第8話

 さっきから同じようなところを進んでいる気がする。前を進むおじさんは歩きなれていないのか、あの乗り物に乗りすぎてしまって酔ってしまったのか足元がおぼつかなくてもどかしい。

 「もっと、はやくすすめないの?」と意図せず、こえが出た。

 「これでも急いでいるんだ」おじさんのイライラした声が飛び、あたりに冷たい空気が漂う。ひととうまく付き合っていくにはどうしたらいいのだろうか、そういつも悩んでしまう。

 突然、おじさんが角を曲がり、ここに来てから幾度となく見たのと同じ灰色の田扉が開かれる。外に出るとそこには聖眼が翼を広げて飛んでいた。しかし、その体には鎖がぐるぐると巻かれ、思うように体を動かせてはいなかった。

 人を警戒するキリッキリッという音を発している聖眼が一頭もいない。統制をとれた動きをしていない聖眼が互いの体をぶつけあっていた。鎖がきしみ、聖眼たちはよろけるが、疲れているような様子はない。

 一頭の聖眼がこちらを見た気がした。確かに目が合ったと思うのだが、こちらに反応しない。私は突然のその振る舞いに志向が追いつかず、じっと聖眼を見つめていた。


 爆発音が聞こえてからしばらくたっており、どこからか、銃音も聞こえてくる。撃たれて倒れこむ覆面の男の姿が目に移り、里での襲撃の光景がフラッシュバックする。なぜ、聖眼たちは私に反応してくれないのだろう。私に反応してくれないということの意味が分からなかった。忘れられてしまった…?そんなことはあるはずがない。だって、あの聖眼なんだから。われながら根拠が浅はかすぎる。目の前の光景が一段と無彩色に近づいた気がした。


 おじさんに手を引かれ、廊下を進んだ。

 おじさんが入っていった部屋はユキが操作していたようなコントロールパネルが並んでいる部屋だった。そこに書かれている文字はズィブラのものなのでほとんど読めない。人工知能なんてここにきて初めて知った。それが何なのかも、覆面の男たちが誰であるのかも、聖眼がなぜ私に反応しないのかも、なぜ周りの人が冷たく感じるのかもわからない。わからないことが多すぎて考えるのをやめたくなる。ここでやめれば我がままだと言われるのはわかっていた。しかし、それが何だというのだろう。


 ふいにおじさんに手を引かれ部屋の中央にあったテーブルへ連れていかれる。

 テーブルの上には手書きで書かれたロートの文字が並んでいた。

 「そういうことだよ」と視線を移した先のおじさんがそう言った。

 私は聖眼という友達を永遠に失ったらしい。


 ユキの実験施設に戻るとすでにヒドラとニクス、ユキが戻っていた。ニクスが口を開く

 「聖眼を操ることができなかったのか?」と私に問いかける。何も言えずにいる私を気遣ったおじさんが

 「ああ、どうやら奴らは聖眼の脳を溶かす実験をしていたらしい。もう、あいつらには知能も何もない。ただのでかい箱だ。我々がどんな危害をもたらされるか、わからない」とそういった。

 ニクスは私のほうを見て、驚いたような、険しいような顔をしている。

 「あの、茶色の物体に誰もがなる可能性が出てきたわけだ」とつぶやいたヒドラの言葉を私は聞き逃さなかった。

 「どういうこと?」とヒドラにつめよる。ヒドラは表情を変えずに

 「あの、茶色い物体は聖眼によってああなったんだ」とはなしをはじめた。


「それで、今私にそれを言ったってことは……私は晴れて危険人物じゃなくなったわけだ」そう言いながら私は笑いが止まらなかった。

 「いや、そういうわけじゃ」私の様子が想像の範疇を超えていたのだろう、戸惑ったニクスの顔が面白くゆがんだ。自分でも何が面白くてこんなに笑っているんだかわからなくなる。

 「私は聖眼を操るためだけに今まで育てられてきて、そだててきたはずなのにいつの間にか危険人物とみなされていたんでしょう。聖眼には忘れられるわ、人間にも裏切られて…、わらえばいいじゃない。こんなざまな奴いないわ」足に力が入らず倒れこんだ私の肩をニクスが支えた。その顔は見えないが、まあ、笑ってはいないだろう。


 「ロートに、一度戻りましょう」私は唐突にそう言った。

 「ロートにしか聖眼の文献はないし、アスカが一番、聖眼についてよく知っているわ」

 「それは……、つまり、聖眼を殺すってことだぞ」そうニクスが言う。

 「お前、いいのか」その眼は真剣だった。

 「そんな真剣な顔つきで、何言ってるの。あれはもう聖眼じゃないの。私を忘れるようなもの聖眼なんかじゃないわ。ただ、図体のでかい、場所をとるものよ。殺せばいいじゃない。何が悪いっていうの?」ニクスが気遣ってくれることくらい十分理解していた。理解したいかといわれれば、したくはないのだ。理解しなければ、こんなことを言っても傷つくことはなかっただろう。しかし、あいた口はふさがらないものだ。

 ニクスは理解できないといった顔でこちらを見ていた。

 「じゃあ、俺が連れていく」そうヒドラが言った。

 「ニクスとアリサはユキと協力して情報が集まり次第、すぐに武器の製作に移れるようにこっちで待機していてくれ」そう言って私の手を引いて歩いた。

 「本当にいいんだな」というヒドラの問いかけは無視し、車に乗り込んだ。

 「すまない。今まで黙っていて…」まだ雪は降り始めていなかったが、着たときよりも気温が下がっている気がした。


 ロートの城壁が見えてくる。城壁のそばまで出迎えに来てくれていたカロンの金髪が風になびいていた。

 「二人とも、ちゃんと無事にここまでたどり着けたのね。本当によかった。エミリー…、本当に…残念だったわね。少しでも、聖眼が苦しまないような…」そういうカロンを横目に私はすたすたと隠れ家を目指して歩いた。ここでちゃんと話をしてしまったらカロンに当たってしまいそうで怖かった。

 「図書館から重要そうな本は隠れ家に運んであるわ。アスカにも手伝ってもらって読み進めているところよ」

 私が無視をしたことに少し動揺しつつも、しょうがないと思っているのか、沈黙を作らせまいと、ひっしに口を動かしていた。アスカという音に一瞬自分の体が硬くなるのを感じたが、カロンはきっときづいてなんていないだろう。

 

 隠れ家について部屋に入ると、全員が一冊づつ本を開いてよんでいたようだった。初めてここに来た時と同じように全員の視線が私に集まる。その中にいる一人の女性を私はじっと見つめていた。

 「おかえり。そんな、見なくてもいいでしょう。せっかく帰ってきたんだからゆっくりすればいいわ。ねえ、」そう言ってその人は私に近づいてくる。後ろでヒドラが音を立てて倒れるのが視界の隅に移った気がした。疲れていたのかもしれない。


 思いっきり目の前の顔を殴った。心を殺して、こわれた道具を粉々にばらすように、その、薄ら笑いがはぎとられて、立ち直れなくなるまで、殴った。無様な姿を子供たちにさらしてやるといい。後先考えず殴る私の頬にも硬いこぶしが食い込んだ。残る視界がゆがむ中でも、私の手は前へ突き出され続けていた。そこにはかつての家族なんてものはどこにも残ってはいなかった。二人とも、どちらかがすべて悪いなんて思ってはいなかった。どちらかがが死ねばこの生き地獄が終わるのんて思ってはいなかった。ただ、怒りをぶつける相手を探していただけなのだ。


 私は、誰のために、聖眼を殺すのだろう。私はだれのために、聖眼をまもるのだろう。自分のためですら、もはやなくなってしまった。


 そこで私の意識はなくなった。

 

 起きた私は、布団の上にいた。ふかふかのベッド、枕、暖かい掛布団、…ここが天国ではないことに絶望する。死んでしまえたらどれほどよかっただろうか。学校に通っていたころの自分を知る人はまさか、こんな姿の私をエミリーだとは思わないだろう。そうはいっても彼らには私の姿、形なんてどうでもよかっただろうが…。鏡を見るだけでそんなことが頭を占める。私は頭痛と吐き気がして、床に倒れこんだ。


 「起きたのね」そう言ってカロンが部屋の中に入り、駆け寄ってきた。背中をさするこの所の手がぎこちない。私が昨日、みんなの前でしてしまったことを思い出して、のどが渇いた。ぶざまだったのはアスカではなく、間違いなく私のほうだっただろう。

 「あなた、三日間も眠っていたのよ」そう言ってカロンは子供たちに水を持ってくるよう手で支持を出した。

 「三日…」

 「ええ、それで、…いや、

 もうちょっと落ち着いてから話すことにするわ」そう言って角もたちが持ってきてくれたマグカップを私の手に握らせた。

 わたしはまた重要なことが教えてはもらえない、と頭の中で誰かが言った気がするが今はそうしてくれたほうがありがたいような気もした。


 久ぶりの水はひどい味がした。生きていなさい、とでもいうように全身に染み渡る。水がひどく気持ち悪い。マグカップ一杯の水をのむことすらできず口を離した。

 「落ち着いてゆっくり飲むといいわ」そうカロンは言うが、その後、口をつけることはなかった。


 みんなのいる大広間のような場所へ行くと洗濯物を干している子と昼食を作っていること、熱心に本を読んでいる子、という風に役割が分かれ、それぞれが自分の仕事を淡々とこなしていく。私は、頭が動かず、体も動かず、ただその風景が目の前を流れていた。

 「もう大丈夫なのか」洗濯物を干す手伝いをしていたヒドラが、私に気づいて話しかけてくる。

 「ん?、もう大丈夫」いつも通り声を出したと思うのだが、のどが張り付いてしまったかのようにうまく声は出なかった。

 「まだ、休んでいたほうがいいんじゃないか」とヒドラは私の音を気遣ってくれた。

 確かに、大変そうに働く子供たちを見ても助けようとなんていう気は全く起きない。ああ、大変そうだな、とそう思うだけで、体は動かでないわけではないのにもう、動かない。

 ただ、自分が知らない間にすべてが終わるということがいいことなのか悪いことなのかがよくわからなかった。


 「どういう風に聖眼をころすつもりなの?」それだけ聞ければ満足なような気がした。

 「お前には、手をかけさせないさ。聖眼にウイルスに感染させるんだ。今、研究所で聖眼を殺すためのウイルスが作られている。それをユキが作った機械で大量生産して、空気感染で聖眼にそれを感染させるんだ。ただ、それには大量のウイルスが必要なんだ。微妙な量をあたえるだけじゃ体に抗体ができてしまうからな。確実に殺せるようにもう少し準備が必要だ。もう、お前は関わらなくてもいい」それがヒドラなりの優しさだった。


 私は部屋に戻って布団をかぶった。体は疲れていたが目がふさがらず、目がしばしばしていた。それをうるおそうとしたのだろう。そういうことにしておこう。



 ニクス side

 研究所の中はエミリーとヒドラがいなくなってから一層、寂しくなった。ゲルプで一緒に働いてきた三人とも、関係性が変わってしまったようなきがして悲しくなる。俺には、カロンとヒドラしか頼れる人はいないと思っていたのに…。もともと三人とも捨て子だった。別に、そのこと自体に不満があるわけではない。ただ、俺には二人以外に長い時間を共にした人はいない。俺は二人を実の兄弟のようにしたい、二人も俺を実の弟のように思ってくれていると思っていた。でも、必要なくなったら切り捨てることも簡単にできてしまうようなそんな関係だったのかもしれないと、そう思った。

 俺らは動けなくなって、誰も、一言もしゃべらなかった。頭がはたらくわけもなかった。それから、俺らは全く食べることができなかった。おじさんが食べ物を運んできても全く食欲がわかない。料理をつくることができるといって車に乗り込んだアリサでさえも一口スープをすすってそれっきりだった。

 電話が鳴る。

 「ニクス?そっちは大丈夫?」

 大丈夫なわけがなかった。

 「何かあったのか? 二人はもうそっちについているぐらいの時間のはずだけど…」疲れていることを隠すこともできない。女々しい奴だと自分を笑った。

 「ええ、もうとっくに来ているわ。二人ともつかれていたんでしょうね。ついた瞬間気を失うように倒れたわ。そっちもつかれているでしょう。まだ、聖眼の対策はわかっていないから、あなたたちも今は休んで。何かわかったらまた連絡するから」といって電話は切れた。焦りを感じさせるカロンの背後の物音がとても気になるが、二人が返ってきたことで、騒がしくなっているのだろう。ユキの実験室の中、硬いゆかの上で眠りに落ちた。


 目を覚ますとユキが

 「昨日、カロンからあなたの携帯に着信があったのだけど、あなたが全く反応しなかったものだから勝手に出させてもらったわ」といいながら細いチューブの中に入った液体をしきりに降っていた。中の液体が透明な色から赤色に変わったのを確認すると中身を流しに捨てた。

 「それで、なんて言ってたんだ?」

 「ウイルスを使って聖眼に病を追わせる方法でいくみたいよ。やっぱり、外からはだめだと判断したみたい」

 「ウイルスなんて作れるのか?」

 「作れるわよ。そのウイルスを大量に作って空気中にばらまいて空気感染させるようよ」

 俺には全く分からないが、まあ、そうんなことを気にするような人は誰もいないだろう。エミリーはこのことを知っているんだろうか、という疑問を抱きつつもエミリーに教えるべきなのかどうかも分からなかったので

 「俺は何をやればいい?」と聞いた。

 「ウイルスがまだ完成してないから、それまでは特にやることはないわ。ウイルスができたら呼ぶからウイルスの複製をやっていてほしい」

 「じゃあ、できるまでは俺は何をしてればいい?」

 「うーん、じゃあ床の掃除を…」

 完全に雑用だ。床に散らばったユキの発明品を見回す。小さい時に作ったのであろう動くロボット人形から、物騒な銃や爆弾のように見えるものが転がっている。大半はぶっそうなものだ。いったいユキは何と戦うつもりだったのだろう。作られた発明品をショーケースに番号ごとに並べていく。


 それからユキは一睡もせずウイルスの発明を続けていた。床の掃除が終わっても全くその手を止めることはなかった。寝て起きてもその姿は変わらなかった。俺はただひたすら待ち、声をかけることもできずに、食事を作ったり、部屋の雑巾がけをしたり、とにかく手だけは止めないように、必死になってやることを見つけていた。

 「ニクス、やっと見つけたわ」疲れ切って目の下がどす黒くなった雪が、そういった。そのころにはヴァイスの人々は違う場所への非難を着々と進めていた。

 「これを大量に作らないといけないの。これをあの機械で複製して、この管いっぱいになるように、それで、これをここにある分、ぜんぶに詰めてほしいの」といって彼女は目をうつろに座り込みながら言った。

 「あとは俺とアリサでやる。お前は少し休んでいればいいさ」と問う言って俺は死んだようにしているアリサを見た。


 俺が必死になって動いている間、アリサは、まるで人形のように動かなかった。そんなアリサも俺が話しかけると、顔を上げこっちを何も言わずに見つめていた。

 「お前も、もうそろそろ動いたほうがいい。それ以上そうしていると体を動かせなくなるぞ」俺がそういうとアリサはゆっくりと体を動かし始めた。

 「そうね、体がいたい。何をすればいいの?」

 「いまは、聖眼を殺すためのウイルスを作り終わったところなんだ。それを複製するのを手伝ってほしい」

 聖眼といったときのアリサの顔が一瞬ゆがんだ。

 「そのことをエミリーは知っているのかしら」

 「ああ、多分な」

 「ねえ、だましてたの、ばれたよね」

 「ああ、多分な」

 「そうするのが一番いいことだと思ったんだけどなー。ダメだった…。私だけ完全な悪者になればいいんだと思ってたんだ」

 「ああ、ほんとに」

 しゃべる気になれなかった。

 「聖眼を殺した後、エミリーはどこに行くのかしらね。誰を頼るのかしら。誰なら信用してくれるのかしら」

 「そんなことはいいからこの管をそこのバーとバーの間に挟んでくれるか?で、中がいっぱいになったらこの管をこっちのトレーのほうに移してほしい。

 それからは、そちらも何もしゃべらずにひたすら作業を続けた。だんだんと空っぽだった管に毒々しい色付けされた液体がたまっていく。ユキはウイルスを作り終わっても、寝ることなくそのウイルス用の武器を作り続けていた。

 「これでいいんだな」すべての作業が終わったのは作り始めてから十時間たった後だった。


 「よし、聖眼ところに行くか」目を酷使していたため、目が干からびているかのような錯覚に陥るが、やすんではいられない。

 覆面の男たちを殺すために通ったルートと同じところをたどっていく。ユキが前にいなければはぐれてしまうだろう。無機質で同じようなつくりが何度も続く。

 「よく、お前こんなややこしい通路を迷わず歩けるな。外じゃあんなに迷ってたのに」沈黙が苦しくなって俺は口を開いた。

 「ええ、多分私ほどこの国の作りに詳しい人はいないわ。みんな自分が必要な道しか覚えていないでしょうから」

 「じゃあ、なんで」

 「小さいころに、探検したから、迷い続けて、何日も家に帰れなかったけど…

 。そんなことは今はどうでもいいの。もうちょっとで…」そう言ったところで見覚えのある扉が開かれた。鼻に聖眼の生臭いにおいが匂ってくる。

 「やるんだな」

 ここにエミリーの姿がないことがおかしいような気がしたが、安心してもいた。

 「やるんだ。その、銃の引き金さえ引けば全部、終わるんだ。」きっとエミリーとの関係も完全に終わるんだ。

 「いくぞ」俺は思いっきり銃の引き金を引いた。あんなに時間をかけて貯めたはずの管の中の液体が一瞬で空になった。急いで扉の中に身を隠す。扉をしっかりと占め、一目散にその場から遠ざかった。建物の中でも感じる聖眼の叫び声が響く。建物中が震えている気がした。


 聖眼の叫び声が静まり、しばらくして俺はもう一度、扉を開いた。飛ぶ気力を失った聖眼たちが横たわっている。翼が時折、びくっと動き、地面に突き立てたかぎ爪が地面をふかくえぐっていた。しかし、その姿は殺虫剤を食らったハチのように、弱弱しく見えた。エミリーがいなくて本当によかった。

 「カロン、聖眼たちはちゃんと弱ってる」そう、俺はカロンに電話した。

 「そう、よかった」と彼女はほっとした声で言った。

 カロンは俺やヒドラとはどこかずれている。どことは言わないし、どちらが正しいとも言わないが。

 「ああ、これで誰も死ななくて済む」俺は本心を隠して話を合わせた。

 「エミリーにも…ちゃんと…言わなくちゃね。この役目を押し付けられるなんて、不幸だわ。エミリーの前じゃそんなことも言えはしないけど」また今度もカロンのほうからそう言って勝手に電話を切った。俺は緊張が解けたのか、ユキの実験室の椅子にドカッと座って眠ってしまった。


 聞き覚えのある声がして、俺は目を覚ました。



エミリー side


 実験室に戻るとぐったりと倒れこむようにして眠っている三人の姿があった。国にはもう人はおらず聖眼の鳴き声も機械の警報音もなくなり静まり返っている。

 「聖眼の姿を見ておきたかったの」そう私は、ここへもう一度連れてきてくれたヒドラに行った。

 「好きにすればいいさ」ヒドラは三人の様子をみながらそういった。

 「誰も、わがままなんて言わない。君がそうしたいのであれば何でもしていい。」そう言いながらニクスに自分の羽織っていたマントをかけた。


 ショーケースの中身を見ながら歩いていく。武器だらけ、使い方すらよくわからないものばかりだ。そのうちの一つを手に取って私は外を目指して歩いた。もう、聖眼の声は聞こえない。聞こえたとしても何が言いたいのかがわからない。それでも確かにこの方向に聖眼がいるという確信があった。迷うことなく一直線に、最短距離で聖眼のもとへ進む。走りはしなかった。ただひたすら前を向いて歩いた。

 

 聖眼たちは自分たちがずたずたに切り裂いたでこぼこの地面の上をよろめきながら歩いていた。ニクスの電話では弱っているという話だったが、生きることをあきらめてはいなかった。

 ユキの部屋から勝手に持ち出した武器をしっかりと構えた。全く知識のない私でも使うことのできそうな唯一の武器。

 

 聖眼たちの目を一頭づつ突き刺していった。未来を見通す力なんてその眼にはなかった。琥珀の目の内側から赤い生々しい血があふれ出した。一頭、一頭、ちゃんと名前も言える。泣き方もちゃんと覚えている。

 でも、どの聖眼も叫ぶことはしなかった。やっぱり未来は見えていたのかもしれない。

 一体づつ、口から中に入る。内側から、聖眼の体をずたずたに引き裂いた。


 セイの目の前に立つ。自分が目を突き刺したんだった。とまざまざと感じられる。口の中はとても暖かかった。柔らかくて居心地がよかった。どんどん奥へと進んでいく。


 少女が外へ戻ることはもうなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メラニン色素を奪われて タケノコ @nanntyatte

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ