解放軍

9 『例の副軍団長』

 休息を取りつつ徒歩で移動すること数日──目の前に三階層になっている建物が姿を現す。


「じゃあアーサー」


「歓迎するぜ」


 本日、アーサーは解放軍基地に入るのだ。


 基地に到着すると、大勢の鎧を着た人が整列していた。重々しい光景にアーサーは萎縮してしまう。


「ナニコレ」


「俺たちはいいって言ったんだけどな」


「アーサーくんを迎えるためとか言って」


「「ラモラックさんが」」


 声を重ねた二人に影が差す。


「私がどうかしたか?」


「「うおっ!」」


 同時に驚きの声を上げた二人の頭を、いつの間にか後ろにいたラモラックが、それぞれ果実を持つように片手で掴む。


「アーサーくん。久しぶりだな」


「久しぶり、ですね。……元リーダー」


「ははは……いや〜私より強い若者がたくさん来てな? 私よりも統率力がある若者も来るわけで……私の居場所はなくなってしまったよ」


「そ、そうなんですね」


「だがまぁ……人族の中から強いのが出ることはいいことだからな」


 ラモラックは複雑そうな表情で、雲一つないが日光を遮るように濁っている空を見上げる。


「それにアーサーくん──救世主も来てくれたわけだ。これで魔族を倒せるかもしれない」


「俺が期待に添えるかはわかんないですよ」


 自分が救世主と言われることに、アーサーは未だに違和感があって慣れない。


「とりあえず中に入ってくれ」


「……そうですね」


「これから軍団長──副軍団長の元へ案内する」


「エリザベスって人ですよね」


「そうだ」


 歩きながらラモラックがこくりと頷く。


「素直に喜べない自分もいるんだが、私より統率力がある若者というのが彼女だ」


「そんなに凄いんですか?」


「ああ。いろいろ凄いな」


「あぁー……」


 レークスとケーニッヒが妙に熱く語っていたことを、アーサーは思い出した。


「その様子だと、あの二人から聞いているか」


「ま、まぁ……」


 軽く話しながら進んでいると、ラモラックは部屋の前で立ち止まる。


「ここが?」


「ああ」


 ラモラックがドアをコンコンと二回叩くと、部屋の中から返答がくる。


「──なんだ?」


「例の少年を連れてきました」


「……そうか。入ってくれ」


「失礼します。アーサーくんもついてきてくれ」


「は、はい」


 ドアの奥からは、アーサーと同年代とも取れる女性の声がしたのだが、敬語で返事をする白髪の老人。違和感しかない。


 部屋に入ると、机の上に両肘を置き絡めた指に顎を載せている水色の髪の女性が座っていた。

 机から肘を下ろし、女性はその綺麗な唇を動かす。


「その子が?」


「はい」


「……では、お前は席を外してくれ。二人きりで話がしたい」


「了解」


 敬礼してラモラックは部屋を出ていく。


 手で口元を押さえながらまじまじと観察してくる人物を、アーサーはお返しとばかりに凝視し、部屋の中は静寂に包まれる。


 肩の下まですらっと伸びている透明に近い透き通るような水色髪。まだ二十にもなっていないように見えるが、雰囲気はどこか大人びている。

 エレインとはまた違い、凛々しさを感じさせる顔つき。


 副軍団長エリザベスを前に、レークスとケーニッヒの言うこともわからなくないと、アーサーは考える。


「……君が聖剣を抜いたという?」


「一応……多分俺です」


「そうか」


 エリザベスが席から立ち上がり、目の前まで歩いてきた。小柄な自分よりも十センチほど高い身長に、アーサーは対抗心を燃やす。

 だが、次に言い放たれたエリザベスの一言で、考えを改めなくてはならなくなった。


「──小さいな」


 ただ事実を述べたまでであろう一言。エリザベスは悪意なく地雷を踏みつけた。


「身長高いからって調子に乗りやがって」


「ん? なにか言ったか?」


 小声で呟いただけなので聞き取れなかったのか、聞き返してくるがアーサーは答えない。


「……別に」


 家にいたときもエレインより身長が低く、アーサーは自分の身長を誰よりも気にしていた。

 それを馬鹿にされた気分になり、アーサーはエリザベスのことを一瞬にして嫌う。


「そ、そうか。舌打ちされた気がしたが……気のせいか。では、少し聖剣を貸してもらえないか?」


「…………」


 腰に掛かっている鞘から聖剣抜き、アーサーは黙ったまま前に差し出す。


「なんか、急に態度が変わったような……」


「早く持ってみれば?」


「あ、ああ……そうだな」


 聖剣を受け取るエリザベスだが、アーサーの手から離れた途端、滑り落ちて床に突き刺さった。


「──なるほど。……確かに持てない」


「モテるでしょ」


「え?」


「もう剣いい?」


「あ、ああ……心なしか突っかかられてるような気が……」


 地雷を踏まれてたので態度を変えたアーサーだが、エリザベスは気付かず、気のせいかと呟く。


「……本当に聖剣なんだな」


「そうだけど?」


「……まぁいっか」


「で、なに?」


「……もう聞いているとは思うが、私は解放軍副軍団長のエリザベスだ。これからよろしく」


「よろしく」


 エリザベスが手を前に出してきたため、アーサーは仕方なくその手を握り返す。


「え、えっと……君には私が直接解放軍基地内の案内をするつもりだけど……いい、かな?」


「別にいいよ」


「あ、ありがとう?」


 形だけの握手はしたが、果てしなく遠い距離が開いたまま、二人は部屋をあとにした。

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