第18話

帰りの列車の中で杏奈は俺を愛するようになったことや中身が兄と違っていても兄妹であることに変わりは無く叶わぬ恋であることを知り、諦めようとしたこと!

美希と俺の話をあの日に偶然、聴いてしまい応援しようと決めたことなどを話した。


俺はもともと飼い犬であり、人間の恋愛感情というモノが良くわからないのだが杏奈の話を聴くうちに何だか自分と似ているように感じた・・・


俺は犬だったあの頃から美希のことを飼い主として大切な存在だというより愛していたんだろうか?

人間となってしまった俺は借り物みたいなこの姿をした自分を大好きだと言われて嫉妬したのかも知れない!?


何が何だかわからなくなった俺は犬だった頃に戻りたいと心から願った!

それほど胸に秘めた想いは恥ずかしいモノだったのだ。


「美希さんに自分のことをバロンだと告白しなきゃね」

杏奈はそう言って微笑んだがあの日、俺は美希に自分はバロンでは無いと否定したのだ!

そんなことを考えながら黙ったままの俺に杏奈は

「あれから何度か電話で話したけど美希さんはあなたをバロンだと確信してる感じがするの」

「死んでしまった大切な存在が今も生きてるって感じで話し声も明るくなって来たもん」

「さすがにそんな常識外れなことは口にしないけど全てを知ってる私にはわかる!」

「真実がわかれば美希さんだってきっと喜ぶわよ」

俺の勇気を促すように明るい声で言った。


「そうだな」

「俺だけじゃ出来ないことでも助けてくれる仲間が居れば何とかなるかも知れないな!?」

そう言った俺の肩に寄り添った杏奈は

「あなたは道に迷ってここに居るだけなの」

「バロンが帰るべき場所はあなたの帰りをずっと待ってる美希さんのところだけなのよ・・・」

それは自分自身に言い聞かせてるような口調でリュックを抱いた俺の手に涙の粒が落ちた。


美希への気持ちが愛だと知った今の俺には杏奈の気持ちが痛いほどわかる!


彼女が兄から受けた暴力による痛みや母と一緒にその兄を殺してしまった罪の意識による心の傷は俺がこの身体に生まれ変わったことで癒えたのかも知れないが違う痛みに涙を流すことになるとは・・・

犬であれ人間であれ選べる道はたった一つしかない。


俺がここで杏奈を選べば辿り着けない幸せな未来にもっと彼女を傷つけることになるだろう?

そして自分の気持ちに嘘をつくことは出来ない!

掛ける言葉を失った俺は杏奈の手を優しく握ることしか出来ず、万能の神になれない俺は少しでも幸せな未来をこの細い指先で掴み取れることを願うばかりだった。


「おはよう!」

眠れなかったのだろうか?

まだ夜も明けきらぬうちに部屋のドアをノックした杏奈は元気な挨拶と共に入って来た。


今日は美希と会う約束の日だ

入って来るなり布団を剥いだ杏奈が小さな叫び声を上げて俺に背を向ける・・・

犬の姿にでも戻ったのかと思った俺は自分がパジャマを着ずに寝てしまったことに気づいた。


「早く何か着なさいよ!」

杏奈に言われ、見てみると全裸である・・・

まだまだ人間の世界に馴染んでいない俺は油断をすると犬であった頃の癖が出て、時々こういう事態を招くのだがその日の朝は延々と続く杏奈の小言から始まった!


だが元気な彼女の小言を聴くのも悪い気はしない。

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