勝負

次の日の朝、5時頃。

珍しく朝早くに目が覚めてしまった私は寝る気にもなれなかったので

リビングたまたまやっていたアニメを見ていた。

ぼーっとした頭でなんとなく見ていると、アニメの主人公らしき人物が言う。


『お前の気持ちを教えてくれよ。』


すると敵は語る、自分の正義のために

私は君と対立するのだ、と。

その後、なんだかんだでバトルに発展し、

ピンチに陥りながらも逆転して勝利した主人公は

なんだかんだでその敵と和解した。


私はそのアニメを見た後、


『これだわ!』


と叫び自分の部屋に戻った…。




その日の昼休み。


『如月くん。私と勝負して。』


『はぁ?』


私は、意気揚々とこの面倒くさがりな男、略して【くさ男】こと、

如月きさらぎ隼人はやとに宣戦布告をした。


私は朝に見たアニメにバリバリ影響を受けていた。


駄目で元元。

前に進むために、はちゃめちゃな案に頼ってみるのも

悪くはない。

それに、私なりに思うところもあった。


『私と勝負してって言ったの。』


『いや、聞こえなかったわけじゃねーよ。

なんでお前と勝負なんてしなきゃいけねぇんだよ。って意味。』


私の勘違いを払いのけ、

付け加えるように彼は『めんどくせぇ。』と呟いた。

この男の『面倒くさい。』という言葉を聞いただけで

少し腹が立ってくる自分がいたが、それは抑えた。


『私が勝ったら私の言うことを一つ聞いてもらうわ。』


『なんでだよ。俺が受けるメリットがねぇじゃん。

それに内容もわからないのにやるわけないだろ。』


勝負の内容はもう考えていた。

なので私は、説明しなかった事を謝り、話し始めた。


『勝負は一回、50メートル走で決着をつけるわ。

もちろんそのまま対決したら、私が負けるのは確定してるから、

ハンデはつけさせてもらうけれど。』


私は続けて、


『もし、私が負けたら、その逆。

何でも一つお願いを聞くわ。もう話かけるな、とかでも全然良いわよ?』


と話し、彼の方を見る。

すると彼は頭を振ってお話しにならない、といった表情で開口した。


『いやいや。そんなの俺がずっと練習を断わりゃいいだけじゃん。

勝負する必要ねーよ。』


(面倒くさがりのクセに断り続けるのは良いんだ。)

私は心の中で冷静に分析し、それなら、と別のアプローチをかける。


『もしかして、私に負けるのが怖いの?』


シンプルな煽り。

単純な方法だが、男子はプライドが高い生き物と聞くので、

女子に負けるのは嫌がるだろうと思ったのだ。

しかし以外にも彼の返事は私の期待したものではなかった。


『ああ、そーだよ。万が一負けた時、練習しないといけなくなるからな。

それが一番めんどくさい。』


私はそれに驚きつつも少し感心した。

彼は、彼なりに考えて、めんどくさいことをしないように

動いているのだなと思ったからだ。


しかし、私の二つ目の案も躱されてしまった。


そうなるといよいよ最終手段を使わなくてはならない。

私が今、考えうる限りではとっておきの方法だ。

同時に使うのを躊躇うようなリスクのあるものでもある。


だけれど、ここまできた以上後には引けない。

私は覚悟を決め言葉を吐き出した。


『わかった。ならいいよ。勝負しなくても。

それに、放課後に練習に誘うのもやめてあげる。』


『お?いいのか?助かるぜ。』


彼はそう言って戯けた。

私はその隙を見逃さない。


『その代わり。』


一呼吸挟んだ後、彼に近づき、耳元で囁くようにして、

切り札を打ち込む。


『今度の二人三脚の練習の時、貴方に胸を触られたって

言いながら泣き喚いてやるわ。』


『は、はぁ!?』


私のとっておきは急所を的確に攻撃クリティカルヒットしたようで、

彼は素っ頓狂な声を上げて驚いた。

まずは一安心。

それが嫌なら、と続けようとしたが私は周りの異変に気付く。


彼の急な大声に、教室にいる生徒たちの視線が、如月くんに集まっていたのだ。

これは予想外だった。

だが、私はとっさに、この状況を逆に利用することを思いついた。

そこで、透かさず追加攻撃を彼に浴びせる。


『ひどいよ、如月くん。私がこんなにお願いしてるのに

聞いてくれないなんて。』


私はうつむきながら話す。

私の髪で表情が隠れるので好都合だった。


『は、はぁ!?お、お前何言って…。』


彼は混乱が頂点に達したのか言葉が尻切れトンボになっていた。

それを合図に私と如月くんを見ていた

教室の人達が、彼に向けて一斉に野次を飛ばし始めた。


『如月くんサイテー!』

『東雲さんが可哀想だろ!』

『私、彩花ちゃんが毎日頼んでたの見てたよ!』

『如月、お前、人か?』

『練習してあげなよー!』


口々に挙がる如月くんへの罵声と私への同情。

私が目線だけを上にあげチラリと見やると、

彼は『は、はぁ!?』と言いながら、周囲を見回し口をパクパクさせていた。

語彙力の消し飛んだ彼を見て私はここだ!とばかりに彼と目線を合わせ、言う。


『如月くん。私のお願い聞いてくれる?』


その言葉を聞いた如月くんは、

悔しそうな顔をして、

『分かった。好きにしろよ。』と承諾した。


周りの声がさらに大きくなって来たので

私は彼の返事を聞いたあと、


『それじゃあ、勝負は放課後にね。』


と耳打ちして教室を出た。


そんなことをしたのは

ヒートアップした教室の熱を冷ますというのと、

勝負の準備をするためだ。


『さてと、まずは胡桃ちゃんの所へ行こうかしら。』


私はそう独りごちて隣のクラスへ向かった。

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