かれた。
「『初音ミユの消失』って何年くらい前の曲だっけ?」
「覚えてませんけど相当昔ですね……」
Qtubeを巡っていると今でもたまーにオススメに流れてくるので、僕ら世代でも一度は聴いたことのある曲として有名だった。きっと当時は相当流行っていたのだろうなと僕は想像する。
さてと僕は再び視線を手元のホログラムに落とし、何を歌おうかと曲を探す。僕の持ち歌はアニソンやらゲームの主題歌に寄っているので、メンツ次第では困ることもあるが今回に関しては問題はなさそうだ。
「……『祈り叶えに』」
そのとき、ふと祈祷さんが呟く。
「ん、何か見つけた?」
「ああいえ、歌唱履歴に変わった名前の曲がありまして。聞いたこともないので私は歌えませんが」
祈祷さんの言葉を聞いて画面を一つ戻すと、確かに『祈り叶えに』という名の曲を見つけることができた。しかしどうして祈祷さんがこの曲を気にしたのか分からず、僕は首を傾げる。
「あはは……別に大した理由じゃないですよ。ただ『祈り』って私の名字に使う漢字なので、なんとなく目についたと言いますか」
「なるほどねー」
自分の名前の頭文字など、人生で一番頻繁に見る文字である。不意に目を奪われるのも不思議ではないなと、僕は納得した。
「ちなみにだけど、僕の名前も入ってるよ。『叶えに』ってほら、一叶で使ってる」
なんというか特別な縁を感じる曲名だなぁと僕。そのうち聴いてみようと、その『祈り叶えに』という名を記憶に刻み込んだ。
「……ああ。そういえば、星乃さんの下の名前って『一叶』でしたね」
「そうなんですよ、実は」
好きな人に下の名前を忘れられていたことを知り、僕は若干のダメージを受ける。普段から名字で呼ばれるため仕方ないといえば仕方ないが、やはり好意は抱かれていないようだと現実を思い知った。
「あ、あ!ま、待ってください!忘れていた訳じゃないですよ!本当に!」
「気にしてないから大丈夫……ホント……」
「い、いや絶対に気にしてるじゃないですか!これ言い訳とかじゃなくてですね……っ、昔のことを思い出しただけなんですって!」
「……昔のこと?僕の名前で?」
「ええ。星乃さんと知り合うずっと前の話なので、星乃さんとは関係ないですけど」
僕の名前が関わっているというだけで、掘り下げたくなる話題ではある。だがこの話題に触れてから、祈祷さんの表情がやや暗くなったような気がしたので、僕は大人しく話を変えることにした。
~♪~♪~♪
すると、ちょうど隠奏さんが選んだ『初音ミユの消失』が流れ始める。知ってはいたが、やはり前奏から恐ろしいハイテンポ。僕では欠片も歌える気がしなかった。
「……あの、星乃さん。隠奏さんは歌は上手なのですか?」
「ッ!?」
祈祷さんが、急に耳元で話しかけてきた。
僅かに熱を持つ吐息が耳に触れ、身体が強張る。
大音量で曲の流れ始めたこの部屋では、相手に近付かなくては声が届かないのは分かるけれど、とはいえ突然すぎて僕の心臓は大きく跳ねた。
「ど、どうだろ。僕も初めて聞くから……」
「そうですか」
顔が近い。長い睫毛の一本一本が鮮明に見える。
祈祷さんの長髪が僕の肩に触れた瞬間、コヒュッと変な声が出そうになるが、それは男の意地で飲み込んだ。
僕が勝手に己自身と殴り合っている間にも前奏は進み、ついに隠奏さんが歌い出す。
そして聴こえてきた、隠奏さんの歌声は――
「……すっご。喉にボーカロイド飼ってるのかな」
「……これQtubeに投稿したら、100万再生は余裕ですよ」
――僕らの想像を、大きく上回った。
驚愕する僕らの横で、道幸だけが楽しげに合いの手を打っている。
ダウナーとでも言うのか、隠奏さんの特徴的な声質を全面に押し出した歌い方。尋常でなくハイペースな歌詞にも一切の遅れを取らず、むしろ余裕すら残して歌声を乗せ続けた。
「意外だ……。隠奏さん、声を出すの苦手なのかとすら思ってたのに」
「ですね……」
僕らは頬を引き攣らせながら小声で話す。
「もしかして祈祷さんも歌は得意?」
「得意な方だとは思いますけど、隠奏さんみたいな歌い方は出来ません」
未だ驚いた表情のままの祈祷さんを片目に、僕はそりゃそうだと苦笑いをした。
「……祈祷さんは何を歌う?僕が入れちゃうけど」
選曲用のホログラムを指差しながら問いかける。道幸もまだ次の曲を入れていないようだったので、今のうちに入曲しなくては、隠奏さんが歌い終わった後に謎の空白が生まれてしまう。
祈祷さんは少し悩むと、僕もよく知る名曲を口にした。
「あ、『散夢残響』って知ってます?私はそれを――」
「イノリちゃんが歌ってたやつだ」
「――歌いません」
「何の宣言?」
歌わない曲を教えられても反応に困る。歌いたい曲を言って欲しい。
「じゃあ何歌うの?」
「『君が代』を歌います」
「カラオケで国歌選ぶ人初めて見た」
まさか祈祷さんが、それほどまでに愛国心に溢れているとは思わなかった。後半にネタで入れるならまだしも、一発目にぶち込んでくるのは想定外。
「大丈夫だよ祈祷さん、僕も日本は好きだから」
「そ、そうですか。それは良かったです」
なんだか祈祷さんが泣きそうになって見えるが、きっと僕の見間違いだろう。
ちなみに祈祷さんの歌う『君が代』は、無意識に胸に手を当ててしまうほど僕の心に強く響いた。
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