道の駅にて

 ゴールデンウイークの初日を明日に控えた夕刻、土佐湾沖の南海トラフを震源に発生した大地震で、西日本一帯は激しい揺れに襲われた。

 さらに、土佐湾に面した四万十、土佐、高知、南国及び安芸市を波高三十メートル近い大津波が襲った。予想された災害、南海トラフ大地震の発生だった。

 僕は地震の第一報を聞いてすぐに最上階の社長室に駆け上がる。


「社長がお待ちです」


 階段を登り切ると、すでに秘書の女性が扉を開けて待ち構えていた。


「何やってんだ! 遅いじゃねえか!」


 顔も見ないうちから、怒鳴るようなガラガラ声が部屋の外まで響いてくる。僕は慌てて社長室に飛び込んだ。


「JAICAから要請だ。すぐに向かえ! あと、これ持ってけ!」


 言葉とともに分厚い封筒が飛んでくる。お金があっても物がなければ何も買えない。けど、いざ必要になっても停電した被災地でATMは使えない。ありがたく受け取ってジャケットの胸ポケットにしまう。


「こっちは気にせず、思い切りやって来い」


 僕は一礼するとすぐにくるりと振り向いて階段を地下まで駆け下りた。




 彼女との二回目の邂逅からしばらく。僕は一人旅の途中に知り合った変わり者のオジサンと意気投合し、中規模の建築会社ゼネコンに誘われることになった。

 まさかその人が社長本人だとは思わなかったけど。

 任された仕事は以前と大して変わらなかった。ただ、年度末に仕事が集中することはなかったし、いろいろ考える暇もなく、彼の趣味でとにかく色んな資格や免許を取らされた。

 仕事に役に立つ建機の免許を手始めに、陸海の乗り物免許を一通り。さらに可燃物や爆発物など危険物取扱い関連、救急救命講習などなど。この二年で手に入れた資格だけでバインダーがパンパンになるほどだ。

 その上で、たった今命じられたのは、構造技術者として被災した建物の危険性を判定し、救助隊の完全を確保するため現地に向かえというもの。

 昨年の大地震で半ば押し売り気味に被災地に入り、救助隊が到着するまでの間にガンガン建物の危険判定トリアージをやった実績が少しは評価されたらしい。

 俺は地下のロッカールームからこんな時のために備えているザックを引っ張り出すと、隣り合った車庫の扉を開く。

 ここにある車両は何でも自由に使っていいと言われている。だが、今回大きな車はかえって動きにくいと思う。

 やっぱりバイク。オフロードタイプで、できるだけ取り回しが楽な方がいい。考えた末、ビックタンクに換装したヤマハのセロー250に白羽の矢を立てた。

 



 だが、四国と淡路島を結ぶ大鳴門橋を越えてすぐに高速を下ろされた。

 できれば徳島自動車道から高知自動車道を経由し、そのまま一気に南下して高知市まで直行したかったのだけど、橋脚が何カ所か崩落しているらしく、これ以上は進めないという。

 仕方ないので徳島からは一般道を南下する。

 四国の東海岸沿いにぐるりと高知市まで至る国道五十五号線は浸水が激しく走れない。代わりに四国のど真ん中を東西に走る四百三十八号と四百三十九号のコンボを考えた。ところが道の駅の駐車場で休憩をとっていた自衛隊員から、がけ崩れが何か所もあって通行できないと聞き大いに悩む。

 地震発生からすでに十時間。救助のタイムリミットと言われる七十二時間の壁は刻々と近づいている。


「築城基地所属のF2からの報告で、高知空港は設備全損、いまだに浸水中とのことです。空からの乗り入れは困難でしょう。第十四飛行隊ウチUH-1Jユーワンを下ろせないか試しているそうですが、多分香南市にある駐屯地に降りることになりそうです」

「だとすると、どうにか陸路でルートを見つけないと」

「ですね」


 高機動車の運転席から身を乗り出す迷彩服姿の隊員と地図を挟んであーでもないこーでもないと悩んだ挙げ句、すれ違うのも難しい一車線の尾根道と林道を経由すれば、一本南側の国道百九十五号に迂回できそうなルートを発見する。


「ありがとうございました。じゃあ、俺は先に行きます」


 ヘルメットのあごひもを締めながら見よう見まねの敬礼をすると、俺は再びバイクに跨がった。


「あ、ちょっと待って!」


 無線で旅団司令部と連絡を取っていた助手席の隊員が大声を上げる。


「百九十五号もダメです。四つ足峠でトンネル崩落だそうです」

「うわ!」


 俺は改めて地図をのぞき込んでうめき声を上げる。迂回路のまったくない場所で、ここを塞がれると相当な遠回りを覚悟しないといけない。


「旧道は残ってますかね?」

「うーん、どうかな。地理院の地図にそれらしき線は描いてありますが、おそらく登山道でしょう。車両は厳しいかと」

「……そうですか」


 やっぱりどうしてもここを抜けたい。迂回した道がちゃんと使える保証もないし、何より今は時間が惜しい。


「とりあえず行ってみます」

「了解しました。向こうに着いたらまずは駐屯地にお立ち寄り下さい。無線で知らせておきます。停電していますが、ギリギリ津波の被害はなかったそうですから」

「わかりました」


 改めて敬礼を交し、俺は剣山スーパー林道に向けてアクセルを吹かした。


 



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