メメント・モリ

狼狐 オオカミキツネ

メメント・モリ

僕は夏が嫌いだ。


夏には嫌な思い出しか残っていない。


仲の良かった親戚の死、僕の片目の視力を奪った事故、引っ越して行ってしまった親友。


もう嫌になる。


それに、今年はコロナだ。奴が嫌な思い出を増やした。




朝起きた俺は、ニュースを見て嫌になる。


「まだか…」


治らない感染拡大に苛ついていた僕は、テレビの画面をゲームの画面に変える。


あの、好きだったゲームを。

封印していたゲームを久々にやる。


僕の夏を作り、僕の夏を嫌な思い出で満たしたゲーム。

「メメント・モリ」


巷では神ゲーと称されているが、僕にとっては呪いのゲームだ。


このゲームはサバイバルゲームで、様々な世界でのサバイバルを楽しむことができる。そして、どの世界でも共通しているのはいつ死ぬか分からないということ。猛獣か、はたまた台風や地震などの天災か。飢餓だってある。


そしてこのゲームはやり直しが効かない。

モードによっては、やり直しできるが僕達は一度きりのサバイバルを楽しんでいた。


メメントモリの意味を、その親戚が言っていたことを思い出した。


「世界一つまらない有言実行だな。」


と呟きながら、オープニングを見る。

人の祖先となるアイスエイジ、中世ヨーロッパの騎士となるのがソルジャーそれと、魔法使いになるのがメイジ、無人島で過ごすアイランド。

その主なモードのオープニングが流れる。


親戚のお気に入りはアイスランド、親友のお気に入りはアイランドだった。


最初にアイランドを起動する。

データはあのときのままだった。ツリーハウスの中には、今まで作った装備や遺跡から持って帰ったレア装備が大量にあった。

そして、手持ちがかなり整理されているところを見ると、探索に行く直前だったのだろう。

ツリーハウスから出て、川で釣りをしていると想いもよらないことが起きた。

右上に『pack-paku990がオンラインになりました。』と。

僕のフレンドはただ一人。そうあの親友である。


メッセージを送ると、反応があった。


「久しぶり。また直接会いたいな。」


「あぁ、久しぶり。泣けてきたよ。」


ボイスチャットで会話を開始する。


そして無人島の探索をし、4時間ほども遊んだ。

懐かしい会話を交わし、また引っ越していて、少し近くなったと。


「じゃね。」


「おう」


そんないつもの、信頼のある短な別れの言葉を告げてボイスチャットを落とす。


昼飯を食べるために、冷蔵庫を開けた。


「残り少ないな…

また、頼むしかないのか…」


振り返り、別の部屋にある即席麺を丼に溶かす。


そういえばこの即席麺は親戚のお気に入りだった。


出来上がったそれを、クーラーの効いた部屋で頬張る。

強い香りと濃い味を楽しむ。


食べ終えて、アイスエイジを起動した。


セミの鳴く声と画面の氷はとてもミスマッチだが、夏にやるから少し涼しくなる。


組み木に火がついたままの洞穴が、この世界の拠点だ。


襲いくる猛獣は少なく、唯一入ってくるサーベルタイガーは火を恐れて近寄ってこない。そして、寒冷被害も受けることは少ない。

そんな、シンプルかつ最強の拠点である。


ゲームをしていると、だんだん寒くなってきた。

クーラーのかけ過ぎと、氷の世界を歩いているからだろう。

そして、クーラを切った。


そして、一人でしばらくの間プレイしていると、光を失った僕の左目にあるものが映る。


「伯父さん…?!」


懐かしい景色が映る。いつも隣で、一緒にプレイしていた伯父さんが隣にいる。


鮮明な幻覚だ。伯父さんは安全な場所にプレイヤーを隠すと、ポテチを取ってきた。

そして、封を開け僕との間に置く。一緒にティッシュも。


ポテチを食べながら、話しながら時間が過ぎるのを忘れて一緒にゲームをした。


しばらくすると、伯父さんは立ち上がり、笑顔をこちらに向けてそこから何処かへ行ってしまった。


僕の目の前が真っ暗になった。




目を覚ますと、クーラーが効いた部屋にいた。自分の部屋だが、クーラーは消したはず…


陽が沈む窓の外に目を向けて、


「伯父さんはいつもこれくらいに帰っていたな。


ありがとう楽しかったよ。」



気を失ったのは、軽い熱中症だったのだと思う。


コロナウイルス感染者の僕は、軽症者のため自宅待機だった。


体に負荷をかけるべきではないよな、なんて改めて実感し、窓を開けて外の空気を吸う。


誰も通らない道は、楽しい夏の虚しい空気で満たされていた。





『メメント・モリ』、その意味は、






死を忘れるな。

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