第7話

カロン side


 えみりー、ユキ、ヒドラ、ニクス、そしてあとから追いかけてったアリサも行ってしまうと急にしんとした静まり返った世界が広がっていた。

 ここに残った人たちの中で私だけが部外者なのだと思われてなんだか急に孤独感に襲われる。ヒドラやニクスがいたときには、とりあえず怒っておけば何となく年上に見えていたが、実際のところは別に年齢なんてさして大きな意味はなくて自分に二人に何か言えるほどの実力がないことはわかっていた。ただ、何となくまとめる役が必要な気がして、自分が何となくその立場に落ち着いてしまっただけなのだ。

 

 さて、私たちはこの子たちの前でどんな風にふるまったらいいだろうか。また、理想のお姉ちゃんを演じようか。そんなことを思いながら見送るかれらを見ているとそんな生易しいものではないんだと、改めて状況の残酷さが身に染みた。


 もう夜も更けていて、だんだんと幼い子から目がとろけていく。今日はきっと疲れてしまったのだろう。無理もないと思うし、この子たちに大きな不安をさせてしまったかもしれない。

 子供たちの寝顔をみながらこれからのことを考えていた。


 みんなが寝静まったころ、私はひっそりと静まり返った部屋の中を誰も起こさないようにそっと歩いて、外に出た。月が雲に隠れていてよくあたりは見えないけれど図書館の場所はちゃんと覚えている。


 何を読めばいいだろうか。何としてでも正確な情報を得なければいけなが、何が正しいのかはわからないし、アスカが言っていることが本当かもわからない。慎重に情報を得なければ世界中が混乱に包まれてしまうだろう、と思って背中がぴんと張った。私の故郷のためにも、エミリーのためにも、そして世界のためにも頑張らないと。


 歴史書の中から分厚いものをいくつか、そして医学書も分野ごとに数冊ずつ、それから絵本にも何か情報があるかもしれないそう思って、隠れ家から持ち出した袋にそれらを入れた。 

 

 隠れ家に戻ると玄関の前に人影が見える。見覚えのあるその顔は、残っていた子供の中でも特に聖眼におびえていた、アンナという少女だった。

 「ちゃんと、帰ってきたのね。ここではあなたをおいかけていけるような気力のある人は残っていないと思っているでしょう? だから、あなたが逃げて、私たちを確実に殺すために人を呼びに行くのかと思ったの」といいながら微笑んだ。目が笑っていないのが不気味で、誰かに話をしてから外に出るべきだったと反省した。いくら、早く資料が読みたかったとは言え、軽率な行動だったと言わざる負えないだろう。

 「黙って、外に出るようなことしてしまってごめんなさい。でも、早く資料が読みたかったの。それに、みんなを外にださないほうがいいとおもって、ほら、必要になりそうな本をもってきたのよ」そう言いながら私は袋の中身を見せた。

 しかし、アンナはその本には目もくれず、

 「ずっとつけてたんだから知ってるわ。そんなこと。

 そんなことよりも、なんでエイミーはあなたたちを信用したの? 私が初めて会ったときはすごくおどおどしていて、まるで化け物でも見るような目で…

 最初は怖かった。全然、打ち解けられなくて、アリサが話すようになってだんだん私も話せるようになったけど

 でも、知らない人とずっと一緒にいるのは嫌がってたと思う。直接そう言われたわけじゃないけど、なんとなくそんな気がしていたの」そう言って私を見た。

 「エイミーは…あなたが思うよりずっと強いんだと思う。

 最初にあった時は、がりがりで…、牢獄で一か月寝続けていたらしいんだけど、本当に生きているのが不思議なほど…。

 ロートにひとりで行きたいと聞いてとってもびっくりしたわ。

 この子は私たちが守ってあげないといけないんだって、そうしないときっとこの子は死んでしまうんだってそう思ったの。でもね、エミリーはここに来たいといって、あきらめなかった。あなたたちと聖眼が残っているからって。

 思ってたよりも強かった。私が守るような必要はきっとなかったのよ」

 「エミリーが強いのは知ってるわ。だけど、それとあなたたちを信用するのとではちがうでしょう?」

 「うーん、人といると安心する時ってあるでしょう。別に、エイミーも私たちがよくて一緒にいたっていうわけではないと思うわ。一緒にいられれば誰でもよかったんだと思う。たまたまであったのが私たちだったっていうだけ。

 なんせ、エイミーはしらない土地に一人でいたんだから、そう思うのも無理はないでしょう?

 あなたたちは確かにつらい思いをしたのでしょうし、私にはわかろうと思っても分かるものではないということはわかってる。だから言うのだけど、あなたたちのエイミーに対する態度は私から見るとちょっと薄情だった。少し…、わがままにさえ見えるのだけど…。聖眼にひどい目にあったっていうだけ?本当にそれだけなの?」

 「わかってる。

 わかりたくないけど。でも、強い人にはすがっていたいでしょ、それに、甘えたくもなる。そんなに私は強くなかったの」だんだんと声が小さくなりながらアンナはとめどなく泣いていた。

 「エミリーが言い返さないことも分かってて、甘えてるんでしょう?」と私はつづけた。なかなかに自分は性格が悪い。自分にもその言葉は跳ね返ってくるのはわかっていた。

エミリーからではないかもしれないけど…。私がそんな感傷に、一人浸っていると、落ち着き始めたアンナが、涙を流しながら、

 「ああ、エミリーが心の底から友達なんてアンナじゃなくっても誰でもよかったって言ってくれないかしら」といって唇をかんで空を見上げていた。


 次の日、起きて朝食を食べ終わると私は早速、子供たちを集めた。昨日、図書館からもってきた本をみんなの前に並べる。アスカが遠くからその様子を眺めていた。

 「わあ、この本キレイ。懐かしいな」とか、子供たちは勝手に触りだして騒いでいる。

 「待って待って、ちょっと落ち着いて、みんな文字はよめる?」

 「馬鹿にしないで、ちゃんと学校で習ったもん」

 「じゃあ、みんなはこの本から読んでもらってもいいかな? で、聖眼の情報かあの茶色の物体についてか、ロートが責められた日の記述があったら教えてほしいの。わかった?」

 はーいという返事とともに絵本がテーブルから消えていった。少し年の大きな子たちは歴史書を数人でもっていった。私は残っていた医学書を手に取る。


 その医学書はがんについて書かれている本で、昔ゲルプで読んだ内容とあまり変わりがなかった。しかし、ロートの文字は読みにくいし、どこに重要なことが描かれているかわからないので読み飛ばすことができずなかなか読み進めることができない。あまりなじみのない病気であるため、がんの本を選んだのだがあんな症状は似ても似つかないし、この本には特に有益な情報はないかと思ったとき、一人の男の子が近づいてきた。眼鏡をかけたその子は絵本の一ページを指さしながら

 「聖眼…」とつぶやいた。確かに、そこには竜のイラストがかかれている。

 「この竜は確かに聖眼なのね?」と聞くと、うん、としっかりとうなずいた。

 周りにほかの子もやってきて、イラストをじっと見ている。この子たちに見せるのはやっぱりやめたほうがよかったのかもしれないと思ったが、そのイラストをよく見ているとその左端の部分に目が留まった。


 そこには、花の冠を被った少女が、聖眼だと子供たちが言う竜の前で向かい合って立っていた。

 「これが聖眼だよ」とさっきの男の子が黙ったままの子供たちを代表するようにもう一度そういった。

 「この女の子は?」と私が訪ねると、彼女のことについては知らないようで、首をかしげて黙ってしまった。私は、絵本の文章の部分をさがす。

 「聖眼には…、生贄がささげられていました…」どうやらこの少女は生贄だったらしい。たしかにありそうな話だ。強いものの力を操るために大切なものを差し出していたというのはわたしの故郷でもあったと聞いたことがある。

 その時、そのイラストを見ていた女の子たちが、

 「この儀式ってあの儀式…?」と顔を見合わせている。

 「あの儀式ってなに?」

 「町のほうで行われた儀式で八歳から十八歳の女の子が集められて花冠をかぶって踊るの。豊作を願う祭りだと思ってたんだけど…。このワンピースと花飾りがその時にのものにそっくりなの。私たちが普段来ている服はそんな形はしてないから、何か関係があるのかもしれない」

 「私のお母さんが、言っていたのだけど、それは聖眼たちの生贄になった人たちの供養のためだって、誰も言ってないけど本当はそうなのって言ってた」

 「私も聞いたことがある。銀髪の女の子を供養するためのものだって」 

 「銀髪かどうかは私のお母さんは言っていなかったわ」とだんだんと話す声が大きくなって誰がしゃべっているのかわからなくなる。

 「ちょっと待って。

 この絵が仮に聖眼にいけにえがささげられているところだとして、あなたたちの町の儀式がこの子を供養するものだとすると、この子はだれなの? 銀髪の子?」

 私がしゃべった後、少しの間が開いて、

 「一人じゃないと思う」と誰かが言った。それを聞いた誰かが

 「一人じゃなくて、いっぱいいて、赤色のこと銀色の子」という。

 わからないことがまた増えてしまった。眼鏡の子にありがとうと言ってまたそれぞれの作業に戻る。


 わたしは、テーブルの上に残っていた絵本で、さっきの男の子が聖眼だといった竜に似ている絵が描かれた本を取ってページをめくった。そこには銀髪の少女が聖眼の世話をしている様子が描かれている。

 「世話係は朝早く起き、小屋をきれいに掃除します。それから、餌である鳥やウサギの肉を与え、鱗を磨きます」と説明が書かれている。聖眼が食べるのは小動物だから、やはり人間は生贄といっても谷に飛び込んで命をささげるとかそういうことなのだろうと勝手に思い込んでいた私は次のページを見て驚いた。聖眼の口元にあるのは紛れもなくあの茶色の物体だったのだ。

 「その昔、人を食う大型の生き物、現在のズィルバの国にはばかり、訪れるものはみな帰らず。

 ズィルバの民ロートの民を持ってこの怒り沈めたり。

 祭事の折、人ひとり、この生き物、聖眼の前にささげられ、たちまちその生気を失い、茶色の粉とかす」

 間違いない、あれは聖眼の仕業に他ならない。しかし、ズィルバの民がロートの民をささげていたとはどういうことなのだろう。

 その時、鼻に聖眼のにおいがぷーんと香ってきて思わず顔をしかめて本から顔をあげた。まだこのにおいにはなれない。見上げた先には想像通りの顔があった。アスカの後ろにはエミリーと仲良くしていたというミレアとクレハの姿もある。アンナは見当たらなかった。

 「これはどういうことなの?」

 「書いてある通り、ズィルバの民は私たちに物を売りつけていただけでなく、聖眼にあたえる捧げものとしてロートの民を利用していたのよ。でも、それを知っていたのは大人たちだけ。ここに来てから、エミリーと仲良くしていた三人には話したのだけれど、ほかの子たちは何も知らないわ」

 「そのことをエミリーはしっているの?」

 「しっているわけがないでしょう? 自分の慕っている人たちが自分の先祖に利用されていたなんて」

 「でも、あなたはこれを知っていて、エミリーをずっと育てていたんでしょう? なんで?」

 「ロートが襲われたあの日、ズィルバの国にのこっていた民は全滅してしまったけど、聖眼はよく統制の取れた動きをしてズィルバの国を責める者たちを攻撃していった。暴れたりなんてしなかったわ。だって聖眼の中にはそれぞれにズィブラの操縦者が乗っていて聖眼を操っていたから。」 

 「どういうこと? エミリーに話していたことと違うじゃない」

 「言えないわよ。あの子を怒らせでもしたら聖眼が何をするかわかったものじゃないんだから」

 「何をしたの?」

 「聖眼に乗り込んだ人がいると知っていながら、大人たちは聖眼を強制的に動けなくなるように角笛を噴くように私に命令したのよ。角笛を噴くと聖眼は苦しむこともなく地上へ落下、ものすごい音があたりに響いて視界が真っ黒になった。それから…、聖眼を銃撃部隊が取り囲んで、中から操縦者が出てきたところを銃殺していった。聖眼はそのことに気づいてもか細く泣くことしかできなかった。哀れな生き物よね」

 「じゃあ、エイミーは? なぜ、のこっているの?」

 「あの子はズィルバで見つけられた子よ。見つかったというよりはあらかじめ聖眼が暴れても抑えられるようにという役目のために誘拐されていた子というのが正しいのだけど」

 「じゃあ、あの子はずっと利用されつづけてきたってこと?」 

 「ええ、そうよ。聖眼がいなければ、もし、聖眼を殺すことができていたのなら、あの子は必要なかった。でも、しょうがないじゃない? あの子を利用しなければ、ロートの民が全滅してしまうわ。そうならないために、私は忌々しい聖眼とエイミーを育て続け、ロートをたづねてくる知らない人を聖眼に与え続けたのよ」 

 「聖眼がズィルバの国にいたときはあばれなかったんでしょう? なんで今になって…」

 「おそらく、生贄が足りていなかったんでしょうね。あのあと、私たちロートの民はもともとヴァイスの土地だった場所へ移り住み、ロートが手を組んでいたシュヴァルツの民がロートの地に住み着くようになって、その旧ロートから生贄を調達してもらっていたのだけど、ロートが危険だといううわさが広まりすぎて、あまり生贄としてささげられる人が少なくなったの。だから、生贄欲しさに最後に標的に指定されていたシュヴァルツの民と系統の近いものたちを狙ってあんなふうに茶色の塊と化したんじゃないかしら。さすがに私もこの旧ロートの地より外側のことまでは知らないから、はっきりとしたところまではわからないけど」

 「ということはシュヴァルツの系統がいなくなってしまったら、ほかが狙われてしまうということ?」

 「おそらく、そうね。その前に、聖眼が満足してしまえば、いったんは収まるのでしょうけど、その後、いつまたそういう状態になってもおかしくはないわ」

 「なんで、そんなものをあなたたちはほおっておいて平気な顔をしているのよ」思わずつばが飛ぶ。

 「何年も何年も、あれを殺す方法を研究し続けていたわ。エイミーのすぐ近くでね。だけど、何もうまくいかなかった。何をやっても絶対に不可能よ。剣は刺さらずに折れ曲がってしまうし、翼を切り落としても生えてくる。何をしてももう無理なの。だから、あきらめて残りの時間を楽しむことにしたわ」

 「まだ、エイミーはあきらめてなんかいないわ」

 「あの子は、私がどれほど実験を繰り返してきたか知らないからあんなふうに立ち向かっていけるのよ。私だって、利用されていた身なのよ。わざとズィブラの彼女に近づいていくように、大人たちに誘導されていたんだから。それに彼女と過ごしていた日々が楽しかったのも事実。

 もう、私みたいな子がでないように殺すことが一番の、最良の方法だと思って本当にこれまでいろんなことを試してきたのよ」

 「そのことをエイミーについていったアリサという子は知っているの?」 

 「ええ、知っているわ。あの子がエイミーーに話すのかどうかはわからないけど」

 聖眼は助けるべきなのだろうか。助け方にもよるのだろうが、人を食う生き物である以上、受け入れる人たちなんていないだろう。ヴァイスの国でもおそらく唯一の武器として仕方なく利用していただけなのだ。聖眼が守っていたヴァイスの民ももうエイミー一人しかいない。彼女の手にあの凶暴な聖眼の力を握らせておくことは危険だ。ころしたほうがいいのではないか。もちろんエイミーには気づかれないように…。今なら覆面の人たちとやらにその行いを擦り付けることもできるかもしれない。



ヒドラ side

 お尻のポケットが振動した。携帯を開いてみるとカロンからで、件名は「エミリーには言わないで」とある。開いてみると、「エミリーが近くにいないときに電話して」とある。エミリーは同じ部屋にいるが、少し遠くにいる。

 「ヒドラ、ちょっと宝石屋のおじさんから電話かかってきたから、電話してくるわ」と一言言ってユキの実験室をそっとでた。カロンに電話をかける。

 「もしもし、ヒドラ?」といつも通りの彼女の声が聞こえた気がする。少し電話用の声になってるのか、いつもよりかは高い気もするが、何か連絡するようなことがあったとは思えない落ち着いた声だった。

 「ああ、ヒドラだよ。何かわかったのか」

 「周りにエイミーはいないのね。あの茶色の物体、あれは聖眼によるものだったの」

とたん体中の血が駆け回ったような気がする。

 「どういうことだよ」

 「聖眼は人の傷を治したり人の体力を回復させる力を使うことができるんだけど、それには人を生贄にささげる必要があるみたいなの。それで、生贄としてあの人たちはささげられたのよ」

 「いや、全く話が分からないんだけど。あの転がってた人たちは聖眼とどういう関係だったんだ?血筋が関係あるとか言ってたじゃないか。こっちじゃ今のところああなったやつはまだみてないぞ」

 「そう、それはよかったわ。もうヴァイスにはついていたのね。それに、ヴァイスの人も…」

 「いや、そんなことよりも、なんであの人たちは茶色の物体になっちまったんだよ」

 「いろいろ複雑でうまく伝えられるかわからないけど…、もともとヴァイスの人たちが聖眼を育てていたんだけど、聖眼を養うには人間の生贄が必要だったの。それで、ヴァイスの人たちはロートの人たちを生贄にしていたの」

 「ロートを?」

 「そう。アスカは、ロートを守ろうとしてヴァイスの人が聖眼をロートに送り込んだといっていたと思うのだけど、実際はロートの人が責めてきていた人と裏で手を組んでヴァイスを落としこめようとしていたものだったの」

 「生贄にされていることに我慢ができなくなったってことか」

 「ええ、そうでしょうね。聞いていた通り聖眼がいなくなったヴァイスでは人が殺され、ロートに飛ばされた聖眼の中に入って聖眼を操っていた人がいたらしいんだけど、その人たちは聖眼からでてきたところを狙われたらしいわ。それに、エミリーは聖眼のなかで守られていたというわけではなくて、聖眼を操るために連れてこられた子で、アスカは聖眼を操るために大人たちによってわざとヴァイスに接触させられてたみたい。そっちについていったアリサって子はそのことを知っていたらしいんだけど、なにかいってた?」

 何も言えずにだまっていると

 「ちょっと、ちゃんと聞いてるの? こんな大事な話をしているのよ」と電話から甲高い声が聞こえた。いつも通りだと思っていたカロンの声が耳障りに感じられる。

 「ああ、聞いてるよ、ちゃんと。アリサはそんなことなにも言ってないぞ」そう言って俺はたちあがった。扉の取っ手にてをかけて力を入れた。

 「ちょっと待って、まだ、エミリーにはこのことを言わないでほしいの」

 「なんでだよ。あいつが一番知るべきことだろ」

 扉が微妙な隙間を開けて、止まる。

 「エミリーの感情が聖眼に伝わってしまうと、聖眼が暴れる危険性があるのよ。そうなったらヴァイスはおろかこの世界がどうなってしまうのかわからないわ」

 エミリーに気づかれないように聖眼を殺す必要があるの。だから今はエミリーには何も言わないで」

 きっとニクスだったら、カロンの言うことには聞かなかっただろう。それをわかっていてカロンは自分に電話をかけたのだ。それがわかってしまったことが悔しかった。そして、それを知ったうえでおとなしく従ってしまう自分の弱さも。

 扉を気づかれないようにそっと閉めて

 「それで、どうやって聖眼を殺すつもりなんだ?」 

 「それは、まだ、わからないの。でも、外側からがだめなら内側からやるしかないと思う。餌に毒を盛るとか…」

 「餌って…、人間に毒もって食われろって言うのか? もう少し考えろよ」

 「そんな風にはいってないでしょ。こっちだって必死で文献当たってるのよ。とにかく、聖眼を助けるという選択肢は捨てざる負えない。そのことを伝えたかったの」カロンの声は今まで聞いたどの声よりも恐ろしかった。彼女の荒い息遣いが聞こえる。彼女もつかれているのだ。

 「今できることをお互い頑張りましょう。そっちは聖眼にできるだけ近づいて様子をうかがって」そう言い残して電話は勝手に切れた。


 扉を開けて中に入った俺に、

 「なんていってた?」とニクスが声をかける。

 「いや、大丈夫かって」と俺はあいまいなことを言う。われながら見え透いた嘘だと思ったのだが、ニクスは一瞬、不思議そうな顔をしたもののさして気にした様子もなく、適当に返事をしておじさんやエミリーと作戦について話し始めた。

 俺はまだ、武器を物色しているユキに声をかけた。

 「なあ、ユキ。今、カロンから連絡があった。あの茶色い物体は聖眼によるものだそうだ。やっぱり、聖眼を救うことは不可能だという連絡だった」とたん、ユキの顔があからさまにゆがむ。

 「あれが、聖眼の仕業なのね。それは、まあ、時期的に想像がつくことだけど、聖眼が救えないとはどういうことなの? エミリーがいれば操れるという話だったじゃない」

 「そうなんだが、聖眼をそだてるには人間の生贄が必要だというんだ。聖眼が生きている限り犠牲になる人が出てくる。だから、聖眼は…」

 「エミリーにはそのことは言わないのね」その言葉に俺の胸が痛んだ。

 「言えるわけがないだろ」

 聖眼が暴れるからとかそういうことではなく大切だと知っているも尾を殺さなければいけないのだ、俺には言うことができない。


 「それで、どうやってころすつもりなの?」とゆきも俺と同じ質問をする。

 「それは、まだカロンが調べているが、外からの攻撃ができない以上、毒を体内に送り込む方法を考えているみたいだった」

 「そう、それで…私に教えてくれたのは、理解が速そうだと踏んだからなのかしら。大丈夫よ。最初からそのつもりだから。」

 言葉を失ってユキを見た。

 「聖眼を助けられるならそのほうがいいに決まってるわ。でも、そんなことができるとは最初から思ってない。アリサもおそらくそう思っているでしょうね」そう言って楽しそうにエミリーと話しているアリサを見つめた。

 「私が考えているのは、さっき見せた鉱石を大量生産する機械を使おうと思ってるの」

 「でも、あれは完成してないんだろ」 

 「ええ、でもそれは聖眼全体に使用するのができないだけで、小さいものならできるのよ」 

 「それじゃ、どうしようもないだろ。聖眼は一部だけじゃ意味がないらしいから」

 「ウイルスや細菌のデータをあれに読み込ませてからあれを聖眼の口にほおりこめば聖眼の体内の物質を使ってウイルスや細菌を大量に作り出すことができるでしょう?」と、俺が使わせてもらう武器を磨きながらユキはそう言った。

 「でも、それも、どうやって口にほおりこむのかが問題になるだろ」

 「ええ、そうね。そこまではまだ、考えきれていないわ。今はただ、覆面の人たちを殺して、聖眼のうごきを止めることが先でしょ。聖眼の殺し方を考えるのはそれからでも遅くないわ」


 ニクスと俺はユキに連れられて聖眼のいる施設の方向へと進んでいた。手にある銃がやけに重い。足音が立たないように気を付けていたので、三人の息遣いだけが聞こえる。

 「個々の実験施設にいることは間違いないわ。あそこの窓が開け放たれてる」絶対にここの人ならそんなことはしないだろうから」そう言いながら壁伝いに歩いて行った。

 次の瞬間、廊下で小さな爆発が起きた。覆面を被った人達が続々と出てくる。黒いゴーグルに口元をしっかりと覆う黒いマスクで全員が同じ人に見えて気味が悪い。

 「いくわよ」

対策案が考えられているのか、統制の取れた動きをする彼らの前に、ユキの声をあいずに飛び出した。

  

 

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