ウサギとカメ、勝者ウサギ。


 夜。大学近くのバス停。

 タカシがバスを待っている。


タカシ  …(携帯を取り出していじりだす)


 サナエとナオキの話し声が聞こえてくる。タカシ、声のする方をちらっと見るが、またすぐに携帯をいじり始める。


ナオキ  だから今年こそはさ、ライブやりてえんだよ。

サナエ  あれ? じゃあ焼きそばやらないの?

ナオキ  うん、今年は絶対ライブでいく。

サナエ  ナオキの焼きそば美味しいのに。

ナオキ  お前、俺はあくまで軽音であって、焼きそばサークルじゃねえんだから。そう毎年毎年やってられるかよ。

サナエ  あ、タカシ。

タカシ  あ、ああ。

ナオキ  おう。バス待ち?

タカシ  うん。なに、学祭の話?

ナオキ  そ。

タカシ  ライブやるんだ。

ナオキ  やる。

タカシ  じゃ焼きそばは?

ナオキ  だから、俺は焼きそばサークルじゃねえんだよ。

タカシ  美味しかったのに、ナオキの焼きそば。

サナエ  歌より焼きそばのほうがうまいと思う。

ナオキ  おい。

タカシ  思い切って作っちゃえば? 焼きそばサークル。

ナオキ  思い切らねえよ。誰が入んだよ、そんなサークル。

サナエ  絶対、歌より焼きそばのがうまいのに。

ナオキ  何回も推すなよ。へこむぞ。

サナエ  いや、だって本当のことだしさ。

ナオキ  あっそ。つーか、今回俺ボーカルじゃねえから。

サナエ  え、じゃあなにやんの? 焼きそば?

ナオキ  焼きそばってパートはねえだろ。焼きそば楽器じゃねえし。

サナエ  わかってるよ。で何するの?

ナオキ  ギター。

タカシ  へえ…ギターやるんだ。

ナオキ  まあ、まだあんまだけど。

タカシ  練習してるんだ?

ナオキ  おう。

タカシ  そっか、頑張って。

ナオキ  ん。あのさ、今度暇な時さ、ギターの指導してくんない?

タカシ  ええ?

ナオキ  お前上手いじゃん。な?

タカシ  ん~…まあいいけど…。

ナオキ  やった。

サナエ  ギター無理そうだったら潔く焼きそばやりなよ。

ナオキ  しつけえなあ。

タカシ  あはは。…ね、じゃあボーカルは誰やるの?

ナオキ  それなんだよ…な、サナエ、

サナエ  ん?

ナオキ  歌ってみねえ?

サナエ  え、あたし? なんで?

ナオキ  お前、歌上手いじゃん。

サナエ  そんなことないよ。

ナオキ  いや上手かったって、ほら、お前の都はるみ。

サナエ  え?

タカシ  え、都はるみ? 歌うの?

ナオキ  そうなんだよ。すっげえこぶし効いてんの。

タカシ  へえ…。

サナエ  なに、ライブで都はるみやりたいわけ?

ナオキ  いや、別にそういうわけじゃねえけどさ。お前、わりと歌唱力あるんじゃないかなってさあ。

サナエ  そんなことないよ。

ナオキ  まあ考えてみてくれよ。

サナエ  うん…。

ナオキ  タカシんとこはさ、今年はライブやんないの?

タカシ  え、ああ…どうかなあ…まだわかんないかな…。

ナオキ  ふぅん。

サナエ  ね、バス何分に来るの?

タカシ  え、えぇっと…まだあと十五分はあるよ。

サナエ  そっか。

ナオキ  まだそんなあんのか…コンビニ行って来っかな。サナエ行く?

サナエ  あたしいいや。

ナオキ  そっか、じゃあ行って来るわ。

サナエ  うん。あ、じゃアイス買って来て。

ナオキ  なら一緒来りゃいいじゃん。

サナエ  買ってきてよ。

ナオキ  …わかったよ。何がいい?

サナエ  ハーゲンダッツ。

ナオキ  高えよ。庶民のアイスにしろよ。

サナエ  あたし貴族だから。

タカシ  貴族でアイスは安っぽいけどね。

サナエ  とにかくハーゲンダッツ。

ナオキ  わかったよ。味は?

サナエ  任せる。

ナオキ  タカシは? なんかいる?

タカシ  あ、いいよ。

ナオキ  ん。


 ナオキ、去る。少し無言の間。


タカシ  都はるみ歌うんだ。

サナエ  まあ…。

タカシ  へえ。

サナエ  いや、別に毎回毎回歌ってるわけじゃないよ。

タカシ  うん。

サナエ  あたしは、ちょっとしたネタのつもりで歌ったんだよ、。

タカシ  そしたらどういうわけか、ナオキ大絶賛。

サナエ  わけわかんないよね。ネタだったのになあ。どうせなら椎名林檎の方で評価して欲しかった。

タカシ  あ、椎名林檎も歌うんだ。

サナエ  こっちが本命。そして本気。

タカシ  そうなんだ。

サナエ  うん。

タカシ  よくカラオケ行くの?

サナエ  うん。

タカシ  そっか。

サナエ  あたしもナオキも歌うの好きだしね。

タカシ  そっか、じゃあちょうどいいんだね。

サナエ  うん。ほら、これ。(携帯を見せる)

タカシ  ん?

サナエ  カラオケ行った時の。

タカシ  (ちらっと見て)へえ、仲良いじゃない。

サナエ  おかげさまでね。

タカシ  そっか。よかったね。

サナエ  まあね。


 少し間。


タカシ  付き合ってどんくらいなの?

サナエ  えっと…もうすぐ一年。

タカシ  そっか。

サナエ  うん。ちょうど去年の学祭の時からだから。

タカシ  あ、そうなんだ。

サナエ  あれ、知らなかった?

タカシ  だって、付き合ってるってこともこないだ聞いたばっかなんだから。

サナエ  誰に聞いたの?

タカシ  ナオキ本人。

サナエ  へえ。

タカシ  びっくりしたよ。

サナエ  そっかあ。

タカシ  うん…かなり。

サナエ  ね、何に一番びっくりした?

タカシ  え?

サナエ  あたしとナオキが付き合ってること自体? それとも、意外にもナオキから告ってきたこととか?

タカシ  え、そうなの?

サナエ  あれ? それは知らないんだ。

タカシ  うん、聞いてない。

サナエ  実は、そうなんだよ。いきなり告られたの。

タカシ  へえ…今のが一番びっくりした。

サナエ  やった。

タカシ  …なにこれ、のろけ?

サナエ  まあね。

タカシ  若くていいね。

サナエ  いいでしょ。

タカシ  はいはい。

サナエ  タカシはさ、そういう話とかないの?

タカシ  ないよ。

サナエ  ホントは?

タカシ  ないよ。

サナエ  ホントのホントは?

タカシ  ないよ。

サナエ  実際は?

タカシ  …ないよ。

サナエ  今ちょっと間があった。

タカシ  あったね。

サナエ  ホントはあるんでしょ。

タカシ  ないよ。

サナエ  嘘つけ。

タカシ  少なくとも、

サナエ  うん。

タカシ  …今は、ないよ。

サナエ  ……そっか。

タカシ  うん。ね、この話もうやめよ。

サナエ  ん。


 しばし無言の間。

 ナオキ、アイスを食べながら帰ってくる。


ナオキ  買ってきた。

サナエ  ありがと。

ナオキ  ん。(アイスを渡す)

サナエ  え、バニラ?

ナオキ  なんだよ。任せるって言ったじゃん。

サナエ  バニラって…。(食べ始める)

ナオキ  不満なのかよ?

サナエ  だって個性がないよ、個性が。

タカシ  結構妥当なラインに逃げちゃってる感じはするよね。

ナオキ  おい。

タカシ  うそうそ。バニラ良いと思うよ。牛乳って感じでね。

ナオキ  なんだよそれ。

タカシ  白くていいよね。

ナオキ  何がいいんだよ。

タカシ  ほら、なんか、牛乳みたいな色でさ。

ナオキ  みたいなじゃなくて、まさに牛乳なんだよ。

サナエ  ね、ナオキ。

ナオキ  ん?

サナエ  あたしさ、やってみようかな、ライブ。

ナオキ  お、マジで? やる気なった?

サナエ  その代わり、

ナオキ  ん?

サナエ  椎名林檎歌わせて。

ナオキ  え、ああ…別いいけど。

サナエ  やった。

タカシ  …。

ナオキ  あ、じゃあさ、俺ちょっと部室戻るわ。

サナエ  え、なんで。

ナオキ  ライブの説明載ってるプリントあるからさ、取ってくる。

サナエ  明日でいいよ。

ナオキ  いや早めじゃないとさ。

サナエ  バス来ちゃうよ。

ナオキ  もし来たら乗っといて。

サナエ  そしたらプリント受け取んの結局明日になるじゃん。本末転倒だよ。

ナオキ  まあ気にすんなよ。じゃあちょっと行ってくる。


 ナオキ、走り去る。少し間。


タカシ  ナオキってさ、思い立ったらすぐ行動するタイプだよね。

サナエ  そうそう。

タカシ  …いいなあ。

サナエ  え?

タカシ  いや、羨ましいなあって、うん。

サナエ  そう? あれ、ただせっかちなだけだよ?

タカシ  まあそうかも知れないけどさ。いいじゃない、アクティブでさ。

サナエ  アクティブねえ。


 少し間。


タカシ  …本当はね、今年もライブやろっかなあって思ってたんだけどね。

サナエ  あ、そうなんだ。

タカシ  うん。でもボーカルいなくてさ。

サナエ  ああ。

タカシ  サナエ誘ってみようかなあ、なんて思ってたんだけどね。

サナエ  え?

タカシ  …また、ナオキに先越されちゃったなあ。

サナエ  …。

タカシ  いっつも、出遅れちゃうんだよね。

サナエ  …そっかあ。

タカシ  うん。


 間。


タカシ  …今年は焼きそばやってみようかなあ。

サナエ  え?

タカシ  いや、思い切ってさ。

サナエ  思い切り過ぎだよ。作ったことあんの?

タカシ  ないけど、ナオキに指導してもらってさ。

サナエ  なにそれ。

タカシ  ナオキよりうまく出来るかな。

サナエ  どうだろ。

タカシ  じゃあ、焼きうどんとかやろうかなあ。

サナエ  焼きうどん?

タカシ  これならナオキもまだやってないしね。

サナエ  ナオキだけじゃなくて、誰もやったことないよ。

タカシ  新境地だね。

サナエ  うん、新境地。いいんじゃない。あたし食べ行くよ。

タカシ  ありがと。俺も、ライブ見に行くよ。

サナエ  どうも。

タカシ  都はるみ、しっかり聞かせてもらうから。

サナエ  歌わないってば。


 幕。


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