第13話
「あの時のこと、ちゃんと謝れてなくてごめんなさい」
美希はそう言いながら丁寧に頭を下げた
「いや、可愛がってた犬の名前を聴いたんだからあの時は仕方ないです・・・気にしないで下さい」
犬と人間だった頃はもっと気軽に話せてたのにこうして人間になった俺は間近で見る彼女の姿に緊張していた。
「バロンの存在は私にとってとても大切な人でした」
人!?・・・犬の話をしてるんじゃないのか?
彼女が何の話をしようとしてるのかがそのひと言で全くわからなくなってしまった!
「あの、大切な人って?」
聴き間違いかと思った俺は念の為に訊いてみた。
「そう、あの人は誰とも話せなかった私にとって唯一の存在でとっても大切な人でした」
「こんなこと言ったら笑われるかも知れないですけど彼には私の言ってることの意味がわかっていたんです」
言葉が通じないから気持ちが伝えられないとばかり思っていたのに彼女にはちゃんとわかってたんだ!
感動のあまり言葉を失い茫然とする俺に
「やっぱり信じないですよ・・・ね?」
彼女は恥ずかしそうに訊くとうつむいてしまった
きっと俺に話したことを後悔しているに違いない。
「違います!」
「信じられないんじゃなくてどうして言葉を喋れない犬の気持ちがわかったのかを知りたいです」
強く否定した俺は以前の自分を思い出す為にワザと犬という言葉を入れて彼女に尋ねた。
「だって彼は私の顔を優しい瞳でみつめながら気持ちを込めて吠えながら応えるんです」
「俺がついてるから大丈夫、大丈夫って懸命に励ます姿を見たらわかります」
「そう・・・あの日のあなたみたいに!」
極端な人見知りで誰とも仲良くなれなくて、男性が特に苦手だと涙目で俺に語り掛けていた彼女が最後の言葉を正面から俺の目を見てハッキリとした口調で言った。
あの時、俺を見てバロンじゃないのかと訊いた彼女は姿を変えてしまった俺に気づいていたのか!?
俺の名前を聴いて気が動転してたわけでは無く、ちゃんと見えない存在を感じ取ってくれてたんだ。
変わり果てた姿で彼女の前に現れた自分が恥ずかしくて
「済みません・・・俺はバロンじゃない!」
そう否定した途端、何かが崩れてしまった俺は彼女に背を向けると人間となってから初めて泣いた
出来るなら犬の姿であった時に彼女から今の言葉を聴けていたならどんなに良かっただろう。
犬と人間では釣り合わない・・・
人と人である今の方が彼女と釣り合うに決まってるのだが俺は自分の姿を彼女に恥じる思いが強かったのだ!
最初から人間だったらまだ良かったのだがこの身体は死んでしまった翔太という人間の代わりに同じく死んだ俺の魂が乗り移ったに過ぎない
それは俺であって俺じゃなく、もう俺の姿はこの世界の何処にも存在しない。
「私はあなたがどんな姿であろうと大好きです・・・」
そんな俺の肩に手を置きそっと寄り添った彼女は優しくそう言って俺の背中を涙で濡らした。
その時、数メートル離れた植込みの影にしゃがみ込んで3本の缶コーヒーを抱きながら声を殺して泣く杏奈の姿があったことを後になって気づいた・・・
だが流した涙の本当の意味が何なのかを俺は知らないまま過ごすことになる。
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