11 『本心』
同じようなドアが無数に立ち並ぶ。変わらない景色にうんざりしたなら、水色の髪を揺らして進む。
他となに一つ違いのないドアの前で立ち止まる。毎日何度も通っている道。例え見分けがつかずとも位置を把握していた。
「はぁ……」
ため息をつき、エリザベスは副軍団長室ではない自室のドアを開ける。
解放軍内の部屋には鍵のようなものはない。別の部屋に侵入しようと思えばできるが、解放軍に信頼を失うような行動を取る者はいない。
「あぁ……づがれだぁ」
部屋に入るやいなや、エリザベスはおっさんのような声を出しながらベッドに倒れ込む。
ベッドとはいえふかふかではなく、冷える夜を凌げる程度の機能しかない。
「あたっ!」
地面と大差ない硬さのベッドにぶつけた顔が赤くなる。
「うぅ……まだ手足の震えが止まらないよぉ」
自信なさげにうつ伏せでベッドの上に倒れ、先程までとは話し方が変わっている。まるで別人となっていた。
「とても解放軍を率いる程の器じゃないんだけど……なんでこんなことになっちゃったのかな」
「──そうなんだ」
何度もため息をついて記憶を思い返していると、ドアの向こうから声が聞こえた。
「え?」
──やばい聞かれてた。
焦るエリザベスを待ってはくれず、鍵のないドアが無情にも開く。
「様子がおかしいと思ったら……そういうことだったんだ」
「ア、アーサーくん!?」
アーサーが部屋の中へ入ってくる。一瞬動揺を隠せなかったが、すぐに自分を落ち着かせて取り繕う。
「──なにか用かな?」
「いやもう遅いから」
「フッ」
さも冷静かのように目を閉じて鼻で笑うエリザベスだが、
──終わったぁあぁぁあぁ!!
内心は焦りに焦っていた。ダラダラと冷や汗が溢れ出て止まらない。涙目になって両手を合わせる。
「あ、あの……こ、この件は内密に……」
エリザベスがお願いするが、アーサーはなにも答えずベッドに座ってきた。
「なっ……わ、私には心に決めた人が──」
「そんなに無理してるなら副リーダーなんかやめればいいじゃん」
「──へ?」
「ん? なんか言ってた?」
なにか勘違いをしていたエリザベスだが、同時に話し始めていたので、声が被さりアーサーには聞こえていなかった。
「別に……なにも言ってないです」
「そっか。で、なんで副リーダーなんかやってんの?」
「そ、それは……」
エリザベスは言いずらそうに俯く。
「それは?」
「……別にありふれた理由かもしれないけど、私はただ」
顔を上げたエリザベスとアーサーの視線が重なる。
「人族のみんなを魔族の驚異から解放したい。今となっては、所詮夢物語だと思われるかもしれないけど……それでも私は、本気でそう思ってる」
エリザベスの瞳に籠もる決意を見て、アーサーは思わず息を呑む。
「……凄いな」
「え?」
「俺は、聖剣に選ばれたけど……そんな夢も目標もないし、魔族を倒そうとかも……あんまり考えたことがない」
エリザベスは黙って耳を傾ける。
「それどころか、魔族と戦うのが怖い。殺されるのはもちろんだけど……殺すのも怖いんだ」
聖剣を手にしたあの日──魔族を一人、アーサーはその手で殺めた。人族を支配する魔族であっても、一つの命を消してしまったことに変わりない。
「魔族は恐ろしい存在だって……頭ではわかってる。でも俺は……本当は戦いたくないんだ」
魔族と対峙した時に感じたのは、自分を見ている瞳が、まるでおもちゃで遊んでいるかのようなものだったことからの恐怖。
魔族が怖い、とアーサーは思った。だが、聖剣で斬り裂き赤い血液を流している死体を見た時──命を奪ったことを理解した。
「なんで、俺が聖剣に選ばれたんだろう……俺なんかよりも、あんたの方がずっと聖剣に相応しいんじゃないのか」
魔族を殺したあの日からずっと考えていたのだ。まだ家にいるときは良かった。アーサーにとって家族の存在は大きい。
だが、家族すらも脅かしかねない存在がいた。
「家族を守りたいと思った。だから解放軍に来た。でも俺には……魔族を殺す覚悟がない」
家族のため人族のためにと、子供ながらに責任を感じてアーサーは解放軍に来た。
だが、家族から離れて数日が経ち、胸の奥は徐々に不安に飲み込まれていった。
家族が側にいる時は安心できたアーサーだが、今はそんな心の支えがない。
「本当は……家でずっと……家族(みんな)と一緒に暮らしていたい」
聖剣に選ばれる。それは凄いことなのかもしれない。だが、まだ十五歳のアーサーにとって、人族の希望という立場は重すぎた。
──家族から離れるのは辛すぎる。
「俺は……」
「別に、それでいいんじゃないのかな」
「え?」
アーサーが顔を上げると、真っ直ぐな力強い眼差しをしたエリザベスがいた。
「私だって人を殺すのは怖いし、魔族に殺されるのも怖い。だけど、私には目標がある。だから恐怖と戦える。……君が戦う必要なんてないよ。まだ子供なんだから。……魔族と戦うのは解放軍(わたしたち)でいい」
ベッドから起き上がったエリザベスを、アーサーは首だけ動かして見上げる。
「ただ……もう少しだけここにいてくれないかな。君がいるだけでみんなの士気は上がるから……戦う必要はない。協力だけでも」
頭を下げてお願いしてくるエリザベスの姿に、アーサーの胸中では様々な感情がざわざわと蠢く。
「……一日だけ考える」
「そっか……わかった」
心の整理をつけるため、アーサーは答えを一旦保留した。
「じゃあ明日……待ってるから。──あと私が猫被ってるって件は内密にお願いね。本当に絶対だからね」
なにも返さず振り返ることなく、俯いたままアーサーは部屋を出た。
「俺はどうすれば……姉さん」
胸を押さえながらふらふらと廊下を歩いていると、前から二つの声が聞こえてくる。
「おっ、いたいた」
「お〜いアーサー!」
青と薄緑の髪を持つ二人の少年が、アーサーに手を振ってきた。
「……レークス……ケーニッヒ……」
「ど、どうした? 大丈夫か?」
「顔色悪いぞ」
「いや……大丈夫」
寄せ付けない雰囲気を醸かもし出し、アーサーは二人の真横を通っていく。
──通り抜ける前に左腕を掴まれる。
「……なに?」
「そりゃこっちのセリフだ」
「どこか悪いならすぐ言えよ」
「だから大丈夫だって──」
「大丈夫じゃないことぐらい見りゃわかる」
「俺たち友達なんじゃないのか?」
「──っ」
アーサーが振り返ると、二人は不安そうに眉をひそめていた。
「友達?」
「おいおい。アーサー、お前が言ったんだろ」
「友達になろうってさ」
数日前、解放軍に行くことが決まってから三年が経ち、アーサーを迎えに来たのは二人だった。
魔族と戦うことにアーサーは不安を覚える。心の支えになってくれていた家族とも別れることになり、不安はさらに広がってしまう。
──友達がほしい。
無意識に出た言葉だったが、それこそ本心でもあった。家族の代わりになってくれる存在がほしかったのだ。
「そっか」
改めて二人から言われたことで思い出す。家族とは離れてしまったが、ここで新しい家族を作ればいいと。
「俺は……一人じゃなかったんだ」
体を二人に向けて右手を前に出す。今度はなんの不安もなく、確信を持って笑顔を作った。
「これからよろしくな! レークス、ケーニッヒ」
ついさっきまで落ち込んでいたのにも関わらず、突然笑顔に変わったアーサーに二人は困惑する。だが、すぐに左腕から手を離し、順に右手を前に出す。
「こっちこそよろしくな!」
「よろしくアーサー!」
三人は再び握手を交わした。
「そういえば、二人って強いの?」
「はぁ? 当たり前だろ」
「解放軍の中でも有数の実力者だ」
「それ、自分で言う?」
「なんなら試してみるか?」
「もちろん聖剣は禁止だけどな」
初めてできた友達と共に、アーサーは訓練場へと向かった。
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