第3話 四郎・五郎・ROKURO
「ミノ子ちゃんは本当に綺麗だね」
夜景の見える高級レストラン。私と彼は、テーブルの上でチンとグラスをぶつける。私はうっとりして彼を見つめた。彼、四郎はとても素敵な人だ。すらりとスタイルがよく、スーツの着こなしが自然で品がある。親がどっかの大企業の会長とかで、将来も安泰だ。
「私、守ってくれる人が欲しかったの。四郎はきっと、私の運命の人だわ」
そう言うと、四郎は「僕もだよ」と歯磨き粉のCMみたいにピカピカの白い歯を見せて笑った。一郎とは全然違う。なんであんな黄ばんだ歯を舐めたいなんて思ったのかしら。やっぱり、四郎みたいに清潔な白い歯じゃないとダメね。
一郎よりもずっと若いし、きっと理想の宿になってくれるわ。
「実はミノ子ちゃん、今夜は部屋をとってあるんだ」
テーブルの上で手を重ね、四郎はまっすぐに私を見つめた。
ああ、もうその時がきたのね。私は四郎の腕にもたれて、もつれるようにホテルの部屋に入った。すぐに、チェックのワンピースを脱がされる。
「ミノ子ちゃん、この服好きだよね」
肩に顔を埋めながら、四郎は優しい声音を出す。
「僕が新しいの買ってあげるよ」
「ホント? 嬉しい。ねえ、こんど四郎の家に行ってもいい?」
「え?」
「私、家事が得意なの! 洗濯も料理も、四郎の世話はぜーんぶしたいわ」
四郎は色どころか並びまで美しい歯を覗かせて、「ははっ」と爽やかに笑った。
「そんなのことは家政婦さんがやってくれるから、ミノ子ちゃんはなにもしなくていいんだよ」
「……そうなの」
「ミノ子ちゃん、家庭的なんだね」
四郎の顔が寄る。私、ついにメスとしての快感を知るのね。四郎なら、きっと私を大事にしてくれる。このか弱い心は雨風にさらされることなく、生涯平穏が保たれるに違いないわ。
そうに決まってる。
「好きだよ」
四郎の白い歯が、ちらっと見えて……。
「いやあああああ!!」
私は思い切り四郎を突き飛ばしてしまった。彼はベッドから転げ落ちて、派手に倒れ込んだ。
「あ……ご、ごめんなさい!!」
私は着崩れた服を抑えて、部屋を飛び出した。
「もうっ、私ってば、なにやってるのかしら。でも、あんなキンピカな歯、眩しいもの」
やっぱりダメねー。私に最適な宿は、四郎じゃないみたい。
宿として言うなら、一郎は使い古されてはいるけど適当な落ち着きがあってくつろげる旅館って感じだけど、四郎は都心にそびえる高級ホテルって感じでそわそわするもの。いきなりタイプが違いすぎたから、そのギャップで拒絶反応が出たに違いないわ。
さ、次! つぎ探そう!
「あーありがとねー。別にしなくてもいいけどさ」
五郎はソファーに寝そべり、ぼんやりゲーム機で遊びながら言った。私は鼻歌を歌いながら、るんるんで掃除機をかけていたので、彼の姿は消音にされたテレビ画面の人みたいに見えた。
「え、なにー? なんて言ったのー?」
掃除機のスイッチを切る。五郎は「なんでもない」と答えた。彼、五郎は物静かな人だ。服装も気取ったところがなくて、この脱力した感じがたまらなく良い。
「今日の晩ご飯はどうする? これから買い物に行ってこようと思うんだけど。なにが食べたい?」
「ん~……別に、なんでもいいかな」
彼は無頓着な人でもある。私が掃除をしていても、喜びもしなければ、邪魔にもしない。細かいことを気にしないところが、一郎と似ている。一郎も部屋を漁りまわっても何も言わなかったし、献立について口を挟むこともなかった。
そうそう。私にはこれくらい脱力した人が合うのよ。きっと、五郎こそ私にぴったりの宿だわ。
「そうね。それじゃあ今日は、好きに作っちゃおうかしら。それにしても五郎、ずっとなんのゲームをしてるの? 毎日やってるわね」
画面を覗き込む。五郎はさりげなくそれを避けて、ゲーム機をテーブルに置いた。
「なに? なんで消すの? よかったの?」
「いいんだよ。あとでゆっくり一人でしたいから。ゲームしてる時話しかけられるの、落ち着かないんだ」
五郎は気を悪くしたようだった。私はちょっと気まずくなって、逃げるように買い物に出かけた。そういえば、前にクローゼットの掃除をした時も、こんなふうに不機嫌になったわ。
五郎はそういう人なのね。気をつけないと。
「こないだの子だろ? いや、ムリムリ。なんかすごい世話焼きでさ。一緒にいて落ち着かないよ」
家に戻ると、ドアの向こうで五郎の声がした。誰かと電話で会話しているようだった。
「あ、切るわ」
私がドアを開けると、五郎はとくに焦ったふうでもなく、通話を切った。
「聞いてた? 誰のこと言ってるか、分かるよね? ま、そういうわけだからさ。俺、干渉されるの嫌いなんだよね。あと、そのチェックのワンピース、お気に入りなのかもしれないけど、そればっかりはどうかと思うよ」
次に見つけた寄生先は、アマチュアバンドのボーカルだった。室内を乱雑に滑走する、横殴りの雨のようなライトを浴びながら、マイクに食らいついて叫ぶ姿に、私は心を奪われた。
ああ、やっと見つけた……! 彼こそ私の運命の人だわ!
ライブが終わってから、私はボーカルのROKUROに話しかけた。
「ROKUROの歌声、最高に痺れたわ。ステージのあなたを見ていると、この人こそ私の運命の人だって、雷みたいに感じたの」
「おお! テンキュー! 君カワウィイーねえ! チェックのDressもhighにCute✩ Nameはなんていうんだい?」
「にぇ、にぇーむ?」
「うわっは! いいじゃんいいじゃん! 超ちょうプリチー! 君とホテルへTogetherしてFuckにLinkでHere we go!!」
「…………」
会話が出来なかった。
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