決意
帰りのホームルームが終わった直後。
私は如月くんの机に向かう。
『如月くん。放課後一緒に二人三脚の練習してよ。』
『嫌だよ。めんどくさい。』
クジでペアが決まった日から、1週間。
私たちはこんなやり取りを繰り返していた。
私は彼に、放課後一緒に練習するよう毎日頼んでいたが、
一度も頷いてはくれなかった。
流石に体育の時間は練習するが、それもやる気を出さずに
堕落しきった態度で走るばかりだから
成果が得られない。
『どうして練習してくれないの?こんなに頼んでるのに。』
『だから何度も言ってるだろ?めんどくさいんだよ。』
彼はそう言うと右手を上にあげ、ヒラヒラさせながら私を背にして、
『じゃあな。』と言って帰って行った…。
『………。』
(何なのアイツ!もう頼んでから1週間よ!
毎日頼んでるのに、一度も練習してくれないなんて!
人としての良心はないの!?
信じらんない!)
私の心はマグマのように煮え滾っていた。
おばあちゃんっ子の私は、自分で言うのもなんだが、
おばあちゃんに似て滅多に怒ることは無い。
けれど流石に我慢の限界だった…。
私はメダルを取るために二人三脚に賭けていた。
そのためには如月くんと息を合わせる必要がある。
けれど彼は放課後の練習にも付き合ってくれないし、
授業の時ですら真面目にやらない。
彼が面倒くさがりな性格だと分かってはいたけど、
ここまでとは思ってもいなかった。
想定外の事態に感情を高ぶらせながら私は下校し、
荷物を家に置いたらすぐに踵を返し
おばあちゃんのいる病院へと向かった。
『おばあちゃーん。彩花が来たよー。』
私が病室に入ると、おばあちゃんは既に上半身を起こした状態で
ベッドに座っていた。
『あら、いらっしゃい。彩ちゃん。』
私がいつものようにベッドの横に組み立てた椅子を置いて座ると、
私の方を向いているおばあちゃんが、
『あら、彩ちゃんが怒っているなんて珍しいわね。何があったの?』
と優しい声で話しかけて来た。
おばあちゃんには心配かけたくなかったから、病室に入ってからは
笑顔でいたつもりだったんだけど、
さすがおばあちゃん。
私が腹を立てているのはバレバレだった。
『実は…。』
私は今までのことを正直に話した。
足の遅い私でもメダルを取れるかもしれない、二人三脚を頑張りたい事。
ペアになったのは足は速いが超絶面倒くさがりなダメな奴だという事。
そして、今日で練習をお願いしてから1週間経つのに
一度も言うことを聞いてくれないという事。
不満がかなり溜まっていたので、奴への悪口マシマシで
事の顛末を洗いざらい話した。
おばあちゃんは頷きながら、笑顔で私の話を聞いていた。
私が全部話し終えたあと、
おばあちゃんはニッコリとした顔で安心させるように声色優しくして、
『それは、大変だったねぇ。頑張ったね、彩ちゃん。』
と言って頭を撫でてくれた。
そしたら急に私の視界がぼやけて目から涙が出て来た。
『あれ?なんで私…。』
私は自分の視界が滲んでいることに気づいた。
涙を手でぬぐいながら戸惑っていた私を
おばあちゃんが両手で抱き寄せて、
『悔しかったんだね。彩ちゃん頑張ったね。』
と言った。
ああ、そうか。私、悔しかったんだ。
私でもメダルが取れる方法があって、
それを可能にできる力を持ったペアがいて、
それなのに私は前に進むことができない。
私の力ではどうにもならない今の状態が、
たまらなく悔しかったんだ…。
私はしばらくの間おばあちゃんの腕の中で泣いていた。
赤ちゃんみたいにわんわん泣いていたから、
それが止んだ後はちょっと恥ずかしかった。
私が一頻り泣いたあと、おばあちゃんは言った。
『彩ちゃん。お願いを聞いてもらうコツを一つ、教えてあげる。
それはね、お願いをしない事よ。』
『お願いをしない事…?。』
『そう。それができればきっと、その子は彩ちゃんの力になってくれるわ。』
その後、おばあちゃんは、少し真剣な顔付きで言った。
『だから彩ちゃん。まだ諦めちゃダメよ。』
私はその言葉に強く頷いた。
それを見たおばあちゃんは、またいつもの顔に戻ってニッコリと笑い、
『大丈夫。また嫌な気持ちになったらおばあちゃんが聞いてあげるから。』
と言った。
私は椅子から立ち上がり、
『おばあちゃん、ありがとう。
私、諦めない。
もっと頑張ってみるよ。』
私にはおばあちゃんの言った言葉の意味がまだわからなかった。
けれど、それでも暗い闇の中に僅かな光が差した気がした。
私は、おばあちゃんに感謝の言葉を告げ、病室を後にした。
ちなみに、外に出たら看護師さんから、
『今日は多めにみるけど、病院で大きな声を出したらダメよ?』
と注意された。
思い切り泣いていたのが原因だろう。
私は少し気恥ずかしさを感じつつも
看護師さんに『ごめんなさい。』と謝り、病院を出て帰宅した。
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