8 『三年後……別れは感謝で」

 昼食を終え食器を片付けていると、突如ドアがノックされた。


 この家のドアは、内側に板のようなものを挟んでおり、外側から開けることができないようにしている。


「は〜い!」


 エレインがガタンと板を動かして開けると、ドアの前には、青色と薄緑の髪を持つ二人の少年が立っていた。


「ど、どうも」


「し、失礼します」


「もしかしてレークスくんとケーニッヒくん?」


「は、はい」


「お、お久しぶりです」


「大っきくなったね〜。さっ、中に入って〜」

 

 あれから三年が経ち、約束の日がやってきた。

 なぜか、レークスとケーニッヒが解放軍を代表して迎えにくる。


「二人とも久しぶり」


「アーサー……さん」


「久しぶり……です」


「アーサーでいいよ。同い年なんだから敬語はやめてよ」


 アーサーの言葉がそんなに意外だったのか、二人は顔を見交わす。


「ア、アーサー?」


「久しぶり?」


「いや、別にそんな緊張しなくても」


「で、でも……」


「あなたは人族の希望で……」


 未だにエレインのトラウマを克服できていないらしい。その弟であり聖剣に選ばれたアーサーに、どう接していいか分からない様子だ。


 だが、周りに同年代がいなかったアーサーは、同い年の二人とは仲良くしたい。よそよそしい態度はやめてほしかった。


「そんなの関係ないって! 俺たちはこれから一緒に戦う仲でしょ?」


 二人の肩に両腕を回す。


「俺も覚悟して解放軍に行くことを決めたんだし……友達ぐらいほしい」


 アーサーの脳裏には、マイナスなことばかり浮かぶ。だが、すぐにネガティブな考えを取っ払う。


「これからよろしく! レークス、ケーニッヒ」


 前に手を差し出して、期待を込めて笑顔を作る。


 もし手を取ってくれなかったら──。そんな考えが頭をよぎるが、アーサーの不安はすぐに消え去った。


「ありがとう、アーサー」


「こっちこそ、これからよろしくな!」


 二人は順にパシッと手を合わせてきた。胸の中にあった不安感が晴れる。


 握手を交わしたあと、二人が来てからずっと思っていた疑問を、アーサーはぶつけた。


「ところで、ラモラックさんは?」


 てっきりラモラックさんが迎えに来ると思っていたので、いないことが気になっていたのだ。


「実はラモラックさん」


 二人の表情が曇る。それを見たアーサーはまさかと思い、脳裏をよぎった考えを口に出す。


「もしかして死ん──」


「生きてはいるんだけど」


「いや今の完全に死んだって顔だったじゃん」


「リーダーじゃなくなったんだよ」


「え?」


 ケーニッヒの言葉に少しだけ驚いた。

 死という重い内容を予想してしまったことで、『リーダーじゃなくなった』程度では大して驚けなくなってしまったのだ。


「じゃあ……今の軍団長は誰?」


「あぁ……」


「いや……リーダーはちょっと……」


 軍団長の話になると、二人はなぜか口籠った。

 違うと思うが、アーサーは再び予想をぶつけてみる。


「もしかして、レークスかケーニッヒが軍団長とか?」


「いや……そうじゃないんだけど」


「じゃないのかよ。……じゃあ誰?」


「今のリーダーは、リーダーであってリーダーじゃないっていうかなんというか……」


「実質のリーダーは副リーダーのエリザベス様!」


 レークスの声のトーンが高くなった。違和感を覚えるが、すぐに別の疑問が浮かんだ。


「軍団長の人に何か問題あんの?」


「まぁ……実力だけでリーダーになった人で」


「良く言えば自由、悪く言えば自分勝手の戦闘狂でなに考えてるかよくわからない人」


「それに比べて副リーダーは──」


「解放軍のみんなからの支持も熱い!」


 軍団長の話は微妙な表情で語る二人だったが、副軍団長の話になると、途端に声量を上げた。


「まだ十八歳という若さで、ここまでみんなを率いれる人は、エリザベス様以外いないね!」


「それに、ふつくしぃ」


「へ、へぇー」


 副軍団長のエリザベスという人の話を異常に熱く語る二人に、アーサーは困惑を隠せない。


「ちなみに俺はファンクラブのリーダーな!」


「俺は副リーダー!」


 レークスは懐から出したリーダーと書かれた紙を掲げる。ケーニッヒも副リーダーと書かれた紙を出す。


「エリザベス様のファンクラブリーダーともなると、解放軍の中での地位もかなり上になっているのだ!」


「だから俺たちが来たってわけ」


「な、なるほど」


 エリザベスという人の特徴を嫌というほど聞かされていると、階段からコツコツと足音が聞こえる。

 体格のいい茶髪の男。六歳になった黄緑髪の男の子。もうすぐ六歳になる水色髪の男の子。


「うるさいぞ」


「アーサー兄なに話してんの?」


「その人たちだぁれ?」


 二階から降りてきたのは、兄弟であるモルゴーン・ランスロット・ガラハッドだった。


「二人は知らないと思うけど、三年前に家に来たレークスとケーニッヒだ」


「知らねぇ」


「僕も知らな〜い」


「兄ちゃんこれから出かけてくるから」


「いってら」


「いってらっしゃ〜い」


 弟を見ているとつい家を離れることを躊躇してしまいそうになる。そんな考えを振り払うように、アーサーは二人から顔を背けた。


「これからしばらく帰ってこれなくなる。……二人共、元気でな」


「「えっ?」」


 二人の驚いたような声が重なった。

 いつもの魔物討伐だと思っていたであろう二人は、駆け足でアーサーの進行方向を塞ぐ。


「ど、どういうことだよ!」


「アーサー兄ちゃん?」


「……ごめんな。二人には言えなかった。……言ったら絶対引き止められるだろうからさ」


 ──引き止められたら決意が揺らいでしまう。


 アーサーは二人の頭に手を置き、同じ目線になるようにしゃがんで話す。


「俺は大事なことをしなきゃいけない。そのために、これからは二人とは別々で暮らすことになる」


 真剣な雰囲気が伝わったのか、二人の瞳からはポロポロと涙が溢れ出す。


「なんだよ、それ」


「アーサー兄ちゃん、いなくなるの?」


「……うん」


 泣いている二人の頭から手を離すと、アーサーは立ち上がって家の外へ向かう。


「じゃあ……もう行くから」


 振り返ることなくアーサーは歩き出す。レークスとケーニッヒが後ろに続いてきた。


 みんなの視線を後方からひしひしと感じる。そんな視線に耐えかね、立ち止まってしまった。

 このままの悲しい別れ方は嫌だったのだ。


 ──種を返してみんなへの思いを告げる。


「姉さん!! 俺の目標であってくれてありがと〜!!」


「……これからも、私を超えるように精進しなさいよ」


 姉さんであるエレインは目標だった。今でもそれは変わっていない。


「兄さん!! 毎日美味しいご飯をありがと〜!!」


「……俺の腕は世界一だからな。俺の料理以外食べられるか心配だ」


 帰るのが遅いユーサー父さんとイグレーンに変わり、兄さんであるモルゴーンは親代わりとして家族を支えてくれた。


「それから、ランスロットとガラハッド!! これからは遊んでやれなくなるけど元気でいてくれよ〜!!」


 言いたいことを伝えられたので、アーサーは再び家族に背を向ける。直後──後ろからタックルをされたような衝撃を受け、バランスを崩して前に倒れた。


 長年一緒に暮らしているのだ。見なくても誰だかわかった。アーサーの体に抱きついているのは、


「──ランスロット、どうした?」


 最近になって早くも反抗期かと思うほどに、感情を素直に出さなくなってしまったランスロットだ。


「……本当に、行っちゃうのか?」


 震える声での問いに、アーサーは改めて答える。


「うん」


「…………」


 背中が冷たくなり、濡れているのを感じた。一瞬、アーサーの決意が揺らぐ。だが、行かないわけにはいかない。


 アーサーも泣きそうになり、声が喉に詰まるが、なんとか一言だけ口に出す。


「……ごめんな」


 申し訳なくなり素直に謝ったが、ランスロットからは予想もしない言葉が返ってきた。


「──謝んなよ」


「え?」


「俺たちは大丈夫だから。アーサー兄ちゃんも……元気で」


「ランスロット……」


 手を離してくれたことで、アーサーは起き上がって振り向く。そこには、瞳の中に涙が溜まっている弟がいた。


「アーサー兄ちゃん。今まで……ありがとう」


「……俺も……ありがとな」


 ランスロットの頭をポンポンと撫でたあと、アーサーは覚悟を決めて立ち上がる。

 四人に見送られているのを感じながらも、今度こそ振り返らない。


 同年代の二人と並び、十五年間暮らしていた我が家を背にして、アーサーは歩き出した。

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