第3話

 お風呂から出ると私が来ていた服はなくなっていて、代わりに真っ白の布がたたまれて置いてあった。広げてみると彼らが着ていたのと同じ服の形をしている。私は、体をよく拭いて、袖に手を通した。丈夫そうなのは見た目通りなのだが肌に触れる裏地がとても柔らかく、肌になじんだ。

 

 服を脱いだところから出ると、さっきの彼女が待っていて、

「わぁ、きれいになったね。とってもかわいい。ゆっくりできたでしょ?」といいながら手を引いて少し広めの部屋へと誘導した。その部屋には使われていない大きな暖炉、四人掛けのテーブルとそれに備えられている椅子、そして調理場の広そうなキッチンがあった。そして、その四人掛けのテーブルにはさっきの少年と青年が向かい合うようにして座り、とびらから入ってきた私を見ている。

 「ね、きれいになったでしょ」という彼女に何も答えずじっと二人はこちらを見ていた。

 

 しばらくの間の後、

 「きれいになってよかったな、とってもきれいだよ」と青年が言った。

 「ところで、きれいになって気が済んだかい、こいつから少し話は聞いたよ。ぼくらについて来たいんだって? すまないが、まだいいとはいえない。こいつから聞いた話だと、まだ不審な点が多すぎるからね。きみのほんとうの話を聞かせてもらおうか。」と続ける。

 ああ、お風呂に入れてもらえたのはおそらく彼女の計らいだったのだろう。きっと少年との町でのやり取りの話を聞いて私の怪しさは一層増し、もう何を言っても信じてはもらえないのだ。

 「ゆっくりでいいから、話してごらん」と手を握り続けてくれている彼女が促す。


 「私は…」と過去のことを少しずつ話していった。自分が霧に包まれた里で暮らしていたということ。聖眼と遊んで育ち、学校にも通うようになったこと。友達もいたこと。覆面を被った人たちが里を襲って人も聖眼たちも傷つけられたこと。覆面を被った数人の人に見つかって森を逃げたこと。逃げている途中で罠にかかり、気を失ってしまったこと。気が付いたら独房の中にいたこと。独房で一か月近くも眠っていたらしいこと。ロートのことを隣の独房につかまっていたおじさんに聞いたこと。次の日に目を覚ましたら、中にいた犯罪者たちも茶色の物体になってしまっていたこと。犯罪者用の列車の線路をたどってここの国についたこと。


 私が順を追って話をしている間、三人は私のほうをじっと見て静かに聞いていた。青年の目には不審の色が濃くなってきている気がして、カロンとつないでいる手に力が入る。三人にとっては突拍子もない話だろうけど絶対に信じてもらわないといけない。

 「だから、どうしても私はその里にもどらないといけないの。戻ってみんながどうなったか確かめないと。」私は三人に必死に訴えた。


 「すまないがそんな里は聞いたことがない。確かに自分たちがいったことのない里や聞いたことがない里がないとは言わないが、そんな特徴のある里なら何かしら聞いたことがあると思うんだ。それに最近、戦闘があったなんていう話もきいたことがない」と青年がいい

 「ええ、聖眼なんていう生き物の話も聞いたことがないわ」と彼女が続く

 「でも、今の話ならロートもヴァイスもシュヴァルツもゲルプも聞いたことがないことが証明できるだろ。この話が本当だってことは信じられるよ。それにロートに一人でいこうとしてたことだってこの話じゃないと、どう解釈してもおかしくなっちゃうじゃん」という言葉を皮切りに青年と少年のいいあらそいが始まった。


 「だけど、信じられるからってむやみに連れていけるわけじゃ…、そもそも信じられる話ってわけでもないし…」

 「ほら、いつもそうやって、なんで全部を疑っちゃうんだよ」

 「いつもじゃないし、お前が疑わなさすぎるんだ」

 「いやいや、今日だって何があるかわからないとか言って絶対に家から出てこないし、しまいにはお前ひとりで行って来いとか」

 「いや、被害者はすくなくするべきだろ」

 「そこで絶対に自分が行かないから、性根が腐ってるって言われるんだよ。それに、昨日は市場の屋台でこれは本当にキャベツなのかとか、疑いだして二十分もお店の人と争ってたんだよ。恥ずかしくってしょうがない。一緒にいた僕のことも考えてよ。だいたい、キャベツかどうかなんて、味が一緒ならどうでもいいし、そんなの説明しようがないのに。なんで、そんな試してみないとわからないことをいつまでもくよくよ悩み続けているのさ」

 「そんなこと今は関係ないだろ。それにあのキャベツは本当にキャベツにみえなかったんだよ」


 いつも通りの流れが決まっているかのように彼女が口を開いた。

 「はいはい、じゃあこの子を連れてくの?それともここでおきざりにしておくの?

 身寄りがほんとうにいなさそうなんだから、ここに置いといたらいつか死んじゃうことはわかるでしょ。連れていくしかないじゃない?」といった。彼女の手を握っていた手が安心して少し緩む。気が付くと手がぐっしょりとぬれていた。カロンのほうを見ると、彼女はにっこりと私に微笑みかける。

 「でも、本当にいいのね?あなたの話だとロートではなくて自分の里に帰りたいってことだけど私たちが行くのはゲルプよ。残念だけれどあなたの里はゲルプにはないわ」と念を押した。

 「うん、いいの。ロートにあるのかどうかもわからないから。ゲルプはいろんなところから人がくるんでしょう? だから何か知っている人がいるかもしれない」と私は何でもないように答えたが、内心、不安でしかない。ゲルプに行って誰も知っている人がいなければ、手掛かりがなくなってしまう。

 少年は椅子に立って

「やったー」と歓声を上げている。本当に彼女のおかげで一歩、あの里へ近づけた。


 「さあ、そうと決まったらとりあえず自己紹介しなきゃ。まだ、あんたもしてないんでしょ」と彼女が言うと、

 「うん。俺もまだ名前は言ってなかったね。俺はニクス、14歳だよ。そのままニクスって呼んでよ。特技は…誰とでも仲良くなれること。そいつ以外」といって青年を指さす。どうやら少年は年上だったらしい。

 「私はカロン、22歳この三人の中じゃ一番年上、こいつに聞いたらしいけど、ここには商品の受け取りと食料品、日用品の調達が目的できたの。外がこんな状況だからもうここからは出ていくつもり。ゆっくりできなくてごめんね。わからないことがあったら何でも聞いて」といった。今までのやり取りからこの人がこの三人のまとめ役なのだろう。優しく動作の端々から気品が感じられていっしょにいるだけでなんだか落ち着くことができる。

 「俺はヒドラ。19」と青年は短く済ませた。

 「エミリーです。よろしくお願いします。」私はもう一度改めて名乗り、深く頭を下げた。


 「さあ、あんたたち働くよ。商品の梱包をしなくっちゃ。エミリーも包むの手伝ってね。それくらい、できるでしょ?」さっきニクスが買ってきたものがテーブルの上に並んでいる。

 「じゃあ、お前は食料品頼むわ」と白い布と麻ひもが手渡される。見たこともない葉野菜を手に取り、とりあえず包んでみようと思って布を巻き付けようとするが布が硬すぎてうまく巻き付いてくれない。

 「おいおい、それは一個づつ紙で包んでからまとめてその大きい布でくるむんだ。

…紙で包むときにはここを下にして…、こうやって包むんだ」と慣れた手つきで野菜を包みながらヒドラが教えてくれる。紙にきれいに包まれた葉野菜がテーブルの上にどん、と音を立てておかれる。見かけによらず丁寧でとても速い。

 「ほら」と紙をちょうどいい大きさに切りながら紙を手渡してくれる。私が包んだものとヒドラが包んだ二つが一緒の布に包まれた。


 「それにしても、里が襲われたってのに、お前だけが牢獄に入れられていたなんて、よく考えてみるとおかしいよな。ほかの奴らがどうなったかは本当にわからないんだろ?」とニクスが言う。

 「うん。きっと私のことを里の人だとは思わなかったんだと思う。ちょっとみためが違うから。」自分でもそのことは少し気になっていた。おそらく自分が赤髪ではなかったからとらえられるだけで済んだのだ。ということはあの覆面の男たちはあの里の人だけを狙っていたことになる。いったい何が起きていたのだろうか。あの牢獄に誰も入れられていなっかったことがとても気がかりだ。あの里の人たちはうまく逃げることができなかったから…いやな考えが頭から離れない。

 「ほら、手を動かす」というカロンの声にはっと我に返った。きっとこの三人と出会っていなければ生きてはいられなかっただろう。今は、生きてあの里に帰ることだけに集中しないと。


 梱包が終わった商品を見たこともない機械の荷台に積み込む。里での移動手段といえば馬車か、列車くらいだったが金属製のボディーにゴム製の車輪がついている。見たこともない、と驚く私は、あんまり文明が発展してない田舎だったんだなとニクスに笑われて悔しかったが、乗ってみると馬車よりも速いし、揺れが少なくて乗り心地がよく、認めざる負えないなと思った。なんだか、どんどん自分が何も知らないやつなのだと思えて悲しい。

 「よし、ちゃんとつかまっとけよ」というニクスの掛け声とともに町並が後ろへと流れていった。

 「人がいたんじゃこんなことはできないからな」と楽しそうだ。

 「おい、ニクス、ちゃんと前見ろ」というヒドラの声につられて前を向くと要塞の高い壁が目の前にそびえたっている。

 「わかってるって」というニクスの声が聞こえたかと思うと誰かの手が私の額を押しつけた。頭が座席に押し付けられて首に痛みが走る。痛みに悶絶する私をよそに

 「ニクス、いきなりやらないでよ。エミリーだっているんだから」というカロンの声が聞こえる。頭を座席につくように押し付けてくれたのはカロンの手だ。それでも首が少し痛む。首をさすりながら顔を上げると視界が明るくなっていた。窓の外を見ると青い空がみえ、後ろのほうには小さくなったさっきの要塞が見える。

 「品物が破損でもしたらどうするんだ」

 「えー、だってこっちのほうが、早いし、森の中を走っていくよりも安全だろ?それに何といってもこの景色を俺はエミリーに見せてやりたかったのっ。こんなところを歩いていこうとしていたなんてぞっとするだろ」といってニクスが笑いかけてくる。

 「だからっていきなりやることないだろ」

 「いいじゃん、こまかいな。びっくりさせたかったんだもん」と、心配性のヒドラにニクスが対抗していてすでに車内はやかましかったが、要塞の壁で遮られていた日の光が車内に入り込んでみんなの顔を明るく照らし、とても気持ちのいい空間だった。


 ゲルプは海に面した港町で漁師の町だったが気候が寒冷であるため作物が育たずあまり人も多くなかったのだという。しかし、高い造船技術により商品を早く運ぶことができたので徐々に発展していき、船を使わなくなった今でも貿易が盛んにおこなわれる港町として使われているのだそうだ。もともと住んでいたのは、カロンたちのような金髪で色白の人たちだというが、今では多くの人が行きかうため様々な人種の人が入り乱れているという。言語も様々なものがつかわれているそうで、三人は四か国語を操れるというのだが、私のしゃべっている言語はロートのなまりに近くゲルプで使われている言語とは全く違っているとサンドイッチをほおばりながらおしえてくれた。

 「シュヴァルツよりもずっと栄えているところなんだ。きっとお前も驚くぞ」とニクスは楽しそうだ。


 四十分ほどが経つと、だんだんと自分たちが乗っているのと同じような乗り物が増えていく。

 「ほら、エミリー、見えてきたぞ、あそこが俺らの住んでいるところ、ゲルプだ」身を乗り出してニクスの指さすほうをみるとそこには高い塔がいくつもたっている街が見えた。確かに大きな国だどこまで続いているのか先が見えない。あそこにあの里のことを知っている人がいるかもしれない。

 「すごいあんな高い塔、初めて見た。」

 「塔?ああ、あれは多くの人があんなかで働いているんだ。高い技術があるからこそあんなに高くてもたおれない建物が建設できるんだ。あれぐらいじゃ、まだまだすごくないぞ。町を見たらきっともっと驚くものがいっぱいあるよ」と楽しそうに話した。


 高い塔のひとつに乗り付けると

 「ほら案内してやるよ。はやく町を見に行こう。きっとお前の里のことを知ってる奴がいるはずさ」とニクスが手を引いた。あんた、何いってるのというカロンの声とともに服が引っ張られて手に梱包された商品が乗っけられる。

 「これを届けに行くのが先でしょう。逃げるんじゃない」とカロンに怒られてしまった。


 食料品を大きなプレハブの倉庫のようなところに運び込む。書かれている文字はよめなっかったが、どうやら受付らしいところにいた人にカロンが二言三言話していた。梱包した商品に取り付けておいた札のコピーをその人に渡すとお金がもらえるようで、カロンはすぐにやり取りをすませて帰ってきたのだが

 「おかしい、先に帰ってきたやつがまだ帰ってきてないっていうんだ。飛んでる時にあいつらを見てはいないと思うし、故障車なんかもなかったと思うんだけど…。まあ、あいつらのが届いてなかったおかげでいつもより高く売れたことはよかったけど。」といった。いぶかしげな表情を浮かべるカロンが気になったが、

 「早く次いこーぜ」とニクスは進んでいく。


 「ここもだ。やっぱりついていないらしい。こっちに先に来たのかとも思ったんだけど。」日用品を売りつけに来た雑貨屋にも先にあの国を出たという人たちが来ていないのだという。

 「違う町に行ったなんてことは考えられないんだけど、何があったのかしら。」

 「そんなこと、いいじゃん。俺たちはちゃんと帰ってこれたんだから。ほら、早く早く」とニクスがカロンの手を引く。

 「お前はいつもそうやって。あの国の状況もおかしかったんだ、何がこの先起きてもおかしくない状況なんだぞ。」

 「じゃあ、早くいって町の人たちにも聞いてみればいいじゃないか」

 「はいはい、行くから。ちゃんと宝石持って行かないとだめでしょう」とカロンがこたえる。その顔はなんだか深刻そうな影のある顔だった。


 「バーちゃーん。宝石持ってきたよ。」と少年が店の奥に声をかけながら入っていく。そのお店は広い街路に面したお店が軒を連ねる通りの奥に入り、右、右、左…、と永遠にも思えるような石畳の細い道を進んだ先にあった。看板もなく、扉が裏に回ったところにあるそのお店は隠れ家とはこの家のことだと思わせる外見で、通りに面しているほうをパッと見る限りでは、横に並んでいる家と何ら変わりなく溶け込んでいるが、裏に回ると様子が一変し、壁の所々に埋められた直径二十センチほどもあるガラス玉がキラキラと光り、壁の半分以上を蔦が覆って葉が風に揺れている。なかなかあそび心のある変わったお店だ。

 「何かいったかしら? 私はまだ、ばあちゃんといわれるような年ではありませんよ」といった女性はボルドーの床まで裾が伸びたワンピースに身を包んでいる。確かにばあちゃんといわれるような年ではないだろう。その真っ白な肌にはしわ一つなく、金髪にもつやがある。鼻筋が通った鼻に控えめな口からも気品が感じられて、私でもうっとりとしてしまいそうだ。

 「美容に頭を使いすぎて、年を数えることすらできなくなったのか?次の誕生日で、確か…」

 「言わなくていい、それよりもそちらのお嬢さんを紹介してくださる?」女性のきれいな切れ長の目で見つめられると、いったい何歳なのだろうかという疑問さえふきとんでしまった。

 「えっと、私は…」言い終わらないうちに

 「こいつはエミリーだ。シュヴァルツであって、連れてきたんだよ。そうだ、早くこいつに街を案内してやらないといけないんだった。宝石をもってきてやったんだから早くみて」とニクスが言う。

 「持ってきてやったって」とヒドラはため息をつくが肝心の女性はいつものことなのか気にせず、

 「じゃあ、さっそく見せてもらおうかしら。紅茶もいれておいたんだからゆっくりしていってほしかったんだけど。それに、ちょっと気になることもあってね」といいながらテーブルに案内した。テーブルは三人掛けで、女性とカロンが向き合うように座る。

 「気に入ってもらえるといいのだけれど」といいながらカロンがおおきな箱を開ける。

空いている椅子に膝たちしてテーブルに身を乗り出したニクスは

 「驚くよっ、驚くよっ」とたのしそうだ。

私も気になって覗き込むと、箱よりもずっと小さいピンク色に輝く宝石が出てきた。女性はじっとそれを見つめて、

 「確かに、いいわね。なかなかお目にかかれるものじゃないわ。ちょっと待って、奥の職人にも加工ができそうか聞かないと。ちょっとこれは難しそうだから」と店の奥へといってしまった。


 改めてお店を見渡すと、女性が着ていたワンピースよりも青みの強い紫の壁にシャンデリアのかかっている部屋が宝石の高級感を引き出していた。かすかに聞こえる弦楽器の音も心地いい。大小さまざまで色にも統一性のない宝石がショーケースにひとつづつ置かれていて、そのどれもに職人の手が加えられ証明の光を反射して輝いていた。しかし、一つだけ手のくわえられていない石がある。血のような赤色が普通の岩と層をなしているようなその石がこのお店の中にあるのはなぜだか異質にかんじられる。奥から戻ってきたお店の女性が戻ってきて

 「あら、あなたその石が気になるの?なかなか目の付け所がいいわね。これが一番この店では高いのよ」と話しかけられた。

 「ほかの石と違って何も加工がしてないようにみえるのにいちばんたかいの?」と私が聞くと、

 「見えるんじゃなくて本当にしていないのよ。それはロートの国でしか取れない石なのよ。昔とれたようなのなら、加工されたのがいくつかあったりするんだけど原石のままを残しているなんてめったにないわ。それにこの縞模様はとっても美しいからね。びっくりするような値段よ」とわらっていった。

 「ここってロートに行くような人とも契約しているの?」とカロンが聞く。

 「ええ、最近、一人だけね。あなたたちに迷惑が掛からないようにするから安心して」とこたえる。

 

 「その人、紹介してもらえませんか」と私の言った言葉に女性はびっくりしている。

 「あなた、ロートがどんなところかわかってるの?あなたのような子がいけるところではないわ。それに、わたしが取引をしている人も…そんな素性をさらせるような人ではないから紹介するのは難しいわ」と困った顔をしながら言う。

 「でも、ロートに行けば何かわかるかもしれない。言語が近いっていうだけなんだけどいまはそれしか手掛かりがないから」

 そうはいっても店と関わっている人たちの命がかかっているのだから教えてはくれないだろうとわかってはいた。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。やっと戻ることができそうなのだ。

 「ところで」と女性が話をそらそうとしたとき、今まで黙ってやり取りを聞いていたヒドラが宝石を入れたカバンを持って私の手を引いた。

 「ほら、ここにいてももうだめだ。ほかのところ行くぞ」と、カロンが引き留めようとする声も無視して店の外へ出ていく。

 

 「はあ、大切なとりひき先なのに、何してくれんのよ」といいながらもカロンはあまり怒っているようには見えない。ニクスもヒドラの行動には驚いていたようだが

 「俺達には、ロートとの取引はしてないってうそついてたくせに、言いたくないことは隠すなんて」と憤慨している。ニクスは迷うことなく石畳の道を少し戻り、さきほど通った道とはちがう道にはいっていく。何も話すことなく、ずっと私の手を握ってくれていた。


 道に入ってすぐのところのタペストリーをうっているお店に入る。お店の中を見回して

 「ここ宝石屋じゃないよー?」とニクスが言い、ヒドラは今気が付いたとでもいうように立ち止まって手を離した。

 「いいだろ、どこのお店でも。はなしが聞ければそれでいいんだから。」と焦っているのがらしくないが、それだけ必死になってくれていたのだろう。店の奥から老人が現れ、奥との仕切りとしてかけてあったすだれが音を鳴らした。

 「やあ、いらっしゃい。珍しいおきゃくさんだね。ここには若い人はほとんど来ないんだが…」物腰のゆったりとしたその老人は、しわがれた声で言った。

 「あのロートのことについてなにか知っていることはありませんか?それか…、知ってる人を知りませんか?」

 「なに、ロートか…、何にも知らんな…。あそこはわしが小さいころからあるということだけがわかっている不思議なところじゃ。どんな人がどのくらいいるのかも分からん。わかるのは言ったやつが一人も帰ってこないということだけだな…」髭の下の口がもごもごと動いてそういった。やはり、先ほどの宝石やと取引している人にどうしても合わせてもらわなければ、私はロートには行けないだろう。

 「がっかりさせてしまったようで、すまないね。…紅茶でもどうぞ」といって紅茶が目の前のカウンターに置かれた。カップを持ち上げて、紅茶を口に含む。甘いラズベリーのような風味が口に広がって少し落ち着いた気分になる。カップを置こうとしたとき、その手が止まった。


 「あの、このコースターって」と私はお店の老人にコースターを指さして尋ねる。

 「ああ、このコースターかい?ちょっと変わった模様だろう?それは売り物にはしていない私のコレクションのひとつでね。とっても古いものなんだ。それがきにいったのかい?」 

 「いや、そうじゃなくてこの模様」そこには一体の銀色の体をした生き物が織り込まれていた。聖眼にとても良く似ている。

 「これ、この銀色の生き物がとっても聖眼に似ているの。」と横で同じように紅茶をいれてもらっていた三人に話しかける。

 「聖眼?」と、お店の老人は話が呑み込めずに困惑していた。

 「これはどこから仕入れたものなの?」とカロンが老人に尋ねる。

 「いや…、それは子供の時に港で開かれていた市場で買ったんだ。その時はだれでも店が出せてね…。売っていた人は私がそれを手に取ったのを見てとっても嬉しそうだったのを今でも覚えているよ。その笑顔にひとめぼれしたんだ。そのコースターというよりもその笑顔が忘れられなくてね…捨てることもできずにとっておいているんだ」

 「あの、その人は売るときに何か言っていませんでしたか。その人は…どんな人だったんですか?」

 あの里を出てから聖眼は一度も見かけていない。それどころか似たような動物でさえ見かけることはなかった。聖眼のことを調べてみるのもあの里へ近づく手がかりがえられるようになるのではないだろうか。

 「ああ、よく覚えているよ。その人は君のような銀髪でね。ヴァイスにいるような人たちの髪の毛とも違う。きれいな色だった。黒色のワンピースと対照的でとってもきれいだった。『それが気に入ったの?きれいでしょう。それには特別な物語がこめられているのよ。』といって笑っていたよ。本当にうれしそうだった」

 「その物語って」私はカウンターに身を乗り出していた。カウンターについた手がグラスを揺らして、グラスが音を立てる。

 「それが、聞いてみたんだがね、『それは、内緒。君に教えるには幼すぎるわ。』といってね、教えてはくれなかった。そのうち、その市場もなくなってしまって、その人は行方知らずさ。もういちど会えたのなら…」そう言って老人は目を伏せた。

 私は、カップに残っていた紅茶を一気に飲み干して息をついた。


 「あの、そのコースター、ほかにもあったりするかしら。ぜんぶみせてほしいのだけど」とカロンがいった。

 「ほお、そうかい、そう言ってもらえると私もうれしいな」そう言って老人は店の奥へと入っていった。ほかにも似ているものがあるかもしれないと思ってお店を見まわすが、ほかのものはパターンが続いているものばかりで、何かを描いているものはなかった。

 店の奥から戻ってきた老人の手に十枚ほどのコースターがにぎられていた。そこには同じ聖眼のような絵柄のものもあったが、聖眼と同じ銀色の髪の毛の少女が祈りをささげている絵柄のものと赤髪の少女と銀髪の少女が向かい合っている絵柄のものが数枚づつあった。

 「これで全部だよ。それも美しいが、何を示しているのかまではちょっと、わからないね」とそういった。


 「ありがとうございました。」といって私たちが店を後にして、路地へと出ると、すでに日が落ち、暗くなっていた。くらい路地に、お店から漏れた明かりに照らされて、一人の大柄な男性がったっていた。その人も金髪だ。

 「えっ、おじさんじゃん」とニクスが声を上げる。

 「あの宝石屋で働いている職人よ。」とカロンが耳打ちしてくれる。

 「お前ら本当に行動が読みやすくて助かるわ。」といってニカッと笑った。あんな細かい装飾をこの人が、と疑ってしまうほど胸板が熱く、上半身が逆三角形になっている。何のために鍛えているのだろうか。

 

 「まあ、あいつが悪いんだけどさ、店のほうも大変なんだわ。ほら最近おかしいことが多くてな。」という。

 「もう一回、店に来い。俺が、紹介してやるよ。」

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