駅前六法


 法条ほうじょう家の居間。けん、食卓で新聞を読んでいる。

 しばらくして、法の番人、ドアをノックする。


法の番人(声)こんばんは、法の番人です。

憲    母さーん、法の番人が来たよー。母さーん。


 六ツ江むつえ、入ってくる。


六ツ江  はいはいはいはい。(ドアを開ける)どうも、お疲れ様です。

法の番人 お邪魔いたします。

六ツ江  はい、どうぞ。


 法の番人、居間に入る。


憲    母さん、夕飯は?

六ツ江  まだもう少し時間掛かりそう。

憲    そっか。


 刑子けいこ、やって来る。


刑子   あ、お父さん、お帰り。

憲    おう、ただいま。

刑子   ねえ、お母さん、ご飯までまだ時間掛かる?

六ツ江  うん、もう少し掛かるよ。

刑子   じゃあ、ちょっと本屋さん行ってきてもいい?

六ツ江  いいけど、あんた、勉強もちゃんとしなさいよ? テストもうすぐなんでしょ。

刑子   うん。

六ツ江  あと、もう絶対、万引きしちゃ駄目よ? 

刑子   はい、わかってます。

六ツ江  七時半ぐらいには帰って来なさい。いい?

刑子   はーい。じゃあ、いってきます。


 刑子、去る。


憲    なに、刑子、万引きしたの?

六ツ江  そうなのよ。お父さんからも叱ってやって下さいよ。

憲    うん、わかった。

六ツ江  ほんと、困っちゃうんだから、もう…。(などと言いながら去る)


 少し間。


憲    …お茶かなんか入れさせようか?

法の番人 (無反応)

憲    いらないか。

法の番人 (無反応)

憲    相変わらず無口だねー。

法の番人 (無反応)

憲    ねえ、法の番人ってさ、儲かんの?

法の番人 (無反応)

憲    そりゃ儲かるか。公務員だもんね。

法の番人 (無反応)

憲    でも本当にあれだね。無愛想だよね。

法の番人 (素早く反応を示し)その発言は侮辱罪にあたるのでは、

憲    いや、違う違う、いい意味でね。いい意味で無愛想だねって言ったの。褒め言葉だよ、褒め言葉。

法の番人 …じゃあ、良しとします。

憲    うん。……あ、ねえ、ビールだったら飲む?

法の番人 すみませんが、あまり話しかけないでいただけますか? 職務執行妨害と見なしますが。

憲    ごめん、もう話しかけない。ごめんなさい。


 少し間。民事みんじ、入って来る。


憲    おう。

民事   あれ、親父、もう帰ってきたの? 今日早いじゃん。

憲    あ、お前、

法の番人 (ホイッスルを吹き、民事を指さす)

民事   え?

法の番人 父親のことを親父と呼びましたね。父親保護法第七条「父親のことは、お父さん、もしくはパパと呼ばなければならない」に、違反したものと見なします。

民事   え、そんな法律出来たの? やべ、ミスった。

憲    だから新聞はちゃんと読んどけって、父さんいつも言ってるだろ。

民事   いや、だってさあ、

法の番人 (反応を示す)

憲    待てっ! 口答えするな。口答えしたら、また違反になるぞ。

民事   …わかった。

法の番人 …背中をお出し下さい。

民事   …はい。(背中を出す)

法の番人 それでは、犯罪シールを貼ります。はい、ぺったんこ!(×印のシールを背中に貼る)これであなたの犯罪シールは二つになりました。

憲    民事、お前、さすがにまずいだろ。二つは。

民事   親…

法の番人 (反応を示す)

憲    パパって呼べ!

民事   パパ。パパは犯罪シール、いくつだっけ?

憲    …俺はゼロだよ。ほら。(背中を見せる)

民事   やべえ、どうしよ。

憲    弁護士呼ぶか?

民事   え、本当に? いいの?

憲    しょうがないだろ。じゃあ電話してくるから。

民事   うん。


 訴訟次郎そしょじろう、入ってくる。


訴訟次郎 あー、民事、

民事   なに、おじいちゃん。

訴訟次郎 飯は、まだかな?

憲    お父さん。お父さんは、もう食べましたよ?

訴訟次郎 そうだっけ?

憲    ええ、さっき、お茶漬け食べたでしょ?

訴訟次郎 あー、そうか、お茶漬け食べたね。鮭茶漬け。

憲    そう、鮭茶漬け。

訴訟次郎 そうだった、そうだった。

憲    あ、そうだ、お父さん、六法全書持ってましたよね?

訴訟次郎 なに?

憲    六法全書。

訴訟次郎 ああ、うん、持ってるよ。

憲    それ、民事に貸してやってもらえませんかね?

訴訟次郎 いいよ。

憲    民事、よく読んどけ。

民事   あ、うん。

訴訟次郎 じゃあ持ってくるね。

民事   うん、ありがとう。


 訴訟次郎、去る。


憲    よし、じゃあ父さん、電話してくるから、弁護士来るまで大人しくしとけよ。

民事   わかった。


 憲、去る。少し間。


民事   …あの、シール三つ溜まったら、本当に死刑にされるちゃうんですか?

法の番人 はい。

民事   本当に?

法の番人 はい。

民事   本当に?

法の番人 はい。

民事   本当にですか?

法の番人 (反応を示し)あんまり人を疑うと、人間関係基本法第五条「人を疑い過ぎてはいけない」に違反したものと見なしますよ。

民事   ごめんなさい。


 商子しょうこ、やって来る。


商子   ただいまー。

民事   あ、お帰り。

商子   あー、疲れた。

民事   お疲れ。

商子   ね、民事、肩揉んで。

法の番人 (ホイッスルを吹き、商子を指さす)

商子   え?

法の番人 弟に肩揉みを要求しましたね。弟保護法第十五条「兄弟と言う立場を利用して、弟に肉体労働を要求してはいけない」に違反したものと見なします。

民事   姉ちゃん、

商子   やば…。

法の番人 背中をお出し下さい。

商子   …。(背中を出す)

法の番人 それでは、犯罪シールを貼ります。はい、ぺったんこ!(×印のシールを背中に貼る)これであなたの犯罪シールは二つになりました。

民事   え、二つ? 姉ちゃんも?

商子   え、民事も二つ?

民事   うん、さっき貼られて。

商子   そうなんだ。


 憲、やって来る。


民事   あ、お帰り。

憲    頼んできた。すぐ来てくれるって。

民事   ありがとう。

商子   え、なに?

民事   弁護士。

商子   え、あんた、弁護士頼んだの?

民事   うん。

商子   え、ずるくない?

憲    え、商子、お前、シール二つ?

商子   うん、さっき貼られて。

憲    お前なあ…。

商子   ごめんなさい。ねえ、父さん、あたしにも弁護士雇ってよ。

憲    いや、でもなあ、

法の番人 弁護士は一世帯に一人まで。弁護士基本法第三条に定めてあります。

憲    そうなんだよ。

商子   そっかあ…。

憲    商子、お前、しばらく部屋で大人しくしてなさい。

商子   うん、そうする。

憲    ご飯のときは呼ぶから。

商子   うん、わかった。


 商子、去る。


憲    お前、六法全書は?

民事   あ、まだもらってない。

憲    そうかあ。

配達員(声)(ノックして)すみませーん。

憲    お、もう来たかな。はいはい。(ドアを開ける)

配達員  どうもー、お待たせしました、ドツボピザでーす。

憲    え、ピザ?

配達員  はい、ピザです。

憲    母さーん。


 六ツ江、入ってくる。


六ツ江  はいはいはいはい。なに?

憲    母さん、ピザ頼んだ?

六ツ江  え、頼んでないよ?

法の番人 (ホイッスルを吹き、配達員を指さす)

配達員  うわー、やっちゃったー!

憲    え?

法の番人 ピザの配達先を間違えましたね。宅配ピザ基準法第一条「いかなることがあっても配達先を間違えてはいけない」に違反したものと見なします。背中をお出し下さい。

配達員  やだ、やだー。

法の番人 出しなさいっ。

配達員  (恐る恐る背中を出す)

法の番人 それでは、犯罪シールを貼ります。はい、ぺったんこ!(×印のシールを背中に貼る)これであなたの犯罪シールは三つになりました。

民事   え、三つって、

法の番人 と言うわけで、死刑です。皆様、手拍子をお願いします。

民事   え?

憲    いいから、手拍子しろ。


 死刑執行人1、2、歌いながらやってくる。(エレクトリカルパレードとか)

 法の番人と憲たち、手拍子する。


執行人たち (配達員を両側から押さえる)

配達員   え? え?

執行人1  ごめんね。

執行人2  ごめんね。

配達員   え?

執行人たち (歌いながら引っ張っていく)

配達員   やだー! 死にたくないー! 助けてー!


 執行人たちと配達員、去る。


六ツ江  怖いねえ。あー、怖い怖い。(と言いながら去る)

憲    …民事、気をつけろよ。

民事   …うん。


 弁護士、やってくる。


弁護士  こんばんわー。

憲    あ、どうもどうも。お待ちしてました。

弁護士  あの、今、死刑にされてた人は…

憲    あ、今の人は全然関係ない人です。

弁護士  そうですか。じゃあ、ご依頼の方は。

憲    そいつです。民事、来い。

民事   どうも、よろしくお願いします。

弁護士  よろしくお願いします。じゃあ、早速。(背広を脱ぎ、上半身裸になる)

民事   え、なんで脱ぐの? え?

弁護士  失礼します。(背中に抱きつく)

民事   え、え、何これ?

弁護士  弁護ですけど?

民事   え、これが?

弁護士  はい。

民事   あの、なんか、ちょっと気持ち悪いんですけど。

憲    あ、お前、

民事   え?

法の番人 (ホイッスルを吹き、民事を指さす)弁護士のことを気持ち悪いと言いましたね。弁護士基本法第一条「いかなる理由があっても弁護士を気持ち悪がってはいけない」に違反したものと見なします。

憲    バカ、お前…。

民事   だって、

弁護士  待て! こいつは悪くない!

民事   え?

弁護士  シールは俺の背中に貼れ! さあ来い!

民事   なにこれ?

法の番人 それでは、貼ります。はい、ぺったんこ!(×印のシールを背中に貼る)

弁護士  っしゃあー! 守ったー!

民事   え、なに? なに?

憲    これが弁護だよ。


 商子、入ってくる。


商子   お父さん、ご飯まだ? …え、なに、この人。気持ち悪い。

憲    あ、

法の番人 (ホイッスルを吹き、商子を指さす)


 刑子、入ってくる。


刑子   ただいまー…お父さん、ごめんなさい、私、また万引きしちゃって…え、なに、この人。気持ち悪い。

憲    お前、

法の番人 (ホイッスルを吹き、刑子を指さす)


 訴訟次郎、入ってくる。


訴訟次郎 六法全書、持って来たよ。うわ、気持ち悪いねえ。

憲    お父さん、

法の番人 (ホイッスルを吹き、訴訟次郎を指さす)

憲    最悪だ…。

法の番人 弁護士基本法第一条「いかなる理由があっても弁護士を気持ち悪がってはいけない」に違反したものと見なします。背中をお出し下さい。

弁護士  (鼻歌を歌いながら背広を着ている)

三人   (戸惑っている)

法の番人 出しなさいっ!

三人   (恐る恐る背中を出す)

法の番人 それでは、犯罪シールを貼ります。はい、ぺったんこ! ぺったんこ! ぺったんこ!(×印のシールを背中に貼る)これで皆さん、犯罪シールが三つになりました。

憲    (頭をかかえる)

法の番人 と言うわけで、死刑です。皆様、手拍子をお願いします。


 死刑執行人1、2、歌いながらやってくる。

 法の番人と憲たち、手拍子する。


執行人たち (三人を押さえる)

三人    え? え?

執行人1  ごめんね。

執行人2  ごめんね。

執行人たち (歌いながら引っ張って行く)

商子・刑子 (口々に助けを請う)

訴訟次郎  (手を合わせてお経を唱えている)

民事    父さん…。

憲     (目をそらしながら手拍子をしている)


 執行人たちと三人、去る。


弁護士  あーあ、弁護したかったなあ。それじゃ、私はこれで。失礼します。

憲    ありがとうございました。

民事   …。(軽く頭を下げる)


 弁護士、去る。


民事   …え、みんな、本当に死刑にされちゃうわけ?

憲    …。

民事   いや、うそでしょ、そんなの。ね?

法の番人 …。


 六ツ江、やって来る。


六ツ江  もうすぐご飯出来るよー。

憲    あ、うん。

民事   ね、母さん、姉ちゃんとか刑子とかおじいちゃんとか、みんな死刑にされちゃったんだけど。

六ツ江  ああ、そう。

民事   え、それだけ? 良いの?

六ツ江  良くはないけど、しょうがないのよ。ねえ?

憲    うん、しょうがないのよ。

民事   いや、しょうがない、しょうがないって、なにそれ?

六ツ江  …。

民事   て言うか、うそでしょ、死刑とか。ねえ?

憲    …。

民事   うそでしょ?

法の番人 (ホイッスルを吹き、民事を指さす)人を疑い過ぎです。人間関係基本法第五条「人を疑い過ぎてはいけない」に違反したものと見なします。

民事   いや、ねえ、なんでこんな法律があるの? なんでそんなに厳しいの? 誰が法律作ってんの? なんでそんなすぐ死刑になっちゃうの?

法の番人 (ホイッスルを吹き、民事を指さす)法に対して疑問を持ち過ぎです。新大日本国憲法第ゼロ条「法に疑問を持つべからず」に違反したものと見なします。

民事   いや、おかしいってば。

法の番人 と言うわけで、強制死刑です。手拍子をお願いします。


 死刑執行人1、2、歌いながらやってくる。

 法の番人、憲、六ツ江、手拍子する。


民事    ね、なんで手拍子なの? なんで助けてくれないの?

執行人たち (民事を押さえる)

民事    ねえ、教えて下さい。本当に僕、死刑にされちゃうんですか?

執行人1  ごめんね。

執行人2  ごめんね。

執行人たち (歌いながら引っ張って行く)

民事    いや、教えてよ! ねえ! やだ、死にたくない、助けて、ねえ、親父! お袋! ねえってば!


 執行人たちと民事、去る。少し間。


憲     …母さん、

六ツ江   え?

憲     夕飯、なに?

六ツ江   カレー。

憲     そっかあ。(法の番人に)…ね、一緒に食べない?

法の番人  ……いただきます。


 暗転。幕。


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