10 『解放軍の反応』

 金髪の少年と水色髪の女性が横に並んで歩いている。だが雰囲気はどんよりと重苦しい。


「こ、ここが訓練場で……」


 まだ怒っているアーサーはなにも返答せず、部屋を出てから一言も発していない。


 エリザベスが部屋の説明をしてはいるが、移動中は居心地の悪い沈黙が流れる。


「…………あ、あの……」


 そんな空気に耐えかねたのか、エリザベスが話しかけた。


「な、なんでそんなに怒ってるんですか? なにか気に触ることをしたなら謝るので、教えてもらえないでしょうか」


 年齢も立場も上のエリザベスだが、険悪な雰囲気に萎縮したのか、なぜか敬語になっている。


「……小さいって言った」


「え?」


 部屋を出てから、アーサーが初めて口を開く。


「俺が一番気にしてることをはっきり言いやがって」


「え、えっと……なんのこと?」


「だ〜か〜ら〜! 俺のこと小さいって言ったよな!! それがムカついてんだよ!!」


 エリザベスはぽかんと目を丸くする。


「そ、それは、本当に申し訳ないことをした」


「どうせ内心笑ってるんでしょ? そんなことで怒ってたのかって……そんなこと俺もわかってるよ。……自分が子供っぽいって」


 小さいと言われただけで怒る自分が、アーサーはあまり好きではなかった。だが、身長のことを言われると怒ってしまう。

 子供なので仕方ないことではあるのだが、そんな自分は嫌だった。


 だが、アーサーの正面に立ったエリザベスは頭を下げてきた。


「ごめんなさい。つい言ってしまった言葉でそんなに傷つくとは思わなくて……これからはもう言わない。だから今回だけ、許してはもらえないだろうか」


「……今回だけだからね」


「──ありがとう」


 安心したようにエリザベスはホッと息を吐く。


「じゃあ案内を再開しようか。改めて許してくれてありがとう。──でも、低身長はステータスだと思うんだけどなぁ」


 最後にぼそっと呟いた言葉はよく聞こえなかったアーサーだが、二人は無事に仲直りし案内が再開される。


 ──基地を一周して副軍団長室の前に戻ってきたところで、案内は終了となった。


「これで解放軍基地の案内は終わりだ」


「じゃあ次はどこに行けばいい?」


「これから君の部屋に案内するよ」


 アーサーはエリザベスに連れられ、解放軍の仲間たちが暮らしている寮に向かう。



 廊下にはずらっと同じようなドアが並んでおり、三階層を合わせて千を超える数の部屋があった。


「どこも同じような部屋だけど、一応ここが君の部屋だ」


「さて、中は……」


 ドアを開けると、中にはベッドが置いてあるだけで、他にはなにもない質素な部屋だった。


「……狭い」


「いやいや。これが普通だよ」


「そうなの?」


「そうだよ?」


「うちはもっと寝室広かったよ」


「聞けば七人家族らしいじゃないか。それなら広いのも当然だろう」


 この世界では普通。部屋の存在意義は、外よりも安心して寝られる場所というだけなのだ。


「……そういえば腹減ってきた」


「そろそろ夕食の時間だ。一緒に行こうか」


「ん」


「ちなみにそこでみんなに君を紹介したい」


「わかった」


 案内された部屋をあとにし、アーサーはエリザベスの後ろについていく。



 到着するやいなや、二人はガヤガヤと騒がしい食堂の中心を突っ切る。ただ歩いているだけで、揺れ動く水色髪に目を惹かれる者も多い。


「──みんな注目!!」


 たった一言、エリザベスが全体に響く大声を出す。すると、うるさかった食堂から音が消え、この場にいる全員の視線を集めた。


「これより、心強い新たな仲間を紹介する!!」


 腕を引っ張られたアーサーは、エリザベスの真横に立たせられる。


「この子が、聖剣に選ばれた少年アーサー君だ。みんな、仲良くするように!!」


「「おおおぉぉぉおおぉ!!」」


 聖剣に選ばれたと聞いた途端、食堂中から雄叫びのような歓声が上がる。


 勢いに飲まれそうになるが、深呼吸をして自分を落ち着かせ、アーサーは一歩前へと踏み出す。


「俺が、聖剣に選ばれたアーサーです。これからよろしくお願いします!」


 再び騒がしくなった食堂。注目されている中の自己紹介を終わらせ、昼食を貰いに供給場へと歩いていく。



◇◆◇◆◇



 ──昼食を終えた解放軍。自由時間になると、基地の外には長蛇の列ができていた。


「うおっ! ほんとに持てねぇ」


 聖剣だと聞き、子供が持てるなら自分も持てるのではないか、と思った解放軍連中が挑戦してみようとしたのだ。が、やはり誰一人として、聖剣を手にできる者は現れなかった。


「本当に聖剣なのか」


「でもこんな子供が戦えるのか?」


 聖剣に選ばれた少年を歓迎する一方で、中からはそんな声も上がる。


「確かに……アーサーくんはまだ子供。ならばちょうどいい機会だ!! アーサーくん、君の実力を見せてくれ!!」


 アーサーは投げられた木剣を受け取る。

 エリザベスはもう一本の木剣を、不安を抱いている解放軍の男に渡す。


「アーサーくんの相手はお前にお願いしよう」


「わかりました。アーサー少年が聖剣に相応しいかどうか……自分自身で確かめます」


 離れた位置に立ち、男は木剣を構えた。


「アーサー少年、準備はいいか?」


「いつでもいいですよ」


「なら……行くぞ!」


 掛け声と共に地面を蹴り、男はぐんぐんと距離を詰める。

 アーサーの目前まで移動すると、挨拶代わりに木剣を振り下ろす。アーサーが受け止める。そこから勝負が始まる──はずだった。


「えっ」


 気付けば、男の手から木剣はすべり落ち、首元には別の木剣が突きつけられていた。


「俺の勝ち……ですよね?」


「なっ……なにが……」


 なにが起こったのかわからない。男の体感では、勝負が始まる前に負けてしまっていたのだ。


「勝負あり!! 勝者アーサー!!」


 エリザベスのコールによって、アーサーは木剣を離す。


 模擬戦を見ていたほとんどの者が、目の前で起こった現象を理解できず、解放軍内には動揺が走る。


 一つだけ確かになったのは、アーサーという少年が、聖剣を使わずとも強いということだけ。


 ざわざわとしてきた空間に、パチパチと手を叩く音が際立つ。拍手をしながら、エリザベスがアーサーに近寄る。


「アーサーくん、君の剣技は素晴らしいな。私でも対応できるかわからない」


「そりゃどうも」


 アーサーは木剣をエリザベスに投げ返し、地面に横たわっている聖剣と、漆黒の剣を腰に掛けた。


「ずっと気になっていたんだが、一つ聞いていいかな?」


「……なに?」


「片方は聖剣。もう一本の剣はなんだ?」


「これ?」


 聖剣ではない漆黒の剣を指差す。


「それも普通の剣ではないみたいだが」


「これは〈カルンウェナン〉っていう神器」


「──神器……」


 エリザベスは驚いたように目を見開く。


「一体……どこでそれを?」


「魔族と戦った戦利品だけど」


「まさか、魔族に一人で勝ったの!?」


「聖剣がなかったら負けてたけどね」


「──なるほど。そういうことか」


 納得したように頷くと、周りを囲む大勢の仲間へと視線を移す。


「アーサーくんは一人で魔族に勝利したらしい!! 今は当時よりも強くなっているだろう!!」


 混乱状態だった解放軍は、エリザベスが話し始めた途端に、全員が黙って耳を傾ける。


「どうだみんな!! アーサーくんが聖剣に相応しいかどうか、これでわかったはずだ!!」


 演説が終わると、解放軍内のどよめきが徐々に静かになっていく。まるで時が止まったかのように、一瞬の静寂。そして、


「「「おおおぉぉぉおおぉ!!」」」


 解放軍が一体となり、空気がびりびりと震撼するほどの大歓声が轟いた。


「──凄いな」


 初めての光景を目の当たりにし、アーサーは感嘆の声を漏らす。 

 だが、この空間を作った張本人であるエリザベスは、どこか様子がおかしかった。


「……アーサーくん、私は自室へ戻るから、あとは自由にしていてくれ」


「え?」


 突然アーサーに背を向け、エリザベスは早足で基地内へと戻っていく。


「……急にどうしたんだ?」


 様子がおかしいと疑問に思い、アーサーはあとをついていくことにした。

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