第二章『花莉好陽菜、探偵です』 1

 私の名前は花莉好陽菜かりすころな。同じ新入生で偶然出会った坂月恋花さかつきれんげさんと一緒に樹海で迷子になり、退学の危機を迎えていた。

 入学式に遅刻しそうになっていた私はゴーレムカタパルトを生成し、腕力の限り投げてもらうことで式の最中に体育館に乗り込むことに成功する。

 安心も束の間、次は強火お嬢様、鳳凰院烈火ほうおういんれっかに決闘を申し込まれてしまう。

 決闘を終え、美少女との濃密な時間に夢中になっていた私は、背後から近づく風紀員の仲間に気が付かなかった。

 どこかへ連行され、目が覚めると……


「身体が縮んでいた……!」

「元から小さかったわよ」

 呆れたようにため息をつきながら、少女は緑茶に口をつけた。

 湯呑に触れる薄い唇。鋭い印象を受けるツリ目はどこか反抗的な色が見え、気安く触れれば剣のように切れてしまいそうだ。

 威風堂々輝く風紀員の腕章。二つ結びのツインテールがとても魅力的で、不器用そうなくらい真面目な女の子という印象を受ける。

「わかりません! 首の後ろをコンってやられて縮んだかも知れませんよ! 責任とってくださいデートしましょう!」

「あなた……起きて最初に言うことがそれでいいの……?」

「散々怒鳴り散らされて決闘に至った経緯を事細かに吐かされたんです。私にも冷たい水ください。出来たら愛してください!」

「アイスティ?」

「ノー!! どちらかといえばホットです!!」

 私を連行し、椅子に縛り付けて尋問を続ける彼女には見覚えがある。

 教室にいた委員長っぽい感じのめっちゃ好みの子である。

 少女は湯呑を置いて、明らかに疲れの見える仕草で学園支給の端末をいじる。

「あなたねぇ……」

「陽菜です! 花莉好陽菜! たまに会う親戚の女の子のように、陽菜ちゃんって呼んでください!」

「あっそ。同じクラスなんだから名前くらい知ってるわ。で、コロナ?」

「はい! なんでしょうか星川星奏ほしかわせなさん!」

「なんでフルネーム……? 外がすっかり暗くなってしまったんだけど」

 若干の苛立ちを感じさせる視線は窓の外へ。宵闇に人工灯の明かりが差す。

 春の日暮れは早く、山の日没は特に早い。

 私はどのくらい寝ていたのだろう。決闘があったのが正午過ぎだから……すこし寝足りないですね。

「えぇ、真っ暗ですね。いつの間に夜になったんでしょうか」

「あなたがぐーすか昼間っから寝てたからでしょうが!叩いても何しても起きないから先輩たち寮に戻っちゃって私一人になっちゃったじゃない!」

 いよいよ腹の虫が収まらぬと机に乗り出しては、恋花さんとは対照的な自己主張苦手めな胸が威圧してくる。

 一つ誤解のないように言っておくなら、身長の関係で迫られると顔より胸と視線が合ってしまうのだ。小さい体でよかったと心から思う。

 かと言って胸だけ見てれば怒られるので視線をすこし上へずらす。線の細い輪郭と左右で結ばれた髪がよく似合っている。

 夜の闇がかかった不思議な色の髪からは僅かに花の香りがして……。

「むふぅ……ふぇへへ……」

「ねぇ! 聞いているの!? あなたを待ってたせいであたしだけ残されたのよ!」

「えぇ!? 私が起きるまでわざわざ待っててくれたんですか!? なんと……ありがとうございます……いびきとか、かいていませんでしたか……?」

「そんな変に感動的にしなくていいから! あーもう! なんなのこの子!!」

 星奏さんは大きくのけぞるようにして頭をかきむしった。

 それはどこか聞き分けのない子に説教をする保育士に重なった。ばぶ。

「まったく……なんで仕事したアタシが怒られてこんなやつの監視なんか……」

 ツンデレ風紀員さんはツンと形のよい鼻をとがらせてそっぽを向いた。

 事情はわからないが、なんだかとてもご立腹だ。元気をだしてほしい。

「それであの、私はいつまでこうして縛られていればいいんでしょうか……?」

「朝までよ」

「朝まで!? そ、そんな……実はちょっとお手洗いにいきたいのですけど……うぅ」

「そこのティーカップにしたら?」

「レディとして最低限のプライド……!!」

 平然となんて恐ろしいことを言うんですか。でも本気で危なくなったら考える……。

 ジャスミンティは美味しいけどおトイレ近くなっちゃうのが困りもの。

 この世の終わりみたいな顔をしていると、それに気を良くしたのか星奏さんは鼻を鳴らした。

「冗談よ。でも身元引受人が来るまで大人しくしていなさい」

「身元引受人……?」

「あんたの寮の人間が迎えに来るわ」

 指を鳴らすと瞳が僅かに光り、腕を拘束していた縄が解けて彼女の元へ戻っていく。

 最近は人を縛り上げるのにも魔法を使うのだなぁ。

 手首を軽く動かしながら痛みがないか確認する。

「ぴゃー……陽菜ちゃんのほそいお手々が……跡びっしり……」

「それくらい我慢しなさい。相手はそれくらいじゃ済まなかったんだから」

「うぇっ!? れ、烈火さん重症なんですか!?」

「まあ……重症っちゃ重症ね……。完璧に叩きのめされたから、酷く塞ぎ込んじゃって」

「あぁ。どうしましょう。お見舞いに行ったほうがいいですかね。カシオレ、じゃない菓子折りもって……」

 鳳凰院烈火は、プライドが人の頭5つくらいある自信家だった。常に勝者で居続けたのだろう。

 その努力と研究は生半可なものでなかったことも、私は肌で感じていたのだ。

 そういう人間が経験する敗北とは、常人の五倍の重みがある。

 また、立ち上がってくれるだろうか。壊してしまわなかっただろうか。

 私の手は、いつだって――

「別にいらないわ。あの子にはいい薬よ」

「そう、でしょうか」

「……なんであなたが落ち込んでるのよ。経緯は聞いたわ。売られた喧嘩に勝ったんだから、なにも恥じることはないのよ」

 視線をスマホから少しだけ上げて、星奏さんは続ける。

 善悪をキッチリ裁く、聖剣のような強い目と視線が重なった。

「あなたが反省しなきゃいけないのは、決闘で周囲のものを破壊しないことよ。入学直後ってのと、あなただったから大目にみるよう言ってくれた先輩に感謝なさい」

 星奏さんは心做しか得意げに、穏やかに言うものだから面食らってしまう。

 私をあまり快く思っていないはずなのに、気遣ってくれているのだろう。

 すこしだけ、胸に熱が戻った気がした。

「……えへへ。はい! 慰めてくれるんですね。優しい人は大好きですよ」

「はぁ!? 慰めてなんかいないわよ! 好かれたくもないわ!」

「えぇ~! 私なんて教室ではじめてみたときから好きになってしまったのに……よよよ。これは直接愛を伝えねばならない……!」

「ちょ、やめ! こっち来ないで! くるなぁ!!」

 近づく私と逃げる星奏さん。いつの間にか机を挟んでの追いかけっ子へと発展する。

 ぐるぐる机の回りを走り回り、向き合いフェイントの掛け合いという心理戦へ。再び追いかけっこに戻っていく。

 私の身体能力が貧弱なのを加味しても、星奏さんの足は恐ろしく早く、追いつける気が一切しなかったのだが。

(逃げ惑う顔がめちゃくちゃ可愛くてやめられない……!)

「あ、あなたいい加減にしなさいよね! また縛られたいのかしら!?」

「緊縛プレイですか!? ぜひ!!!」

「いやぁぁあ!! 変態だぁぁあああ!!」

 追えば全力で逃げてくれるのが楽しくて、いつまでもそうしていたかった。


 いったい、どのくらいそうしていたのだろう。

 お互いに息を切らし汗に溺れそうになった頃。

「あのー……」

 入口の方から、控えめで清楚な声がした。

「あのー……もうそろそろ、帰っていいですか……?」

 整いすぎるほど整った少女の顔が、困ったように笑った。


 ※


「すみませんでした!」

「ごめんなさい!」

 部屋のど真ん中で、星奏さんと二人で恋花さんに土下座した。

「あ、頭をあげてください!? 困ります困りますから……!」

「私としたことが恋花さんに気が付かないとは……一生の不覚……! 腹を切って侘びます!」

「風紀員であるこのあたしが、こんな変態に乗せられるなんて……生涯の恥だわ。指を詰めて詫びるわ……」

「あなた達は物騒な謝罪の仕方しか知らないんですか!? 絶っ対にやらないでくださいね!? いいからふたりとも立ってください!」

 星奏さんが立て掛けてあった日本刀で真っ赤な華を咲かせるのを止めて、恋花さんはパタパタと首元を仰ぐ。

 羽交い締めにされてる星奏さんの背を、大きな膨らみが潰れたり押し返したりしているのを、一瞬たりとも見逃さなかった。

「ふぁぁ……ほんとに、やめてくださいね……」

「え、えぇ……すこしどうかしてたみたいだわ……」

 謝罪される方が疲れるのはどう考えてもおかしい気がしますが、まあ恋花さんが可愛いから仕方ないですね。

 ところで私が腹を切るのは止めてくれないんですか……?背中におっぱい押し付けられる心の準備して待ってたんですけど???

 あ、しない?そっすか……。

 走り回って散らかった室内を三人で片付けて、没収されていた私の荷物が机に並べられた。

「なくなってるものとかない? あっても知らないしどうでもいいけど」

 冷静さを取り戻したのか、星奏さんはすっかりつっけんどんな態度に戻ってしまった。

 うーん。ツンデレ風紀員……かわいい。ツンデレはツンツンしてるときが一番かわいい。

「あります! ありますよ!」

「私の心とか言ったらぶっ飛ばすから」

「……………………」

「ふっ。くっそ不服そうな顔めっちゃ面白いわね……」

 ぐぬぬぬう。ぐぬぬわん……。

「……あのー」

 私達のやり取りを見かねて、恋花さんが控えめに手を上げた。

 そういえばなんで恋花さんがこんなところにいるんでしょう……。

「それで私、なんで呼ばれたんでしょう……?」

「ん?あぁ。あなたアサガオ寮よね?」

「はい……寮長にここに来るように言われて来たんですけど……」

「じゃあここにサインして。あと印鑑」

「はい?はい……」

 恋花さんは差し出された紙とペンで特に疑うことなくサインとハンコをした。

 魔法の時代になっても日本の書類管理はハンコを使うんだなぁ……。

 ツンデレ風紀員は紙を受け取って軽く目を走らせて

「坂月恋花、ね。……よし。じゃあコイツ、今日からアサガオ寮だから。連れて帰って」

 私に指を指して、そんな事を言うのだ。

「はい? はぁ……わかりまし、えぇぇぇ!?」

 夜の校舎に恋花さんの叫びが響き渡る。

 純粋に驚きに満ちたその顔は少々間が抜けていて大変可愛らしかった。

「わぁ! ホントですか! 恋花さんと同じ寮だー! やったー!」

「えぇ……でも、なんで花莉好さんほどの人が……」

「朝に森で出会い、クラスも一緒で寮も同じなんて、これはもう運命ですよ恋花さん! 結婚しましょう!」

「けっこん!? 話が、話が飛びすぎてますよ!?」

「順をおっていけばいいですか?」

「そ、そうじゃないですけど……うぅ……」

 押せば押すだけ可憐に赤くなってくれるの可愛すぎません?おっ?

 恋花さんはいつしか目線を逸しては瞬きを繰り返して唸る珍しい生き物になってしまわれた。

「うぅん。あぅー。あー……むん……はぅ」

「はぁ……かわいい……」

「アンタたちどういう関係なのよ……」

 ため息一つ。刀を腰に差すとツンデレ風紀員は帰りの身支度をはじめてしまった。

 めちゃくちゃ物騒なもの持ち歩いてるけど誰も気にしない。日本の学校ってすごいなぁ。

 そういえば私の荷物はちゃんと届いているのだろうか。送っておくとあの人は言っていたけれど……。


 星奏さんの戸締まりを待って校舎を出る。

 夜風がそよいで、汗ばんだ肌がひんやりと冷やされていく。

 一足先に外に出ていた恋花さんがベンチに座ってぼーっと空を見上げていた。

 きっとちゃんと確認せずに契約書にサインしたことを悔やんでいるのだ。恋花さんは私が守らねば。

「本当に、恋花さんと一緒にいられてすごく嬉しいんですよ。最初の友達ですし、一人は不安ですから」

 隣りに座って同じように空を仰ぐ。彼女の表情まではわからないが、鼻息がすこしだけ深くなるのを感じた。

 照れると呼吸が深くなる癖は昼に確認済みである。

「もう……花莉好さんはすぐそうやって」

「お世辞とかじゃないですって。本当に嬉しいんですよ」

 外は丁度半月が昇り、山の上の夜空は星がよく見える。

 星明かりを邪魔しない月光はどこか窮屈そうだった。

「もう二度と面倒事は起こさないようにね」

 いつの間にかベンチの後ろにいた星奏さんが釘を差すように念押ししてくる。

「私からは起こさないようにがんばりますね!」

「巻き込まれない努力もしなさいよ……」

 本日何度目かのため息をついて、星奏さんも同じように夜空を見上げる。

 期せずして、私達は同じものを見つめて、

「今日も星が綺麗ね……星座はわからないけれど」

「半月でもちゃんと見えますよね。この街は月見里としても有名ですし」

「両方見れるなんて贅沢な夜ですねっ」

 それぞれが思い思いに、違うものを見つめていた。

 それがなんだかおかしくて、指で星座をつないで見る

 魔力で描かれた光の線が空を滑って星をなぞる。決してまばゆくない純白の光は、風にのって舞い上がっていく。

 願いを乗せて浮かぶ風船のように。あるいは想いを乗せて運ぶ灯籠のように。

 繋げたそれは花だろうか。星だろうか。あるいは月だろうか。もしかしたら翼かもしれない。

 それを決めるのは、描いた私ではなくこれを見る二人なのだろう。

「さて、私達の愛の巣にいきましょっ!」

「だから同じ寮ってだけですよぅ! 私以外にも人はいますからね!?」

「……じゃあアタシは帰るから。あなた達も気をつけなさいよね」

 物言いたげな視線をさせながら、星奏さんは先に歩き出した。

 踵を二度鳴らすと靴底が浮き、石畳の道をスケートのように滑っていく。

「今日はお世話になりましたー!またあしたー!」

「もうできれば関わりたくないわよーだ!」

 大きく手を振り返して、私達は別々の道を進んでいく。

 夜は深まり、月と星が夜道を照らしてくれている。

「花莉好さーん? いきますよー?」

「あ、はーい!」

 明かりをつけなくとも、道に迷うことはなさそうだった。

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