第一章『私はあなたを認めません』 2

「私と勝負なさいまし!」

「いいっすよ!」

 教室につく前に喧嘩を売られてしまった。

「良くないですよ花莉好かりすさん……!」

「よくないんですか?」

「いいわけがないでしょう!?」

わたくしが話しているのですわ!醜い言い合いはおやめなさい!とうっ!」

 慌てふためく恋花れんげさんを横に、彼女は得意げな笑みを浮かべ、その場で見事な宙返りを決めて踊り場から降りてきた。

 赤く紅い鳳凰の翼のような長い髪が広がり、強烈な印象を与えてくる。

 自信と野心に満ちた挑戦的な瞳は、その業火の熱を表す真紅。

 烈火の名に相応しい、苛烈な不死鳥を思わせる出で立ちをしていた。

「あなた、愛らしい外見に似合わず好戦的ですのね!嫌いじゃないわ!」

「いやぁ、美しいレディからの誘いは、心中の申し出であろうと断らない主義なもので!」

 愛らしいだって。やったね。

「その意気やよし、ですわ!単刀直入に申しまして、私はあなたが気に入りませんの!」

「いやぁそんなぁへへへ……」

「そのへらへらした態度がまず気に入りませんわ!突然現れてこの私を差し置いて主席ですって!?この私の影が薄くなるじゃない!」

 いやぁあなたはもう既に結構影が濃いから心配しなくていいと思います。

「大体あのふざけた挨拶はなんですの!ここを何処だと考えていらっしゃるのかしら!」

「私が美少女ハーレムを作るお城です!その第二号に立候補してくれてもいいんですよ?」

「まあはしたない!……ん?第二号?この私が第一号ではなくて?」

「えぇ。第一号は彼女なのでっ。ね、恋花さんっ」

「…………」

「ちら、チラッチラッ」

「…………え?あぁ……すみません……」

 ツッコミを求めるように恋花さんを見るも、バツが悪そうに俯いてしまって答えてくれなかった。

 そんな恋花さんを何故かキッと睨みつけ、烈火さんは私に向き直る。

「んー……?」

「ふんっ。まあいいですわ。今は時間もありませんし、決闘の方法はいずれまたご連絡いたしますわ」

「あ、はい。わかりました!」

 烈火さんはそのまま背を向け、歩き出してしまった。

 突然やってきて、勝手に帰ってしまったぞあの人。なんだったんだ。

 この学園は、こんな人ばかりなのかな。退屈はしなさそうだけど、すごく疲れそうだ……。

「なんか、嵐のような人でしたね。印象はめっちゃ残りましたけど……恋花さん?」

「……は、はい。なんでしょう……」

「大丈夫ですか?なんだか顔色悪いですよ……?」

「……なんでもありませんよ。それより教室に行きましょ」

「むぅ……ならいいんですけど……」

 恋花さんがなんだか突然元気をなくしてしまった。

 一体どうしたんだろう。烈火さんの顔を見るなりうつむいてしまったけれど。

 嫌な想像だけが頭をよぎって、今度は重い沈黙が私達を包んだ。

 今はまだ、そういった話に踏み込めるほど近くない。


 案内され教室に着くと丁度チャイムが鳴った。

 入学式後にあるオリエンテーリングだ。席順はまだ決まっていないらしく、仲良し同士で座ってる印象がする。

「恋花さんっ、一緒に座りましょっ」

「……いえ」

 恋花さんは申し訳無さそうに頭を下げて、誰の元へでもなく教室の隅へ行ってしまう。

 変なお嬢様に絡まれてからずっと元気がないな……。

 しかし振られてしまったものはしょうがない。私も適当に座らないと。

「あ、壁壊してやってきた子だ!ここ開いてるからおいでよー!」

「あ、はーい!いいんですか~!」

 入り口で立ち尽くしていたら仲良し女子三人組が手招きしてくれた。お邪魔になろう。

「君入学試験一位だったんだって?小さいのにすごいねぇ。えっと……」

陽菜ころなです!花莉好陽菜!近所で可愛がってるネコちゃんのように、気軽にコロナちゃんって呼んでください!」

「そうそうコロちゃん!なかなか派手な登場の仕方でびっくりしちゃったよ」

「コロちゃんってアンタ……」

「非常事態だったもので……たはは」

 ポニテのリーダーっぽい女の子とショートヘアの体育会系っぽい女の子が気軽に話しかけてくれた。

 もうひとりのお下げの気弱そうな女子は人見知りなのか目を合わせてくれなかった。可愛いね。

 お互いに軽く挨拶を済ませると、丁度先生がやってきた。

 やる気の感じられない気怠そうな歩き方だ。魔法学園の講師ってこう無気力なイメージあるの私だけですかね。

 雑談をしていた生徒達の声も徐々に減り、教室が静まり返ったところで壇上の男性は口を開いた。

「はーいみなさんが静かになるまで先生はしました、ばぶぅ」

「たはー。やばい人が来た……」

 担任と思わしき赤ちゃん先生はおもむろにおしゃぶりを咥え始めた。

 そう。乳幼児が咥えるあのおしゃぶりをですよ。たばこ吸うみたいに。

「…………ちゅぱ」

『……………………』

「…………ちゅぱ」

『……………………』

「ちゅぱ……ふぃーだる……。さて、ご入学、並びに高等部への進級おめでとう」

「かなりやばい人だった……」

 え!?なに!?誰もツッコまないんですか!?話を始める前の数秒のおしゃぶりタイムは何!?

 一緒に座ってる三人組も特に気にしてる様子がない……?これはもしや私にだけ見える変質者の妖精なのでは?

 恋花さんは……あ、すごいなにか言いたそう!ツッコミたくてたまらないって顔してる!でもツッコんでくれない!なんで!?

 でも私にだけ見えてる変態じゃないことはわかった。よし。

「えーこの学園は知っての通り、実力と実績重視だ。誰が何を成したか。家柄も金も関係ない。全員平等。それがウチのルールだ。どこぞのぼっちゃん嬢ちゃんだろうと俺は遠慮なく叩く、殴る、廊下に立たせるから覚悟しておけよ」

 私の混乱を他所に赤ちゃん先生は話を続けた。

「そしてその実力と実績を図るために、ここでは生徒一人ひとりにあるものを渡している。なんだかわかるか」

 ピンと、前の席で手があがる。

「星川」

「はい」

 女生徒は凛とした佇まいで立ち上がる。一本鋭く芯の通った直剣のようだ。

 線の細いスラッとした輪郭、生意気そうなツリ目に、左右に結ばれたしっぽ髪。

 見るからにツンデレ委員長っぽい子だ。とても好きだから後で話しかけよう。

「幻想結晶ミスリルと、それを内蔵したグリモアです」

「その通り。魔素の結晶体ミスリルは杖の役目を果たし、グリモアは魔法陣などを記録する装置のことだ。グリモアは小物や雑貨の形をしたものが多い。持ち歩くのに便利だからだ」

 赤ちゃん先生が指を鳴らすと魔法陣が中空に描かれ、僅かに眼が光る。魔法が起動している証拠だ。

 廊下の先から大きな箱が現れ、中から更に小さな箱が生徒それぞれの席へ向かっていく。

 手も触れず、物が自在に宙を舞う。まさしく超常の現象だった。

「グリモアの形は入学前に送ってもらった要望書通りだ。それぞれ確認してくれ」

 生徒たちは箱を開け、思い思いに手にとっていく。

「やっぱりブレスレット型が使い安くていいなー」

「あたしはネックレスの方が可愛くて好きだけど」

「見てくれこれ。チェーン状のを頼んだらほんとに出来てる!すげぇ!ベルトにつけるぜ!」

「中等部から使ってるやつをそのままバージョンアップしてもらっちゃった。愛着あるやつが一番だよね」

「形なんてなんでもいいよ。それよりスマホがただでもらえるんだからいいよなー」

 見た目はどれもよくあるシルバーアクセだ。共通しているのはどこかしらに宝石がはめ込まれていることだろう。

 箱の中身はグリモアと呼ばれる魔法の補助と記録をしてくれる道具。そして板状の携帯端末が一つ。

「そのスマホはお前たちのグリモアのデータと連携してある。どんな魔法が使えて、どんなことが得意か分析して学習してくれるアプリも入ってるから活用してくれ」

 電源をつければ私の名前とクラスが表示された。これからはこれを使えという意味だろう。

「ほぅ……今はこんなハイカラなものを使うんですねぇ……」

「もちろん成績や研究成果なんかも記録される。学生証の変わりにもなるからなくさないようにな。さて、これからこの学園のシステムについて説明するから、みんなよく聞くように。…………。はーいみなさんが静かになるまで先生ストレスで生後半年まで戻りました。ちゅぱ……」

 赤ちゃん先生がまたおしゃぶりを咥え始めてしまったので、直視しないように窓の外を見る。

 清々しい春の空だ。こんな日差しの中昼寝したら気持ちがいいだろうな……。

 ちらりと端末に眼を落とす。時刻はお昼前、ちょうどお腹が空いて、眠くなる時間だ。

 この端末一つ見ても分かる通り情報化社会は未だ枯れず、こうして技術は魔法を取り込んで発展した。

 魔法によって豊かになった生活は、この電子のアシストによって誰にだって使いやすいものになっている。

 そう。魔法とは生活を豊かにするものなのだ。決して武器や争いの道具ではない。

 人々の生活に寄り添い、その発展を支え、加速させるものである。

 この学園で、私は何を学べるだろうか。

 面白そうな人にも、ヤバそうな人にも会ったし退屈だけはしそうにない。

 ちゅぱタイムが終わり、先生が話し始めた頃には、私は思考の世界へと潜っていた。

 まあ、あとで恋花さんに聞こう……。

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