第17話

「あら、偶然じゃないの?」

杏奈は俺の隣りに座るとそう言った


言葉とは裏腹にその表情は険しくも見えるし悲しそうにも見えるような複雑な表情をしていた。


あまりの驚きに狼狽した俺は返す言葉がみつからないまま荒い息遣いを繰り返す杏奈を黙ってみつめた

言葉を持たない犬として生きていた俺がその行動や仕草によって相手に自分の意思を伝えようとする習性を彼女はきっと見抜いたに違いない!

杏奈は俺の飼い主であった美希と似ている気がした。


何も言わない俺を暫くじっとみつめていた杏奈だったが視線を外すと安堵したように深いため息をついた。


「なぜ、ここに・・・?」

そう訊いた俺に彼女は呆れたような顔をすると

「次の駅で降りるわよ!」

そう言いながら足元に置いた俺のリュックを持ち上げると自分の膝の上に置いた。


人質というわけでは無いだろうが膝に置いたリュックをしっかりと抱き締めるその瞳には強い意志が感じられた!

そんな彼女を見た俺は今、自分の身体の中で起こっている翔太との闘いを隠し通すのは無理だと思った。


次の駅で降りた俺と杏奈は無言のままホームのベンチに腰掛け、長い時間を過ごした・・・

どうやって説明すべきなのかを迷っていたのだ。


杏奈は両手の拳を握り締め、思いつめた表情である!

俺が黙って家を出て行こうとしたことを怒っているのか?

それならば謝らなくちゃいけない


「黙ったまま、家を出てしまってごめんな」

謝罪の言葉を掛けた俺に杏奈は首をゆっくりと振り

「最近、バロンの様子が変だったから何だか不安になって後をつけたりしてごめんなさい・・・」

そう言った彼女は右袖でこぼれた涙を拭った。


怒っているとばかり思っていた俺は杏奈の意外な言葉と泣く理由がわからず戸惑いながらも

「これまで言えなかったけど実は死んだ兄さんである翔太の怨念に満ちた魂がこの身体に戻ろうとしてるんだ」

そう告げた俺の方を見た杏奈は

「だからあんな苦しそうにしていたのね!?」

涙で濡れた顔を見せたくなかったのだろう?

俺の胸に顔を埋めると背中に手を回し抱きついた。


ホームを歩く人々が物珍しそうに見ながら歩いて行くが俺はそんな杏奈の身体を強く抱き締めると

「この身体が俺自身じゃ無くなった時、杏奈とお母さんに再び地獄のような毎日が訪れるばかりか命さえ危うい!」

「だから俺は自分の意思がこの身体に残っているうちに命を絶たなければならないと決めた」

「そうするしか杏奈たちを守ることが出来ないんだ」

俺は自分がやるべき最後の恩返しを口にした。


胸の中で嫌々をした杏奈は

「私はバロンのことが大好きなの!」

「あなたが消えてしまった未来なんて要らない・・・」

「お願いだから私たちの為に自分の命を粗末にしないで!」

「もし、死んだ兄さんがこの身体にバロンを追い出して戻って来たらもう一度、殺して私も死ぬわ」

「だから最後の最後まで諦めたりなんてしないで!」

「私のそばにずっと居て・・・」

最後は消え入りそうな声で呟く杏奈の言葉を聴きながら彼女の気持ちを初めて知った自分の愚かさを悔やんだ。


誰かの為に死ぬのでは無く、誰かの為に生きることも心の強さが必要なのはどちらも同じなのだ!

彼女を支えながらベンチから立ち上がった俺は

「さぁ、2人で家に帰ろう」

杏奈の手を引き新たな決意と共に歩き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る