第14話

「随分、待たせちゃってごめんね!」

公衆トイレはこの近くにあったと思ったが帰りがやけに遅い杏奈を美希が心配し始めた時にそう言いながら現れ、わざわざ買って来た缶コーヒーを俺と美希に渡した。


2人で心配したいたことを告げる俺に

「何だか2人ともぎこちない感じがするけどお兄ちゃんが美希さんに変なことしたんじゃないでしょうね!?」


責め立てるような口ぶりで言った杏奈の顔を見た俺は

「お前、どこかで漏らして泣いてたんじゃないか?」

泣き顔みたいに見えたので本気で心配して訊いたのだが杏奈は怒りを露わにしながら言い返した

「お兄ちゃんじゃあるまいし漏らしたりしません!」

そう言えばズボンの開け方がわからずに思わず漏らしてしまったことがあった。


「やっぱりお兄ちゃんと2人だけにしたのは拙かった?」

改めて美希に訊いた杏奈だが

「いや、俺のことを彼女がバロンじゃないのかって訊いたから違うって否定した所だったんだよ」

俺は彼女の代わりにそう答えたのだが聞いた杏奈は

「だってお兄ちゃんは私からバロンって呼ばれてるじゃん」

そう言っていとも簡単に肯定した。


「事実なんて本人に確認しなくても心の中で思っていれば自然とそうなって行くもんだよ」

「お兄ちゃんは私からバロンと呼ばれ続けて自分が犬じゃないかとちょっと思い始めちゃってるんじゃない?」

杏奈の強引な説得に思わず頷いた俺を見ると次は彼女に

「愛する大切な人を失って泣いてばかりより似てないけどここに座ってるバロンで良ければそう思い込めば単純なお兄ちゃんは犬にでも何にでもなってしまうわよ」

そう言って簡単な答えを引き出してしまった。


だが何故、杏奈は大切な人だと彼女と全く同じ表現をしたのだろう?

杏奈も俺のことを犬では無くて自分と同じ人間だと思っているのだろうか!?

俺だけが犬だと思ってるだけで実際は違うのか・・・

杏奈が決めつけたように俺は疑心暗鬼になり始めていた。


俺のことを好きだと美希は言ったが親が我が子に抱く愛情と飼い主が犬に抱く愛情は似てるんじゃないのか?

俺が犬だから人間に愛されていけないわけじゃなくて姿が違うだけで同じ愛情じゃないか!


テレビで難しそうにやってたドラマでしか愛することの意味を知らなかった俺は最も簡単な結論に辿り着いた。


この身体に俺がもう少し居続けられるなら俺はこの姿をバロンとして美希に抱いている気持ちを伝えよう

そして彼女の為に死ねたことは幸せなことで俺に悔いは無いと伝えなきゃならない!


そうか!?・・・杏奈は2人の話を聴いてたんだ!

だから俺がバロンだと肯定し、彼女に信じ続けることが大事なことだと言い含めたのだ。


じゃあ何で杏奈は涙目になってたんだ?

本当は体調が悪いのに無理してるんじゃないのか!?

段々と心配になって来た俺は杏奈の手を引き彼女からちょっと遠ざかると耳元に小さな声で訊いた

「漏らしたのは大きい方なのか?」

即座に鋭い平手打ちが飛んで来たのは言うまでもない!


美希が驚きベンチから立ち上がってしまうほどの乾いた音が小気味よく鳴り響いた・・・

そして同じ失敗をやらかすと2度目の罰はかなりキツイモノになるのだと身体で学んだ

俺にはまだまだ人間としての常識が足りないようだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る