4 『アーサーの剣』

 家の前で、エレインとアーサーは互いに真剣を持ち、離れた位置に立って向かい合う。


「さっ! いつでもかかってこい!」


「じゃあ……行くよ!」


 先にアーサーが地面を蹴り、距離を詰める。振り下ろされた剣を、エレインは後ろに飛んで難なく避ける。


 止まることのない連撃をかわしながら、エレインは先程のことを思い出す。


 ──アーサーの剣は家の床になんの抵抗もなく見事に突き刺さった。


 尋常ではない切れ味を持っているだろう剣を、うっかり受けたりしないように注意し、回避に徹する。


 やや大振りになったところを紙一重で避け、アーサーが体制を立て直しているわずかな時間に、横腹目掛けて剣を振るう。


 だが、いつの間にか現れた漆黒の剣に、決めようとした一撃を受け止められた。


「えっ!」


 突然のことに一瞬だけ硬直してしまったが、すぐに体制を立て直すためエレインは後ろへ飛ぶ。


「ちょっとアーサー! なにその剣!!」


「……魔族が持ってた剣だけど」


「魔族って……そんなもの持ってて大丈夫なの!?」


「……魔族が言うには〈カルンウェナン〉っていう神器らしいから……多分大丈夫だと思う」


「神器!?」


 エレインは驚きのあまり目を見開く。


「なんか能力でもあるの?」


 まさか本物の神器だとは思えないため、冗談半分に聞いたのだが神器の能力を披露される。


 剣がアーサーの影に吸い込まれていくのだ。


「──剣が影に入った!?」


「この剣の能力は物を自分の影の中に収納できるんだ」


「……なるほど、ね。能力がある武器ってことは、本当に神器なんだ。……確かに宝石もあるしね」


「でも、この剣は収納できなかったんだよね」


 アーサーは他の誰にも持てない剣を前に出す。


「えっ、どうして?」

「さぁ……わかんない」


 喉だけで唸り、エレインは思考を巡らせる。

 ──神器の能力を受け付けず、アーサー以外には持てない剣は一体なんなのかと。


「それより姉さん続き行くよ!」


「……そうだね。よし、かかってこい!」


 アーサーの一撃を避けるため後ろに飛んだ瞬間──エレインは〈カルンウェナン〉を投げつけられる。


「なっ、くっ!」


 剣を投げるという行動に一瞬驚きはしたが、すぐ冷静になり上に弾き飛ばす。だが、その隙に距離を詰められた。


「はやっ」


 回避は間に合わないと判断し、エレインは剣を受けようとするが──直前でそれは不可能だと気付く。

 すぐさま作戦を変更し、自分の剣をアーサーの顔面目掛けて投げることで死角を生み出す。

 死角に入り、剣を持つアーサーの手を下から脚の爪先で蹴り上げる。


「ゔっ」


 蹴られたことにより、アーサーは鈍い声を漏らし地面に剣を落とす。これでお互い丸腰になった──かに見えた。


 後ろに回り込み、天に掲げたエレインの手には、先程弾いた〈カルンウェナン〉がすっぽりと納まる。そのままアーサーの首元に突きつけた。


「……そんなのあり……?」


「ふっふっふ〜、計算通り〜」


「はぁ……また俺の負けかぁ」


 大人しく敗北を認めたアーサーから〈カルンウェナン〉を離す。


「またあたしの勝ちね〜」


「今日こそ勝てると思ったのに……」


「だけど今日は危なかったな〜」


「ほんと!?」


「でもその剣に頼らず自分を鍛えないと、いつまでもあたしには勝てないよ〜」


「うん、わかった!」


 アーサーの元気な返事に満足し、エレインはうんうんと頷く。


「そうだアーサー、ちょっと気になったことがあるんだけどいい?」


「……なに?」


 エレインがこういうことを言うときは、大抵の場合が面倒くさいことになる。

 それを知っているアーサーだが、念の為聞き返してみた。


「その〈カルンウェナン〉って人は入れるの?」


「う〜ん……どうだろう」


「じゃ、試してみよっか」


 興味本位でエレインはアーサーの影に乗る。


「さぁ! 能力を使いたまえ!」


「で、でも……もし出れなくなったら……」


「アーサーに出してもらえばいいじゃん」


「……確かにそうだね。じゃあ使うよ」


 静寂が流れる。なにか起こる気配もない。


「……能力は使ってる?」


「うん。……人は入れないみたいだね」


「それなら、アーサーだけは入れるってこと? 取り出すときには手を入れるでしょ?」


「持ち主だけは入れるんじゃないかな」


「そうなるね。でもそれだと……」


 エレインは眉間にしわを寄せる。


「もし、アーサーの全身が影に入ったとする。そうなると影はなくなるけど、アーサーはどうなるの?」


「そんなの俺に聞かれても」


「なら試してみよ!」


 そのエレインの一言で、アーサーはやはり面倒くさいことになったと後悔した。


「えぇ……でも出られなくなるかも」


「多分大丈夫だから。やってみて」


「多分って……わかったよ」


 姉を信じたのか勢いに押されただけなのか。どちらなのかは本人も定かではない。ただ、アーサーは控えめに首を縦に振り、〈カルンウェナン〉へ魔力を込めていく。

 突如、地面に漆黒の大穴が空き、落とし穴に落ちるように全身が影に沈む。刹那──気付いたときには宙に浮いていた。


「うわっ!」


 まるで力士に放り投げられたような浮遊感の末、アーサーは背中から地面に叩きつけられる。


「ぐえっ」


 突然のことだったので受け身を取れなかった。強打した後頭部と背中に、蹲りながらも〈回復(ヒール)〉をかける。


「なんか、吹っ飛ばされた気が……」


「なるほど。アーサーの影がなくなると、影の世界から強制的に吐き出されるってわけね」


「……それって、つまり?」


「アーサーも影の世界には入れないってこと」


 スッキリとした表情のエレイン。対称に、治療を終えたアーサーは疲れた様子で立つ。


「これで気は済んだ?」


「スッキリしたよ〜。ありがとね、アーサー」


「うん。……じゃあ俺は疲れたから……二階で休んでくるよ」


「あははは……アーサー、ごめんね〜」


 乾いたように笑うエレインは、ふらふらと歩いていくアーサーに謝る。

 自分も家に帰ろうとしたが途中で足を止める。後ろから魔力を感じバッと振り向く。


 こんなところに人が来るわけがない、と思いながらも、念の為、家の周りに魔法を仕掛けてから、アーサーのあとを小走りで追った。



◇◆◇◆◇



 バンッと両手で机を強打し、驚いたように声を荒げる白髪の老人。


「なにぃ!? 聖剣がなくなっているだとぉ!?」


 見た目は介護が必要かと思えてくるほどだが、鍛えられた筋肉と雰囲気にはまだまだ若々しさが残る。


「はい! 先程仲間と共に確認しに行ったところ、ダンジョン奥に刺さっていたはずの聖剣がなくなっていました!」


 鎧を着た男性に報告を受けた老人は、困ったように頭を押さえる。


「ということは誰かが抜くことに成功したということか」


「おそらく。ですが、未だ聖剣の持ち主は見つかっておりません!」


 老人が困ったように眉をひそめていると、コンコンとドアが叩かれる。


「今度はなんだ」


「報告があります!」


「……それは急ぎの用事か?」


「早急にお伝えしたほうが良いかと」


 項垂れるように頭を下げ、老人はため息をつく。


「……入れ」


「失礼します!」


 ドアを開き入ってきたのは、男性と同じく鎧を着た女性。


「……で?」


「聖剣を使う少年を発見しました!」


「ぬぁぁにぃぃ!?」


 あまりの衝撃に老人は勢いよく席から立つ。


「それはどこだ!!」


「聖剣が眠っていた迷宮から、一番近くにある村の外れです! 数日前、レークスとケーニッヒがトラップ魔法に掛かり、我々のみで帰還しました!」


「全くあいつらは……急ぎ出立するぞ!!」 


「「了解!!」」


 報告した二人の男女は部屋をあとにした。


 老人は、動きやすい普段着からガチャガチャとうるさく重苦しい鎧に着替え、慌てて基地の外へ向かう。

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