第2話

 薄いもやがかった世界に私はいた。

 数えきれないほどの聖眼たちが野を覆っている。体にある銀色の筋がキラキラと輝いている。私は石で作られた円形の大きな台の上に立っていて、台の上には一体の聖眼も一緒に乗っていた。私の目の前にはその聖眼の顔がありその聖眼と私を取り囲むようにしてほかの聖眼たちが座っている。目の前の聖眼の手には幼いころ私が作ってかけてあげたのと同じような花の冠があり、聖眼のてから私の頭の上へとそれがかぶせられた。その瞬間、聖眼たちは飛び上がりキュイッとそれぞれがないた。私は目の前にいた聖眼の背に乗せられ真っ青な空に飛び立った。


 だんだんと視界がはっきりとしてきた。あたりは暗くて見にくかったが、自分のものよりもほそいように感じられる太ももが見える。なんだかおなかもすいているし頭も働かない。

 ここはどこだろうか。ごつごつとした石の上で自分は寝そべり、足には枷がついていた。

 ああ、ここは牢獄なのか、命だけは助かったらしいと理解した。私は捕まえられた時と比べるとがりがりになりすぎてしまったらしく、足かせからすっぽりと足がぬけてしまった。


 「おお、お前、生きとったんか」という声が横からする。私は身構えてその声のする方向を見るとだんだんと焦点があってきて、一人のがりがりのおじさんが見えた。あばら骨が数えられるほどくっきりと浮き出ていて、髪の毛はちりちりになってしまっている。私の見た目もあんなふうになってしまっているのではないかという恐怖に震えた。

 「おい、なんだそのバケモンでも見るような顔は。お前は一か月近くも起きなかったんだ。お前のほうがどう考えてもバケモンだろ。」という口から除く歯はボロボロで一層、バケモノじみている。

 「私、一か月もねたままだったの?」

 「ああそうだよ。たまにビクンと動く以外は何にも動かねえ。俺は、ああこいつは死んだんだと思ったね」

 体をおじさんのほうに動かそうとしたがほとんど力が入らず代わりに胸元に下げていた聖眼の鱗のペンダントが服の上を滑った。聖眼が襲われていたあの光景が脳裏によみがえる。

 「ここは、ここはどこ?どうやったら出られるの?」

 「見りゃわかるだろ。石が敷き詰められた床に鉄の策が通り抜けできないように取り付けられていて、足かせもある。どう考えたって独房だよ。逃げられねえさ、悪い奴らとか、えらい人たちが捕まえときたいなっていう人が入れられるところだからよ。逃げれたら大問題だ。逃げれるとこちらとしては、まあ、ありがたいもんだが…。それくらい知ってんだろ。ああ…、でも足かせが外れたか。逃げられるかもしんねえ」といいながらにやにやしている。とことん口が悪いし、長い。しゃべるたびにとぶつばも気になる。

 「速く、ここから出てもどらないと、どうやったら逃げられるの?」

 「ああ、ちょっと待て、むやみに出ても捕まるだけだ。そっから壁と反対のほうに行くと通路に出る。で、左っ側に進んでいくと出入り口があるんだ。だが、まて。そこにはちゃんと門番がいる。それなりに体制を整えてからでねえとすぐにつかまっちまうからむやみに突っ込んだってしようがねえ」

 「どうやったらその門番にみつからないの?」

 「明日、独房を出るやつがいる。そいつにつきっきりになっている間、少しすきができるだろうからその瞬間にやるといいさ。」

 「そんなんで、ほんとうにでられるの?確実に、絶対に、出ないといけないの。早く戻らなくちゃ」

 「なんだ、相当な訳ありか。まあ、何にもせずここにくる奴はいないが。なんにせよ今日はもう遅い。今、仮に出ていけたとしても生きていられるとは思えないね。門番たちがやってくる前におとなしくしな。足かせが外れてることがばれたらなにもできなくなっちまう。」そういってそのおじさんは私をいさめた。私はどうにか落ち着きは取り戻してきたもののここで黙っているわけにはいかない。わからないことが多すぎるのだ。

 「独房にしてはまったくひとがいないように感じられるんだけど。こんなにひっそりとしているものなの?」と私が聞くと

 「騒がしい独房なんてあるか、精神がぶっ飛んで、やんじまったような奴らが集められたところならともかく俺らみたいな普通の奴らが入れられているんだ。みんな疲れ切っているか話すこともなく、話すような人もないんだからそりゃ静かさ。この独房には、暗くて見えないだけでまだまだいっぱい人がいるさ。」

 「たとえば?」

 「そこにいる1556番の奴は下町で窃盗をやらかしてな、本来ならもう外に出れているはずなんだが脱走を繰り返しているせいでまだ出られてないんだ。まあ、ちょっと頭がおかしい。あったら気をつけろよ。それから1578番、あいつは殺人だ。バターナイフ一本で二人も殺したやつだからな、そいつも気を付けたほうがいい。あーだいたい、この独房の四分の三くらいはうまってるかな。まあ、やばい奴が多いから気をつけろよ。」といった。精神がやんでいるとかいないとか言ってたと思うんだけど、これはまともな奴がいなさそうだ。

 ふいにどこかの独房から尋常でない叫び声が聞こえてきた。叫び声がやみ、一層ひっそりとした感じがする。

 「今のは何、人?…の叫び声よね」

 「ああ、人のだ。最近、ああいう風に突然苦しみだすやつがいるんだ。その様子は本当にむごい。この世のものとは思えんくらいにな。」

 「ここで受けている拷問とかそういうことが関係しているの?」

 「いや、ここでは労働くらいしかさせられねえ。それに、看守のやつらも顔ぶれの代わりが最近、目まぐるしいからな。多分ここの中だけのことでもないんだろうな。ここでやらされていることとは関係ねえ」という声はすこし震えていて、おびえているように思える。

 「ところで、あなたはなにをやらかしたの?」

 「ん、まあ、密漁をちょっとね。」

 「ここの牢獄ってあんまり罪状に統一性がないのね。牢獄ってちゃんと見たことがあるわけじゃないけどもうちょっと分けられてるものだと思ってたんだけど」

 「まあ、昔はもうちょっと分けられてたんだよ。管理してる奴らも忙しくてそれどころじゃないんだろ。お前はそんな悪いことをしていたようには見えないが…、人は見かけによらねえもんだな」

 「昔から…」

 「まあ、一回捕まったやつっていうのは何回か捕まるもんなんだよ」

 聞かなかったことにしておこうと思って適当に聞き流した。

 「ところでお前、変わったなまりの言葉だな。聞きづらくってしようがねえや。たぶんおまえのしゃべりかたじゃここの奴らには聞き取れないだろうな。お前どこから来たんだ?」

 このおじさんにいわれるほど自分のなまりとはきついのだろうか。生まれてこの方あの里から出たことのない自分にはわからなかった。

 「えーと、どう言ったらいいんだろう。うーん、まずここはどこ?」

 「は?あーそういうことか、ここはロートとシュヴァルツとの間にあるどこの土地とも決まっていないところだ。聞いたことあるか?」

 「うーん、ないかも。方角も分からないし、私の住んでたところは…霧に包まれてる国っていったらわかる?」

 「きりにつつまれた国?そんなところ聞いたことねえな。そんな特徴のある国なら一度は聞いたことがあると思うんだが。まあでも何年もここの中にいるんだ、わからなくても仕方ねえよな」といった。その時、「おい、お前ら消灯の時間はとっくに過ぎているぞ。いつまでしゃべってるんだ」という声が鉄の折の中の外から聞こえそこで私たちの会話は終わった。


 ガサゴソ、という音ががして私は起こされた。黒いもやが独房の中を駆け抜けていく。今まで見たこともないその得体のしれない姿が不気味で、つま先から頭のてっぺんまで鳥肌が全身に広がった。続いて全身が熱っぽくなり関節のあたりがまるで釘が刺されているかのように痛む。のたうちまわる私の足が足かせにあったて足かせが乾いた金属音を発した。ガンガンと激しさを増す頭痛をその音が助長し、のたうち回って擦り切れた服には血がにじんだ。


 牢獄の上のほうに取り付けられた小窓から朝日が差し込む。顔を直撃した朝日がが目に痛くて目が覚めた。久しぶりにはっきりとした光を見た気がする。しかし、あさになってもこんなに静かなものなのだろうか。それに、あの天井近くの窓からこんなにも強い光が差し込むということはそれなりの時間になってしまっているのではないだろうか。朝日、といえる時間はもうとっくに過ぎているだろう。牢獄に入れられている人というのは朝早くに起こされて働かされているというイメージがあったのだが、と不思議に思った。


 昨日のおじさんはどうしているだろう、と思って、昨日のおじさんのほうを見てみると昨日のおじさんがいない。そこには皮膚が干からびて、いつかの本の挿絵で見たようなミイラのようになった茶色の物体が横たわっていた。思わず悲鳴を上げる。その悲鳴が独房中に響き、こだました。おじさんの服に日があたりさらさらと粉になって石の床に落ちた。


 私はやせ細ったからだを何とか立たせて、鉄の策の間をすり抜けた。石の床は冷たく、足を付けるたび、骨に振動が伝わるようだった。音のしない通路を左へ進む。1334番、1335番、…、独房に取り付けられた番号はひとつひとつちがっているが中にあるのはすべて一緒だった。廊下の両脇の部屋は茶色のなにかも分からなくなった物体があるか中に何もない空っぽの空間かのどちらかだった。この茶色の物体はすべて人だったのだ。なぜこんなことになっているのだろう。もし私がここにずっといつづけていたら、私もこうなってしまっていたのだろうか。あの男はそのことを私に隠していたのだろうか。こんな重要なことなのに。

 

 私はもう左右の光景に目を当てることもできなくなってまっすぐ前を向いて早歩きでこの独房の廊下を突き進んだ。大きな木製の扉を押すと、きしんだ音を立ててその扉はゆっくりと開く。開けていなかったほうの扉に寄りかかっていた茶色い物体が扉を閉じたときの風でさらさらと風に流されていった。


 日の光が全身を包み込み暖かさに包まれる。まぶしい世界に目が慣れると石畳の先に大きな門が見えた。石畳の上には罪人を運び込むのに使っていたのだと思われる列車のレールが敷かれている。きっとこのレールをたどっていけばもうちょっとひとけのある所につくのではないか、そう思ってレールをたどっていった。ああ、列車が動いてくれていればいいのに、と思うが一向に自分と草木以外のものが動く音が聞こえてこない。


 レールをたどっていくとしっかりと舗装された川が見えてきた。両端の土は固く固められ、洪水が起きないように段がつけられており、川はとても澄んでいて、底の様子まではっきりと見える。私は一目散に走っていき水を勢いよく飲んだ。いきなり飲むのはよくないと知っていながらも、のどのかわきは理性を超えていて、私は盛大にむせてしまった。服をぬらしたくはなかった私は水には入らず、頭も体も洗うことができなかったけれど。体全体に染み渡るような川の水によって、満ち足りたような気分になってその川を後にした。どこまでもどこまでも続いていくかのように思われるレールは森の中に入っていく。なかなか思うように体は進まず。頭上には星空が広がっていた。森の中では何が起きるかわからず、気が抜けなかった。足を引きずるようにしてレールの上をひたすら歩いた。

 

 だんだんと空が明るくなってくる。視界が開けていなかったので不安になったが、ふと何か大きなものの存在を感じ、視線を上にあげると、木々の隙間から要塞らしきものが見えた。じぶんの背丈よりも六、七倍はあるだろうと思われる塀に囲まれた街の中の様子は全く分からなかったが、てっぺんの部分だけが見えている城のようなもののつくりをみるに、かなり文明の発達した都市であることはわかった。レールはその要塞のゲートの前で、突然終わりを告げた。ここが独房で会ったあのおじさんが言っていたロートかシュヴァルツという国なのかもしれない。


 町の入り口であるゲートはその役割をもはや果たしてはおらず、開け放たれ、門番のような人の姿は見当たらなかった。恐る恐る中へ入ると、ここでも茶色い物体のようなものが所々にころがっている。中には、リードの先につながれているものもあった。ああ、ここもか。ここももう危険だ、必要な物だけをまちで調達して早くここを立ち去らなければ、自分もああなってしまうのかもしれない。そう思って、私は町の中を足早に散策した。


 まずはおなかを満たせるだけの食糧。これは必須だ。それから服とナイフとライターくらいが調達できるといいんだけど、と思いながら歩いているとレンガ造りの立派な建物が並んでいる通りがあった。そこには、まだみずみずしい果物や野菜が並べられ、干し肉や干物がつるされている屋台が所狭しと並んでいる。私は干してあった肉に思いっきりかぶりついた。歯が抜けるんじゃないかと思うほど固い肉だったが、かむたびに塩のよく聞いた肉の味が口いっぱいに広がった。まだ問題なく食べることができる。食料には困ることがないだろう。それから、服を売っているお店もナイフやライターなどの道具を売っているお店もすぐに見つけることができた。

 

 自分がここまで着てきた服はもう擦り切れだらけで風はとおしてしまうし、夏の強い日差しにも、冬の寒さにも到底耐えられるとは思えなかった。故郷で着られていたのは、ワンピース型に切り取られた一枚の布を帯をまくことで体に固定したもので、ここにある服とはだいぶ形式が違っていた。ここにあるのは単に長い布を体中に巻き付けて着るようなのだ。お店の商品棚にはいくつもの巻物が置かれているが一つとして私の知っている服の形になっているものがない。見本として服を着たマネキンがなければきっと布を売るお店だと思ったことだろう。しかし、このマネキンはどうやってこんな長い布を巻き付けているのだろうか。うまく巻かなければ落ちてきてしまいそうだ。


 私は悪戦苦闘しながら体に布を巻き付けたが一向にうまく巻き付けることができない。あせっているせいもあるのか、ずり落ちてしまったり足を固定してしまって歩けなくなったりしてしまう。なんでこんなめんどくさい着方をするのだろうと思ってあきらめた。仕方がないので、道具を取り揃えていたお店でハサミを見つけ、その一枚の布を裁断し自分でワンピースの形に切って帯で巻き付けて着ることにした。鏡の中の自分は不格好でかっこ悪い。左右でバランスが取れていないし、かための布なので帯も外れてしまいそうだ。しかし、やっぱりこっちのほうが着心地がいいしずっと動きやすい。これで我慢するしかないか、と一息ついた。


 さて、と私は一息ついて、ほしいものは調達できたし、これであと一週間くらいは食料を気にせず過ごせるだろうが、どうしたらいいのだろう。何としてでもあの故郷に帰って友人たちと聖眼たちの安否を確認したいのに。と思っていたところで背後からトントン、と背中がたたかれる。


 気配なんて何も感じなかった。自分以外の人がいたのなら絶対にその気配をかんじとれたはずなのに。さっき手に入れたナイフを瞬時に取り出し、胸の前に構えて後ろを振り向く。


 「よお」と間の抜けた声がした。見ると10メートルは離れているであろう場所に一人のひょろったした男が立っている。体と変わらないくらいの荷物を持ち、ゆったりとしたズボンに厚手の靴を履き、これまたゆったりとしたローブを身に着けている。身に着けているものはどれも少しよごれていて、所々に黄ばんでいるシミがみてとれたが、布が丈夫で、もともとは白色であったのだろうと思われた。見たことのない服装に少し驚くが、それよりも目を引いたのはその男の髪の毛と肌の色だった。自分のとはまた少し色味が違っているけれど、黄色がかっていて、金髪とでもいえば伝わるだろうか、その肩まで続く、長めの髪に真っ白な肌が収まっていた。服装の色味もあってか、なんだかのっぺりとしているようにみえる。


 私が口をきけないでいると

 「お前、ここにいつからいる?どこから来たんだ?」とこえがした。目の前の男が発しているものだろう。おそらく年齢は自分と変わらない。十歳を超えたあたりで、何となくその立ち振る舞いからは弱弱しい感じがする。10メートルの距離を詰めてこないところからしても用心深く、そこまで力に自信のあるほうではないのだろう。しかし、あの数秒で荷物を持ったまま移動する俊敏さは侮れない。


 「おい、聞こえてんのか。言葉が通じてねえのか。」といってきたので私は一度、ナイフの刃をしまった。一応すぐに取り出せるようにはしておくが、言葉が聞こえていることくらいは伝わるだろう。間合いを測りながら相手をじっと見つめる。


 「ナイフをしまうか。なあ、俺はここに一か月ほど前からいるんだ。昼くらいに熱っぽさと激痛に襲われて起きて出てきてみれば町はこんな様子だ。いったいこの街に何があったんだ。おまえ、しってるんじゃないのか」とはなしかけられる。どうやらこの街の惨状はこいつのせいではないらしい。

 「私はつい一時間ほど前にここに来たの。私が来た時にはすでにこんな様子だったから。なにが起きたかなんて知らないわ」

 「そうか、まあ、そんながりがりの弱そうな奴がこの茶色くころがってるやつ全部を殺っちゃいましたってのは信じられないとはおもってたし…、それに、あの布の巻き付け方…、思い出しただけでも笑えてくる。どうしたらあんなことができるんだか。あれをまじめにやってたっていうなら、お前、本当にここの人間じゃないんだな。つい一時間ほど前に来たっていっていたとおもうがどうやって、どこからきたんだよ?」

 

 あれを見られていたのか。全く気が付かなかったが、あの鏡に映った布をぐるぐる巻きつけた姿をおもいだすと顔が赤くなるのが自分でもわかった。しかし、それよりも問題なのは少年の質問だ。牢獄から歩いてきましたなんて言えるはずがない。どういう勘違いをされて牢獄に送り返されてしまうかもわからない。まあ、普通の人ならば、とりあえず罪人は牢獄に送り返さなければと思うものだろう。それに、彼は安全な人間だと思われる。それならば離れていたくはない。一人でいるよりもずっと安心できる。だが、どういったらこの少年は納得してくれるのだろうか。ここの状況が一向につかめないし、自分がどれほどまずい状況に陥ってるのかもわからないから、だますことのできる嘘が何も思いつかない。


 私が何も思いつかないで目を挙動不審に動かしていると、

 「もしかして、お前、ヴァイスの国から来たのか? 小国だし特に用がないから言ったことはないが、そんな国があるってのは聞いたことがあるぞ。

 髪の毛も…。

 もしかして俺たちみたいに食料とかを買いにきたのか? 小国だとそういうのもたいへんだよな」と少年は知ったような口をきいた。ああ、こいつは都合がいい馬鹿だ。私は信じたこともない神様とやらに感謝した。

 「俺たち? ってことはあなたは一人じゃないの?」

 「そりゃそうだろ、近くの町に買い出しに行くならともかく俺の住んでるところはここからちょっと遠いんだ。一人では危ないからな数人でいくんだよ。それくらい常識だろ。お前、もしかして一人なのか…」

 「あなたはどこの国からきたの?」

 「はあ?お前この髪の毛の色をみてわかんねえのかよ。ああ、まあ、おれらがヴァイスに入ることはないからな…。俺はゲルプさ。ゲルプ、黄色の町。名前くらい…聞いたことないか」

ゲルプなんて聞いたことがない。私は頭を左右に振った。どうにかして、あの里に帰りたいのに、どうやってもあの場所がわかりそうにない。私が彼の故郷の名前を知らないといってその少年は少し寂しそうだった。

 「ゲルプはなあ、ここらへんじゃ有名なんだ。ゲルプに行けばここら辺のものはだいたいそろう、商人たちの町さ。有名なでかい貿易会社がのきを連ねてるんだ。おれは連れの二人とここにちょっとお高い宝石を取引しに来たんだ。一人で十分持てる大きさだが、食料とか日用品とかも買うし…、でもまあ、一番重要な役目としては用心棒ってところだな」

 「あなたの町には貿易商たちがいっぱいいるの?」

 「ああそうだ」

 「そこはロートからだいぶ遠いの?」

 「ロート?お前ロートに行きたいのか?」

 えっ、と思わず声が出る。ここはシュヴァルツのほうだったのだろうか。少年は

 「ロートならここよりもヴァイスに近いんだからしってるはずだろ。ゲルプのほうからはこの国を挟んだ向かいにあるから、ロートからゲルプに行こうとするとだいぶかかるが…」

 「ここはロートじゃないの?」

 「ロートなんて物騒なところに、お前、ひとりで行く気じゃないよな。そんなことは正気じゃないやつがやることだ。

 ここはロートじゃないさ、おまえ間違えてきたのか?ここはシュヴァルツさ。」

 なんだか頭がこんがらがってしまいそうだ。とにかく、シュヴァルツという国に自分はいて、ロートとヴァイスという国がどういうところなのかわからないがそういう国もある。そして、この少年が来たというゲルプは商人の国なのだということを頭の中で整理した。

 「よければゲルプについていきたいのだけれど」

 「いいのか? ロートに行きたいんだろ」

 「実は、国から出るのが初めてでここら辺の地理がよくわからないの。きっと自分が一人でここを出ても迷ってしまうだけだから。それにロートって物騒なんでしょ?あんまり知らずに国を出ちゃったから…。ほんとうに道を間違えてしまってよかったわ」と私は笑いながら言った。

 「笑い事じゃないさ、知らずにいただって?どこの国にいたってロートが物騒なことくらいはみんな知ってるさ。一人で行っていたら絶対に今頃殺されていたよ。」はあ、危なっかしくってしょうがない。ただの考えなしじゃないか。という小さい声も聞こえてくる。確かに私は何も知らない、あの小さな里でずっと暮らしていただけなのだ。さっきまで少年を少し馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。

 「まあ、ほかの二人がいいっていえば連れてってやるよ。このままおいていったら確実にお前は死ぬだろうしな。ゲルプにつくのに三日ぐらい…、いや、そんなにはかからないか。でもまあ、すこし時間がかかるが連れて行ってもらえるだけありがたいんだから文句いうなよ」と少年は言って、手招きしながら踵を返した。


 少年についていくとさっき自分が見ていた市場の通りにある一軒家についた。二階建てのレンガ造り、窓のカーテンはしっかりと閉められ、中の様子がわからないようになっている。

 「帰ったよ」と少年が奥に声をかける。

 「ご苦労様、遅かったね。今日のは冷蔵庫には入れないでテーブルの上にてきとうに置いといてくれる?後で布もってくからつつんでよ」と奥から声がする。すると手前のドアが開き、中から自分よりも明らかに年が上の青年が顔を出した。二十歳くらいのその青年も少年と同じ金色の髪の毛で真っ白な肌をしている。

 「お帰り」といいながら出てきたその恰好はやはり、少年と同じく全身が白色だ。青年はこちらに気づき目を細め、わずかに眉が寄る。

 「この子は?」

 「さっき通りで食料を見てた時に見つけたんだ。名前は…。」といいながら少年が振り返る。

 「エミリーです」と私が答えると

 「だって」といいながら少年は首を元に戻した。

 「『だって。』じゃない。外の様子を見ただろう。なんでつれてくるんだ。外の様子を見てあたまでもおかしくなったのか?」

 「そうじゃないよ。僕の頭は正常さ。こいつは危なくないし、外の状況とも関係がない」と青年にきっぱりという。

 「なんでそんなことがわかるんだ」

 「こいつ、一人でロートに行こうとしてたっていうんだ。で、間違えてここに来たんだってさ。そんななんも知らないような奴がこんなことできるとおもう?」

 「思うか、思わないかっていう問題じゃないんだ。それにロートに一人で行こうとするまともじゃないやつを信用できるわけないだろ」

 確かに、と少年が思ったのだとわかる間が開いた。仕方がない、この人たちが出て行った後を自分でつけていくしかないか。


 その時、今までしまっていた奥の扉が開いてきれいな金髪をお尻のあたりまで伸ばしている女性が現れた。

 「えっ、女の子?」といってわぁっとはしゃいだ声とともに駆け寄ってくる。その女性は私のほうに手を伸ばして思いっきり私をすくい上げた。

 「こんなに顔を汚して、それにこんなに軽いなんて、ちゃんとたべてる?」とそのきれいな青色の目がわたしの顔をのぞいた。

 「まて」という青年の慌てた声が聞こえたが、

 「こんな女の子が危険なわけないでしょ。」という彼女の声に彼は一括されて押し黙る。


 「女の子に出会えるなんて。外の様子みた?こわかったでしょう?こっち、おいで」興奮状態の彼女に手を引かれ私はお風呂へと連れていかれた。服を脱がされ、

 「ゆっくりしてね」という言葉とともにお風呂の流しに一人にされてしまった。

 服やで鏡を見たときにも思ったが、牢獄のおじさんほどというわけではなかったが、髪の毛に泥がついているし、体も泥だらけで汚い。私は、あとのことはひとまず考えないようにして、勢いよく湯舟に飛び込んだ。

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