3 『アーサーの家族』

 運悪く魔族に遭遇してしまったアーサーは、傷も完全に治りきっていない。


 魔物の死体を置いてきたまま、森の中にぽつんと建っている小屋のドアを叩く。


 三秒もしないうちにドアが開き、体格のいい茶髪の男が出迎えてくれる。


「──ただいま」


「おかえ──えっ!? ど、どうした!」


「ちぃでてる〜」


「いたそ〜」


 家の奥から黄緑と水色の髪をした三歳ほどに見える二人の子供が、心配そうにアーサーに駆け寄ってきた。


 体格のいい男は兄であるモルゴーン。二人の子供は弟であるランスロットとガラハッドだ。


「いや……いろいろあってさ……」


 あまりの重症に驚いた様子のモルゴーンに手当てをしてもらい、アーサーは今日あったことを伝えた。


「──ふむ……こんなところに魔族が来るとはな」


「おにいちゃんだいじょ〜ぶ?」


「じょ〜ぶ?」


「二人共……。うん、大丈夫だよ。あと『じょ〜ぶ?』だと『丈夫?』に聞こえるよ」


「……それにしても、その剣はなんなんだ?」


 金色の剣をモルゴーンが指差す。


「これなら迷宮の一番奥に刺さってた」


「ふむ……迷宮最奥ということは相当な価値のある物だろうな」


 モルゴーンは眉間にしわを寄せて腕を組む。


「どうしたの〜?」


「そのけんなぁに〜?」


「危ないから触っちゃだめだよ」


「「えぇー」」


 二人の批判の声が重なった。


 聖剣を触ろうとする二人をアーサーが押さえていると、バンッと勢いよくドアが開く。


「──たっだいま〜!」


「エレイン」


「姉さん!」


「おかえり〜」


「えり〜」


 沈黙を破ったのは、耳の辺りまで伸びるボサボサで炎のような赤い髪に、ぴょこんと立っているアホ毛。せっかく整っている顔の台無し感が否めない、アーサーの姉であるエレインだった。


「今日もたいりょ〜たいりょ〜!」


「おねえちゃんすご〜い」


「たいりょ〜」


「そうでしょ〜?」


 倒した魔物を売ったお金を机の上に置いていると、エレインは大量の包帯が巻かれているアーサーに気付き慌てて駆け寄る。


「ア、アーサー‼ そ、その怪我どうしたの⁉」


「姉さん……実は……」


 アーサーはエレインにも話す。──森の中で魔族に遭遇し、迷宮最奥にあった剣で撃退したと。


「──そんなことが……でもアーサーが無事でほんとに良かった」


 安心したようにエレインはホッと息を吐く。


「アーサーちょっとその剣貸してくれない?」


「うん、いいよ」


「ぼくにもかして〜」


「もってみた〜い」


「二人に真剣は危ないからだめ」


 迷宮最奥で見つけた剣をアーサーはエレインに渡す。


「──っ」


 エレインの手に渡った途端──剣はまるで拒絶するかのようにこぼれ落ち、音もなく床に突き刺さった。


「え? 姉さんどうしたの?」


「いや……この剣……持てない」


「おいおいエレイン、なに言ってるんだ。ちょっと貸してみろ」


 今度はモルゴーンが床に刺さった剣を抜こうと試みるが──やはりびくともしない。


「──まじか。俺でも持てない」


「兄さんまでなに言ってるの?」


 アーサーは剣に手を掛け──軽々と引き抜いた。


「やっぱり簡単に抜けるじゃん」


「「──っ!」」


 エレインとモルゴーンは大きく目を見張る。


 いとも簡単に抜いて見せたアーサーだが、二人からするとそれは考えられないことだった。

 実力的に格下のアーサーが持てて、二人に持てないものなど、理論上存在しないはず。


「二人とも……もしかしてふざけてる?」


「こんな面白くもないふざけ方、お姉ちゃんがするわけないでしょ?」


「ふむ……一回ランスロットとガラハッドにも持たせてみよう」


「えっ、二人には危ないって」


「いやなに、もしかしたら強さ基準が逆になってる可能性を考えてな」


「強さ基準が、逆? どういうこと?」


 モルゴーンの言っている意味が分からず、アーサーは首を傾げる。


「俺とエレインの方がアーサーより強い。だがその剣は弱い方が持てる仕様なのかもしれん」


「なるほど──って! 俺はそこまで弱くない!」


「お姉ちゃんたちよりは弱いでしょ?」


「うぐっ……す、すぐ追いつくし!」


「とりあえず、二人に持たせてみれば分かるだろう」


「……わかった」


 アーサーはランスロットとガラハッドに視線を合わせるようにしてしゃがむ。


「もたせてくれるの〜?」


「そういうことになった」


「じゃあおれさきにもちた〜い」


「ほんとに危ないから気をつけてね」


「わかったー」


 ランスロットに剣を渡すが、エレインとモルゴーン同様に手から弾かれる。


「もてないよー」


「じゃあつぎはぼくだねー」


 床に刺さった剣をガラハッドが抜こうとするが、まるでどこかに固定されているかのように、ピクリとも動かない。


「うぅー……だめだったー」


「……ふむ……アーサーにしか持てないか……あるいは」


 剣を抜くアーサーに、モルゴーンは疑うような眼差しを向ける。


「──お前……アーサーだよな?」


「へ?」


「そっか、変身した魔族なら、あたしたちより筋力があってもおかしくない」


「いや……いやいやいやちょっと待ってよ!」


 エレインとモルゴーンからすると、軽々と剣を持って見せるアーサーを本物だとはとても信じがたかった。


「──エレイン耳を貸せ」


「なになに〜?」


 アーサーに聞こえないように二人は耳元でコソコソとなにかを話す。


 まさか疑われるとは微塵も思っておらず、アーサーはがっくりと肩を落としため息をつく。


 話し合いが終わったのか、エレインがアーサーに話しかけてきた。


「──アーサー」


「……なに?」


「もし本物だったら──ごめんね」


「──えっ」


 エレインの謝罪と同時にアーサーは気付く。いつの間にかモルゴーンがどこにもいないことに。


 刹那──後ろから強い衝撃を受け、アーサーは意識を失った。



◇◆◇◆◇



「「──申し訳ございませんした!!」」


 魔族と遭遇した翌日の早朝。アーサーが目を覚ますと、エレインとモルゴーンが勢いよく床に頭をつけて謝ってきた。


「だからお姉ちゃんを嫌いにならないで〜」


「これからもお前の兄でいさせてくれ〜」


「……わかった。今回だけは許す」


 必死さと勢いに押されアーサーはあっさり許す。


「「アーサー……ありがとぉ」」


 潤んだ瞳になった二人に感謝される。


「じゃあアーサー。久しぶりにあたしと模擬戦でもする?」


「ほんと!? やりたい!!」


「よ〜し! じゃあその剣を持って表に出よ!」


「え? でもこの剣危ないし……」


 魔族ですら抵抗なく斬れてしまう剣では、うっかり殺してしまいかねないと思ったアーサーだが、エレインはフッと鼻先でせせら笑う。


「あたしに一撃でも入れられたことある?」


「……どうなっても知らないからね」


「ドンとこ〜い!」


 言葉の通りドンッと胸を強く叩くエレインと一緒に、アーサーは家の外へ出る。

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