箱男たち

 ある日の夕方のことです。


シヨク=ガヨクが町を歩いていると、ぞろぞろとダンボールが寄せ集まってきました。


「な、なんだ。おまえら」


ダンボールの軍団は、なんの合図もなしに一斉にシヨク=ガヨクに襲い掛かったのです。


~○~○~○~


【シヨク=ガヨクが襲われた。】

そんなニュースが飛び込んできました。

アイは木の枝の上でキスをするやら、体をこすりつけあっている雀の夫婦から、そのニュースを聞きました。もちろんアイは、聞くやいなや家を飛び出しました。

いくらいたずらもので、人に迷惑ばかりかけてるシヨク=ガヨクといえども、襲われて良いわけはありません。


アイが町にたどりつくと、そこで箱がたくさん動いてるのに驚きました。


「む」「ん」「ふ」「ぐ」


という声を出すのはダンボールです。昨日までは美しいレンガの町だったのに、今ではダンボールののさばる奇妙な町です。


「む」「ん」「ふ」「ぐ」


彼らはダンボールをかぶっていない裸のアイ(とはいえ服は着ています)に反応しているみたいです。


「な、なに?」


と、アイが言う間も無く、ダンボールたちはアイに襲いかかりました。


襲われたアイは危機一髪逃げだしました。

クァシンの家を目指して北のほうへ走りました。けれどいくら走って、角を曲がって、坂を駆け上がってもダンボールたちはいたるところにいて、見つかり次第追いかけてくるので、なかなか思うように道を進めません。

アイはクァシンを諦めて、路地裏に逃げました。


「……ハァ……ハァ……こ、これで一安心だ。いったい何が起こっているんだろう?」


そこへゴソゴソとアイに近づくダンボールがありましたが、あまりの息の乱れにアイは気づきませんでした。


その存在に気づいた時には、ダンボールはもうすぐ横に来ていたのです。


「うわぁ!!」

「大丈夫だよ」


この声は。

そう、ダンボールがぐいと持ち上がると、その下からクァシンが出てきました。


「大変なことになったね」

 とクァシンはどこか嬉しそうに、ことの経緯を話しました。


「こうやってダンボール姿で色んな人に聞いてみたけどね、なぜダンボールがこんなに広まったのかはわからなかった。ともかく、ある人が最初にやり始めたんだ。それが一部でブームとなって広がって、それがまた周囲に伝播して、——ついには箱に入っていない人が少数派になったんだ。そのきっかけがシヨク=ガヨクが襲われたことさ。少なくともその事件をきっかけに一気に広がったね」


「そのことは聞いたよ。いつも悪さばかりしているシヨク=ガヨクが襲われたって。それで僕はきたんだ」


「そうだったんだ。多分町のみんなが日頃の仕返しにこの機会にとばかりに襲ったんだ。いまなら顔もバレないし仕返しされる心配がない」


「なんてこった。みんなを止めないと」


アイはワールドザワールドで一番勇気があって、正義を信じ、心の綺麗な少年です。本人もそのつもりで、履歴書にそう書いたことだってあります。

だからアイは、みんながダンボールをかぶり人を襲うなんて現実が、許せませんでした。


まず最初に、路傍に舞台を設置しました。

そしてアイは舞台の上に立ち、演説を始めたのです。


「そんなことをするのはよくない」


けれどまもなく集まった箱たちに襲われました。


「こりゃただごとじゃない」


「大丈夫? アイ」


「どうしたらいいんだろう」


一体どうすれば、町のみんなは元通りになるでしょうか? それとも、これからこの町の住人は、ずっとこの箱と共に生きてゆくのでしょうか?

二人は新たな作戦を考えます。

クァシンは「現状把握が大切だ」と言いました。


「げんじょうはあく?」

「いま、みんながどんなことをしているのかとか、新しい方法を見つけるために、観察することだよ。アイの好きなパトロールをするんだよ」

「やる!」


ということで、二人は襲われないように、箱に入って、町を散策しましたが、そうやって移動していると、だんだん、アイはその居心地の良さに少し気づいてきたのでした。

第一、ダンボールに襲われないのです。

その上、親のいないアイは時として町の少年にからかわれたりすることがありましたが、そういうことも一切ない。

また、町でも村でも人気者のアイはいつもみんなに声をかけられるし、何か困っている人がいるとすぐに手伝うアイは、いつでも困っている人から「助けてくれ」と声をかけられるのですが、そういうこともなくなったのです。

アイは、生まれて初めて、自由に世界を歩いた気がしました。


「この生活もいいかもね」

とアイは言いました。

「そう?」

「うん。だって気楽だもん」


すると目の前に、木の根っこに足が挟まって動けなくなっている人がいました。


アイがいつものように助けに行こうと近寄ると、その人は慌ててダンボールを脱いで足を無理矢理ひっこ抜き、またダンボールをかぶって、急いでアイから離れてゆきました。


「大丈夫だったみたい」

と言うアイの声は、少しさみしそうでした。


そんな時でした。

二人は、道端に弱った猫を見つけました。

濡れた段ボールの底に毛布が敷いてあって、その上に仔猫が衰弱した目をとろんと上げて、目の前を通り過ぎてゆく段ボールの人々を眺めているのです。


アイとクァシンがその仔猫を気にかけていると。

どこからともなく現れた一つの箱が、仔猫のほうへすーっと移動し、そっとビスケットを中に入れてやるのが見えました。


「いいことをしてる人もいるよ」


アイは箱を脱ぎ捨て、その箱が去るのを追いかけました。


箱は町外れまで素早く去ってゆきます。ちょうどひょうたん池の手前で曲がったとき、アイは追いついて声をかけました。


後ろから声をかけられた箱は、びっくりした声をだし飛び上がりました。


「やめてくれー。やめてくれー」

と言います。


アイが、

「何もしないから、大丈夫。お礼が言いたいんだよ」

と言って、ダンボールを掴んで取りました。


すると、なんということでしょう。

中から出てきたのは、シヨク=ガヨクでした。


シヨク=ガヨクは顔を赤くして、アイから箱を奪いかえすとそのまま逃げていきました。


アイは唖然としました。


「あの悪さばかりするブレイブが」


これにはクァシンも驚いた様子です。


「そんなことってあるんだね」


二人は猫の元へと帰りました。

仔猫はまだそこにいて、ビスケットをかじっていました。


アイは自分の箱の中に仔猫を入れてあげ、

「ワールドザワールドの女神に飼っていいか聞いてみる」

と言いました。


ワールドザワールドの女神はアイのすむ大樹の階段を登ったところに住んでいます。


アイがドアをノックすると、美しいワールドザワールドの女神が出てきました。今日は白いTシャツをベージュのワイドパンツにインして、髪は頭の上でゴムを使って丸くまとめています。


「ねえ、これ飼っていい?」


「ダメよ、アイ。面倒見れないんだから。うさぎちゃんで精一杯でしょ」


うさぎというのは、アイと一緒に暮らしているうさぎのことです。


「でも」


「バニラの女神に聞いてみるは。あの子、かわいいもの好きだから。とにかくここで飼うのは難しいと思うよ、ね。環境もあまりよくないし」


「うん……分かった」


「あらクァシン、箱の中で生活するのはやめたの?」


「え、どういうこと?」


アイが振り向くと、クァシンは遠い空を眺めていました。

ワールドザワールドの女神が言いました。


「あのねクァシンがこの前、これから箱をかぶって生活するって言ったのよ。新しい自由で、平等な生き方を模索した結果だって言ってね。私も面白そうね、その話聞かせてねって約束したの。どうだった? 町に何か変化はあった?」


もういちどクァシンの方を見ると、そこにクァシンはいなくて、ただもぞもぞ動くダンボールがありました。

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