アフリカと水道局員

 工事の音がうるさいなぁと思ったら家の前で水道工事していた。

「ごめんなさいねぇ、すぐ終わりますからねぇ」

 水道局員のおじさんは、眠そうに家を出た僕の姿を見るなりそういった。

 工事の人たちは、ガガガガとやってる。

「はい、終わりました」

 水道局員のおじさんはそういうと、今度はずかずかと僕の家に土足で上がりこんできた。

「な、なんなんですか!」

 僕は一瞬何が起きたのか分からなかったが、水道局員に手を強く引かれたかと思うと、みるみる水道管の中に吸い込まれてしまった。


 どれぐらいの時間が経っただろう。

 しばらく気を失っていたのかもしれない。

 瞼の向こうに光が射すのを感じて僕は目を開いた。

 手には水道局員の手がしっかりと握られている。

 そこは僕の家だった。

「ちょっと入ってみたくて」

 歯を見せて笑う水道局員の顔が輝かしい。

 それにしてもとんだ冒険を強いられたものだ。

 僕は気分を変えようと、今度はテレビを点けた。

「臨時ニュースです。たった今、わが国はアフリカに吸収合併されました」

 テレビからキャスターの馬鹿でかい声が聞こえてきた。ちなみに僕は耳が悪いのでいつも音量はマックスにしている。そのせいで最近、飼っていた犬が死んだ。

「アフリカ、最近ぐいぐいきてたからねえー」

「え?」

「アフリカ、最近ぐいぐいきてたからねえーって」

「え?」

「アフリカ、最近ぐいぐいきてたからねえーって」

「ああはい」

 音量がマックスのせいで水道局員が何言ってるか聞こえにくい。

 しかし実際、局員が言うようにアフリカは最近ぐいぐいきていた。国としても大陸としてもだ。事実、アフリカ大陸の面積は昨年に比べて三倍になっていた。二ヶ月前に南アフリカのはじっこが南極にくっついた時は世界中が震撼した。

「じゃあとりあえずアフリカの首都にでも行こうか」

 水道局員は嬉々としてそう言った。その意見には賛成だ。死ぬ前に自分の国の首都ぐらいこの目で見ておきたい。ちなみに僕は余命三日だ。原因はテレビの音量だ。

「アフリカの首都ってどこでしたっけ」

「ジャングルかなあ」


 ジャングルに向かう道中で水道局員は、自分がなぜ水道局員になったかということを話した。

「私は、本当は水道になりたかったんだよね」

「なるほど、そのものにですか」

「水道局に行ってその旨伝えたら、局員続けてればいずれなれるって言われてね」

「ははあ」大人はこうして嘘をつき、人々の夢を食い物にするのだということを知った。

「でも水道局員もいいね。こうして水道管の中を歩ける術を体得出来たんだもんね」

「どぶねずみみたいでいいですよね」

 僕らが細長い管の中を歩き始めて三日がたったとき、水道局員は死んだ。

 死因は渇きだった。彼は道中、一滴も水を飲まなかったのだ。

「水道局員が水道の水飲んだら泥棒だからね」

「え?」

「水道局員が水道の水飲んだら泥棒だからね」

「え?」

「水道局員が水道の水飲んだら泥棒だからね」

「ああはい」

 彼が死ぬ間際に残した言葉が今も耳に残っている。

 僕は彼の死体を抱え、歩いた。死体はアマゾン川に流してやろうと思ったからだ。

 水にたゆたう彼の姿を思い描きながら、僕はがぶがぶ流れる水を飲むのだった。

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