5 『来訪者』

 外は薄暗くなり幼い子供は寝る時間帯。アーサー・エレイン・モルゴーンは暗がりで光る炎の檻を眺めていた。


「なに、この子たち?」


「さぁな」


「さっきの気配はこいつらだったのね」


 エレインが仕掛けた罠魔法である炎の檻の中には、二つの影が閉じ込められている。


「俺たちは怪しい奴じゃないって!」


「ちょっとその剣を見せてほしいだけ!」


 青と薄緑の髪色を持つ二人の少年は、敵意がないことを必死に伝えようとしているが、アーサーたちの瞳には疑念の色が浮かぶ。


「……なんか聞けば聞くほど怪しいね」


「エレイン、こいつらどうする?」


「う〜ん。……ちょっと確かめてみよっか」


 エレインが炎の檻を動かす。


「さてと……お前ら!! 本当はなにをしようとしてたのか正直に言いなさい!! 正直に言うまでこの炎は、あんたたちの体を焼いていき、死よりも恐ろしい目に合うぞ!!」


「えええぇぇええぇ!!」


 突然の死刑宣告に二人の少年は悲鳴を上げる。


「いやいやちょっと待ってください!」


「俺たちはただ聖剣の持ち主がそこの男の子かどうかを確認したかっただけなんすよ!」


「「「……聖剣……?」」」


 アーサー・エレイン・モルゴーンが声を揃えて首を傾げる。


 三人の反応を見た青髪の少年は目を丸くして、アーサーへ視線を移す。


「え? あなたが持っているその剣。どこで手に入れましたか?」


「……迷宮最奥だけど……?」


「やっぱり!」


「それが聖剣だああぁぁ!!」


 二人はアーサーの腰に掛かる剣を指差す。


「……これが、聖剣?」


「聖剣ってなんだ?」


「どっかで聞いたことがあるようなないような……うん。やっぱないわ」


「話を逸らそうとしてるんじゃないか?」


「あっ、確かにそうね」


「「えっ……」」


 誤解が解けたと思った矢先、再び向けられる疑念の視線に絶望し、みるみる内に顔が青ざめる。


「あんたたち!! 覚悟はできてるんでしょうね!!」


「ちょ、ちょっと待ってェェェ!!」


「誰か助けてェェェ!!」


 エレインが動かす炎に恐怖心をこれでもかと煽られ、ぎゃあぎゃあと一心不乱に泣き喚く。


「……ねぇ」


「……ああ」


「……うん」


 アーサーたちは互いに顔を見交わす。


「「「やりすぎた……」」」


 ようやく二人が悪い人物ではないと分かり、すぐに解放してあげた。


 炎の檻を解いたあと──五人は互いの誤解も解き、家の中に場所を移した。


「「「ごめんなさい」」」


 机の椅子に座るアーサーたち三人は、正面の席に座る二人に頭を下げる。


「い、いや」


「お、俺たちも黙って入ろうとしたから」


 突然の謝罪に二人は狼狽え、三人が顔を上げるのを待ってから自己紹介を始めた。


「えっと……まず俺の名前はレークスです」


「お、俺はケーニッヒっす」


「俺はアーサー」


「俺はモルゴーンだ。本当に申し訳なかった」


「あたしはエレイン。──で? 話ってなに?」


「「ひぃいぃぃいぃ!!」」


 二人は同時に悲鳴を上げる。


 エレインはただ問いかけただけ。だが、先程のことがトラウマになっている二人にとって、それだけでも怖かったのだ。


「姉さん……」


「あれは流石にな」


「だから謝ったでしょ? モルだってかなり疑ってたじゃん!」


 指を差されると、投降する犯人のようにモルゴーンは両手を上げる。


「確かに、俺も悪かった。だが、あれは一生のトラウマになるぞ」


「はいはい。もうわかったから!! 話ってなに?」


 モルゴーンとの会話を強制終了し、エレインはレークスとケーニッヒに首を回す。


「あ、はい」


「じ、実は……」


 聖剣を見つけたあと二人が所属している解放軍は、半年以上に渡り聖剣を抜ける人族を探していた。

 だが、全く見つからず、確認のために昨日迷宮へ入ったところ、聖剣が消えていたのだ。


 どこへ行ったのか探していた時、ここでエレインとアーサーが戦っているのを目撃する。

 アーサーの剣が聖剣と似ていたので、訪ねようとしたら罠魔法にかかったわけだ。


「──というわけです、はい」


「なるほどねぇ」


「で? お前らはどうしたいんだ?」


「で、できればでいいのですが……」


「ア、アーサー……さんを、解放軍に迎えたいなぁ……なんて……」


 怯びえたようにエレインの顔色を伺いながら控えめに希望を伝える。


「いきなりそんなこと言われても」


「ふむ」


「お前たちにうちの子はやらん!」


「ひぃいぃぃいぃ!!」


 突如大声を出したエレインに恐怖したのか、二人は悲鳴と共にがっしりと抱き合った。


「あっ……ごめんね。冗談だからね?」


「姉さん……」


「だから冗談だって!」


 冗談のつもりでも二人からすると、ただただ恐怖でしかなかっただろう。


 混沌とする状況の中でモルゴーンが口を開く。


「一年後ぐらいにもう一度来てくれないか?」


「え?」


 アーサーは横に座るモルゴーンへ目を配らせる。


「アーサー、お前なら魔族から人族を解放できるかもしれないんだ」


「そうだね。……お姉ちゃん寂しいけど、アーサーが聖剣に選ばれたなら行ったほうがいいと思う。…………お姉ちゃん寂しいけど……」


 大事なことなので二回言いました、と言わんばかりのエレインだが、珍しく真面目な表情になっていた。

 兄と姉の言葉を、アーサーは真剣に受け取る。


「それを決めるのはアーサー自身だけどね〜」


「お前はどうしたいんだ?」


「俺は……」


 十ニ歳になったばかりであるアーサーは、まだまだ家族と一緒に暮らしていたい年頃だ。

 だが、自分が人族の希望となりうる存在だと自覚し、どちらを選べばいいかを悩む。


「……とりあえず父さんと母さんに相談してみる」


「ふむ……そうだな」


「うん、それがいいと思う」


 一人でこれからの人生を決める大きな決断をする。そこまでの覚悟はまだ持てなかった。


 話が一区切りついたと思い、レークスはエレインの顔色を伺いながら声を発する。


「えっと」


「決まりました?」


 エレインがうんと頷く。


「とりあえずアーサーの件はパパとママが帰ってきてからだね〜」


「二人はどうする? もう外も暗い。うちに泊まってくか?」


 すでにランスロットとガラハッドはぐっすりと寝ており、アーサーたちも夕飯を食べ終えていた。


 アーサーと同年代の二人が心配になり、モルゴーンは親切心で誘う。


 だが、エレインからの圧を感じたレークスとケーニッヒは、ぶんぶんと頭を横に振る。


「い、いえ」


「お、俺たちは大丈夫っす」


 二人は逃げるように席を立つ。


「で、ではまた後日」


「多分大人数で来ることになるんすけど」


「了解した」


「気をつけて帰るのよ〜」


「じゃあまたね」


 見送ったあと、アーサーは家のドアはバタンと閉じた。

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