クァシンとアイの冒険

戸 琴子

果てしなき流れのはじめに

クァシンは白髪の天使のような男の子です。

おじいさんとおばあさんと暮らしています。

今日も家で読書をしていると、アイが扉を開けて元気にやってきました。


「ねえ、見て」


とアイは泥で汚れた手を突き出してあるものをテーブルの上におきました。

クァシンは本を閉じ、それを見てみると、それはとても不思議なものでした。


「砂時計……」

そう、それは砂時計でしか。でもただの砂時計ではありません。そのことにクァシンはすぐに気付きました。クァシンは無言のまま砂時計をひっくり返しました。そしてまたじっと見つめるのです。


この砂時計の不思議なところは、落ちても落ちても砂が減らないということでした。

上にある砂は減らず、下に積もる砂の山も変わらない。けれど確かに砂は落ち続けているのです。


「なんなの、これ?」


「山で見つけた」


とアイは説明しました。


「山? どこの山さ」

「ずっと向こうの、山の反対の山」

「??」


「あのね」

とアイは説明を始めました。アイは自分のお話をするのが大好きです。


「昨日のことなの、アイが大造じいさんとガンを取りに行ったの。でもね、ぜんぜんうまくいかなくて、というのも、大造じいさんは鉄砲を持っているんだけど、それを打とうとしたら頭の賢いガンが気づいて飛び立ってしまうの。

それでね、大造じいさんがある作戦を思いついたんだ。

それはね、アイたちの昼ごはんを使った作戦なんだけど、昼ごはんのおかずを長いひもの先にくくりつけるんだ。それを池にいっぱい並べてガンがやってくるのを待つんだよ」

「うまくいったの?」

「うん。もう空じゅうのガンが集まってきて、みんなおかずを呑み込んだよ。それでアイと大造じいさんは嬉しくなって、ひもの束ををぎゅっと握りしめていたんだ。

それで『もうこんくらいでええじゃろう』って大造じいさんが言ってね、草むらからばってとび出したら、ガンたちがびっくりしてみんな羽をバタバタさせて、めいめい飛び立ちはじめたんだ。

でさ、大造じいさんもアイもそのガンのひもを持ってるでしょ。

だからガンの大群と一緒に空へ連れてかれたんだ」


「大変だったね」

とクァシンは笑顔です。クァシンはアイのお話を聞くのがとても好きでした。


「それで、これはどこで見つけたの?」

「それでね、アイと大造じいさんはガンが飛んでいくまま連れてかれて、空をずっと、太陽に向かって飛んでったの。すごく高いところ。

アイは怖くなって、下に山が見えたからそこで手を離して飛び降りたんだ」

「大造じいさんは?」

「知らない。飛んでった」

「で、その山で見つけたの?」

「そう、落ちてたんだ。クァシンが好きそうだなと思って持って帰ってきた」

「ありがとう」


一通り話を聞き終わりました。

クァシンが砂時計を眺めたり、振ってみたり、突いてみたりする間にアイはおばあさんの作ったシチューを飲み干してしまいました。

おばあさんは嬉しそうにアイから食器をうけとります。

ちょうどその時でした。


「そこへ連れていってよ」

とクァシンが言ったのです。

すると、

「うん!!」

とアイは嬉しそうに返事をしました。

アイはその言葉を待っていたのです。




…………………この続きを見るには…………………


  両手を叩いて、ウインクしてください。


「アイ、これは山じゃなくて古墳だよ」


アイの案内で五時間ほど歩いた末にたどり着いたところで、クァシンは言いました。


「なに? 古墳って」

「お墓だよ。ずっと昔の」

「こんなに大きいの!」

「偉い人の墓だね」

「なんでその人は偉いの?」

「天候を操れたんだよ」

「そうなんだ。でも、なんでわかるの? 知り合いじゃないでしょ。おじいちゃんの話を聞いたの?」

「いいや。でもそうらしいよ、フレイザーが言ってた」


アイがそれを山と見間違えるのもしかたがありません。確かにそれは、小さな山ほどの大きさのある古墳で、今や夏草が茂ってお墓だというその趣きはちっともありませんでした。


「アイはこの山を越えた向こう側に落ちたから、この山をぐるっと回らないと」

「そうだね」


けれど、二人は山をぐるっと回っていくことができませんでした。

右側へ歩いてゆくと、そこには大きなライオンがいたのです。

そのライオンは古墳の半分ほどの大きさがあり、静かにからだをふせて眠っていましたが、アイたちがその前を通ろうとすると目を覚ましました。


「この墓には入らせないぞ」

とライオンは言いました。二人はライオンの高い顔を見上げました。

すると、

「この墓には入らせないぞ」

ともう一度言いました。

「えっと、お墓には、入るつもりはないんですけど」

というクァシンの訴えを全く耳に入れず、


「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」

というなぞなぞを出しました。


「これに答えることができたら通してやろう」

そう言うのです。


「アイが答えなよ。ボク答え知ってるから」

とクァシンがいうのでアイは必死に悩みました。


そして、夜が訪れました。

アイの集中力は見事なもので、クァシンが寝ている間も考え続けました。ただ、頭の柔らかさだけが足りませんでした。


次の朝、あまりに頭を使いすぎたのかアイは両手を地につき、頭を垂れていました。アイの悲しい背中に朝日がさしたのです。

クァシンが目を覚ましたとき、すでにそのようでしたので、彼はアイのために水を汲みにいくのと、近所に住んでいる地層の女神のもとを訪ねてお弁当をもらいました。


クァシンが帰ってくる頃には、元通りのあいに戻っていました。

クァシンがもらってきたお弁当も美味しそうに食べました。けれど奇妙なことに、アイは仁王立ちしたまま、歩こうとも座ろうともしませんでした。


そしてまた日が暮れ、太陽は山の向こうへ沈んでしまいました。

あたりが暗くなったころ、アイは右手を出して、地面につきました。

そして、


「墓を守りしライオンよ! 答えはアイ! 僕のことだ!」


と叫びました。

「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足……今日一日のアイ! 正解だろ!」

クァシンは「やっぱりアイはおもしろい」と笑いましたが、ライオンはとても悔しそうな顔をしています。

だってその答えは間違いですが、正解なのですから。


ライオンはしぶしぶ二人が古墳に入ることを認めました。

そしてようやく、二人は古墳の中へ足をふみいれたのです。


「これといって、なんの変哲もない古墳だと思うよ」

「そうなんだ。がっかり」

「そうだね。財宝くらいはあるかと思ったけど。……いや、あったのかもしれないね。きっとずいぶん昔にここへきて持ち帰った泥棒がいたんだ」

「なんでわかるの?」

「遺体を置くための石棺はあるけれど、小さい骨しか落ちてない。きっと装飾品もあったはずだよ」

「残念だね」

「ん?」


たったそれだけだと思った古墳でしたがクァシンがあるものを見つけました。


「この先、もう少し下へ降りてゆく通路があるみたいだ」

「ほんとだ。でも狭いよ。僕たちくらいの子どもしか通れない。よし行ってみよう」


アイが先頭をきって行ってみます。まずその狭い通路に頭を入れ、上半身を捻るようにして潜りました。

どうにか進めそうです。

アイに続いて、クァシンも入ってみました。


五メートルほど進むと、その先はとても小さな部屋でした。

そこにも石棺はあったのですが、大人一人寝かせるには少し小さい。どうもにも微妙な大きさです。


「不思議だなあ」とクァシンが興味深そうに眺めるのでした。「人は乗せられそうにないと。けれどの、さっき僕たちが通ってきた通路から運び入れるのも無理そうだね」

「うん。ここを通すのは無理だね。重たいし」

「うーん」

「帰ろう、クァシン。何もないよ」

アイはまた先に通路にからだをつっこんで、もぞもぞ進んでゆくのでした。


二人が通路を通って無事戻り、最初の石棺の部屋も横切って、古墳の外へ出る廊下へ行こうとしたとき、クァシンがはっと後ろを振り返りました。


「どうしたの?」

「誰かが後ろを通ったんだ」

「誰もいなかったよ」

「暗いから見えなかったんだ。でも、ボクには気配でわかった」

「よし」と、そうなるとアイはワクワクしてきました。


やっと冒険の時間です。


「追いかけよう!!」


二人は部屋に誰もいないのを確かめると、その謎の人物は奥のあの通路の下の、あの小さな部屋にいると結論づけました。

都合の良いことにそのさきは行き止まりです。二人は勇気を出して通路に体を入れました。


けれど、

「誰もいないね。やっぱりクァシンの勘違いだよ」

「そうかな……?」

この部屋に誰もいないということは、誰もいなかったということです。通路は外へ出る二人が立っていた場所と、この部屋へ続く狭い隙間の二つしかないのですから。

結果は、クァシンの勘違いだったのです。


二人が古墳を出ると、外はすっかり夜中でした。


疲れた二人が帰ろうとすると、


「逃げても逃げてもついてきて、夜になるといなくなるものは?」


と、面倒なことにライオンがなぞなぞを出したのです。


「これに答えることができたら通してやろう」

とのこと。


けれど今度は、アイの方が、

「クァシンが答えなよ。僕答え知ってるから」

と言いました。


クァシンは少しだけ考え、

「答えは、影。影は逃げても逃げても着いてくるし、夜になると消えちゃうからね」

と答えました。


がしかし、

「残念、ふせーかーい!!」

とライオンの低い声が響きます。


「そうだよクァシン。影じゃないよ」

「じゃあ、なんだったの?」

「答えはね、公務員ストーカーだよ」


「そのとーり!!」

とライオンはいい、クァシンをつまみ上げると、そのまま大きく開けた口に放り込む、のみこんでしまいました。


おしまい。

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