第5話
「そうじゃないの…、そうじゃないの。みんな、…里の人の多くは、確かに、殺されてしまった、けど…、ミレアやアンナ…はちゃんと助かった。アスカさんが助けてくれて…。でも…クレハは…」しゃくりあげながら口を一生懸命に動かして話す。
クレハにはもう会うことができない。そう思うとめまいがして立つことができなくなった。でも…クレハ以外は生きている、生きているんだ。私は必死にそのことへ頭を向けようと必死になった。
「クレハのことは残念だったわね…」声が自然と荒々しくなる。生きていたということがうれしいはずなのにやっぱりうまく喜べない。
「残念だったって何? そんな風にいわないでよ、そんな言い方ないでしょう。それに、私があなたにあって言いたかったことはそれだけじゃなくて…」
「私が謝りたいのは、みんなが死んでしまったとかではなくて…」
騒ぎに気付いた三人が追いついた。
「みんなは? 残っているみんなはどこにいるの?」泣きじゃくるアリサに詰め寄った。アリサはこらえきれなくなったようにしゃがみこんだ。
「エミリーその子は? 知っている子なの?」とカロンが訪ねたが、私はそれを無視して、必死にアリサに問い続けた。
「少し、落ち着きなさい。ほら、あなたも」とカロンが私の背とアリサの頭をなでた。
「ちゃんと、みんなのところへ案内するわ。だけど、そのまえに話しておかなければならないことがあるのよ」そう切り出して、しゃがみこんだままアリサは話し始めた。
獣舎のなかを駆け回っている少女、それが私の最初に見た、エイミーだった。自分よりも幼そうなあなたが、何倍も大きな聖眼に恐れることもなく走り寄ったり、触ったりしているのがとってもかっこよかったのだけど、あなたはずっと聖眼と一緒にいて、はなれなかったでしょう。だから、ずっと私は遠くからあなたを見ていることしかできなかった。
里の人々はだれも聖眼たちにだれも寄り付かないし、何よりも恐れていた。私もその凶暴さについて話は聞いていたから聖眼に近づきたくはなかったの。私がそんな獣舎を訪れたのはアスカおばさんに会いに行くためよ。アスカおばさんは私のおばさん。聖眼の世話をしていたおばさんは親戚の中でも変人扱いされていたわ。あなたがアスカおばさんにどういう話を聞かされていたかまでは知らないけれど、あまり好かれているような人ではなかったし、私の祖父からもまるで存在していないかのように扱われていたわ。幼いころに、何も考えずに遊びに行っていた私もちょっとだけ変人扱いされててね、アスカおばさんの所へのお使いを押し付けられていたの。
私があなたの存在に気が付いて、アスカおばさんに、
「あの子は、だれ?」と聞いたら、とても驚いたような、困ったことになったとでもいうような顔をして、
「誰にもあの子のことはだれにも言っちゃだめよ」って言われたの。
「あの子はエイミーという女の子よ」って、わたしが教えておしえらたのはこれだけ。あなたはあそこでアスカおばさんによってかくまわれるようにしてくらしていたのよ。あなたを学校に入学させることもなくね。
おばさんは、あなたを学校には行かせたくない、というか誰にもあなたの存在を知られたくはないようだった。あなたが学校に来ることになってしまったのは私のせいなのよ。
「ああ、あの子は勉強も宿題もすることなく遊んで暮らしているんだろうなって」ちょっと愚痴をこぼしただけなのだけれど…。
そのおかげで、それまでにもあなたと聖眼につきっきりだったおばさんにあそんでもらえた覚えはあまりないけど、その時以来、口すら聞いてもらえなくなったわ。
それからあなたは、学校に転入してきて一緒に暮らすようになった。なんでアスカおばさんがあなたを隠そうとしたのか全く分からないほど、聖眼の扱いに慣れているということ以外は普通の女の子だったわ。
大人たちは…ちょっとよそよそしかったけど…。
そこで一度、エイミーは話を区切った。私をちらりと見る。
「どういうこと? 私はずっと誰にも会わないようにされていたって…。なんでアスカがそんなことするの?」私の声に棘があるのが自分でもわかった。カロンがずっと私の背に手を当ててくれている。
「私にもわからないわ。私から見たあなたは本当に普通の女の子だった。なんで、この子をアスカおばさんは隠していたんだろう、と思って私はあなたに近づいたのに、いつしかそんなことも忘れてしまった。
次に、あの後、…というのは、襲われた後のことなんだけど…」
あなたが教室から出て行って、あっけにとられていたのだけど、ミレアがすぐそのあとを追っていったのよ。私も急いでミレアの後を追って校舎を出た。ええ、私もあの獣舎の惨状を見たわ。本当にあれはひどかった。それから、私たちは先生たちの誘導に従って教室の机の陰に身を潜めて何時間もじっとしていた。外から銃声が聞こえてくるのも、校舎が崩れていく音もきこえていたけどどこに逃げていいのかもわからないし、そもそもみんなと離れるのは怖くてだれも外に出ることはなく、じっと息を殺していた。
何時間、そうしていたのかわからないわ。しばらくして、教室に覆面を被った男たちが現れた。そして、私たちに目隠しをして、どこかへ連れて行かれたの。
目を開けたとき、周りは私たちと同じくらいの子供たちしかそこにはいなかったわ。三方がブロック塀でしっかりと固められ、廊下に面している一方だけが鉄の策になっている檻の中に四、五人づつに分けられて入れられているみたいだった。私はクレハとよく知らない三人とそこに入れられていて、アンナとミレアがどこにいるのかも大人たちがどこにいるのかもわからなかった。だけど、何か労働をさせられるようなことはなくて食事は三食、三口ほどのパンと具のないスープがきちんとくばられたわ。
ただ…、一日にひとつづつおりが開けられて中の子供たちが連れていかれるの。遠くからきこえてくる悲鳴が、コンクリートにひびいたわ。連れていかれた子供たちが戻ってくることは二度となかった。私たちは一生懸命外に出る方法を考えたのよ。だけど、コンクリートの壁は本当に硬くてびくともしなかったし、正面突破できるほど監視の目は甘くなかった。
それで私の入っていた檻の番が回ってきたのよ。看守に連れられて、一列になって廊下を歩かされた。両脇には扉があってそこにも何か部屋があるようだったけど、そこで何が行われているかはよくわからなかった。そこで一人の女性が現れたの。髪の毛の色は看守たちと同じ茶色になっていたけれど、まぎれもなくアスカおばさんだった。アスカおばさんは何か看守と話していたようだけれど内容まではよく聞こえなかった。その時、アスカおばさんは角笛を吹いたのよ…。すぐに聖眼が飛んできて牢獄の上で暴れた。崩れてきたがれきの山をよけるようにして私たちは聖眼のほうへ走ったの。聖眼のほうへならあの覆面を被った人たちもおってこないだろうと思ったから…。確かに怒っている聖眼は危険だけれど、ちゃんと対応することができれば聖眼がそんなに危険なものじゃないということをあなたは私たちにちゃんと教えてくれていたわ。それでも、あの覆面の人たちはひるまなかった。聖眼のほうへひるまずに追いかけてきて、聖眼たちをあの時と同じように鎖で縛りあげて動けないようにしたの。あの覆面の人たちが聖眼にてこずっている間にアスカが用意した隠れ家に私たちは逃げ込んだときには、もう、聖眼とたちは覆面の男たちに完全にとらえられていて、子供たちも残っているのは十数人ほどしかいなかったわ。
「そこでは、何が起きていたの?悲鳴が聞こえたって、どういうこと?」
「あそこは牢獄兼、実験施設だったのよ。あなたたちもみたのよね、この国の惨状を」
「ええ、ここで何があったの? それに、この国で起きているようなことがほかの国でも起きているのよ。いったい何が原因なの?」
「それを調べるための実験施設だったのよ。彼らは私たちがあの現象を引き起こしていると考えたの。私たちに、あのようなことが起きていなかったから…。だから私たちを捕まえて…、おそらく、あの悲鳴は人体実験だと思うわ。拷問して原因を吐かせようとしたのなら大人を使ったはずだから」
「それで、その赤い髪も染めてしまったのね」
「ええ」
「それで、みんなは今、どこにいるの? その隠れ家にまだ、いるんでしょう? それに聖眼は…」
「聖眼は…」といいながら、立ち上がってしっかりとした足取りでアリサは道を進んだ。
「なんでここまで話しておいてそこで渋るのよ」
「アスカがあなたにすべてを話すかわからないでしょう? なんだかアスカはあなたに隠していることがあると思うのよ。それに、あそこには私と同じようにつかまっていた子もいるのよ。その時の話をするのは…。わかるでしょ?」という。さっきまで泣いていたのに話してすっきりしたのか、はきはきしていて、なんだか釈然としない。
ある大きな一軒家の中に入り、いくつかドアがある中、まよわず左から二番目のドアを開けて中に入る。全員が部屋に入り込んできたのを確認して、本棚に収められていた本を一つ、引っ張る。すると、壁に立てかけられていた絵画が動いて人一人分の通路が現れた。
「ここよ」といいながらアリサが入る。
「ここにみんないる。アスカもね」
その部屋は外から見たときに想像していたよりもずっと広い部屋だった。部屋の中に入ると、部屋の中にいた全員の視線が自分に集まっているのを感じる。知らない子もいたし、それぞれが料理をしていたり、読書をしていたり、洗濯をしていたりと別の作業をしていたようなのにもかかわらず、全員の手が止まって私を見つめていた。
「わあ、見られてるね」とニクスがそのままの感想を述べる。
「ああ、やっぱりこいつと同じで俺らみたいなのを見たことがないんだろう」
「ああ、そっか」
「それに、あんなことがあった後だから警戒されているのよ」と三人が話していた。
メアリーなの?という声が左側から聞こえてきていきなり誰かに抱き着かれた。この感じ、ミレアだ。それに続いてほかの子たちも思い思いの歓声を上げていく。
「外から爆発音がしたから何が起きたのかと気が気ではなかったのよ。まさか、あなただったなんて」
「本当によかったわ」
「じゃあ、あの人たちがまた来たってわけじゃないんだね」
私に抱き着いたままのミレアが顔を三人とユキのほうに向けて、
「この人たちは…?」と不振そうな目を向けている。
「この人たちは、私を助けてくれたの。私はミレアたちとは多分違うところに連れていかれたんだけど、ここに連れてきてくれたのもあの人たちなのよ」
まだ、警戒していたけれど、無理もない。この距離を埋めるには長い時間が必要だろう。
その時、奥の部屋の扉が開き、一人の女性と一人人の少女があらわれた。私の姿を見るなり女性が走り寄ってくる。二人の少女も後に続いた。聖眼の懐かしいつけているイチゴ柄のエプロンにしみついていて、近づいてくるだけで、なぜだか落ち着く。
「ああ、本当に、生きていたのね。牢獄で見つけられなかった時には本当にどうしようかと」というその人の腕が私を強く抱きしめた。聖眼につきっきりで私にあまりかまってくれなかった彼女とはなんだか雰囲気が違っていたけど、確かにそれはアスカだった。後ろからついてきたのはアンナだ。驚いているようだけど、どこか安心したような柔らかい笑みを浮かべていた。
「ほんとにエミリーは生きていたのね。
一人で獣舎に行ってしまうんですもの。逃げてきた人の中にあなたがいなかった時は本当にもう会えないと思ったわ」
やっと離してくれたアスカは私のことをみながら
「もうすぐご飯ができるわ。また一緒に食卓を囲める日がくるなんて」といいながら涙ぐんでいる。
「聖眼たちは?」と私はアスカに尋ねた。ここの家に聖眼たちが入れるわけがないしあたりには見当たらなかった。
「あの覆面の人たちにつかまってしまったのよ。そのことについても、また、食事の後にちゃんと話すわ」といった。
「聖眼たちを使って、アリサたちをたすけたんでしょう?」
聖眼たちのことが気がかりで懐かしい故郷の味をしっかりと味わうこともなくいそいで食べた後、私はそう切り出した。
「ええ。そのことは…アリサからそのことをきいたのね。」といいながらアリサのほうを見た。アリサは目を合わせずに黙ってうなずく。
「ここの町でおきている現象の原因だと決めつけられて、人体実験に使われていたところをアスカが聖眼を使って助けてくれた、というところまでは聞いたわ。それで、聖眼たちがまたくさりで縛られて傷を負ったことも」そう言いながらアスカのほうをじっと見た。
「ええ、助けに行ったわ。あなたのためにね。でも、あなたはあの場所にはいなかった。それで計画が狂ってしまったのよ。あなたがいれば聖眼をうまく操ってみんなを助けることができたのだけれど、私の角笛の力だけじゃどうしようもなかったのよ。みんなを助けなければならなかったから、聖眼たちは…、たすけることができなかった。本当にごめんなさい」
「じゃあ、どこにいるの?」とユキがたずねる。何やら深刻そうな顔だ。
ユキの言葉に気が付かなかったということはないと思うのだが、アスカはユキを無視して話し出した。
「あの実験場では、子供たちが血を抜かれ、ウイルスを注入されたり、薬を手当たり次第にためされたりしていたりしていたのよ。それで、あの人たちは原因に気が付いた。もちろん、それと同時に、私たちがやったのではないということもね。
あなたたちが習ったかは知らないけどウイルスが細胞に感染するときには特定のたんぱく質が必要とされるのよ。それがあの血筋の人たちには存在していたのね。もしくは単にその量が多かっただけかもしれない。なんにせよ。私たちにはそのたんぱく質が必要なほどには存在していなかったのよ。彼らもそのことに気が付いた。実験をしている間にね。だけど、解決方法までには至っていなかったのよ。
そこに私が聖眼を連れてやってきた。聖眼の治癒能力に目をつけていた彼らは私たちを捕まえることよりも聖眼たちを狙ったの。それからのことは私たちにもわからないわ。逃げるのに必死だったから。気が付くと彼らはいなくなっていた。牢獄の中に行ってみたのだけれど、人がいないだけでなく茶色の物体ですら存在しなかったわ」そこでアスカは運ばれてきたコーヒーを一口すすった。
「でも…、私もあの事件があった時、とらえられたのよ。なぜ、わたしだけ違うところへつれていかれたの?」私はコーヒーのカップが置かれるのと同時に聞いた。
「おそらく、あなたの髪の毛が赤色ではなかったから…。いえ、それを話すにはちゃんとすべてのはなしをしておくべきね。」といって部屋の暖炉の炎を見つめながら話を始めた。
私はあなたに多くの嘘をついてきたわ。
この国のことをそちらの一緒にここへ来た方たちはロート、といっていなかった? あなたたちは気が付いているんでしょ?
ロートは赤、という意味。…つまり、この国がもともと私たちの住んでいた国だったのよ。
ユキと三人が黙ってうなずく。
ロートの国はもともと何にもない国だった。農作物を育てても、動物たちを育ててもうまくいかなくて…。だけど隣のズィルバの国では農作物も畜産物もよく育っていたの。だから、ロートはズィルバから物を買うことで成り立っているような国だったのよ。だけどズィルバはなぞの多い国でね、だれもその場所を知らなかった。
幼かった私は彼らが何者なのか知りたくて、売りに来ていた人たちの一人にはなしかけたの。その子は私より少し年上の少女で、髪の毛もまつげも銀色の彼女はとても美しかった。それから私と彼女は会うたびに遊んで、仲良くなったの。彼女がロートに来ている間だけだったけど、刺繍だったり、編み物をしたり、あの時間は本当に楽しかった。
ある日、彼女は私をズィルバの国へ連れて行ってくれた。内緒よ、といって彼女はおかしそうに笑っていたわ。私はワクワクしながら手を引かれるままについていった。ズィルバの国に入って私は本当に驚いた。そこには人々と暮らしているドラゴンがいたの。ロートで犬が飼われているように。私はその光景に息をのんだわ。
「これは聖眼っていう名前の生き物なのよ」といって彼女はその背を撫でてていたの。それが私の初めて見る聖眼だった。本当にその聖眼はおとなしくて、凶暴だなんて全く思わなかった。
「戦闘用のいきものなのだけれど普段はおとなしいのよ」といって私にも触らせてくれた。でも、種族が違うことが気に食わなかったんでしょうね、なついてくれる感じではなかったわ。
それからというもの、彼女は私に聖眼の育て方を教えてくれるようになった。私はどうしても聖眼たちに慣れてもらえることができなくて、角笛を作ってもらって、それをつかうことでしか触れることはできなかったけどね。一日中、一緒に遊んで、大人たちからは隠れて、遊んだの。本当に楽しかった。しばらくそんな日々が続いたとき、私たちの関係が両国の長にばれてしまったのよ。ばれてしまったというか、幼かった私たちには罪の意識なんかなくて、隠そうともしていなかったのだけれどね。私たちはとっても怒られたわ。でも、ばれてから、両国の関係が悪くなるということはなくて、むしろ、一層親睦を深めるようになったの。ズィルバの国の秘密が暴かれてしまったということもあったのでしょうね。でも、私はそれから一度も聖眼に触らせてはもらえなくなって、ズィルバの国に行くこともできなくなってしまったわ。それでも国としてはいい関係を続けていたのよ。
それが崩れてしまったのは、ロートの国が他国に責められるようになったころ。そのころ、シュヴァルツの国から分裂した国がロートの近くにまで来ていたの。何もないロートをせめて領地を広げようと思ったのでしょうね。しかし、彼らは単にロートを責めるんじゃなくてロートの背後についていたズィルバの国のこともちゃんと把握していた。聖眼のことも。今思えばロートの国の誰かがつながっていたんだと思う。自分たちに何も能力がないことを認めず、ズィルバの国に見下されているように感じて嫌っている人たちが一定数、存在していたから。私たちロートの人々にはいちはやく避難指示が出て、大人たちによって避難させられたの。その日のことはよく覚えている。自分の十五歳の誕生日の前日だったからね。
襲ってきた彼らはロートを利用して、ロートが責められているという偽の情報をズィルバに送り付けたの。ズィルバはそのことを知らずにロートを助けるために聖眼を送り込み、遠隔での操作で覆面の男たちを追い払おうとしていたのでしょうね。彼らは姿を見せることを嫌っていたし、何しろ相手はロートを責めてきている連中だったから。用心深く、姿を見せないような方法を選んだんだと思うわ。しかし、そのことがあだとなったの。もぬけの殻となったズィルバの国を先に襲ったのよ。私たち、ロートの住人が聖眼を扱うことができないと知っていたのでしょうね。だから厄介な聖眼をいったんロートへ移しておいて…。ズィルバの民は全滅。ひきかえした聖眼たちも間に合わなかった。聖眼たちは暴れまわり、制御ができなくなって手当たり次第に町を倒壊させたの。ロートの国もズィルバの国であろうと関わらず。おかけでズィルバの国をおそったひとたちもおそらく、一人も残らず殺された。でも、私が何とか角笛を使って動きを止めたの。そのころには建物は何も残っていなくて、避難していなかった人は一人残らずいなっくなっていたわ。
私たちはその後、自分たちの住んでいたこのロートを捨て、聖眼を連れてズィルバの地へと移り住んだの。そしてその地を霧で包み、結果として外界との関係を断って閉じ込められる形となったのよ。あなたは突然、私のもとに現れた不思議な子というわけではないわ。ズィルバの国で唯一、隠されて生き残った最後の一人だったのよ。
「じゃあ、私の血筋はもう残っていなくて、私の血筋はロートを守ろうとして…」
「ええ、もう残ってはいないわ。あなたは彼女の子よ。彼女でなければあんな所には、私と彼女だけが知っているあの場所に隠すことはなかったでしょうから。」
「あの場所?」
「ええ、驚くわよ…」
「でも、聖眼に襲われて、誰も残っていなかったんでしょう。なんで私だけ…?」
「だって聖眼のお腹の中なんですもの。よくそんなことしたわよね。私のもとにセイがやってきて苦しそうにしているのを見るまでそんなことは忘れていたわ。彼女は大切なものを絶対に守れるようにと聖眼に入れていたの。幼い子のやることってわからないものだとは思うのだけれど、まさか大人になってからそんなことをするなんて思わなかったわ。私が気が付いて救い出していなかったらきっとあなたはドロドロに溶けていたでしょうね。」といいながら笑う。
「聖眼にはかせたら、まだ一歳にも満たないあなたがすやすやと眠ったまま出てきたのよ。まるで周りの景色が嘘に思えるくらい気持ちよさそうだった。
すくい上げたら私のほうをじっと見つめて、また何事もなかったかのように寝始めたのよ。さすが、彼女の子なんだと思って、亡くなった彼女のことが思い出されて涙が止まらなくなった」そういって彼女は天を仰いだ。
私の母親は一緒には入らなかった…。この命運を聖眼に託して…。うまれてからずっと私は聖眼に守られて生きてきたのだ。
「ねえ、聖眼たちは、どこに行ったの? まだ、その人たちに連れていかれてしまったというだけで、いきているんでしょう?」
「ええ、まだ生きているはずよ。ほとんど残っていなかったけれどまだ五十人ほどはのこっていたはずだから」とアンナはいうがなぜだか浮かない表情をしている。
「じゃあ助けに行かないと」とわたしが言うと。
「助けるってどうやって? ここにはほとんど子供だけしかいないし、それに、聖眼たちを助けてどうするの?」と黙ってやり取りを聞いていた、しらない子供が言う。
「聖眼たちがいなければ、助からなかったけど、聖眼たちさえいなければこんなややこしい話にならずに済んだんだよ」
「聖眼は悪いものじゃないとは思うけど、強い力はちゃんと使わないと。僕たちみたいに閉じ込められる世界があったからよかったんだ。ほかの国で今頃、聖眼が暴れているかもしれない。これ以上、被害を出さないためにも、もうころしてしまったほうが…」とそういいながら一人が私の顔をうかがった。
聖眼が私のルーツを示す一つの方法で、聖眼は私の家族で、聖眼が私になついてくれているということだけが私の存在している理由なのだ。それなのに、聖眼を殺すなんてことできるはずがない。だけど、説得しようにも自分のための理由しか出てこない。アリサやアンナ、ミレア、でさえもうつむいてしまっていて私とは顔を合わせないようにしていた。
「アリサ、…アンナ、…ミレア」呼び掛けてもうつむいたままだ。
「なあ、おい、お前ら、聖眼がいなかったらその研究所から出られなかったんだろ。それに、さっきの話じゃ、お前らの先祖の誰かがヴァイスを利用して、それで聖眼が暴れたんだろ。
だれが悪いかなんて誰でもわかるだろ。聖眼が悪いわけじゃないことくらい。
自分たちの罪から目をそらしているだけだろ。なんで、たすけないんだよ」とニクスがつばを飛ばした。部屋がしん、と静まり返る。
「いきなり来たあなたになにがわかるの? 聖眼を見たことすらないじゃない」アンナが静かにそうつぶやいた。
「あの町の様子を見なかったからそんなことが言えるのよ。聖眼は危険なのよ。もう、…私は近づきたくない」そう言ってアンナはわたしを恐る恐る見た。その眼には戸惑いと、決意の色が浮かんでいる。私を見ていられなくなったのか焦点のあっていない目でまっすぐにまえを向き、
「怖い、みたくない、…もう見たくない」とくるったようにつぶやき始める。横に座っていたミレアもうつろな目をしながら、必死にアンナの背をさすっていたが、何も声をかけることはなかった。
「クレハの顔が聖眼に踏みつぶされる…。わからないでしょうねあの恐怖は。あの子はおじさんが聖眼によってけがをしていたし、そもそも臆病だったから逃げる時に聖眼のほうへ行くのを躊躇したのよ。そこから一歩も動けなくなって、暴れた聖眼の巻き添えになった。ほんとにかわいらしい顔をしていたのに…。もう顔かどうかも分からなくなった…」ほかの子供たちもそれぞれ親しいものが殺されていくのを見ていたのだろう、カをしかめる子、それだけではなく泣き出す子、部屋はおさまりが付かない。
「ああ、もう。じゃあ、あなたたちはここに残っているといいわ」そう言ってユキが立ち上がる。
「ここにもいない、私たちが通ってきた道にもいなかった。…ということは聖眼が向かっているのは…ヴァイス…そうでしょう?」
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