第16話
「大丈夫?」
意識が戻った俺に聴こえたのは杏奈の声だった
慌てて自分の身体を確認すると人間の姿のままである。
「良かった・・・」
ホッとしたように呟いた俺に
「検査してもらったけど身体に異常は無いみたいよ!」
病気のことを心配したのかと勘違いした杏奈はそう言って手を握ると優しく笑った。
急に苦悶の表情でもがく俺に慌てながらも救急車を呼んだ杏奈は病院まで付き添ってくれたらしい
握られた彼女の手の感触はとても温かく俺の心を癒した。
あれは一体、どういうことなのだろう?
死んでしまった俺が他の身体に入り込むことが出来たのだから同じく死んでしまった翔太がこの身体に戻ることもきっと可能なのだろう・・・
俺が居座っているから戻れないのか?
あの何とも憎悪に満ちた感情は翔太という魂をこの世に決して戻してはならないと決意させるに十分だった!
また現れたら俺はこの身体を奴から守り抜くことが果たして出来るのだろうか!?
姿なき手強い相手に予測不能の不安が募った。
どこにも異常は見られなかったが念の為、その日の夜を病院で過ごした俺は翌朝に退院し家に戻った。
杏奈の母親も今では俺が犬であったことに疑いを持っていないらしく笑顔で心から歓迎してくれた!
もしかしたら俺に翔太という自分の息子を重ねて幸せを感じているのかも知れない?
それはそれで俺としても役に立ててるようで嬉しいのだが死んだ翔太はあの吐き気を覚えるほどの凶悪な恨みでこの家族のことを狙っているのだ・・・
やっと日々の平和が訪れたこの親子にそんなことなど言えるはずも無かった。
それから数日は何の変化も無く、穏やかな日が続いた
俺は人間としての生活にも違和感を感じなくなっていたしバイト先での交流も少しづつ出来るようになった。
杏奈に教えてもらってる勉強も彼女の教え方が良いのか、かなりのレベルまで解けるようになった!
翔太の記憶は何一つ、残っていないのだが真っ白であったこの脳細胞は吸収を繰り返すことで元の状態に戻りつつあるのだろうがそれが原因であんな現象が起きたのかも知れなかった。
いつものバイトを終えて帰宅した俺が靴を脱いでいるとあの時に感じた翔太の怨念が甦って来た!
激しい頭痛と吐き気に襲われた俺は脱ぎ掛けた片方の靴を履いたまま、玄関で苦しさに悶絶する。
物音に気づいたのか?
いつも注意して気に掛けていたのかはわからないが杏奈が急ぎ駆け寄ると背中をさすりながら大きな声で呼び掛けているのだがそんな声さえも聴こえない!
ただ、彼女に抱き締められた温かい感触が美希の感触と似ていることで俺は何とか翔太の侵入を防げた気がした。
どうしても翔太はこの身体に戻りたいのだ!
こんなことを繰り返されたら俺はいつかは消えてしまう
俺が翔太を抑えるには一つだけしか方法が無かった・・・
この日を境に俺は決意を胸に秘め、俺を受け入れてくれたこの大切な家族に恩返しをするべく役に立てることを考えながら何でもやった。
明日は美希と会う約束の日だったが頻繁に繰り返されるようになった翔太の怨念に限界を感じていた俺はバイトを終えると家に帰らず列車に乗り込んだ。
俺が捨てられていた路地で命を救われた場所!
あそこのビルには螺旋階段が有り、高い場所へと行ける・・・
終わりの場所に始まりの場所を選んだのだ。
発車を知らせるベルが鳴り響き、閉まりそうなドアに杏奈が息を切らして走りこんだことなど俺は知らないまま車窓に流れる暮れかけた景色をぼんやりと眺めていた。
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