喜劇・駅前勇者

1・八野辺はちのべ商店街・自治会室


 田辺、島、酒居、後藤が、机を囲んで座っている。


島   …田辺さん。

田辺  ん?

島   本当に、来るんですか?

田辺  …うん。

島   (ため息)

後藤  でも、なんでよりによって、うちみたいなちっちゃな商店街に。

田辺  通り道だから仕方ないよ。まあ、うちなんかまだいい方だってば。

後藤  はあ…。

田辺  なんかね、次の目的地、高尾山らしいよ。ドラゴン退治しに行くんだって。

後藤  ああ、聞きますもんね、最近ドラゴン出るって。

田辺  でさ、高尾山行くんだったらさ、やっぱうちよりは八王子の方が大変でしょ。何泊かしてくんだろうしね、勇者。

後藤  まあ、そうですよね。

酒居  でも、ドラゴンいんのかなあ、高尾山に。

後藤  どうですかねえ。

酒居  行ってみたら天狗だったってオチじゃねえの?

後藤  ああ、ありえますね。

島   でも、それを言ったら大魔王だってわかんないですよね。本当にいるかどうか。

酒居  え、いやあ、それはさすがにマジだろ。政治家とか、学者とか、みのもんたとかも散々言ってるわけだしさ。

島   でも、実物は見たことないでしょ?

酒居  いや、まあ…。

島   それに結局、勇者だって何者なんだかわかんないわけだし。下手したら、ただの異常犯罪者ですよ、あんなの。

田辺  あー、島さん…そういう話は慎んだほうがいいよ。誰がどこで聞いてるか、わかんないでしょ。ね。

島   …すみません。

田辺  いや、うん、いいんだけどさ。


 少し間。

 ノックの音が聞こえる。立ち上がる四人。

 小笠原、入ってくる。


小笠原 失礼致します。

田辺  ああ、どうも、お待ちしておりました。

小笠原 国立大魔王対策委員会、関東支部の、小笠原です。

田辺  八野辺商店街の自治会長やっております、田辺と申します。

後藤  あの、どうぞ、こちらにお掛けになって…

小笠原 ああ、いえ、結構。すぐに次の場所へ行かなければなりませんので。

後藤  ああ、そうですか。

小笠原 では、時間もないので、早速、手短にお話しいたします。

田辺  はい、お願いします。

小笠原 えー、(書類を読み上げる)明日、十四日の午後三時過ぎに、こちらの八野辺商店街に、勇者が参ります。

田辺  はい。

小笠原 出発は、明後日、十五日の午前九時を予定しておりますので、およそ十八時間の滞在となります。

田辺  はい。

小笠原 そこで、商店街の皆さん方には、勇者が発つまでの間、架空の村、「ハチノベ村」の住人として生活していただきます。

島   え、村ですか。

小笠原 村です。

島   でも、ここ、

小笠原 村です。

島   …はい、村です。

小笠原 会長さん。

田辺  はい。

小笠原 これを、商店街の皆さんに配ってください。(紙の束を渡す)

田辺  これは…?

小笠原 せりふです。

田辺  せりふ?

小笠原 一人につき一言、用意してあります。各自で覚えて、勇者から話しかけられた際には、せりふ通りのことだけを喋るようにして下さい。

田辺  ああ、なるほど。わかりました。

酒居  あの、

小笠原 はい。

酒居  もし、せりふ以外のこと喋ったら、どうなっちまうんすか?

小笠原 違反があった場合は、即刻、監視員によって逮捕され、罰せられます。罰金か、下手すれば懲役となりますね。

酒居  あ、はあ…。

小笠原 他にも、注意点がいくつか。

田辺  なんでしょう。

小笠原 まず一つ。勇者の前では、くれぐれも、ファンタジー世界の住人としてふるまうこと。

田辺  ファンタジー…

島   と言いますと…。

小笠原 あなた、お仕事は。

島   え、はあ…文房具店を経営しておりますが。

小笠原 では、勇者がいる間は、「武器屋」でお願いします。

島   え、武器屋?

小笠原 武器みたいなもの、売ってるでしょ? カッターナイフ、はさみ、三角定規。ね。

島   まあ…でも、三角定規は…

小笠原 尖ってますから、先が。

島   いや、でも武器というか、

小笠原 武器です。

島   でも、

小笠原 武器です。

島   武器です、はい。

後藤  あの、私、民宿を経営してるんですけれども…

小笠原 では、「宿屋」です。

後藤  ですよね。

小笠原 勇者がそちらに泊まりに行くと思うので、よろしくお願い致しますね。

後藤  はあ…。

酒居  あの、俺、居酒屋やってるんですが、

小笠原 居酒屋は、居酒屋で結構。ただし、客は数人、国から派遣されますので、他の客は入れないように。

酒居  …わかりやした。

小笠原 まあ、要は、勇者が不快に思わないよう、上手く雰囲気作りをしていただければいいんです。簡単なことですよ。

四人  (弱々しく頷く)

小笠原 あと、もう一つ。勇者は、勝手に皆さん方の生活空間に上がってくると思いますが、くれぐれも邪魔しないように。

田辺  ええ、わかりました。

小笠原 盗られた分の被害総額は、後日、市役所で専用の書面を提出していただければ、全額お返しいたします。

田辺  なるほど。

小笠原 まあ、印鑑だとか通帳だとか、本当に大事なものは、鍵を掛けて厳重に保管しておくのをおすすめしますね。

田辺  ええ。

島   (小声で、酒居に)なんか、ほとんど空き巣ですね。

小笠原 誰が空き巣ですか?

島   私です。私が空き巣です、はい。

小笠原 …とにかく、大事なことは、絶対に勇者の気分を害さないことです。勇者は、自分の気に入らない者は、すべてモンスターだとみなして攻撃してきます。

田辺  …なるほど。

小笠原 その結果、怪我を負われたり、万が一、死亡事故が起こったとしても、こちらでは責任を負いかねますので、くれぐれご注意を。

田辺  …はあ…。

小笠原 では、私の方からは以上です。よろしくお願いいたします。

田辺  ええ、どうも、よろしくお願いします。

島   あのー…

小笠原 はい。

島   えっとですね、ちょっとお聞きしたいんですが。

小笠原 どうぞ。

島   そのー…勇者って言うのは…

小笠原 ええ。

島   何者なんですか?

小笠原 …勇者は勇者です。それ以上でも、それ以下でもありません。

島   …。

小笠原 大魔王を退治するための、選ばれし者です。

島   …と言うことは、誰かに選ばれたんですか?

小笠原 …国の機密ですので、お話しすることは出来ません。

島   国が、選んだんですか?

田辺  島さん。

小笠原 お答え出来ません。すみません。

島   …。

小笠原 私、そろそろ、失礼してもよろしいでしょうか。

四人  …。

小笠原 では、よろしくお願いいたします。

田辺  はあ…。


 小笠原、出て行く。少し間。


田辺  まあ、頑張ろう。ね。

後藤  …あの、

田辺  ん?

後藤  かなり出てるんですよね、死亡者。他の町では。

田辺  …。

酒居  …そうなの?

後藤  ええ。結構、勇者に殺された人、いるって聞きますよ。

島   横浜じゃあね、軽く二桁はやられたらしいよ。

酒居  …。

田辺  …大丈夫。上手くご機嫌とって、ファンタジーやればいいんでしょ? 平気、平気。

三人  …。

田辺  ま、頑張ろう。


 暗転。



2・居酒屋「酒居」


 酒居、カウンターに立っている。落ち着かない様子。

 客1と客2、席に座ったまま全く動かない。無表情。


酒居  …なあ、お兄ちゃんたちさあ、

客たち …。

酒居  いっつも、そんな風に勇者の相手してんのか? そういう仕事なの?

客たち …。

酒居  …なんだよ…。(紙切れを取り出し、小声で暗唱始める)


 入り口が開く。

 鎧を身に着け、兜を深くかぶった勇者、入ってくる。

 慌てて紙切れをしまう酒居。

 勇者、ゆっくりと客たちの座る席へ近づいていく。


勇者  …はなす。

客1  (笑顔で)勇者さん、ドラゴン退治、頑張ってくれよ。応援してるぜ。

勇者  …はなす。

客2  (笑顔で)この先の高尾山には、手ごわい敵がいっぱいいるらしいぜ。気をつけてな。


 勇者、ゆっくりとカウンターへ近づいて来る。


勇者  …はなす。

酒居  (ぎこちなく)…武器屋には、行ったか? いいもんがいっぱい、あるぜ。

勇者  …。(舌打ち)


 勇者、ゆっくりと店から出て行く。

 客たち、すっと立ち上がって酒居に近づき、両腕を掴む。


酒居  え、おい、なんだよ?

客1  逮捕します。

酒居  え、いや、なんでだよ、(紙切れを取り出し)俺、なんにも間違ってないぞ、ほら、見ろよ。ちゃんとせりふ通り、

客2  笑顔じゃなかったので。

酒居  あ。

客2  「笑顔で言え」と書いてあったはずですから。

客1  勇者が不愉快な思いをしましたから。

酒居  え…いや、ちょ、でも、そのくらい別に…


 客たち、無言で酒居を引っ張り、店の外へ連れて行く。

 暗転。



3・文房具店「シマ文具」


 島、カウンターに立っている。落ち着かない様子。

 勇者、しばらく店内を物色した後、三角定規を持ってゆっくりとカウンターにやって来る。


勇者  …はなす。

島   (たどたどしく)…こちらの、青銅の剣は、五百ゴールドになります。

勇者  …買う。(金貨の入った布袋を出す)

島   ありがとうございます。

勇者  (三角定規を受け取り、しばらく見て)…三角定規じゃん。

島   え?

勇者  三角定規じゃん。

島   …え…いえ、あの、これは青銅の剣…

勇者  三角定規じゃん。(と言いながら剣を抜く)

島   いや、そのー、だって、せりふにそう言えって書いてありますし、あの、

勇者  (剣を高く振り上げる)

島  え。


 勇者が剣を島の頭に振り下ろした瞬間、暗転。



4・民宿「ごとう」


 後藤、カウンターに立っている。落ち着かない様子。

 勇者、ゆっくりと奥からやって来る。


勇者  …はなす。

後藤  (ぎこちない笑顔で)ゆうべは、ぐっすりお休みになられましたか? またのお越しを、お待ちしております。

勇者  …きろく。

後藤  今までのデータを、冒険の書に記録します。どの書に記録しますか?(大学ノートを数冊取り出す)

勇者  …大学ノートじゃん。

後藤  え?

勇者  大学ノートじゃん。

後藤  …え…いえ、あの、これは冒険の書…

勇者  大学ノートじゃん。(と言いながら剣を抜く)

後藤  いや、そのー、だって、せりふにそう言えって書いてありますし、あの、

勇者  (剣を高く振り上げる)

後藤  (笑いながら)そんな理不尽な。


 勇者が剣を後藤の頭に振り下ろした瞬間、暗転。



5・田辺邸


 田辺、椅子に座って新聞を読んでいる。

 ドアが開き、勇者が入ってくる。

 慌てて立ち上がる田辺。

 勇者、ゆっくりと田辺に近づいていく。


勇者  …はなす。

田辺  (笑顔で)勇者様、ご機嫌いかがですか? 私はこのハチノベ村の村長、タナベです。

勇者  …商店街じゃん。

田辺  え?

勇者  商店街じゃん。

田辺  …え…いえ、あの、ここはハチノベ村…

勇者  商店街じゃん。(と言いながら剣を抜く)

田辺  いや、そのー、だって、せりふにそう言えって書いてありますし、そう言えって言われましたし、あの、だって、

勇者  (剣を高く振り上げる)

田辺  (笑いながら)これはファンタジー、


 勇者が剣を田辺の頭に振り下ろした瞬間、暗転。



6・国立大魔王対策委員会・会長室


 大津山、椅子に座っている。

 ドアが開き、小笠原が入ってくる。


小笠原 会長、

大津山 ん?

小笠原 関東支部の小笠原です。勇者の現在の状況をご報告いたします。お時間、よろしいでしょうか。

大津山 いいよ。

小笠原 (書類を読み上げる)現在、勇者は八野辺、八王子と進み、高尾山の三合目辺りに差し掛かっています。

大津山 そう。

小笠原 八野辺で十二匹、八王子で三十七匹のモンスターを倒し、合計で七百以上の経験値を獲得しました。

大津山 それは、人間は何人?

小笠原 今回のモンスターは、全員人間です。

大津山 へえ。じゃあ五十人近く殺したんだ。

小笠原 はい。

大津山 そっか、いいペースだね。レベルは?

小笠原 十八です。

大津山 え、いや、それじゃ足りないでしょ。

小笠原 ええ。高尾山三合目にして、HPもかなり減ってきており、早くも状況は悪化しているようです。

大津山 もっとレベル上げしてから行かなきゃさ、高尾山はレベル十八じゃ無理だよー。あーあ、こりゃ死ぬかもね、勇者。

小笠原 そうですね。

大津山 次の奴、選んどこうか。

小笠原 …はい。

大津山 …んー…あ、そうだ。小笠原君さ、やりなよ、次の勇者。

小笠原 え、

大津山 だって、君の部下でしょ、今の勇者。

小笠原 …はあ、でも、

大津山 だから、次は君。部下の尻拭いは上司の仕事だもんね。

小笠原 いや、しかし、

大津山 楽しいと思うよ? だって、殺しでも盗みでも、なんでも合法的に出来るんだもん。いや、まあ、そりゃ、死ぬこともあるけどさ。ファンタジーじゃないんだからね。

小笠原 …わかっています。

大津山 うん、ま、とにかくさ、大魔王を倒して、この世界に平和をもたらしてよ。

小笠原 …。

大津山 …まあ、もう何が平和なんだか、わかんないけどさ。ねえ?


 大津山、低く笑う。

 ゆっくり暗転。幕。

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