バイパス沿いのカフェにて

 二人でバイパス沿いのカフェまで戻り、オーナーに勧められるままモーニングを頼んで向かい合わせに座る。


「久しぶりだね。まさかここで君に出会うとは思わなかった」


 やわらかく微笑む瞳は、あの時とまったく同じだった。


「私の話を覚えていたんだ」


 そのままついと僕の方へ手を差し伸べる。


「それでここへ?」

「いえ、実は、直接、あの時の言葉の意味を確かめたいと思って……」


 だが、彼女はそれには答えず、伸ばした指先で俺の喉の傷跡に触れる。


「……これ」

「ええ、ちょっと無茶をして、危うく死にかけました」


 彼女の表情がかすかに曇る。


「……君も結局こっち側に来ちゃったね」

「こっち側?」

「うん。〝死線〟を越えたでしょう?」

「……〝死線〟?」


 僕はその一言で、あの時の彼女が一体何を言いたかったのか、今度こそはっきり確信することができた。

 彼女が命日と呼んだ十数年前のこの日、彼女は親しい人を亡くし、自分自身も一度は死にかけたのだろう。

 〝死線〟というのは、つまりそういうことだ。


 彼女はそのまま、じっと僕の顔をのぞき込んできた。


「キャンプ場で見た時、君の目が少し気になっていたんだ。なんだか、鏡の中の自分を見てるみたいで。でも、いずれは上手く世の中に溶け込めそうに見えたんだけどなあ」


 苦笑する彼女の瞳は相変わらず優しげだ。


「それよりも貴女こそどうなんですか? まだ……」

「ううん。私は、どうにか気持ちと折り合いのつく居場所を見つけたよ。ずいぶん時間はかかったけどね。あの時の悔しさを忘れず、逆にモチヴェーションにできる仕事だよ」

「……そうですか。それはよかった」


 僕は小さく頷くと、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。妙に舌に残るにがいコーヒーだった。


「今はどこに?」

「うん。都内で一人暮らし。こっちには里帰りでね。もっとも、帰る家はもうないんだけど」


 そう言って彼女は小さく肩をすくめてみせる。


「それより君は? 表のバイク、あれ君のでしょう?」

「ええ、ちょっと思うところがあって会社は辞めました。この歳にして今さら自分探し中って感じです」

「そっか」


 それきり沈黙が流れた。

 店内に流れる有線放送では、妙に昭和な感じの曲ばかりが続いてる。一体誰の趣味リクエストだろう。


「あ、あの、できればまた――」

「再会の約束はしないでおこうよ」


 僕の申し出を拒絶するように、彼女はやんわりと、でもきっぱりと言葉をかぶせてきた。


「その代わり、うーんと変な約束をしよう。いつか、世界が終わる前にどこかでもう一度偶然出会えたら……」

「……出会えたら?」


 困惑する僕に、彼女は最初に出会ったときと同じ、謎めいた表情でこう言った。


「そうだね、その時は結婚でもしようか」

「はぁ? 何バカなこと言いだしてるんですか!」


 驚く僕に、彼女は意味ありげににっこりと微笑んで見せた。


「そうとんでもない話でもないよ。世界の終わりには、私達は並んで同じ風景を見るんだから。これは予言なの」

「……わかりました」


 相変わらず捉えどころのない不思議な物言いをする女性ひとだ。僕は苦笑すると右手を差し出した。


「じゃあ、握手だけ。〝三度目の正直〟っていう言葉もありますし。また会えることを願ってます」


 彼女は一瞬目を丸くすると、同じように右手を差し出しながら小さくつぶやいた。


「三度目の正直……そうだね」


 

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