第一章『私はあなたを認めません』 4

 号令直後、最初に動いたのは烈火れっかだった。

 掲げた手の先に赤い光が収束し、方陣を形成する。

 魔法というのは魔法陣を生成する都合上ある程度の集中力を要する。

 魔法には等級が存在し、魔法陣を用いる一般的な術式は三級魔法。三級魔法を発動させるために魔法陣を展開させる光の線が四級に当たる。

 そのため現代魔法戦において速効性こそが強さであり、先に方陣を完成させたほうが絶対の有利を手に入れる。

 体の内側の魔力を活性化させ、それをミスリルが増幅。グリモアがその調整を可能とし、大気の魔素と溶け合って奇跡が起きるのだ。

 烈火はそれをひと呼吸という驚異的な速さで終え、陽菜ころながアクションを起こす前に叩き込もうと狙いを定める。

「先手必勝ですわ!」

 烈火の魔法陣から炎が形を持って飛び出した。有翼のそのシルエットは無数の鷲。

 羽ばたく炎の鳥は雄々しくも美しい翼を翻し、同時に四体が陽菜を襲撃する。

「この攻撃を逃れたものはいませんのよ!さぁ!やっておしまいなさい!」

 4体すべてが意思を持つように独特な軌道を描き、衝突の衝撃からけたたましい爆発が連鎖する。

 黒い煙が舞い上がり、誰もが固唾を飲んで見守った。

 その胸中にあるのはもはや勝敗の在り処ではなく、子供同然の体躯をした少女の無事一心である。

 決闘が認められている魔法学園では、制服に魔法の影響を受けにくい素材を採用し、ミスリルとグリモアにも対魔法防御の術式を施している。

 余程当たりどころが悪くなければかすり傷程度で済む。烈火にしても当然全力で打ち込んではいない。

 しかし今の一瞬で力量の差は明白となった。

 陽菜は魔法の発動はおろか回避行動を起こす素振りすら見せずにまともに食らってしまった。それは地力の差。意識の差でもある。

「ふん……これじゃ拍子抜けですわね。外部のお客様だからと期待すれば、所詮はスラムの紙屑ですのね……」

 対戦相手の烈火ですら、なんらかの行動を確認できなかった。

 その初速の遅さは致命的であり、何百回やっても結果は変わることはないだろう。故に――

「ぶぇーほっえッほっ!うぅ、めちゃ煙いっすねこれ……」

 煙の中に薄っすらと浮かび上がるその影に、誰もが目を疑った。

「炎を変質させた象形攻撃魔法……なるほど。これは気を引き締めないとやばいですね!」

 この場にいた全員の諦めに傾いていた空気が、煙の中に立っていた少女の声に驚きを隠せない。

 皆が敗北を予感した。それほどまでに完璧な初撃。実力を見せつける意味でも、努力の差を見せつける意味でも、烈火は陽菜を圧倒したはずだった。

 だが実際はどうだろう。彼女はダメージというダメージは見受けられず、今も変わらずお気楽な笑顔を浮かべている。

 まるで何事もなかったかのように、陽菜はそこに立っていたのだ。

 加減はした。だがそれは決して無傷で済む威力で放ったつもりはない。

「く、くははっ!いい!いいですわね貴女!それでこそ張り合いがあるってものですわ!」

 その時烈火の胸に湧いた興奮と高揚は、その火力を更に高めることになる。

「私の鳳凰連弾を受けて立っていたのはお兄様以来でしてよ!貴女、その外見に見合わずかなりタフですのね!」

 それは喜び。競うに足る相手をみつけた歓喜の叫び。闘争本能の目覚めを祝う声。

「さあ!次はあなたの番でしてよ!手の内を隠したまま負けたくはないでしょう!」

 何よりも、自分がその実力を確かめてみたい。どのような手を使って今の攻撃をしのぎ切ったのか、あの小さな体にどれほどの力が隠されているのか。その秘密を暴きたくてたまらない。

 外部入学主席。その事が意味する重みを誰より知っているから。

 その座に最も近かった自分が、その険しさを誰より知っているから。

「あら?これはターン制だったんですか?」

「鳳凰連弾を受けきられたのです!こちらも貴女からの一撃を受けて見せなければ不公平というものですわ!」

 相手の得意な戦法で上回ってこそ真の勝利。完璧な敗北を与えてこそ勝者。

 疑いようのない圧倒的な差を、見せつけてこそ鳳凰院の人間足り得るのだ。

「不公平?」

「だってそうでしょう?ワンサイドゲームではオーディエンスのカタルシスは望めませんわ!御覧なさい!この視線を!」

 烈火は翼のように腕を広げ、中庭全体に視線を滑らせる。

 先の爆発を聞き、次々に他の生徒が集まってきている。その目的は皆一つ。

「感じるかしら!このオーディエンスの高鳴りを!この決闘は既にショーなのですわ!」

 どちらがより優れているのか。未知の結果がこの先にあると、その先を誰もが焦がれていた。

「たっはー。こりゃ参りましたね……」

「さあ、遠慮なく!案ずることはありません!私は負けませんわ!」

「避けないんですか?」

「えぇ!鳳凰院の人間に、二言はありませんわ!」

 気が昂ぶるほどに、烈火を取り囲む炎の鷲はその勢いを増していく。間違いなく、今がこの少女の最高潮である。

(鳳凰連弾は、その高い操作性により攻防一体の魔法。例えどんな攻撃がこようと、撃ち落として差し上げますわ!)

 負ける道理など何処にもない。今の自分なら、あの兄にだって――

「では……お言葉に甘えて――」


 


 それは、小さな光だった。

 蛍ほどの、昼間は見えないほどの小さな光。

 白く、白く、純白の輝きは、陽菜の両掌の中で、徐々にその輝きを増していく。

 それは風を産み、熱を持ち、光を呑み、大気と溶け合い、流水の如く流れ出す。

 滝から流れ落ちる水を止める手段はなく、地面を抉り、周囲に満ちていく。

 世界が、変質していく。

 あらゆる法則が、この少女の望むように書き換わる。

 満ちた光は再び掌に集まって、陽菜は両手に包んだその光を胸に抱いた。


「あぁ、あなたはこんなにも美しい――」


 それは祝詞。或いは呪い。

 身を焦がす慕情を口にする。


「もしもその鮮やかな髪に触れることができれば、どれほどの幸運だろう」


 己の起源を呼び覚ます詩。

 愛の告白。恋の独自。


「その柔肌に触れることができれば、どれほどの幸福だろう」


 恋い焦がれるほどに、その身を焼くのは己から生じる感情であるから。

 願いは、天へと昇り


「だが私の腕はこんなにも汚れている」


 そして――


「貴女に触れれば、きっと壊してしまうから」


 ――のだから。


「ならばせめて私の腕で、その美貌を終わらせたい――!」


 再び開かれた手の中には、爪の先ほどの小さな光だけが残っていた。

 それを愛おしそうに烈火の元へ向け、光の珠はゆっくりと、ふわふわと近づいていく。

「……何かと思えばこんな小さな珠一つ……」

 拍子抜けという他ない。一人でぶつぶつ呟き出したかと思えば、魔法陣すら展開せずこんなものを寄越してくる。

 まだふざけているのか。それともこれでお茶を濁して有耶無耶にする作戦か?

 まあ、どちらにしろ構わない。烈火にとってはどちらも同じ事だ。圧倒して勝つ。ただそれだけの事。

「小さいですけれど、私の思いを大事に込めました。受け取っていただけると嬉しいのですけど……」

 ほら。やはり本気などではないのだ。こんな状況でこんな戯言、誰が耳を貸すものか。

 周囲の反応を見ても、それは精々虚仮威しにしか見えないのだから。

「はあ……あなたにはがっかりしましたわ。今度こそ本当に、この白けた空気を見なさい」

「あぁ……大丈夫ですよ。愛の告白っていつだってそういうものでしょう?」

「お話になりませんわね。さっきはどうやって防いだのかわかりませんが、今度はそう簡単に逃れられませんわよ」

「逃げも隠れもしませんよ。勝負はもうついてますから」

「えぇ、あなたの負けですわよ。花莉好陽菜。荷物をまとめて、さっさと実家にゴーバック、ですわ!」

 これ以上は時間の無駄だと、烈火は再び魔法陣を展開する。

「花莉好陽菜、私はあなたを認めませんわ」

 先程よりも大きく、激しく、逆巻く業火のような魔力の奔流が溢れ――陽菜の光の球が吸い込まれた。

「私を認めないのは構いませんが、在るものを在ると認識するくらいの寛容さは必要ですよ。烈火さん♪」

「……何を言っておりますの?」


「貴女は既に、私の腕の中にいる」


「なっ――」

 その直後である。

 すべてを焼き尽くす烈火の真紅の方陣が、その中心から白く変色していったのは。

 透明な水に絵の具を垂らしたように、何に阻まれることもなく、赫は白へと染まっていく。

「なにを、何をしましたの!?」

 魔力の変色。それが何を意味しているのか、この場でわからない者はいない。

 魔力とは生まれついての色がある。それは生涯変わることはなく、最新のセキュリティでは個人の魔力での判別を可能としている。

 その色が変わる。それも他者の色に。それがどういうことなのか。

 わからない者など、この学園にはいない。

「私の鳳凰連弾を……奪いましたのね!?」

「ふふ。さぁ?では……あでゅー」

 陽菜がにっこりと手を振った。

 烈火が最初にみせた攻撃指令と、まったく同じ仕草であった。

 動くことは、もはや間に合わない。魔法陣の精製に体力を使いすぎた。

「お、覚えておきなさい――!!!!」

 瞬間、十を超えるの白色鷲の群れが噴水ごと粉々に吹き飛ばしたのだった。


 ※


「くぅ、疲れました。これにて花莉好陽菜の『最強魔法少女――女の子だらけのうはうはハーレム作るってよ――』の第一章を終幕といたしま――あれ?」

 無事決闘を制し、ぐぐーっと伸びをして見物に来てくれた方たちに向き直ると、皆さん黙って動かなくなっていました。

「あれ?皆さーん?拍手は?喝采は?陽菜ちゃんかっこいいー!素敵!抱いて!と私をもみくちゃにしてくれる女の子は!?」

 返ってくるのは、いたたまれない沈黙だけである。

 おかしいな。おかしいですね?こういうときは私の強さに感激し大歓声で私の勝利を称えてくれるものだと思っていましたが……。

「あ、誰もツッコんでくれない。悲しい……寂しい。勝負に勝ったのに戦いに負けた気がします……」

 まあ考えても仕方ない。イッチーさん達に慰めてもらおう

 三人は最初と同じベンチに居たので、とことこ小走りで近づいていく

「勝ちましたよー。イッチーさん。それで何の話でしたっけ」

 不意に、指先にバチッと静電気が流れたような気がした。


「花莉好陽菜、あなたを風紀員の名のもと器物破損の罪で拘束するわ」


 次の瞬間、自分のすぐ背後で雷鳴がした。

「ふぇ?ほげっ――!?」

 鈍い痛みと、一本の剣のような芯のある声を最後に、私の意識はそこでばったりと途絶えてしまったのでした。


 こちとら日本に来てから動きっぱなしで、体力の限界だっていうのに。

 これからの学園生活、うまくやっていけるか不安だなぁ……。

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